USフェスティヴァル1982年のドキュメンタリー映像

2018.09.28 Friday

 

 

 

 

こんな映像があったのか ! !  です

 

 

『USフェスティバル 1982年』のドキュメンタリーです。ラモーンズの歌ってるシーンだけとか細切れのパーツ、パーツの映像はロック・ファンならyou tubeで見たことあると思う。でもこのフェスティバルがどうゆう経緯で生まれ、作られていったのかを制作サイドと出演者のインタビューで語られるのは初。ドキュメンタリーが残っていたとは知りませんでした。というか、もう細切れのプロカットが残っている時は「フル映像が必ずどっかにあるね〜」と疑った方がいいね。隠してるな〜と(笑)

 

 

 

 

出演バンドはラモーンズ、B-52、カーズ、トーキング・ヘッズ、そしてサンタナ、グレイトフルデッド、ポリス、フリートウッドマックなど、SIREレーベルのバンド総出演。フェスティバルはあのMacintoshの生みの親Apple共同創業エンジニアのスティーヴ・ウォズニアック。彼が30歳にして1億円も儲け「金が有り余っていた」からこのフェスティバルが生まれたのだ。くだけた言い方すると、「俺、金スゲー持ってるからウッドストックと違う快適で楽しいフェスティバルをやりたーーい ! ! 」ってなノリで作っちゃったフェス。だからスポンサー無しで自由に作ったらしい。

 

 

それでも「アナウンスしてからウッドストックの本も読んで(フェスティバル制作の大変さを知って)少し後悔した」そう。だからヘルスエンジェルスによる殺傷事件で有名なオルタモント・フリーコンサートの二の舞にならないように、制作のプロを用意し、警備の環境を固め準備を怠らずに基盤を築く。インタビューで多くの人が、たった2回しか開催されなかったこのUSフェスティバルが今のコーチェラ・フェスなどの土台になっていると語っているから本当に良いフェスだったんだと思う。私は個人的に苦労話しなんかは、1回目のフジロックや日高さんの苦労話しと被りましたが。

 

 

 

 

今やフェスティバルで見慣れた観客への放水シーンが、40度近いカリフォルニアの夏のフェスから生まれたものだということも初めて知って妙に納得。さて、ラモーンズの割合はマーキーが当時を回想する形で登場するので、結構多いのでラモーンズ・ファンは必見。そして、ここに写っている1982年のラモーンズは結成8年目のバンドだということ。アルバムはライヴと映画のサントラを省くと5作目の『エンド・オブ・ザ・センチュリー』がリリースされた後のフェスということになる。まだ『Too Tough To Die』なんてリリースされてないんだぞ〜という感覚で見てみよう。

 

 

 

 

ジョニーが「俺たちは万人受けしないんだ」と寂し気に語るシーンに私は吹き出してしまいましたが(すみません)、時代を同じように感じられるチャンスとも言えない?  いや、全然いいんですよ。「初めてきいたアルバムはベスト盤です」で。でも、ああ、あんないいアルバムを出した後なのに、こんなに諦めていたのか...とジョニーの心境も見える。そしてジョーイがバットを持ってステージに立ち「俺たちがラモーンズだ」というのもレアだよね。群衆にバンドをアピールしていて。なんか初々しい。

 

 

 

 

楽屋から革ジャンを着ながら出てくるシーン、日本のパンクの認識ではブリティッシュ・インベイジョンの返答とかなんとか色々と言われてるけど、バックステージでジョニーとスチュワートコープランドが楽しそうに会話しているシーンも見逃していない。たったの1、2秒だけど、楽しそうに喋っているじゃんって(笑)。

 

 

そうゆう1982年の「リアリティ」が記録映像からは見える。マーキーが「まだパンク・バンドとしてしか見られていない俺たちの実力を見せることができたし、みんな興味深そうに見ていた」と語るシーンも当時らしい。ラモーンズはレジェンドではないのだ。勝手にメンバーの証言やインタビュー記事から語られてレジェンドになったラモーンズの「そうなる前」の姿をぜひチェックしてみて。このDVD&B-RAYに関する詳細は、ラモーンズFCのニュース・ページをチェックしてください。週末にもう一回見よ。

 

 

 

appleのロゴって昔こんなんだったねぇ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     セーソクで遊べ!? たっぷり楽しみました

2018.09.26 Wednesday

 

 

 

 


タワーレコード渋谷店で開催されていた伊藤政則メモラビリアと大貫憲章さんのトークショーに滑り込みで行ってきました!

 


8階で開催していたメモラビリアの方は、メタル・ファン、特に80年代にHMが青春だった人にはたまらないグッズの数々が並ぶワンダーランド。私はちょうどメタル雑誌で働いていた時代なのでなかなか懐かしかったです。あの時代は、特にレコード会社が雑誌のプレゼント用に宣伝のためのグッズを必ず作っていたので、ロゴ入りのペンや宣材Tシャツなんていうのがたくさん存在していました。

 

 

雑誌のプレゼントコーナーに載っていたアレです。だから非売品グッズも豊富で、見たことのないもの、知らないものもたくさんあって面白かった。私、当時プレゼント・コーナーの担当だったから結構見てきたけど、こんなに色々あるんだな〜と。しかしそれらを全部保管している伊藤さんが凄い。。。2万点以上あったと思う...設営した皆様ご苦労様でした。

 

 

 

 

 

そして地下のイベントスペースでは昭和のラジオ世代、雑誌・音楽専科リレー日記の読者にはイエーイ!なお二人、大貫憲章さんとのトークショーも。私は昨日しか行けなかったけど、日変わりで貴重なトークが展開されたようです。大貫さんと伊藤さんのトーク、特に大貫さんの番組にはラモーンズ・ネタで出演させていただいたり、私自身スヌーピーと大貫さんの全英TOP20のリスナーだったので、もう絶対漫談になるだろうと思っていたけど、そうでした(笑)(笑)

 

 

 

 

私はお二人と直接話せる機会もあるので、自分で聞けって話だけど、お二人に話してもらいたいことがある。それはまず新宿ツバキハウスのこと。ネットのインタビューでも語られていたけど、直接トークで聞きたい。当時、大貫さんは時々日曜日の方にもいらしていて、「メタルの日にもハノイロックスはかかるんだ〜!?」とDJブースの中で言ってたけど当時のパンクとメタルの認識やムードとか、伊藤さんは火曜日に行ったことあるのかな? とか。私の『メタル現場主義』で大貫さんから紹介されてツバキでやってみたら? と繋がってあの場ができたと聞いたので、そのへんの話の続きも。

 

 

それから音楽専科社で二人でリレー連載を毎月やっていたんだけど、あの記事のキャッチボールのことも聞きたかったかな。今度、またトークショーがありそうだったらネタ提供してみよう。自分が聞きたいだけだけど(笑)  ロックの逸話を聞くのは三度の飯より(くらい)好きです。

 


さて、伊藤さんに贈呈した【東京ヒプノシス】の作品を飾っていただいてました。おおお。まさかこんな素晴らしい形でデコレートしていただけるとは作っている時は思ってもいませんでした。UFOのオブセッションも帯までつけたいと言い出したのは私で明日発売の『月刊伊藤政則(仮)』の方に帯は付いていないので、ここに掲載しておきます。あ、伊藤さんが書いてとけ〜って言ってたので、『特撮征服』/ITOの方はの三人全部伊藤さんです。会場の人、ほとんど気がつかなかったみたい?!   注意 : 【東京ヒプノシス】とは。私とデザイナーの浅井さん、小林くんで制作する作品を作る集団です。先週命名したんだけど(笑)

 

 

ORIGINALは「宇宙征服 / UFO」

ORIGINALは「究極 / YES」

 

 

明日発売!!『月刊伊藤政則(仮)』奇想天外!?

文字通りセーソクで遊んだ。仕事した。楽しかった。

 

 

 

 

で。このお仕事、昭和のファン・クラブ & サブカル・メンタリティに火をつけたというか、アイデアや刺激をもらったので、今後のファン・クラブ業務に活かしたいと思います...(決意表明よ・笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『サラエボの叫び』を見てきた

2018.06.15 Friday


 

 

 

 

 

 

 


IRON MAIDENを辞めた後ブルース・デッキンソンが、紛争状態にあったサラエボに向かった当時を振り返るドキュメント『サラエボの叫び』を見てきました。※ネタバレはほぼないと思うけど、見る前に知りたくない人は読まない方がいいかも。

 

 

とにかく見終わって言葉がなかった。と同時に格言、名言だらけの映画だったので、メンバーやブルースの言葉を全部メモしたいくらいでした。それは窮地に立った人間だけが話せる偽りのない言葉だと思うけど、とにかく見終わって「はぁ」とまずため息をついた。

ボスニア紛争やサラエボのことは教科書で知る感覚。悲惨さは分かっていても肌で感じることは(でき)なかった。でもなにしろミーハーだけどブルースのファンだから見なきゃってなチープな動機で映画館に行ったのだ。

 


決してメジャーな映画ではないし編集も完璧じゃなくて最初のサラエボの状況の説明シーンは不謹慎だと思うけど映画的には少し間延びする。ミュージシャンが主役だけどこれはロックの映画じゃない。でもブルース達がどんどん現地に近づいて行くにつれ、人間の行動力やロックのパワーを感じて圧倒される。

 

 

 

 

このサラエボ公演は、(おそらく)情報の少ない時代に「国連」とか「ちゃんと守る」という言葉を頼りに「行ってみよう」くらいで決まったんじゃないかと思う。でも実際に戦地に行くと状況は全く異なる。サラエボに乗り込む手段もなく「無謀」と言われ「引き返すか行くか決断しろ」とまで言われる。結果バンドは行くことを選ぶけど、乗る予定のヘリコプターが理由を教えてもらえないまま用意されず(おそらく撃墜されたらしく...)、やむなくトラックの荷台に乗って現地に向かう。真冬のサラエボを8時間もかけて。

 


映画の中でメンバーがブルースに「トラックの荷台に乗るなんていつ以来だい?」と聞くとブルースは「1980年のサムソンのライヴ以来かな」と答える。1994年まであのIRON MAIDENのフロントマンだったのに。この発言を聞いた瞬間ブルースの人生が垣間見えてグッときた。そしてIRON MAIDENという大きなブランドの中にいたにも関わらず、トラックの荷台に乗って移動する姿に素のブルースが見えてこの時もう私は感動していたかも…。なぜなら彼(ら)は、おごりも見栄も通用しない一公演のために命がけの道を選んでいたから。

 


コンサートは闇夜に一台のスポット・ライトだけを使用して行われた。「あの時だけは戦争を忘れられた」という言葉や「他の国だったらこんなコンサートがいつでも観れるのに」というファンの言葉を前に、楽しむだけが目的の自分たち(それでいいんだけど)に言える言葉なんてない。今までたくさん見ることができたIRON MAIDENのコンサートをあんな経験をしたブルースが私たちの前で歌ってたんだなと思うと、サラエボ(のファン)と自分たちが少しだけ繋がった気もしたし、平和のありがたみも感じた。

 


メンバーの一人が「今も街がクリスマスで華やかになっても、あの時の12月が頭から消えない」とPTSDのような言葉を発していたのが、生きて帰ってはきたけれど、当事者たちにしかわからない、映像には写っていない恐怖や寒さやいろんなものがあるんだろうと察することができた。映画は発言や少ない映像からも普通ではない事をやったバンドの姿を描いていた。

 

 

見終わってブルースのミーハーだけど、益々ブルースが好きになったし興味が湧いた。ミュージシャンとしてステージに立ち、飛行機を操縦するパイロットの魅力に加え、人間ブルースのことも知りたい。ロックの映画ではないけど是非チェックしてみてください。自伝もすごく楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     ヒプノシスに「失敗作」はあるのかな?

2018.04.17 Tuesday

 

 

 


最近、2冊のART関連本に癒されている。

 

 

 


その1冊が『ヒプノシス全作品集』今更説明もいらないと思うけど、と書きつつも10代のロック・ファンも読んでくれたりしているので、やっぱり説明しとこうかな。70年代や80年代にロックのLPのジャケットを作っていたデザイナー集団の名前。ヒプノシス。

 

 

彼らが作ったLPは、聴いたことなくても印象に残るものや見たことがあるものがたくさんあるはず。昔グラフィック・デザイナーをやっていたので、彼の仕事には魅了されまくっていた。とはいったってどうあがいても写真、バランス、色、インパクト、その完成度の高さは追いつけるはずもなく毎日眺めてその世界にのめり込んでいただけだけど。

 

 

例えばモントローズ。ヒプノシスじゃなかったらきっと微妙。でもこのバランス凄いよね。

 

 

 

で。作品集を眺めすぎて無性に「失敗作」を見てみたくなってしまっている。

 

 

ヒプノシスの仕事に「あれは失敗」みたいなことってあるんだろうか? って。もし仮に失敗があったとしたって、こっちから見れば「それ失敗じゃないじゃん」だよね〜。割れたお煎餅のお買い得品袋みたいに失敗を集めた『裏ヒプノシス』本なんて出ないかな。

 

 

 

 

 

もう1冊はこれ。総合失調症の前衛芸術家、アールブリュットの(すずき)まりえさんが作ったてん・てん・アート(と勝手に命名)。サインペンでてん、てん、てん、てん、てん・・・・・・と打ち続けて完成させる絵はエロとはさみがメインの素材。「根気さえあれば誰でもできる?」と思われそうだが、作品を見るとひれ伏す想像力の世界が存在する。

 

 

 

 

この2冊、どのページをめくってもぜんぜん隙がない。彼女の作品にもしも失敗があってもそれを修正して表現しそう。とアーティストに失敗を求めるなんて失礼だけど、そんな発想すらしちゃうほど、完成されすぎているってこと。

 

 

 


PS. 失敗といえば…”me too”。残念なカメラマン、アラーキーの写真集は彼の古くて残念な概念と一緒に捨てました。被写体との関係って一方通行じゃない。その努力をしないで高圧的でいられたカメラマンの時代は終わってる。ま、まだいるけどね〜(笑) 

 

 

さて、写真処理を再開。

 

不健康な生活に逆戻り中。。。はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 



            

  『オールシングス・マスト・パス』から『パリ行き』まで

2018.03.19 Monday


 

 

 

 

 

 

撮影ではなく取材する仕事もやっています。依頼してもらえるインタビューアの仕事はやりがいはあるけど1つだけどうしても嫌なことがある。それは取材後のテープ起こし。もう自分の声が大嫌い。

 

 

テープおこしそのものはむしろ好き。でも自分の声は聞けば聞く程へこむ。やりとりの流れの中で余計な質問をしている声(自分の)を聞くとさらに落ち込む。「そんな質問してないで、もっと大事なこと聞けよ」とあとから思うのだ。「そこで相づち打ってる場合か? こんな機会滅多にないのに」…と呆れてマジへこむ。

 


で、今日は5回もへこんだのでブログでちょっと休憩させてください。

 


NETFLIXを手に入れてから待機の時間や寝る前にドラマや映画を見ている。映画館で見るべき作品や話題作は、近所のシネコンへ行くけど自宅シアターもいい。眠くなったら続きは明日。最近見たのは映画館で『15時17分、パリ行き』、先日亡くなったタワレコの創始者ラッセル・ソロモン氏とタワーレコードの歴史を描いた傑作ドキュメント『オール・シングス・マスト・パス』や『帰って来たヒトラー』についても書こうと思う。

 

 


『15時17分、パリ行き』
マストで見る映画の1つがクリント・イーストウッド監督の作品。パリ行きの列車がテロに巻き込まれる実話がベース。でも描かれてるのはごく普通のアメリカ人の人生。イーストウッド作品はアメリカのダークサイドが見え隠れしているように思う。これダークサイドじゃなくて日常かも。主演の3人は、実際のテロ事件に巻き込まれた本人を本人役として起用したそう。

 

こんな大胆な演出を御年87歳のイーストウッド監督が試みたということが凄い。自分も明日から心身鍛え直さねばとさえ思ったくらい。彼の監督作品を見るとついジョニーを思い出す。ちょっと右よりの匂いも感じて。私だけかな。そこも含めのアメリカの真実を突きつけてくるから見逃せないのかも。結末は奇麗ごとだけじゃないように見えた。

 

 

 

 

 

『オールシングス・マスト・パス』
ビートルズではジョージが好きでした。唯一日本だけはまだ存在するけどタワーレコードの誕生から終演を描いたドキュメント。この映画、最初は2016年の秋にラモーンズ・ファンを連れて聖地巡礼ツアーに行った行きの機内で見た。アメリカに向かう飛行機で見たから感傷的な気分になったのかもしれない。東京にタワレコはまだあるし、メジャーなただのレコード屋の1つだと思ってた。でも一軒ずつ店が消えて行くシーンを見ると、世界中(特にアメリカ)のどの街にも同じコンセプトで存在するお店の存在は、安心な居場所だった。

 

アメリカのちょっと危険そうな場所にある店からLAやNYの路面店まで、店内に入ればどこも私の知ってるタワー・レコード。いろんな人種がいたけどみんな音楽ファンで、ボーダーは無いと思えたから。そんなタワーの最盛期から衰退期までの歴史が描かれている。働いていたアメリカ人のスタッフが苦虫を噛身つぶしたような表情で「もう時代には逆らえなかった」と語るシーンが忘れられない。華やかな時代を自分も知っているからだ。買った新譜を「早く聴きたい」とタワーから持ち帰ったことのある人ならみんな共感できる映画だと思う。

 

 

 

 


『帰って来たヒトラー』
どうせ馬鹿げたコメディだと思って見たら深すぎた。ひょんなことからヒトラーが現代に蘇ってしまう。「ここはどこだ?」とタイムトラベルで現代に登場したヒトラーはパソコンを見て驚愕したりといちいち面白いんだけど、当時と変わらない思想で人々の前で熱弁を振るう。最初はタチの悪いコメディアン扱いをしていた群衆が、1930年代の思想にじわじわと心を掴まれていく。彼の説法は現代でも十分通用したからだ…。コメディ映画として扱われているけれど最後は唸って終わります。これをドイツ人が作っているのも凄い。

 

 

 

 

バック・トゥ・ワーク。最後のテープ起こしに取りかかりまーす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     25日の『Power Rock Today』聴いてくれてありがとう

2017.11.27 Monday

 

 

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週末は『メタル現場主義』でも被写体になっていただいた伊藤政則さんのラジオ番組『Power Rcok Today』にゲストとして出演させてもらいました〜。放送を聴いてくれたみなさま、本当にありがとうございました。「相変わらず声でかい」と言われ、本の対談の続きのような暴走トーク(私)だったけどめちゃめちゃ楽しかった ! !  伊藤さんからは、ヒプノシスをオマージュして撮った写真の感想はメールで聞いていた。でも本の感想を聞くのは、昨日が初めてでワクワクドキドキしてました。

 


でも。。。

 


先に書いてしまうけど、トークが終わった瞬間の感想は「唸る」でした。伊藤さんの話術に。そんなの失礼だろ、当たり前だろ、と言われるのはわかっているがやはり書きたい。本の取材の時もそう思ったけれど、相手を立て、言葉をひきだす話術にシビれた。『メタル現場主義』の中身を的確にピックアップし、私自身と本の内容をリスナーが理解できるように「立体化」してくれる。そんなマジックみたいなトークが目の前で繰り広げられるていく。

 


そして初めて聞く本の評価「アツい本」「面白い」は素直に嬉しかったです。100点の答案用紙を受け取った生徒の気分で「やったぁ」と両手をあげてました、ブースの中で(笑)。ヘヴィ・メタルの世界の第一人者の口からそんな言葉を聞けるなんて、がむしゃらに書いてる時には考えてもいなかったから。私が伝える手段は写真。だけど活字も加えたらカメラマンに見えてたものをさらに伝えることが出来たのかなぁ。

 


伊藤政則さんは、被写体としてもそうだったけど、取材現場を誰よりも知っているし見ている。そしてそんな現場を楽しんでしまうところもロックだなと思いました。ミュージシャンよりも被写体として主張があるというか。撮影って撮り終わった時、(この人また撮りたい)と思う・思わないがあるけれど、また撮ってみたい。それはクリエイティブな匂いがして面白い画が出来上がりそうな予感がするから。

 


そんなわけでトーク後の記念撮影。本の中でSTEELHEARTのミレンコが最初に「ハグした方がコミュニケーションはうまくいく」と言ってたけど、被写体との距離感同様、トーク後にも距離感は変わる。伊藤さんも最初に「いつもの感じでいいからな」とか「ここっていうポイントは何度話してもいい」とアドバイスをくれた。もう先が見えているのだ。相手あっての仕事をしている私も見習わなければ。なぜなら、もし撮影がトークのあとだったら、表情は間違いなく良くなっているはずだから。コミュニケーションのプロセスは同じということ。

 

 

 

 

それにしても、80年代の編集部時代、自分は当時の『ROCK TODAY』のページ担当で毎週収録現場にくっついて行っていた。プレゼントで当選した人のハガキやプレゼント受け取って発送したり、オンエアーされた曲を書いてまとめ、毎号広告ページを作る担当だったから。もっとも自分の仕事はお菓子食べながら、収録現場で番組を楽しく聴けて幸せと思ってただけの呑気なラジオ好きだったけど。あれから30年経っても伊藤さんはまだ喋って発信している。本当に凄いことだ。そしてツバキハウスで遊んでいただけだし、どんな表現が的確かわからないれど卒業生(自分)で良かった。いろんな意味で楽しくて奥が深い土曜の夜でした。

 


私も頑張ろう。私の双子(2冊の本)のプロモーションはまだまだ続きます。たくさんの人に読んでもらえるように頑張ります。引き続きよろしくお願いします。伊藤さんの番組『Power RoCk Today』はRadikoのタイムフリーで今週中はまだ聴けます。良かったらぜひ聴いてみてね。しっとり大人な雰囲気で話す柴田さん(Anthem)の次の26時26分頃に、でかい声で登場です。。。あぁ。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

    やっとブログ書けた! 2本のトークショー終了しました!

2017.11.20 Monday

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11月10日の新宿ネイキッドロフトで『メタル現場主義』そして翌11日のジュンク堂池袋店芸術フロア=レンガの壁フロアでのトークショーで『ThankyouRAMONES』のトークショーでした。ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました ! ! !   を、とっとと書けよって話です。すみません。m(_ _)m  いや、今回ばかりはブログを書く余裕…全くなかったです。先に書かなければいけない原稿もあり、(実はあと1本韓流コラムもあるが締め切りは明後日)、撮影もひと段落したので、書いていきます。

CJラモーンの日本公演で彼と話したいろんなことも。

 

 

まずは『メタル現場主義』のトークショーのことから♡

 


この日は来てくれたお客さんが暖かかったぁ…皆様、ありがとうございました。旧友・増田勇一君の司会進行が秀逸でさすが ! ! で、私の言葉をぐいぐい引き出してくれました。「トークショー?  いいよ〜」と二つ返事で引き受けてくれるのも旧友「増田君」ならでは。しかも3時間の長丁場。ありがとう〜。

 

 


ゲストで飛び入りしてくれたマーティは、最初「22時じゃ間に合わないかも〜」と別の現場にいたはずなのに、(おそらく? )予定を入れ替えて参加してくれたのです。もう2年近く撮影しているドキュメンタリー映画のクルーも一緒だったので、みんなあの映画に写ってたら記念が増えるね〜(笑)

カットしないでね〜って言っておこう。

 

 

マーティのトークは(テレビ用じゃなく)普段のまますぎてそれもまた彼らしく良かった。だってトークの壇上にいるのに私が以前貸したRAVENのファンジンを「あれ返したっけ?」と普通に喋っちゃってたもん。でもあの距離感が彼らしさ。『メタル現場主義』に書いた素で普通にロックの話ができる相手のままが見れたのでは? 取りかこむ環境が変わっても彼は変わらない。最高ね。本を持ってくれている写真はお願いしたのではなく宣伝に使ってと送ってきてくれたんです。いい人だね。

 

 

 


来れなかった方のために写真の裏話を少し書きます。もう手にとってくれている方も多いけど、1ページ目のご挨拶の写真はレミーでした。あのポーズを「やって」と頼んだんだわけだけど、改めて撮影した写真を全カットを確認してみたら、あのポーズはなんと1枚だけ。次のカットは持っていたタバコをふかしている画だった。そうゆう人だよな、レミーって、と思ったね。あんなポーズ、彼は本当はサービスじゃなきゃやらない人ってこと。それでもレミーのあのポーズは2、3枚はあると思ってました。

本を書き終えた時に、「よくあれだけのこと覚えてるね?」といろんな人に言われたけど、写真を見ると思い出せる。さらに前後のカットを見ると現場を残しているので、その時の空気も思い出す。「この時は、撮られるの嫌いでひとりダルそうにしていたやついたな」とかね。

 


トークショーが終わってからFacebookやコメントなどたくさん受け取ったけど、それを読んでも来ていた人たちが暖かく尚且つ大人でした。その中に「よくライヴ会場でお見かけする人だなと思っていたけど、声はかけられなかった」や「僕は80年代を知らず畔柳さんのことを知らなかった」というものあった。それらを読んで、あ、声はかけてくれてぜんぜん大丈夫ですから〜、怖い顔して撮ってるかもだけどって書いとこう(笑) 「私のことを知らなかった」というコメントには、それはあえてそうしていたからです。このことは初めて書くけど、私は編集部を辞めてNYに行って帰国して東京の撮影スタジオに入社した。けどその時の面接官が「バーン!」の読者だった。だから…もしかしたら私はスタジオを合格できたのかもと思ったっていう話。

 


スタジオ業務は相当過酷。朝から深夜まで続く労働。だからスタジオマンの募集年齢は18歳から25歳までが平均的。当時の私の年齢は29歳。それでも合格できちゃった。面接官に「元バーン!」のスタッフだったことがバレた時、「10歳も下の子たちとコミュニケーションはとれますか? 年下に命令されても働けますか?」と聞かれ「はい。できます」と答えただけで私は合格になった。それはありがたいことだし、自分のキャリアは事実だからいいと思うけど…「元バーン!」じゃなくても合格してたのか?  とは思った。

 

 

だって「元バーン!」の私は、年齢オーバーな上に、まだ撮影のノウハウもつかめないアメリカ帰りの初心者。そして自分の写真の個性も完成していないただのアシスタントでしろーと。それでも「元バーン!」という言葉を使えば私は動きやすくなるんだなというのを知ったけど、それじゃまずい。ハングリー精神で向かっていかなきゃフリーランスとしてあぐらをかいてのスタートになってしまう。そして、そのうちつまずくだろうってこともこの時にわかった。最もアメリカでひとりだったから、肩書きは必要なかった。だから敢えて聞かれない限り「元バーン!」は封印し、スタジオの10代と同じ気持ちでカメラマン一年生になりすましてた。編集者からカメラマンにキャリアアップなんてかっこいい言葉だけど、実がともなってなきゃかっこ悪いだけだしね。

 


今のカメラマンはもっと自分をセルフ・プロデュースするのがイイみたいなご時世だけど、29歳の時の自分は「元バーン!」を封印して、見た人が「この写真かっこいい」って気がついてくれればで勝負したかったっていうのがあったかな。そして、その頃(1992年頃)、ジョニー・ラモーンから「オマエはやれるからファンクラブを運営してみろ」指令が出て、(やってみるか…)と、ぐいぐいそっちに傾倒し、ラモーンズ・ファン・クラブをやっているカメラマンになっていったんです。

 

⬆︎⬆︎⬆︎

 

話をトークショーに戻します。FACEBOOKに「車に乗らないよ〜」と写真を載せた島忠で買った黒いボードは、当日限定の写真やコピーを貼り付けて展示しました。例えばラーズの別カット。あと手書きでレミーの自宅の地図まで勝手に書いた。それから当時どうやって雑誌ができていたのか(って活字にするとなんか社会科見学みたい・笑)とか、紙で印刷する時代だったので、版下という紙に文字やバンドのロゴを手書きで作っていった話などもボードに書いたり、喋ったりしました。あと、NY資金を貯めるためにお弁当を作って行って大野奈緒美ちゃんに売っていたという話もバレた(爆) 何が恐ろしいって増田くんの記憶力。すごすぎる。あの程度で良かった〜(汗)

 


あとイケメン・ベスト10の1位に男性からのクレームが多いですね〜(笑) 女性からくると思ってたら、ぜんぜん来ないので意外と母性本能をくすぐる何かをもっているのかも!?  それか話題にするまでもなく論外? (笑) ま、いいや。人それぞれ、好みってあるし〜。

 

 

 

写真でグラビアにしたバンドのエピソードも書いてないけどあります。ロニー・ジェームス・ディオは気遣いのできる人だし、撮影にもすごく協力的でメロイックサインも「先にやるかい?」なんてやってくれるんだよね。自分は背が小さいから「待て待て、俺が前に立つ」と笑いながら前に立って若いバンドのメンバーに指示を出す。若いバンドやアメリカのパンク・バンドからも慕われる理由は会えばわかる。と、いうのも文章では書けてなかったりと、書いても没になったりとか、いろいろあります。フィルムの劣化や編集の問題で二転三転して、本当にグラビアの写真も印刷ぎりぎりで差し替えたりとかね。ジョーン・ジェットの金髪写真だって本当はカラーで見せたかったけど、しょうがない。とか。

 


でも形に出来た。楽しんでもらえれば幸いです。2冊の本は大事な双子の子供みたいという表現をしているんだけど、55歳のひとつの区切りになった。みなさまのおかげです。プロモーションまだまだ頑張りつつ、ラジオの出演もあれこれいただいているので、自分の本(双子)、大事にしなきゃな。

 

 

そういえばネイキッド・ロフトを(撮影)現場にしたかったので、カメラのライト(傘)も立ててみました。本当はあれテーブルに置いておいたカメラのシャッターを切るとパシャってライトが光るようにセッティングしたのに喋るのに夢中でシャッター切り忘れました(カメラマンなのに…笑) そしてカメラマンなのに写真はみんなにもらったものをパクりました。すみません。

 

 

 


引き続き、プログはレンガの壁の前で仰天エピソード登場の『ThankyouRAMONES』のトークショーのことを書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     『メタル現場主義』トークショーの詳細 #1

2017.11.08 Wednesday

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CJラモーンの来日ネタと写真は山盛りすぎて処理追いついていないので、とにかく週末にセレクトするのでしばしお待ちを…

 

 


今日はトークショーの宣伝ブログ。内容もちょっと教えちゃう。

 

 


11月10日(金)に、新宿の職安通りにあるネイキッド・ロフトでBurrn! 時代の旧友・増田くんとトークショー『メタル現場放題』をやります。

 

増田くんとミーティングをしたけど、彼の「現場ネタ」も登場することを考えると、取材現場の裏話しネタはもうお腹いっぱいってくらいある。のでたっぷりあれこれ聞くことはできると思います。ミーティングで増田くんと話していて、思い出して全部出したら3時間じゃおさまらないね、という結論に。さらには"いらんネタ"まで思い出し(…汗)。 当時の編集部の様子は私たちふたりのトークショーで少しは伝わるんじゃないかと思います。とにかくうるさかった、と。当時の編集部は基盤(メタル雑誌の)を作ることに必死だったので、毎日ああでもないこうでもないと、とにかくぎゃーぎゃーうるさかったと思う。私だけか? (笑) 私は地味に仕事しているタイプだったと思うけど、と書いておこう。どうせトークショーでバレる。

 


今だからバラす編集作業の大誤植っていうか、まあ、とにかく「ええ?」みたいな80年代の話をする予定。だいたい当時のバンドのロゴ、私が手書きで書いてたなんてみんな思っていなかったでしょ? 元上司とインタビューした時、「おまえ、お正月号についていたシールのRAVENの枠を1mmでもでかくしてやろうと線を引き直してたの本当?」と唖然としてました。謝罪も込めたトークショーになりそうな予感すらしますが、楽しく喋り(ばらし)ます。

 


私はこうゆうイベントを企む時、自分も楽しみたい。だからラモーンズの企画では、書店の中にレンガの壁を作ってみたりしたけれど、メタルでトークショーやるのは初めてだし、本のタイトルは『現場主義』なので、ネイキッド・ロフトを『(私の)現場=撮影現場』にしようと考えてました。トークショーのスペースをフォトセッションの現場に仕立てるのです。勝手にぱしゃぱしゃは撮らないのでご安心を。でも『現場』の緊張感を作ってみようかな〜と。

 

 

↓ちなみにこれはおとといのラプソディーを撮り終わったあと。かたずける暇なしで走ってライヴ撮影に突入@O-east。

 


そんなわけで、島忠で小道具を買ってみたけど、でかすぎた。むりやり車に乗せたけど取りだせなくなったりして(汗)

 

 

 

本に載せた写真以外のアナザー・カットも少し見せられると思います。それから原稿も書いたのに掲載できなかったバンドのエピソードもあるのです。どっさりと。だからそのあたりもしゃべっちゃおうかな、と。スレイヤーの話は取材現場では増田君と一緒だったので、エピソードはWになる予感。撮影する私とその現場を横で見ていた人とのトークショーですね。

 

 

それからプレゼントとお宝ベスト5に書いた物もテーブルに並べる予定。Tシャツは100万円のを着ていこうかな〜(笑)  みなさまも自慢のTシャツでお越しください。そしてじゃんけん大会かくじ引きかわからないけれど、プレゼントに私があなたのアー写をとりますコーナーもあるので、アー写にしてください。いつ使えるのかわからないが(笑)

 

 

ラプソディー・バージョンでいきましょうか!?

 


もう明後日だというのに、まだやりたいことがむくむくむと浮かぶので、当日増田君と決めます。19:30スタートで、延々と喋っちゃいま〜す。メタルは初だからやる気まんまん。あ、当日は本の販売もしますので、まだ買えていない人はぜひネイキッド・ロフトでご購入ください。サインでもハイタッチでもなんでもやります(笑) で。しつこいけど1ページ目の写真から見てね。それとラモーンズ本のカバー同様↓カバー剥がしてステージ裏ショットも見てー。

 

 

よろしくお願いします。

 

 

マーティー、わざわざ本を持った写真で宣伝してくれてました。マーティはそうゆう人。いつも本当にありがとう! ! 

11月10日(金)ネイキッド・ロフトで19時半から。でもマーティーはいないからね。

 

 

 

そしてその翌日11日もトークショー...の内容は明日書きます♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

      本2冊執筆終了:『メタル現場主義』

2017.09.30 Saturday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

 

やっと ! ! ブログ復活。

 


ずっ〜と本を書いていました。しかも2冊も...(@ @;)    どっちのフライヤーにも「10万字書き下ろし」っていうコピーが書いてあるんだけど、x 2 だから20万字書き下ろしたってことに……普段使わない右脳だか左脳だかの筋肉ついたかも。しかしカメラマンの分際で本を出版させてもらえるなんてありがたい話。もう一生懸命書きました。「書きましたじゃね〜よ、当たりまえだろ」って怒られるかもだけど、いや、もう、ここぞとばかりなんですよ。(脳の)基礎体力がない私が最後まで走ったっていうか、完走できたっていうか…とにかく両方とも大事な2冊には間違いない。だからちゃんと1冊づつ紹介したい。自分の本だから、自分できちんとしてやらないと。

 


まずは『メタル現場主義』のこと書きます。

 


私は20代の時にシンコー・ミュージックで創刊されたHM専門誌の専属グラフィック・デザイナーとして働いてました。NYへ行っちゃうまで。そんな『BURRN!』という雑誌で紙面を作ってた私が、いつ「写真を撮りたい」になったのか?  それは88年に来日したあのバンドがきっかけです。ラモーンズでもレイヴンでもない。…という話をはじめ、撮影エピソードからバンドへの思い入れをたっ〜ぷりと書きまくりました。60バンドも。メタル・バンドだけでももっと撮っているけど全部書ききれなかった。だから「ユキさん、あの時あのバンドのライヴ会場にいたじゃん?」と思う人もいるかもしれないけど書けなかったバンドは...仕方ない。フィルムが劣化していくのをルーペで見てビビりながら、自分の記憶が劣化する前にフィルムで撮影した時代のことを(も)あれこれ書き残しました。

 

 

 

内容を少し紹介すると、スリップノットがグループ・ショットの撮影現場にマスク忘れてやってきて「今すぐとりに行ってこいっ」と命令した話とか、密着取材で垣間見たとあるミュージシャンの素顔とか、メタリカのラーズの目力とか、歌詞は凄いDEATHなのにそうゆうのまったくダメなバンドだったネタとか、デイヴ・ムステインにけちょんけちょんにいじめられた話とか(撮影と関係ないけど...)、独断と偏見で選んだイケメン・ベスト10♡とか、メタルに特化しカメラマンの自分という立ち位置はぶれることなく。でも「笑」多い。

 


そして自分にメタルを聴くチャンスをくれたお二方にもインタビューを申し込み、さらには「それも撮り下ろしたい」とお願いし、伊藤政則さんと元上司の酒井さんを撮り下ろさせていただきました。撮り下ろし写真はミュージシャンの撮影と同じようにコンセプトを考えて撮影したある意味Exclusive!  このコンセプト、メタル・ファンなら「おお、そうきたか」と分かってくれるんじゃないかな。伊藤さんには、私が通ってた新宿ツバキ・ハウス時代のことから取材のエピソードまで。元上司の酒井さんには、以前ここで私が書いた “お正月号に何故シールが付いてるの?“ が好評だったので、今さら知りたかったことを聞きまくってきました。

 


そしてこの本には、もうひとつ自分的に重要なポイントがあって…それはカメラマンもデザイナーも編集者も女性。女性の視点で作ったメタル本という点。これは意味があると思います。男性編集者だったらOKが出ないポイントっていうのもある。写真のセレクトも。カメラマンも今でこそ女性も多くなったけど完全に男社会。その中で個性をどう出せるかも大事だと思っているので。丁寧で優しいメタル本になったかな?

 


デザイナーの浅井さんは私がグラフィック・デザイナーだった80年代のリアリティを出すために昔の『BURRN!』を見てテイストを吸収してくれた。派手派手に作っちゃったからね〜当時の私(笑)  でも彼女はメタルをスマートでかっこよく見せてくれてますよ。そして元MUSIC LIFEの編集者、赤尾さんとのタッグは科学反応を引き起こしているかもしれません。いや、私は頑固な上にわがままだからただ赤尾さんが大変だっただけかも。でもクリエイティブなことは、どんどん新しい人や物事との組み合わせが大事だと思うし、エンタメは作る側も楽しくなけりゃ伝わらない。そこがうまくいったと信じてます。楽しい本は読み手にも伝わる。大変だったけどすごく楽しい作業でした。と書いてるけど校正はまだ続いてる… 

 

 

構成も写真も何度も差し替えて、カッコよく見えるページを目指しました。この本は、作っていくプロセスも含めておもしろかった。発売前にまた本の制作裏話しを書きますね。ぜひ買ってくださ〜い。続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     ロック・フェスの真骨頂

2017.08.23 Wednesday

 

 

 

 

 

 

サマソニ2017の撮影は無事に終了しました。みなさま、お疲れ様でした。
それで…なんと、もう出来たそう⬇︎ 驚 ! !

 

 

 

カメラマン的には写真をグラビアとして扱ってもらえる紙はやっぱり嬉し〜。流れていかない写真。記録じゃなくて記憶に残って欲しい写真が一冊にまとまってます。

 


個人的にライヴはKASABIAN、DUALIPA、Phoenixなどなどあれもこれも良かった。撮影は金曜日の夜から開始。時間を飛ばしてるわけじゃないのに、アーティストによってぐっと歳をとったと感じるのはなぜだろう。特に何度も撮っているリアム。望遠レンズで覗いてるから如実に分かるのよ肌の質感が。これカメラマンあるあるだと思う。いやでも、KASABIANやRIDEはいい感じな歳の取り方していたからしわの数じゃないんだよなぁ。何なんだろう?   そのリアムしょっぱなから『Rock N Roll Star』とか『Morning Glory』とか出し惜しみなくやっていて流石だ。フェスをわかっている。

 


ライヴは、普段見る機会のないZARAを見られてラッキーだったり、ヴィクトリアズ・シークレットのファッションショーみたいな(女の子に人気でそう♡) DUALIPAのパフォーマンスもカッコ良かった。ロックファンの自分にはとっても新鮮。撮影以外ではTRFに走って「ez do dance」で ヒュー♪をやったり(笑)  時間的に移動できなくて、HYUKOH(ヒョゴ)とリック・アストリーを見られなかったのが残念と思ってたら…

 


フーファイのステージに、なんとそのリック・アストリーがまさかの飛び入り ! !  これが最高すぎた〜。今年のサマソニのベスト・パフォーマンスはこのコラボに尽きる ! !  曲もミュージシャンも。デイブは「弾き方思い出せるかな...」とつぶやきながら、『Smells Like teen spirit』をアレンジで即興演奏。その演奏にリック・アストリーが名曲『Never gonna Give with you up』を乗せて歌うという奇跡のコラボ。名曲と名曲の合体。これぞフェス〜♡ その時の映像がこちら。

 


アンダー30代のロック・ファンに説明しておくと、飛び入りしたリック・アストリーは80年代を代表するポップ・スター。その彼がロック・バンド、フーファイターズのステージに飛び入りし、即興で『Never Gonna Give You Up』を歌ったというわけ。(←オリジナルのきらきらPVも見てね)  しかもポップ・スターなのに “カモーン、Fxxkin Mother Fxxker” と叫んじゃったから、ロック・ファンの心を鷲掴み(笑)

 


このコラボの凄いところは、リックの歌唱力。それとフーファイの『Smells like〜』のアレンジ。最初は一瞬何をやり始めたのかわからなかった。で、歌が入って「ええっ!?」とびっくり。ポップスターとロックスターの「技」を見せつけられてゾクゾクしました。それに実はこの曲、フーファイが同性愛者やバンドを攻撃するカンサスの教会(と名乗るヘイトグループ) への抗議曲として使用していて、(その映像もyou tubeに上がっているんだけど)、トラックの荷台でかけていた曲。抗議の方法もアメリカの(西の)バンドっぽくて、スマートでユーモアに富んでいて、私はこの映像が大好きだったから目の前に本物が登場して感動しちゃったというわけ。もう1つ付け加えておくと、テイラーホーキンス(Ds)のドラムのヘッドがクリスコーネルの写真だった。そこにもちょっと涙。

 


ロックのカッコ良さに浸れた素敵な夜。こんなのアメリカのスーパー・ボウルみたいなお祭りでしか見られないと思ってた。日本で見られるなんて最高。名曲のコラボはエネルギッシュだったし、ふたりも楽しそうにプレイしていてそれもすごく良かったし。(デイブとリックは、そのあと飲みに行っちゃったらしい) しかもあれが事前のリハーサルなしと聞いて更にびっくり。プロって凄い…

 

 

と仕事しながら、肉ばっかり食べて、遊んで、仮眠して、夜もまた撮影して、サマソニ仕事を楽しみました。フェス・アディクツの私は夏が終わってしまって寂しいです。でもこれから書籍の発売、ラモーンズ フェスティバルの開催と秋はロックが盛りだくさん。ちょっと休んだらまた頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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