アスレチック・トリオの近況報告 その2

2019.02.23 Saturday

 

 

 

 

昨日はRefugeというHMトリオ・バンドの撮影でした。広角レンズで( 正面から3人はいるかな? )と探りながら。渋谷のO-EASTという小屋はステージは広行けど、2人の距離がきっちり収まる。同じトリオ・バンドのDESTRUCTIONだとシュミーヤとマイクの距離が遠すぎて、真正面から3人を狙うのが不可能だったりするから、ここが決まると気持ち良い。昨日は3月に来日するアスレチック・トリオ、RAVENの画角を考える機会にもなった。

 

 

 

そのRefugeの前にギター雑誌の取材をし、その時に編集者さん達とRAVENの話になった。H野君がこんなことを言った。RAVENみたいにイギリスからアメリカのメジャー・レーベルに行ったHMバンドっていますか?と。インカムをつけたスラッシュ・トリオもいる?  このバンド、人がやらないことばかりやってるよね? と。業界でもハード・コアなファンとでも、RAVENの話をする時はみんなやたらとアツイ。もっとも私の周りに集まる人たちだけかもしれないけど、バンドを絶対的に支持してやるという気合いの入った人だらけで、めっちゃ楽しい。これでもかの不遇を全部引き受けても、それとライヴは別にタフなバンド。こんな部分もRAVENのファンは支持している。

 

 

 

 

 

さて今日書かねばならないのは、70000 tonクルーズから戻った兄から「楽しかった」と写真が届いたのでその報告を。彼らはもうこのクルーズは4回目。「いつも狂ったメタルヘッズだらけで楽しい」そうです。でも今回ばかりはプールのあるデッキ・ステージに風速30マイルの風が吹いていたらしくかなりヘヴィだった様子。

 

 

 

 

ライヴは2回あって、ステージBのクルーズの中のステージは音響も最高だったとのこと。新しいライヴ・アルバムのセットリストで演奏したので、この様子だと3月15日も新作、ライヴ・アルバムからの選曲になる?  という話は後半に書くとして…あれこれ話してくれるのでそれブログに書きたいから「写真ある?」と聞いたらこの写真が添付されてました。

 

 

All Photos : Carl Frederick of Metal Storm

 

 

オンスロートとセッションした時の様子。インカムじゃなくてマイクを持ちというレア・ショット。これは面白い〜。日本公演でもFoo Fightersがやっていたみたいに、ファンにベースを弾かせてジョンが歌うことに専念するっていうのを1曲やってみるのはどうでしょうか?  私もレア・ショット撮りたい。前の来日公演で飛び入りしたマーティも、RAVENを弾きたいミュージシャン。でもベーシストじゃないからなぁ。

 

 

 

 

ところで、新しいドラマー、MIKE HELLERのこと書かねば ! RAVENを後ろで30年近く支えたジョー・ハッセルバンダーが心臓発作で病院に運ばれたのは、アメリカで4本のライヴ、スウェーデンのフェス、そしてヨーロッパの12本のライヴが控えてた直前だった。急遽ビジネスパートナーに紹介されたJimmy Messというドラマーとリハーサルをし、アメリカの4本のショーのうちの1本目を彼とプレイ。(多分、これは急だったためサポートのみ)、次の3本のアメリカでのショーのために登場したドラマーが、FEAR FACTORYのマイクだったそう。

 


最初にジョンとマークとマイクで30分話しをしてから、セット・リストを渡すとマイクは全ての曲を譜面にしたらしい。それに兄弟は「釘付けになった」そう。しかし、そのまま2本目のライヴを一緒にやった後、マークが「なぜ、そんな風に演奏しているのか?」と聞いたらしい。この質問は、MIKEが初期のアルバムの音と同じように叩いていたから。兄弟は彼にこう言った。「もっと即興で。そしてもう少し早く叩いてほしい」と。するとマイクは「本当に? それはいい。やるよ」と。このライヴ後の3本目の公演からは「彼はどんどんエモーショナルになりRAVENの新しい音は完成されていった」んだそう。さらにジョンからこの話↓を聞いたら、もう3月が待ちきれなくなった。

 


「マイクみたいなテクの持ち主とはプレイしたことが無かったよ。彼のスピードは本当に恐ろしいんだ。特に彼のキットとダブル・キックの仕事は本当にクレイジーでね。RAVENで重要なのは、彼のプレイと俺の演奏が ”クリック”することなんだ。そうなれば、お互いの演奏を楽に追いかけていくことが出来るんだよ。これがスリー・ピース・バンドの鍵なんだ。この瞬間にマークのギターが合体すると最高にエキサイトするのさ!!! これってロブ(ワッコ・ハンター)を加入させた時くらい、いやあの時以上に激しいサウンドだと思うよ」

 


ジョンの話は正にRAVENの魅力、スリーピース・バンドの爆音インプロ? エモーショナルが音になって即興演奏するバンドの醍醐味のことを話してくれてめちゃ面白かった。なので、少しでもこれがRAVENのファンに伝わるといいと思って書いているけど、私のデタラメ英訳だと不安なので、最後に兄とのチャットの文面貼り付けときます。

 

 

だからプレイするのが好きなんだなというのがいつももの物凄く伝わってくる。好きだけで演っている ! そんなことは知っていたけど、言葉にされるとシビレる。80年代からRAVENはそのことをずーーーーっと言っている。

まだ書くことはあるので、来日までにまた書きます。大事な言葉は貼り付けとくので誰か英訳お願いします。RAVENネタはここにも書いてます

 


I have never heard or played with a drummer with such intense technique... his speed is frightening... both around the kit and his double kick work is just crazy...but he is inventive and has great feel. Most importantly his playing and my playing just “ click” .. we can improvise and follow each other’s playing effortlessly.. and that’s key for a 3 piece band... and at the same time he & Mark lock in together... so it’s very exciting...it’s reminiscent of when we had Rob in the band but more intense! <J.Gallgher>

 

 

 

 

 

 

 

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     “ゴルフ現場主義”のカメラマンの写真展に行ってきました

2019.02.12 Tuesday

 

 

 

 

 

 


羽田空港で写真展を見てきました。
飛行機の写真ではなくてゴルフにまつわる写真。私はゴルフは詳しくないしフィールドの撮影をしたことないけれど、このフライヤーを見て一目惚れとでも言うか惹かれて。

 

 

残念ながらカメラマンの内田眞樹さんは昨年お亡くなりになっていた。フライヤーの中の一番大きい写真は石川遼選手で、ピースをカメラマンに向けてこっそり出している。この被写体との距離感こそドキュメンタリーの面白み。これを撮れるカメラマンの写真展。そこにも興味があったし私には何か勉強になるだろうと思って。

 


その前に…何故、空港で写真展をやっているかというと、第一ターミナルにゴルフを練習するお店がオープンしたからです。ここはカフェにもなっていて、出張で羽田からどこかへ行く(帰ってきた)時に練習する場所らしい。私にはそれすら新鮮〜。

空港は機材の重さや時間やゲートの変更を気にしながらいるワクワクしている場所という概念しかなかったが、ゴルフをやる人にはさらに面白みが増えたというわけだ。空港にギターを弾けるリハ・スタがあるようなもんなのか? (笑)。ゴルフの練習をしてから飛行機に乗るという時間の使い方も「へぇぇ」です。お店に着くと早速「フライトが雪で遅れるらしいから10分やる」というおじさんが入店してきた。なるほど。

 


写真はトータル50点(以上?) あったかな。その距離感からカメラマン内田さんという人が見えてきた。ゴルフの現場にも音楽同様、様々なルールや特徴があり「打ち終わるまではシャッター音を出してはいけない」そうです。このあたりはクラシック公演と同じね。野球のユニと違い、それぞれカラフルなウェアも被写体の個性を表現するアイテムになっていたり、回るグラウンド? フィールド? の素晴らしい景色も「ゴルフの現場」の特徴的な要素。このあたりはロック・フェスの現場と同じかも。切り取る素材がてんこ盛りだけど、どう切り取るかがカメラマンの個性だし、愛情も映り込む。被写体とのコミュニケーションの取り方と距離でも絵は全く違ってくる。機材(消音)や道具の種類、ジャンルの特色など、ルールの違い以外そこは音楽の現場とほぼ同じ。

 

 

 

 

ジャンルや目的が違っても人を惹きつける写真にはそこに人間味が出る。人間味=内田眞樹さんそのものが。望遠で狙った一枚からも凄く近い距離を感じる写真もあって写真は生きていた。キャディさんとの一枚や、景色、影、夕日や朝日、捉えた瞬間が生々しかったり、ユーモアに溢れていたり、疲れていたり、飽きていたり( ? )、人間が表現されていて本当に面白かったです。もっとあると思われた緊張感を感じる写真が実は少なくて、肩の凝らない絵が多かったのもこの内田さんらしさなのかな。すごく真面目な人じゃないのかも(失礼なこと書いてますね、すみません)。なんだか楽しい。

 


距離感は相手と仲が良いということではなく、撮る方がどれだけそこに食らいつきたいかの気持ちの表れ。撮りたい欲望はマクロ・レンズで至近距離で撮れば良いものでもないわけで、望遠レンズの一枚からも伝わった。ゴルフの打ちっ放し? をやっている人の横で、私はそれをよく理解していないけど、きっと楽しいんだろうというムードを感じながら活き活きとした写真を見ました。石川遼選手のファンらしき女の子たちも羽田まで見に来ていた。ドキュメント写真の魅力と大事さを感じられた展示でした。

 

 

 

ゴルフに詳しいRAVENファンのTakaくんが付き合ってくれて解説もしてくれたので、そこも倍、被写体側も見えて理解できた。感謝。私は幾つか撮りたいテーマがあるので技術もだけど、気持ちを押していきたい。

 

 

昨年、見たかったこの展示↓を見逃したので、今年はアメリカや韓国も含めてチャンスがあったら積極的に見て撮りに回りたい。もしまたこれが日本のどこかで開催されたら教えてください。地方でやっていたら旅がてら見に行きたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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     アスレチック・ロック・トリオ 4度目の来日

2019.01.28 Monday

 

 

 

 

 

 

80年代から応援しているHMバンドが絶妙なタイミングで来日する ! 今週末から70000 TONS of METALでマイアミのクルーズ(フェス)にも出演する兄弟スリーピース爆走HMバンドRAVENのこと。
 

 

昨年、来日公演がアナウンスされた瞬間に ”LUNATICKS” と呼ばれる熱心な信者たちからSNSにメッセージが届いた。「たまにはRAVENのことも書いてください」というメッセージも時々もらうけど、とは言え私にたどり着くというファンのコアさに脱帽。なので今日はこのバンドのことをたっぷり書きます。ロック・ファンは読んで。野球ファンと韓国エンタメの友だちは「退室」してもいいよ〜。w

 

 

本当に絶妙なタイミングでの来日だと思う。理由は二つ。ひとつは先週リリースされたやたらとタイトルの長いライヴ盤【スクリーミング・マーダー・デス・フロム・アバヴ〜ライヴ・イン・オールボー】が、RAVENらしさ全開の素晴らしいライヴ盤で、これを聴いた後にこの音源を収録したメンバーでのステージをこのタイミングで見ることが出来るからだ。

 

 

RAVENの魅力を伝える核となるのはパフォーマンス。テクニックも凄いけど、ステージ立って音を出したら多少の粗さは気にしない。ライヴの凄さを表すとしたら、破壊・爆走・爆音。これが彼らのステージの魅力。80年代から全く変わってません。ま・っ・た・く (笑) それを例えば写真で表すとこれ↓w

 

 

つまり、音のプロダクションのことではないってこと。今回のアルバムも、ライヴ盤を聴く時に良いスタジオで素晴らしいエンジニアが作る音を想像しない方がいい。そのプロダクション的な部分は(乱暴な言い方をすると)このバンドにはどうでもいいのだ。ギターの音がブチっと消えたりしてるのはそのまんま。彼らがアスレチック・ロック・トリオと呼ばれるようになった由縁はそこから来てて、弟のマークはステージをほとんど走り回っている。

 

 

だからギターの音がブチっと消えたのはどっかにぶつかったかなんかだろうと想像しておけばいい。そうした生々しさが30年以上前にリリースされたライヴ盤『LIVE AT THE INFERNO』同様のクオリティなのだという意味です。とはいえもう60歳、それを今でもあのままやっているところが凄いと伝えた時「だってやりたいのはライヴすることだけだから」ときっぱり。

 


ベスト・タイミングの来日の理由、ふたつ目。新しいドラマー、マイクと兄弟のプレイを拝めるという点。初代ドラマーWACKOはニューヨークに拠点を移した後に脱退。その後に加入したジョー・ハッセルバンダーが1987年から2017年まで、何と30年間もこの爆走兄弟を後ろから見守り、時に手綱を操るように上手いタイミングでリズムを差し込みRAVENの命であるライヴの音を守ってきた。ジョー・ハッセルバンダーの「旨さ」があったからRAVENはと言うよりも兄弟二人は好き勝手に出来ていたと思う。絶妙な間合いの入れ方、巧さ、リズム隊の(と言っても兄もインカム付けて走っているわけだから・笑)、バンドのリズムを崩さずに。

 


今回来日するドラマーは、30年連れ添ったジョー・ハッセルバンダーの後を引き継いだマイク・ヘラー(フィア・ファクトリー)。RAVENはライヴ盤をトータル3枚リリースしているけど(よね? 汗)、84年・95年・2019年(2018年)、今までRAVENで叩いてきた3人のドラマーの歴史は、これで全部音源として残ったね。私はマイク加入後のRAVENを見るのは今回が初めてになるけど、ライヴ盤を聴く限り、また兄の話を聴く限りだと、彼と兄弟の息はピッタリと合っているように見える。アスレチック・ロックなのでそんな例えで書くとチーム・プレーは息が合ってないと成立しない。スポーツで言うダブルスならぬトリプル?  これがアスレチック・バンドの特徴的なところかな、と。

 


RAVENはそんなバンド。前回の来日では終演後のミーグリが確か人数限定であっという間に終わってしまったことに「ファンはもっと来ていたのに、どうして人数を制限したんだ?」と怒っていて翌日空港に向かうまで、都内でサイン会をやっていたようなバンド。でも人数決めないと、会場のスタッフは終電を逃していただろうね…。「もう止めろ」と注意されたのにアンコールをやり続け、電源を落とされたバンドだけある(←アメリカでの話)。爆走しちゃうと止まらないんだろう。

 


最後にセット・リストのことを聞いたので記載しておきます。

 

 

初日は往年の初期3枚をプレイするとアナウンスされている。ここに「これまでジョーで、できなかった曲もあるので、マイクで初めてプレイできる曲もある」そうです。これは楽しみ。そしてLunaticksが期待している2日目のセトリはジョンから「1987年以降の曲で聴きたい曲」ファンからの要望の多い『Life’s A Bich』『Nothing Exseed〜』や『MAD』日本発信でリリース・制作しその後の彼らの分岐点になった『Walk Through Fire』(キングレコード) からも入りそうだ。私は昔『The Pack is Back』が 「(時代とバンドにそぐわなかったとしても) 良い曲がある」と兄弟に伝えた。「young blood」や「Hyperactive」は彼らが今ステージで音を出せばRAVEN流になると思っているので、マイク加入で新しい空気をが流れている今のRAVENで聴いてみたい気もしている。

 

 

アメリカのバンドにありがちなマイクは西側、兄弟は東側に住んでいるので、リハーサルで音を合わせてうまく行った回数からセレクトされそうだ。2日目は百戦錬磨のライヴ・バンドSURVIVEがOAにつくということでアグレッシブな夜になりそうです。と、たっぷり書いてみました。

 

 

Lunaticsの中には日本から今週末の70000 tonsを見にいくツワモノもいて羨ましい。来日までに機会があったらまた書きます。SNSに掲載した1980年代、仕事中にこっそり作っていた「ファンジンの中身を見せて」という人のためにそこも書きたいけど、本当に内容がくだらなすぎて...汗。企画としてはRAVENの新譜が出た時に掲載されたすべての雑誌のレビューを勝手に斬ったりしてました。ヤバっ。汗

 

 

 

 

 

 

 

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      VOIVOD THE BEHIND STORY

2019.01.21 Monday

 

 

 

 

 

今日は彼らのタイトル風にタイトルつけてみたけど、あのフォントじゃないとピンとこないね…w
2019年はVOIVOD、RAVENと好きなバンドの来日が続く…そして昨年末にアナウンスされたTHE WHOのUSA TOURのチケットを無事にゲット ! ! 久しぶりにレンタカー借りてアメリカ大陸を走行しに行ってくるぞ〜。

 


さて3度目の来日を果たしたVOIVOD (⇦ヴォイヴォドと読みます)。プログレ・フレーバーの変則スラッシュ(?)、爆音でインプロを奏でているようなバンドという説明で通じるかな?  新作『THE WAKE』はコンセプト・アルバムのよう。個人的にかなりのヘビロテで、1曲目からVOIVODらしいうねりの渦に飲み込まれ(まさにカバーの絵のような)世界にずぶずぶとはまる。

 

 

コンセプト・アルバムのように最後にクライマックスが来るからラストの8曲目は「まるで映画のエンドロールを見ているような気分になる」のだ。と、撮影中にメンバーに言ったら「映画のようだと言われるのはしてやったり」とニンマリされました。「パズルのようにいろんなリフやパーツを繋げて曲を完成させた」とGのチューウィーが言ってたけど、その予想不可能な音の展開がクセになる。

 


公演前日の撮影の合間に『THE WAKE』のことや、AWAYの絵についてを聞くことが出きた。『メタル現場主義』を渡したら、すぐに10年前のことを思い出し「ああ、MVをどうやって作ったかを聞いてきたカメラマン?」と思い出してくれた様子。

 


書籍には、CGのない80年代にどうやって『Astronomy Domine』のMVを録ったのかを書いた。その時にAWAYが書いてくれたイラストも本に載せてある。で、本人、その自分の書いた絵を見てケラケラ笑いながら、SNAKEと一緒に、他のメンバーに「下に扇風機を置いたなぁ〜」とか説明。そこで、すかさず「明日もAstronomy Domine演る?」と聞くと「最近、この曲はやっていないんだ。長い間演ったからもういいかなと思って」と言ってたんだけど、東京公演ではアンコールの最後にやってくれたね。日本のファンは貴重な1曲をゲットです。

 

 

イラストのこと。AWAYに「いつ、VOIVODのイラストを描いているのか?  インスピレーションはどんなタイミングで湧くのか?」と聞いたら、なんと「絵はツアー中に描く」らしい。「自宅では描かないの?」と聞くと「自宅ではTATOO用や書籍の絵を描く(仕事用?)」そうです。描くのはサインペンだったり水彩だったり。ツアーに水彩絵の具とか持ち歩いているのかだろうか? と、カメラマンなのに質問だらけでしつこいな〜(笑)。でも楽しそうに話してくれてましたよ。

 

 

ここで貴重な一枚を。あの素晴らしいショウの後に、本当にこうやって楽屋で絵を描いていました。だから彼の絵のインスピレーションはパフォーマンスから得るものなのかもしれない。

 

この日AWAYのTシャツはディスチャージ↑

 

 

RAMONESのTシャツ。VOIVODのメンバーの着るTシャツは一貫している。パンク・バンドのTシャツだ。いつもモーターヘッドやラモーンズやP.I.LのTシャツを着ている。サウンドはプログレだったり、スラッシュだったり、インプロだったり、全くパンクではない。でも嫌いなバンドのTシャツなんて着ないよね? 公演の終わった夜、ライヴハウスの下のコンビニの前でメンバー全員、ずっとサインを書き続けファンと写真を撮っていた。こんな所にD.I.Yのアティチュードを感じる。D.I.Y(Do it yourself)のメンタリティはコマーシャリズムとはかけ離れているわけで、だからあのTシャツに納得する。

 

 

 

フガジのイアン・マッケイが自身のレーベル「Dischord RecordsのLP用の紙ケースを段ボールを切って糊付けて1000枚くらい作るのなんて簡単さ」と言っていたが、D.I.Yはメンタリティ。コンビニの前で延々とサイン会をやったその夜、ツイッターには「神対応」という言葉があふれてた。

 

 

『THE WAKE』のカバーの後ろのメッセージ。あれを書いたのはSNAKEで「何か別の意味を含むのか?」と聞くと「いろんな意味があるけれど…星は、レミーとかそうゆう人たちのことも指している」と言っていた。そうゆう人たち=私はジョニーやジョーイ(ラモーン)を思い出したけど(ああPiggyのこともだよね…)と思った。憶測だけど、あの頃の曲、『Astronomy Domine』を演らなくなったのは、飽きたのかもしれないし、今、新しいメンバーとの時間が充実しているからじゃないかという気もしました。

 

 

 

 

と、聞いたことをつらつらと書いてみました。

 

 

私も外でサインをもらっていたファン同様、CDの裏のメッセージのところにサインをいただいた。小さいUFOのイラストもつけてくれたので「私ニューメキシコ州のロズウェルの宇宙船墜落現場に行ったことがあるよ」と言ったら「えええ ! !  僕もあそこ行きたいんだよ」とかなりウケてました(笑)。VOIVODファンはぜひ、ニューメキシコ州のUFOミュージアムと墜落現場に足を運んでみてはどうでしょうか? ! w

 

 

 

 

 

 

 

 

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     クイーンの映画を見て『MUSIC LIFE』を再認識

2018.11.07 Wednesday

 

 

 

 

 

 

最近のブログ、映画の事しか書いてないな。そして今日も映画ネタ。なんでだろ? (笑)  クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を一足先に見てきました。ネタバレはないので大丈夫だと思うけど明後日公開なので楽しみにしている人は読まないでね〜。SNSには感想をこんな風に書いた↓

 


【キッス、エアロ、クイーン」という三大バンドを10代の時に聞いていた世代にはたまらない映画。裏切り、才能、時代、孤独『MUSICLIFE』には載っていなかった彼らの姿を知ることができる上に、あの名曲を聴きながら観るのだから、感動するに決まってる? ! w その数々の秀作やコードがどのタイミングで生まれ出来上がったのかのプロセスを知ることが出来てワクワクした。ラモーンズの『エンドオブ・ザ・センチュリー』くらい「ええ ! ?」という衝撃もある分、そこは「ただの革ジャン着たパンク・バンドじゃなかったんだ的な衝撃」が、クイーンというバンドを以前よりぐっと身近にしてくれる。『ジャージーボーイズ』や『ラヴ&マーシー』と並ぶミュージシャンの人間ドラマです】

 


映画はバンドあるあるも含むバックヤードの知られざる話。私は1970年代、クイーンにはそんなにハマらなかった。なぜなら彼らはメイン・ストリームの優等生バンドで、音は聴いていたけれどRUNNAWAYSやKISSの方が不良の匂いがしてカッコよくて断然好きだったから。パンクの登場でロックに対する意識も更に変わって。

 


洋楽ロックの情報源『MUSIC LIFE』はクイーンを3大バンドの一つと位置付け、彼らを日本で特別なバンドに仕立て日本独自のシーンを作った。いや作ってくれた。洋楽が今でいうK-POPくらいエネルギーを持っていた時代だったから、興味があるなし関係なく、とにかく華やかなバンドは全部目に入ってきた。雑誌の存在も時代と同じように華やかなままメインストリームにいたと思う。

 

 

今では表に出る必要のない編集者をキャラのように見せ親近感を作っていたり、(そのキャラ作りや人気投票のカップなんかはその後創刊のHM雑誌BURRNにも受け継がれていくんだけどw )、女子の夢を壊さないワクワクするバンドのカラー・グラビアがたくさん載っていて楽しかった。ラモーンズほとんど載ってなかったけど...(涙) そんなファンジンみたいな雑誌って今もあるのかな?

 


私はクイーンの熱心なファンではなかったのに、知らないうちにそのまま『MUSIC LIFE』の影響を受けていたということを韓国の友だちとこの映画の感想を話した時に感じた。『MUSIC LIFE』には日本で撮りおろした写真やエピソードがいつも載っていて、欧米のバンドと日本を密着・合致させていたけど、あれは今思うとものすごく潜在意識の中に刷り込まれていたんだなと。映画のシーンにフレディの自宅に飾られていた着物がチラっと映る。そこで初めて「何度も来日した、すっごく人気のあったバンド、クイーン」を一瞬感じられるのが確認作業をできたような気持ちになった。

 

 

『MUSIC LIFE』のように、バンドを大フューチャーしてくれる雑誌がなかった国のロック・ファンにはもしかしたら「私たちの」バンドにはなっていないのかもしれない。ましてや自国がツアーに含まれていなかったら。『MUSIC LIFE』はそこを作ってくれていた。バンドとファンをぐっと引き寄せてくれた。アンチからは「くだらない」と思われていた制服や着物を着せた撮影も、今となっては来日してくれた証。日本にいたのだ。もはやビッグ・ネームのバンドのワールド・ツアーに日本が入らない時代になりつつある今、奇跡にすら思えてくる…。

 

 

「熱心なファンじゃない」と公言はしたけど、映画の感想が韓国の友だちのように「イギリスの伝説的なバンドのドキュメンタリー」だけにならなかったのは、彼らの存在が『MUSIC LIFE』を読んできた自分にはもっと、ぐっと、ぐぐっと近い存在だったから。遠いイギリスのバンドなのに。

 

 

 


その『MUSIC LIFE』を作ってきた元編集長の東郷かおる子さんは、最近もラジオやテレビでクイーンのことを語ってくれている。だから彼らの存在は決して遠くには行かず、すぐそばにいる。「フレディ、あんなに出っ歯じゃなかったわよ」と東郷さんは言っていたけど(笑)、そんなことですら語ってくれる人がいるから、他の国のファンとは感じ方が違うのだ。『MUSIC LIFE』がくれたのは情報だけじゃなかった。クイーンの映画は『MUSIC LIFE』のことをまた違った角度から認識させてくれた映画でもありました。

 

 

 

 

その貴重な取材と写真の宝庫シンコーミュージックから本日発売。

誰かラモーンズも作ってくれないかな〜。来日密着的なやつ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『さらば青春のJAM』を見た

2018.10.12 Friday

 

 

 

最初にもしコレクターズのファンの人がこのページにたどり着いていたら、お断りしておきます、私コレクターズを語れる人物ではないのでバンドのことは書けないので〜。ごめんなさい。今日のブログはあの頃のJAMスタのことを書いた80年代回想ブログです。

 

 

『さらば青春のJAM』を観てきた。新宿の明治通りにあったライヴハウスJAMと日本のモッズ・バンド、コレクターズのコラボレート的なドキュメント。コレクターズを軸にモッズ・シーンの聖地( ? )だったJAMの終焉とバンドを絡めたドキュメント?  (とうたうにはバンドのヒストリーは少ないが...) ポイントは盛りだくさんな映画でした。

 

 

 

東京で『さらば青春の光』が公開された頃、私も単館シアターに足繁く通った一人。THE WHOが好だったけど、周りにフーが好きな子なんて一人もいなかった。だから東京のどこかにきっといるであろうフーのファンを探しもとめ、わざわざAラインのワンピース着て(笑)JAMスタにしばらく一人で通ってた。昔はJAMのことをジャムスタって呼んでた。

 

 

当時のJAMスタにモッズが集まる日は、コーラの瓶にストローさしてカッコつけて『さらば青春の光』の世界に浸れる場所だった。自分はあの映画で言ったらさしずめモンキーだけど、カッコイイ子もたくさんいて最初のうちは楽しかった。けど、いつまでたってもフーの話をできるような音楽をどっぷり聴いてる奴とはぜんぜん出会えず、しかもこの頃の自分は大江慎也の追っかけとNWOBHMの両立状態で吸い寄せられるようにツバキハウスやロフトやエクスプロージョンに通い、いつの間にかくら替えし(笑) 音楽の話をする人に出会えないJAMスタからはフェイド・アウトしてしまった。映画の中で加藤さんが言ってたけど、「この頃ロックは下北沢じゃなくて新宿だった」のは本当にそう。エクスプロージョンも新宿区だし(笑)「ストロベリーフィールズ」っていうカフェの名前も久しぶりに聞いてとっても懐かしくて嬉しかった。

 

新宿ロフトで打ち上げの大江慎也さん。これはROOSTER(Z)の頃。こんな写真も押し入りにどっさり...w

 

 

映画を見ていたら、コレクターズの登場は80年代後半。もう少し早くに出会っていたら違ったのかもしれないけれど、でも80年代の初頭にも、かっこいい日本のモッズ・バンド( ? )、ロンドン・タイムスはよく聴いていた。彼らは日本のSMITHSを目指していたみたいだったけど、音はモッズだった。「ハインツ・デミグラスソース」のソノシートは今もある。東京にはスリーピースのもう一つかっこいいモッズ・バンドがいて、Voがある日革ジャンで登場し客が面食らっていたのを今も覚えてる。あれはなんていうバンドだったんだろう?  当時はモッズとロッカーズは相反していたのに「好きなんだからいいじゃん」とステージに革ジャンで出てきて堂々としていてカッコよかった。これも確かJAMスタだった。

 

 

日本でモッズと言うとファッションとシーンのことで、音楽は次の次なんだなと思ってたけど、ある日代々木公園のフリマでモッズのファンジン「HERE TODAY」を見つけた。モッズ・ファッションのカッコイイお兄さんから買って読んで見たら内容はロンドンの新人モッズ・バンドのライヴ・レポートが手がきで書いてあったり、新しいモッズ・バンドの紹介をしていたり、ちゃんと音楽を知らせようとしていて、「こんな人もいるんだ」と知った。それが映画にも出ていた黒田マナブさん。ファンジンは今も取ってあるけど押入れから出せないので写真はなし。ファンジンもソノシートも手作り感と想いと熱がダイレクトに伝わってくるから捨てられないね。

 

 

映画の話に戻るけど、コレクターズのおかげで、JAMスタが最後にカッコよく見えた。そうじゃなかったら普通のライブ・ハウスが終わっただけだった。JAMスタに出たのは「ロフトに出れないからこっちでやってただけ」的発言はとても正直だし、武道館の後には勝者のセリフ。フロントふたりのいい関係性やバランスが見えて結局、人の魅力の映画かな、これ。無知ながらも楽しめました。

 

 

PS. D.I.Yのファンジンついでに一昨日届いたラモーンズ・ミュージアム・ベルリンの店長フロウが作った640ページのカタログも同じ。早く彼のインタビューを載せたいんだけどまだ返事が来ません。到着次第ラモーンズFCのマニアのページに載せます。しばしお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

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     『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』日本公開決定!

2018.10.03 Wednesday

 

 

 

 

 

今日はラモーンズ・ファン・クラブの今後の活動予定を書くつもりでいたんだけど、こっちのニュースが飛び込んできたので、こちらから行きます。(ごめんね〜) でも ! ! 私がVoのドニータと友達になったのはおたがいがラモーンズ・ファンだったから。なので、この映画ラモーンズ・ファンも楽しめるのではないかな。

 


ライオット・ガール・ムーブメントのパイオニア、ロサンゼルスの女性4人組ロックバンド、L7の歴史を網羅したドキュメンタリー映画『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』の公開が決定した。やったー。2015年に復活を遂げるまで、彼女たちの環境、実は色々とあった。というネガな方はどこまで描かれているのかはわからないので、映画を見てからまた書くけど、私は彼女たちとは1987年のテビュー作以来友達になった。という話はこちらをどうぞ

 

 

フェミニストの部分ばかり取り上げられてしまうけど、(それも彼女たちにとって本望だと思うが)、彼女たちのカッコ良さは、あのベースをぶいぶい言わせた重くキャッチー!? な曲と歌詞のセンスだと思う。『Shit List』とか『Wargasm』と造語のセンスも最高だし、『pretend we’re dead』なんて笑っちゃう。斜めなウィットがあの重低音に乗る爽快さこそL7サウンドの魅力だ。癒し?  いらない(笑) カリフォルニアにはオレンジカウンティのバンドや良質のバンドがたくさんいるけど、この言葉のセンス、なかなかないよね。もしかしたら今ならヒップホップの方に通じるかも。

 


L7は1990年代には何度も来日している。クアトロ、恵比寿ギルティ、いろんなところで演っていた。映画のトレイラーに使われている原宿のホコ天のシーンは旦那が撮った映像。こうやって使われた旦那の動画作品はRAVENというバンドもいます(笑) あ、そんな旦那映像を使ってラモーンズ・ビデオ上映会も考えているのという脱線ネタは今夜書きます。

 


オフの彼女たちはLAのお姉ちゃんたちだけあって都会の子? っていう感じ。なんというか野暮ったさはない。それにやっぱりNYと違ってのんびりしているというか、あまりストイックじゃないの。言葉は悪いが楽しい連中よ。ドニータは活動ができない間もずっと音楽を続けていたし、彼女のセンスはサビてない。私も映画をまだ見たいないので見たらまた感想もブログで書くけど、映画をきっかけに来日してくれないかな。メンバーが揃っている間にもう一度 ! ! !  熱望 ! ! !  メンバー・チェンジしたけれど、結局ジェニファー(b)を戻してオリジナルにこだわるところにラモーンズっぽさを感じたりして。

 


東京の公開は12月15日から新宿シネマカリテにて〈3週間限定〉。なんと70年代に活動していたイギリスの女性パンク・バンド、スリッツのドキュメント『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』と同時上映だそう。ほか全国順次公開。楽しみ ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

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     USフェスティヴァル1982年のドキュメンタリー映像

2018.09.28 Friday

 

 

 

 

こんな映像があったのか ! !  です

 

 

『USフェスティバル 1982年』のドキュメンタリーです。ラモーンズの歌ってるシーンだけとか細切れのパーツ、パーツの映像はロック・ファンならyou tubeで見たことあると思う。でもこのフェスティバルがどうゆう経緯で生まれ、作られていったのかを制作サイドと出演者のインタビューで語られるのは初。ドキュメンタリーが残っていたとは知りませんでした。というか、もう細切れのプロカットが残っている時は「フル映像が必ずどっかにあるね〜」と疑った方がいいね。隠してるな〜と(笑)

 

 

 

 

出演バンドはラモーンズ、B-52、カーズ、トーキング・ヘッズ、そしてサンタナ、グレイトフルデッド、ポリス、フリートウッドマックなど、SIREレーベルのバンド総出演。フェスティバルはあのMacintoshの生みの親Apple共同創業エンジニアのスティーヴ・ウォズニアック。彼が30歳にして1億円も儲け「金が有り余っていた」からこのフェスティバルが生まれたのだ。くだけた言い方すると、「俺、金スゲー持ってるからウッドストックと違う快適で楽しいフェスティバルをやりたーーい ! ! 」ってなノリで作っちゃったフェス。だからスポンサー無しで自由に作ったらしい。

 

 

それでも「アナウンスしてからウッドストックの本も読んで(フェスティバル制作の大変さを知って)少し後悔した」そう。だからヘルスエンジェルスによる殺傷事件で有名なオルタモント・フリーコンサートの二の舞にならないように、制作のプロを用意し、警備の環境を固め準備を怠らずに基盤を築く。インタビューで多くの人が、たった2回しか開催されなかったこのUSフェスティバルが今のコーチェラ・フェスなどの土台になっていると語っているから本当に良いフェスだったんだと思う。私は個人的に苦労話しなんかは、1回目のフジロックや日高さんの苦労話しと被りましたが。

 

 

 

 

今やフェスティバルで見慣れた観客への放水シーンが、40度近いカリフォルニアの夏のフェスから生まれたものだということも初めて知って妙に納得。さて、ラモーンズの割合はマーキーが当時を回想する形で登場するので、結構多いのでラモーンズ・ファンは必見。そして、ここに写っている1982年のラモーンズは結成8年目のバンドだということ。アルバムはライヴと映画のサントラを省くと5作目の『エンド・オブ・ザ・センチュリー』がリリースされた後のフェスということになる。まだ『Too Tough To Die』なんてリリースされてないんだぞ〜という感覚で見てみよう。

 

 

 

 

ジョニーが「俺たちは万人受けしないんだ」と寂し気に語るシーンに私は吹き出してしまいましたが(すみません)、時代を同じように感じられるチャンスとも言えない?  いや、全然いいんですよ。「初めてきいたアルバムはベスト盤です」で。でも、ああ、あんないいアルバムを出した後なのに、こんなに諦めていたのか...とジョニーの心境も見える。そしてジョーイがバットを持ってステージに立ち「俺たちがラモーンズだ」というのもレアだよね。群衆にバンドをアピールしていて。なんか初々しい。

 

 

 

 

楽屋から革ジャンを着ながら出てくるシーン、日本のパンクの認識ではブリティッシュ・インベイジョンの返答とかなんとか色々と言われてるけど、バックステージでジョニーとスチュワートコープランドが楽しそうに会話しているシーンも見逃していない。たったの1、2秒だけど、楽しそうに喋っているじゃんって(笑)。

 

 

そうゆう1982年の「リアリティ」が記録映像からは見える。マーキーが「まだパンク・バンドとしてしか見られていない俺たちの実力を見せることができたし、みんな興味深そうに見ていた」と語るシーンも当時らしい。ラモーンズはレジェンドではないのだ。勝手にメンバーの証言やインタビュー記事から語られてレジェンドになったラモーンズの「そうなる前」の姿をぜひチェックしてみて。このDVD&B-RAYに関する詳細は、ラモーンズFCのニュース・ページをチェックしてください。週末にもう一回見よ。

 

 

 

appleのロゴって昔こんなんだったねぇ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK



            

     セーソクで遊べ!? たっぷり楽しみました

2018.09.26 Wednesday

 

 

 

 


タワーレコード渋谷店で開催されていた伊藤政則メモラビリアと大貫憲章さんのトークショーに滑り込みで行ってきました!

 


8階で開催していたメモラビリアの方は、メタル・ファン、特に80年代にHMが青春だった人にはたまらないグッズの数々が並ぶワンダーランド。私はちょうどメタル雑誌で働いていた時代なのでなかなか懐かしかったです。あの時代は、特にレコード会社が雑誌のプレゼント用に宣伝のためのグッズを必ず作っていたので、ロゴ入りのペンや宣材Tシャツなんていうのがたくさん存在していました。

 

 

雑誌のプレゼントコーナーに載っていたアレです。だから非売品グッズも豊富で、見たことのないもの、知らないものもたくさんあって面白かった。私、当時プレゼント・コーナーの担当だったから結構見てきたけど、こんなに色々あるんだな〜と。しかしそれらを全部保管している伊藤さんが凄い。。。2万点以上あったと思う...設営した皆様ご苦労様でした。

 

 

 

 

 

そして地下のイベントスペースでは昭和のラジオ世代、雑誌・音楽専科リレー日記の読者にはイエーイ!なお二人、大貫憲章さんとのトークショーも。私は昨日しか行けなかったけど、日変わりで貴重なトークが展開されたようです。大貫さんと伊藤さんのトーク、特に大貫さんの番組にはラモーンズ・ネタで出演させていただいたり、私自身スヌーピーと大貫さんの全英TOP20のリスナーだったので、もう絶対漫談になるだろうと思っていたけど、そうでした(笑)(笑)

 

 

 

 

私はお二人と直接話せる機会もあるので、自分で聞けって話だけど、お二人に話してもらいたいことがある。それはまず新宿ツバキハウスのこと。ネットのインタビューでも語られていたけど、直接トークで聞きたい。当時、大貫さんは時々日曜日の方にもいらしていて、「メタルの日にもハノイロックスはかかるんだ〜!?」とDJブースの中で言ってたけど当時のパンクとメタルの認識やムードとか、伊藤さんは火曜日に行ったことあるのかな? とか。私の『メタル現場主義』で大貫さんから紹介されてツバキでやってみたら? と繋がってあの場ができたと聞いたので、そのへんの話の続きも。

 

 

それから音楽専科社で二人でリレー連載を毎月やっていたんだけど、あの記事のキャッチボールのことも聞きたかったかな。今度、またトークショーがありそうだったらネタ提供してみよう。自分が聞きたいだけだけど(笑)  ロックの逸話を聞くのは三度の飯より(くらい)好きです。

 


さて、伊藤さんに贈呈した【東京ヒプノシス】の作品を飾っていただいてました。おおお。まさかこんな素晴らしい形でデコレートしていただけるとは作っている時は思ってもいませんでした。UFOのオブセッションも帯までつけたいと言い出したのは私で明日発売の『月刊伊藤政則(仮)』の方に帯は付いていないので、ここに掲載しておきます。あ、伊藤さんが書いてとけ〜って言ってたので、『特撮征服』/ITOの方はの三人全部伊藤さんです。会場の人、ほとんど気がつかなかったみたい?!   注意 : 【東京ヒプノシス】とは。私とデザイナーの浅井さん、小林くんで制作する作品を作る集団です。先週命名したんだけど(笑)

 

 

ORIGINALは「宇宙征服 / UFO」

ORIGINALは「究極 / YES」

 

 

明日発売!!『月刊伊藤政則(仮)』奇想天外!?

文字通りセーソクで遊んだ。仕事した。楽しかった。

 

 

 

 

で。このお仕事、昭和のファン・クラブ & サブカル・メンタリティに火をつけたというか、アイデアや刺激をもらったので、今後のファン・クラブ業務に活かしたいと思います...(決意表明よ・笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK



            

     『サラエボの叫び』を見てきた

2018.06.15 Friday


 

 

 

 

 

 

 


IRON MAIDENを辞めた後ブルース・デッキンソンが、紛争状態にあったサラエボに向かった当時を振り返るドキュメント『サラエボの叫び』を見てきました。※ネタバレはほぼないと思うけど、見る前に知りたくない人は読まない方がいいかも。

 

 

とにかく見終わって言葉がなかった。と同時に格言、名言だらけの映画だったので、メンバーやブルースの言葉を全部メモしたいくらいでした。それは窮地に立った人間だけが話せる偽りのない言葉だと思うけど、とにかく見終わって「はぁ」とまずため息をついた。

ボスニア紛争やサラエボのことは教科書で知る感覚。悲惨さは分かっていても肌で感じることは(でき)なかった。でもなにしろミーハーだけどブルースのファンだから見なきゃってなチープな動機で映画館に行ったのだ。

 


決してメジャーな映画ではないし編集も完璧じゃなくて最初のサラエボの状況の説明シーンは不謹慎だと思うけど映画的には少し間延びする。ミュージシャンが主役だけどこれはロックの映画じゃない。でもブルース達がどんどん現地に近づいて行くにつれ、人間の行動力やロックのパワーを感じて圧倒される。

 

 

 

 

このサラエボ公演は、(おそらく)情報の少ない時代に「国連」とか「ちゃんと守る」という言葉を頼りに「行ってみよう」くらいで決まったんじゃないかと思う。でも実際に戦地に行くと状況は全く異なる。サラエボに乗り込む手段もなく「無謀」と言われ「引き返すか行くか決断しろ」とまで言われる。結果バンドは行くことを選ぶけど、乗る予定のヘリコプターが理由を教えてもらえないまま用意されず(おそらく撃墜されたらしく...)、やむなくトラックの荷台に乗って現地に向かう。真冬のサラエボを8時間もかけて。

 


映画の中でメンバーがブルースに「トラックの荷台に乗るなんていつ以来だい?」と聞くとブルースは「1980年のサムソンのライヴ以来かな」と答える。1994年まであのIRON MAIDENのフロントマンだったのに。この発言を聞いた瞬間ブルースの人生が垣間見えてグッときた。そしてIRON MAIDENという大きなブランドの中にいたにも関わらず、トラックの荷台に乗って移動する姿に素のブルースが見えてこの時もう私は感動していたかも…。なぜなら彼(ら)は、おごりも見栄も通用しない一公演のために命がけの道を選んでいたから。

 


コンサートは闇夜に一台のスポット・ライトだけを使用して行われた。「あの時だけは戦争を忘れられた」という言葉や「他の国だったらこんなコンサートがいつでも観れるのに」というファンの言葉を前に、楽しむだけが目的の自分たち(それでいいんだけど)に言える言葉なんてない。今までたくさん見ることができたIRON MAIDENのコンサートをあんな経験をしたブルースが私たちの前で歌ってたんだなと思うと、サラエボ(のファン)と自分たちが少しだけ繋がった気もしたし、平和のありがたみも感じた。

 


メンバーの一人が「今も街がクリスマスで華やかになっても、あの時の12月が頭から消えない」とPTSDのような言葉を発していたのが、生きて帰ってはきたけれど、当事者たちにしかわからない、映像には写っていない恐怖や寒さやいろんなものがあるんだろうと察することができた。映画は発言や少ない映像からも普通ではない事をやったバンドの姿を描いていた。

 

 

見終わってブルースのミーハーだけど、益々ブルースが好きになったし興味が湧いた。ミュージシャンとしてステージに立ち、飛行機を操縦するパイロットの魅力に加え、人間ブルースのことも知りたい。ロックの映画ではないけど是非チェックしてみてください。自伝もすごく楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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