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     「1987」年に自分は何をしていたか?

2019.02.06 Wednesday


 

 

 

 

先週末はソウルに行ってました。留学中の姪っ子が誕生日だったので卒業する前に逢いに。中国も韓国も今日から旧正月なので私がソウルにいた先週末は日本でいうところの12月30日頃という慌ただしい時期。平昌の時にマイナスで凍えたので、びびってたけどあまり寒くなくて助かった。

 

 

姪っ子は5年前、朝の8時から深夜1時まで六本木にそびえ立つホテル内の黒企業で働いていた。でもその生活を疑問に思い「20代のうちに違う国に住む体験をしてみたい」と雑貨屋さんと居酒屋のバイトで貯めたお金で好きな東方神起の国に留学した。でも、もう卒業する。早いなぁ。 

 


たった72時間の滞在なんて、渡韓30回以上の私には短かいけど美味しいものにもつられてフラフラと(笑) それにソウル旅行の目的はもう一つあった。それは姪っ子の語学力(解説係)を頼りにある記念館に行きたかったから。その記念館というのが、映画『1987、ある闘いの真実』という実話の主人公の大学生イ・ハニョル記念館。

 


 


この予告編で少し伝わると思うけど内容はこんな感じ。実話。

 


ーーーーーーーーーーーーー
1987年1月軍事政権下の韓国。軍はアカ(北的分子)を徹底的に排除するべく取り調べを日ごとに激化させていた。拷問などの行き過ぎた取り調べによってソウル大の学生が死亡してしまう。警察はこれを隠蔽するため遺体を火葬。新聞記者や刑務所看守らは真実を公表するべく奔走し拷問致死だったことが判明する。殺された大学生の仲間たちも立ち上がり、事態は韓国全土を巻き込む民主化闘争へと展開していく。
ーーーーーーーーーーーー

 

真実は小説よりも奇なり。2017年は韓国民主化30年だったので『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』のような秀作が生まれ、翌2018年に日本で公開されたからこの作品に出会えた。私は韓流女子には敬遠されそうな社会派ドラマが好きです(笑)。

 

 

 

記念館に連絡すると「お正月と週末で明日から休みです」とやっぱり言われてしまった。「そこをなんとかしてもらえませんか?  日本から来るんです」と姪っ子がしぶとく交渉してくれた結果「土曜日の昼に来て」と記念館を開けてくれることになった。ああ、師走の忙しい時に館長には本当に本当に感謝。姪っ子ありがとう!

 


土曜日のお昼に向かうと、私と同じ年齢くらいの上品そうな小柄な女性が笑顔で待っててくれた。挨拶をしたあと彼女は「私はイ・ハニョルの一つ上の先輩で、同じ延世大(ヨンセ大)に通っていました。私もあの正門前で軍と戦いました」と言った。この彼女の一言で、私にとってただの映画がスクリーンのストーリーではなくなった。このポスターの下のシーンね。これが国全域に広がっていく。

 

 

 


記念館には、当時の正門前の様子の写真がパネルになっていた。撮影したのは外国人記者で、俯瞰で撮った写真には軍が上に向かって打たなければいけない催涙弾を直接学生たちに向かって打っている瞬間も写っていたり、映画では見えなかった細部をいろんな角度から見ることが出来てリアリティがグイグイ増した。

 


「この写真(正門前)の中に館長はいますか?」と聞くと「私は体が小さいので後ろにいるように言われ、男たちの後ろの方で(軍になげる)石を集めていた」。親には「出る杭は打たれる。止めろ ! ! 」と言われていたそうだが「お父さんが正しいことをしろと言ったでしょ?」と言うとお父さんは黙っていたそうだ。

 

 

 

映画の中でカン・ドンウォンが着ていたYONSEI大の青いトレーナーもそのまま飾られていたり、とにかく映画を見た人にはこの記念館は制作裏話しよりずっとリアル。記念館は決して大きくないけれど、何が起きたのか、対立の様子が外国人記者たちの写真から見えてくる。そして国が報道した内容との違いも知ることができた。

 

 

記念館では写真の横にQRコードついていて、スマホをかざすと日本語、英語、韓国語でスマホが解説してくれます。これはいいね〜。しかも家に帰ってきてもまだスマホで見ることができた。しかし当時現場にいた館長さんご本人の生の言葉で説明を聞けたのはやっぱり響いた。良かったです。

 

 

「1987年のあなたは、軍事政権下の韓国の未来は変わると思いましたか?」と質問すると首を横に振りこう言った。「簡単には変わらないだろうと思っていた。でも行動しないのは恥ずべきことだと思った」と。この言葉を聞いて、何て浄らかなんだろうと思ったし、映画がより立体的になった。

 

 

1987年の自分と言えば「早くラモーンズ来日しないかなあ」とか「ニューヨークに住んでみたいなあ」と音楽雑誌の編集部で働きながら毎日楽しかったけど、同じ時、韓国では翌年(1988年)のソウル・オリンピックを控え、一般市民が軍事政権に抑圧されていた。この半年後に北朝鮮の工作員による大韓航空爆破事件が起こったことは、日本のテレビでも報道されたので知っている。

 


72時間の滞在中に、1本の映画をきっかけに1987年の文字通り事実と貴重な話も聞かせてもらえて大満足でした。押し掛けた私たちに、丁寧に説明してくれたイ・ハニョル記念館の館長さんには本当に感謝しかないです。

 

 

 

 

 

 

......食べてばかりではないのよ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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