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      1977年からのニアミス

2017.04.20 Thursday

 

 

 

 

 

 

1977年、私は中学生だったけど、みなさんは何をされていたんでしょうか? 先日ラモーンズFCにアップした、『I’m RAMONES MANIA』のKUMMYさんと私は、最近ようやく出会えて、あれこれ話をする機会が出来たけど、話してみると、それまではずっとニアミスだったというか…ズレまくっていた。こうゆうこともあるんだね。

 


KUMMYさんは私はより少し歳上だけど、同じ時代の漫画家か好きだし、ラモーンズやニューヨークを好きになっていくプロセスも似ていたし、ファン・クラブをお手伝いしたいという心意気も同じだし、(むしろ私の方がそれはなかった)、でも関わる機会はなかった。 時々出てくる名前に「なぜ会わないんだろう?」と思ってた。私が入会したくてファン・クラブを探していた時代は1984年頃。KUMMYさんのラモーンズ熱はバンド熱に変わっちゃって冷めた頃だから、さらにかすりもしない。タイミングって重要だ。私がそれからファン・クラブをスタートするまで10年もあいてるし、この間にファンだったけど熱もさめちゃったっていう人もいるんだろうな。なぜなら最近50代の方から「入会したい」と連絡が来るから。

 


KUMMYさんも私も萩尾望都の漫画が好きで読んでいた。出会った音楽を聞いたタイミングの先は、前と後、上と下というくらい違った。私はロンドン・パンクの洗礼〜次は日本のパンク、同時にNWOBHMという新しいジャンルの洗礼を次々と浴び、そのセンセーショナルな音と勢いにやられまくったわけだけど、その順番が順番通りでなければダメだった。
KUMMYさんはロンドン・パンクを避けて通り80年代をパンクやニューウェーブのミュージシャンの影響でバンドを組む。私はその頃、爆音編集部で働いていて、そっちの世界にどっぷりだから、もはやライヴ・ハウスで出会うチャンスも皆無。でもKUMMYさんとジョーイの写真は93年にメルパルク(東京)ホールの楽屋で撮った写真だったので、(どうしてそこで会わなかったのかな?)と考えてみると、私は楽屋にゲストが集まっている時間はいつも、機材を廊下で片付けていたからだった。

 


ライヴ開始の3分前に行われるフォト・セッションの機材をそのままおきっぱなしにしてライブ撮影に走って突入するから、機材はライヴ後に片付けていた。その前の年までは私も楽屋にもいたのに。なぜならまだカメラマンじゃなくて暇だったから。カメラマンになった頃からラモーンズの撮影は仕事になり、さらにファン・クラブのミーグリもあの時はやっていなかったから、楽屋に行ってしゃべる時間はなくなった。廊下で機材を片している横を、楽屋でサインをもらって帰っていくゲストさんが「ごめんなさーい」と言いながらコードや荷物をまたいで帰っていた風景を思い出した。

 

 

KUMMYさんもニューヨークに行っていた。85年に。私は86年に行ったから見ていた景色も似ていたと思うけど、2017年になるまでこんな風にニアミスを繰り返しながら、ようやく高円寺で出会った。なんとまあ、すごく地元的なとこで(笑) 自分が変わったのか、流れが変わったのか。よくわからないけど、最近こうしたことが多いです。お互いの存在は知っていて、今出会うみたいな。この歳になっても、新しい出会いってあるのね。そして最近の出会いのループが面白い。

 


もうひとつ。出会いとは違うけど、20年前に日本のファン・クラブで製作したラモーンズの後期のベスト盤の権利がどっかにいってしまって探している。いろんな角度から探している。国内も海外も。『ラモーンズ・マニア2』は日本でだけ発売されたオフィシャル盤。私とスタッフの私物をスタジアに並べて俯瞰で撮った黄色の『マニア』を真似したジャケ写で、ジョニーにお願いして選曲やコメントまでもらって作った今となっては貴重な盤。

 


最近、レコード・ストア・デイでアメリカのシングル盤・ボックスのニュースをアップしたけれど、それよりも日本のシングル盤のボックスを出して欲しいと思っている。権利やらなんやらが絡むけど、当時のアメリカのレコード会社は、売れないバンド、ラモーンズのシングルが30年後、40年後にコレクターの間で騒がれる代物になるなんて思ってもいなかったってことだと思う。権利が大事なキーポイントになるなんて誰も思ってなかったんだろうって。適当にサインしてぽいって終わらせちゃったんだろうな。売れないバンド、ラモーンズだから。

 

 


でもアメリカのシングル・コレクションより日本の帯付きの方が欲しい。私はコレクターじゃないけれど、そこちょっと考えればすぐわかるはずなのにって思う。世界中のファンが欲しいのは日本盤のシングル・ボックスだよ。でもアメリカの今のSIREのスタッフでは、もう誰も面倒くさい権利探しなんてやらない。でもわたしは今も『マニア2』の権利を諦めずに探している。見つけたらビジネスマンに盗まれそうだけど、実は『マニア2』の契約書の内容は日本国内オンリーだ。だから探し出したら、海外から横やりは入れられないという特殊盤。ニアミスとは関係ないんだけど、当時、「日本国内しか発売できないんだってー」とジョニーとやりとりしていた代物が、日本にいることでもしかしたら守られる形になるのかもと思うとちょっとおもしろいな、と思って。正々堂々とLPでリリースできる可能性があるってこと。アメリカ側から誰にも文句を言われずにね。コレクターじゃないけれど、こだわるとこにはついつい、いやしつこくこだわっているのかも!? まったく同じもののLP盤は今すぐにでも作れる。だってカバーのネガやブックレットの写真や原稿は全部うちにあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

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