チャレンジしてみたい    

2018.05.11 Friday

 

 

 

 


今週はLAでお世話になっているご夫婦が泊まりに来てくれた。

 

 

この2人、元ジャーナリストと映画監督さんのカップルだけあってユニークで会う度に刺激をもらう。それで焼き鳥を食べながらいろんなテーマで話をするのが楽しいしインスピレーションをもらうこともたびたび。忘れないためにも『ホンデのライヴハウス事情』の前に書いておきたい。

 

 

 


2人は我が家に泊まる前日に東京の建築物を見て回るツアーというのに参加していた。ガイドさんは元々アメリカに住んでいたことがある建築に詳しい方らしい。この女性が個人で企画しているツアーで都内・谷中から六本木、青山とたくさん歩いて日本人なら素通りしそうな道や建物をたくさん見たそう。このツアーは面白かったから私にも行った方がいいという話を聞かせてくれた。こうゆう企画って外国から日本に来た人の方が知っている。お値段はまあまあ良い価格だったけど、確かに面白そうだ。それにその方が自分で企画したこと、そのアクションがアグレッシブで素敵だ。

 

 

 


そんな話を聞いた翌日。2人と一緒に私も築地や歌舞伎座に行った。歌舞伎を見ると言ったって「チケットなんて今から取れるの?」と思ってたら、1幕(15分)500円で見られるツアーがあるという。なんと ! !  そんな面白い企画があるなんて知らなかった。海外からのお客さまの「歌舞伎とはなんぞや?」の好奇心を満たしてくれるこの15分、私も初めて参加してみたけれどとても良かった。

 

 

歌舞伎座の中庭から見る空

 

 

歌舞伎と宝塚(←こっちは体験済み)は、熱心なファンではないけど日本人だし一度は見たいと思ってた。でも歌舞伎の魅力を理解する頭も知識もないし、高いチケット代を出してまで日本語の台詞ですらよくわからない舞台を見ようという勇気もなく…。だからこの15分は私みたいなやつにはナイスだ。

 

 

中に入ると舞台のゴージャス感とダイナミックさ。幕やライティングの美しさにドキドキしたし、足と拍子木で表現する音等、感覚的な見方だけでも刺激は受けた。外国人並みに意味がわからず...15分でenoughだけど、吸い込まれるような美しい舞台と役者さんの演技が500円でまた拝めるならまた行きたい。初めて「よろずや〜」という合いの手も生で聴けた。このツアー外国からのお客様や一度見て見たかった私みたいな日本人にもお勧めー! もしかしてこうしてハマっていくのか?

 

 

 

 

と、海外からの観光客視点で東京を散歩すると全く違うものが見えた。歌舞伎座の前に行った築地は東南アジアや南米、ヨーロッパの観光客だらけでいろんな言語が飛び交うインターナショナルな場所だった。マグロの解体ショーやふわふわ卵の調理過程を真剣に見る観光客の眼差しが私にとって新鮮すぎて築地の写真ではなく築地に集まる観光客の写真を撮りたいと思ったくらい。

 

 

 


韓国で友だちがガイドしてくれた野球。外国人の視点で見た築地や15分の歌舞伎。誰かがガイドしてくれるだけで楽しさも見え方も変わって倍楽しい。それを実感したので自分にも「日本のプロ野球観戦ガイド」ならできるんじゃないか、やってみたいと思っている。大谷翔平が活躍する今、日本で野球を見てみたいアメリカンもいるんじゃないかなぁ。野球バカの気持ちはメジャーから3Aまで見に行く自分にはよくわかる(笑)  

 

 

みんなから刺激をもらった。Big Thankyou Allan Moyle & Chiyoko♡with Luv. そしてジェヒョク君や韓国の友だちにも감사합니다。チャレンジしてみたいと思う。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 



            

      初めての受験生活

2018.03.12 Monday


 

 

 

 

 


退院後の良い習慣。毎朝6時半に起きて勉強する。〜これが今のところ続いている。深夜2時3時まで起きてるのが好きな夜光虫の自分でもできている。早起きなんて子供にお弁当を作っているお母さんなら当たり前のことだし出来なくはないってことが入院して朝6時に叩き起こされてわかった。

 

 

 

アメリカから帰国した翌日から実は勉強は再スタートした。昼と夜にちんたらと。今までずっとDIYで教えてくれていた近所のミレちゃんは、昨年末に高知に行っちゃったから今は独学でやっている。文法もまだ完璧じゃないけど2冊の教科書は終わらせたので、あとはソウルの街で聞いて耳で覚えてしまった単語をきっちり正確に書けるようにするしかない状況。

 


今日のテーマは「ネタにするな」と言われている姪っ子の話。(許可もらいました・笑) 同じようにミレちゃんに教えてもらっていた姪っ子は、東方神起で韓国にハマったのが7、8年前。六本木のブラック企業に就職〜退職。東京で4年間働いて貯金をして、今月からソウルの大学の語学堂に留学した。同時期に「独学ごっこ」で勉強をスタートしたのに、姪っ子は先週、クラス分けテストも終わり、中級レベルのクラスから授業を開始した。私は人生ろくに勉強もせず生きてきたツケを今中野の自宅で払っている…。

 

 

成田に行く日、姪っ子が「ゆき姉が6月に受ける試験ていくら払うの?」と聞いてきた。「4000円」と答えると「4000円か。落ちたらまた受ければいいと思ってるでしょ?  私はもう2度と試験のお金は払いたくないって思って勉強したよ」と言った。

 

 

目からウロコ...まったくその通り。気がつかなかったけど。自分は勉強と向き合う覚悟がまったくできていなかった。指摘されてハッとし、自分の本気の無さ加減に愕然とした。冬季オリンピックでスケートの高木美帆選手が代表選手から落ちた時のことを「あの頃の自分には、絶対に次も金メダルを取るという覚悟がなかった」と言ってた、その言葉を思い出した。メダリストを引き合いにだすなんて図々しいのは百も承知ですけど、落ちたらまた受ければいいやと思っていたわけじゃなかったはずだけど、きっと思っていたのだ。本気っぷりが無さすぎた...

 


で。最近はスマホとパソコンを消し、SNSに使う時間を勉強に当てている。会社勤めじゃないので、フリーランスは自分で自分をコントロールしないとこうやって私みたいな怠慢な奴になって行くのだ。「忙しい」とSNSに書いている時間に単語は1つでも2つでも覚えられるってこと。あたりまえのことをやっていなかった。

 

 

ソウルの学食からランチ・タイムに「学食のご飯。これで300円♡」と送られてくる写メを見て指をくわえながら、頑張ろう自分と思う。羨ましすぎて... 

 

 

 

「나는 노력한다. 각오한다. 努力して覚悟する」という言葉が口ばっかりにならないようにしないと人生絶対に後悔する。それだは嫌だ。悔しすぎて。入院は夜光虫の私にリセットする機会を作ってくれたと思う。とにかくあと3ヶ月はこの状況を続けて試験に臨みます。初めての受験勉強。ではパソコンをオフにして夜の勉強を始めます。

 

 

 

留学を積極的に楽しむ姪っ子からの写メが励み!?  

これは韓国のデザート・パッピンス(ソルビンとも言う)♡ 丼ぶりサイズのデザートでお鍋をつつくみたいに女子友とスプーンで食べる。写真は多分...左がきな粉と小豆で下はなんだろう?  右がオレオとクリームのチョコ系? フルーツバージョンもある。しかしこのサイズ何人で食べたんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     10代、20代がイイネ

2018.02.05 Monday

 

 

 

 


週末は10代のアイドルを撮影。これは昔の写真だけどご覧の通りロック風(と指示されてます)。彼女たちは小学生と中学生だけど、ライヴも撮影スタジオも衣装をスーツケースに積めて一人で集合場所に来る。遅い時間はご両親がお迎えに来るけれど、10代、20代って子供だと思ってちゃいけないのよ。ルックスは子供だけど、勝負かけてる子たちの情熱や集中力、頑張り、がむしゃらに前に進むことだけ考えていられる世代だからとも言えるけど、時々ハッとする。

 


自分だって本当は、前に進むことだけ考えていればいいしそれはやれる。だけど「体力がついてこない」だの「あちこちガタが来ている」だの、となんだかんだ理由があってそれを押し通そうとしているな〜。ヤバいな〜。実際、30代の時のような瞬発力も落ちているし筋力キープするのに必死。疲労時からの復帰も遅いから食事にも気をつけて週末に泳いで体力つけなきゃ、まったく間に合わないもんね〜〜。w

 


でも肉体的な部分は置いといて、卓球女子の石川佳純、平野美宇、伊藤美誠や将棋 藤井聡太、北海道からLA-Angelsでプレイする大谷翔平選手やスケートの羽生結弦選手など、10代や20代を見ていると精神力が逞しくて、タフで勝負に負けても這い上がるエネルギーが気持ちいい。卓球も将棋も自分には縁がなくゲームをちゃんと見てたこなかったけど、ニュースを見るようになってから「集中力」や「勝負強さ」にぐいぐい引き込まれてます。悔しさをバネにしていくエネルギーの変換の仕方も早いし興味深いし。そして、そのことは「疲れが取れないんだよぉぉ」と苗場で雨にうたれて20kg近い機材を持って3日間過ごしたあとにサウナでだらだらしている自分が当たり前になり「55歳だも〜ん」という言いわけを正当化できるようになった今(汗)... 彼らを見たあとに、自分(多分まだ残っていると思いたい)、怖いものなしのメンタルにまで蓋をしようとしてるかもなと、思った。

 

 

 


ま。つってもね〜、3日間豪雨の現場や50度で熱射病に2度もかかった千葉マリンの現場を、60歳になってもやってたら、もう肺炎になるか救急車だ運ばれるんじゃないかって思う(怖…) 。でも、彼女・彼らのキラキラした強い瞳の中にあるメンタルを見ていると、自分もメンタルの方はまだまだジタバタしたいね〜。星飛雄馬のメラメラ燃える瞳の炎みたいなのをとり戻したいと思うわ〜。でも無理はしません出来ません(笑)。ひじきともずくを食べ続けないと追いつかないからなぁ。自分の瞳の中はもしかすると今ボヤ程度かも? なのでメラメラしときたいな、と。年相応に責めて行きたいです (笑)

 

 

 

 

というわけで、いきなり関係ないけど、10代、20代、30代、40代、50代(は私)、60代のファンで集まって、ラモーンズ・ファンの座談会をやってみたいなと考えている。これは成立しそうな気がしているんだけどどうかね?  それぞれの『ラモーンズの激情』への思いを語るっていうの。これは先週HPにアップした1990年代に作っていた会報の回顧記事を作りながらひらめきました。将棋だって10代と70代が戦えるんだから、語るのもありじゃないかなと。近日中に募集かけてみます。チャットでもできるかな? 振り返り記事はコチラ。チェックしてみてください。

 

 

ファーストは裏もこだわり満載。語りたい。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     日記

2018.01.31 Wednesday


 

 

 

 

 

そんなわけで…買った。

 

 

『毎日4行書く5年日記』

 

 

早速。最初は丸善に行ったけど種類が少なかったので、東急ハンズへ。5年も使うんだからAmazonでポチッとってのは嫌だったので手に取ってから。万年筆と合うかなと思って桜色のやつにしてみた。

 


で……

 


買ったその日にもう書き忘れてへこむ。。。知ってか知らずか、旦那が「2月1日からスタートすれば?」と都合のいいことを言ったので「おお、そうだ、そうだ」と正当化させ、明日から書くことにしました。しれ〜っと。続くのだろうか?

 


さっき「前夜祭」というタイトルで書いてみたら楽しくて、4行じゃ足りないんじゃないかという気になってきた。限られたスペースに言葉をまとめるのもレビューじゃないけど、ちょっとした文章をまとめる練習にはなるか、と思ってやってみようと思う。

 


昨日、友だちと3人で、韓国中華の海鮮チャンポンとサクサク酢豚を久しぶりに食べに行き(相変わらず美味♡)、夜までおしゃべり。こうゆう時間を至福の時間と呼ぶ。その時に私が「日記を書こうと思うけど、ネガティブなことや悪いことも書くべきだと思う?」と聞くと、ふたりとも「思う」と言い「1年後には笑えてると思う」というのを聞いてなるほどなとは思った。でも忘れていた嫌なことを1年後に思い出すのはアン・ハッピーなんじゃないかとも思ってて、そのあたりはコントロールしながらでも嘘の無いように書いてみようとは思ってるんだけど。

 

 

 

 

 

それでいいアイデアがひらめきハンコも買ってみた。ムカつくから読まない方が良さそうなネタの時は、このムンクの叫びをその日の日付の横に押しておき、1年後に開いた時にムンクがいたら読まないことにするっていう。絶対読みそうだけど(笑) ムンクのとこばっか探して!?

 

 

 

 

 

ま。どっちにしても、毎日書けよ自分っていう...とにかく、やろうと決めたことをやっている。私の友だちのみなさま、時々聞いてやってください。「日記つけてる?」って。三日坊主になりませんように…。 ビビッているので、本日宣言ブログですみません。

 

 

 

 

PS. 実はデザートも食べました、大久保のイケメン・カフェで(笑) お兄さんがキラッキラすぎてちょっと怖かった。でも10代だったらやばいかもな〜? 商売うまいなぁ〜w

 

3人でシェアしたんです、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     島忠・中野店の「匠」

2017.12.27 Wednesday

 

 

 


 

 

 


この話は年内に書いておきたかったので書く。

 

 


カメラバッグの持つ部分が壊れてしまった。旅行のスーツケースみたいにひっぱる棒を出し入れするんだけど、ネジが一個取れたらしく、下にさがらなくなってしまったのだ。どんな時も取っ手が上にあがりっぱなし。車に積む時もひっこんでくれないから場所を取る。でもバッグ本体はまだしっかりしているし軽量なので、捨てるにはしのびない。ので、島忠というホームセンターにネジを買いに行った。

 


そこにはネジ穴のサイズ表? があり、、、

 

 

 

おかげで穴のサイズはわかったけれど、どうしたらいいかわからない。自分で棒の部分を勝手に解体して、元に戻せなくなったら慌てるので、一応詳しそうな店員を探して聞くことにした。1人目のおじさんはじーーーーっと見て言った。「これ日本製じゃないでしょ? このネジは日本の少し盛り上がっているタイプだと入らない可能性があるんだよなぁ」と。あたりです。アメリカ製のカメラバッグです。

 

 

そして「俺が解体してもいいんだけど、元に戻らなくなったら困るものね?」と言いながら上げ下げの仕組みを外から覗き混んで探っている。かれこれ15分も。私が「わからないでしょ?  もう大丈夫。適当なネジ買ってやってみるから」と言うと「いや、ちょっと待って。さくらいさ〜〜ん」と別のおじさんを呼んだ。今度はふたりがかりで、このアメリカ製のカメラバッグの仕組みを外から見たり触ったりして調べまくる。もうなんというか、この様子は内科の医者状態。押したり、触ったり、覗きこんだり。そのうちにネジの穴に針金を突っ込んだ。もはや胃カメラを操作しているみたいだった。この2人は一体何者? 凄い集中力で取りかかってくれていた。

 

 

 


カメラバッグにとりつかれたかのように、触診すること20分。さくらいさんが言った。

 

 

「解体してみましょう」手術開始である。ひゃぁああ。私のカメラバック〜〜〜。汗。

 

 

でも。どうせ自分じゃ直せないからいいやと思って見ていた。2人はゆっくりと取っ手の棒のネジを全部外して棒を取り出し解体した。そこにはポリープが…じゃなくてネジ穴が3つあるのに、2つのネジが無くなっていた。さくらいさんが「なるほど…。日本のネジじゃ合わないけど、こっちの小さいので塞いで、この部分は小さめのネジで応用しましょう」と言った。ここからはもう外科医のレベルであった。オペして開腹してみたら別のポリープも発見したぞみたいな感じで、すぐに次の手をうつ。唸る。

 

 

 

私はあっけにとられてしまい(よい意味で)、2人のオペを見守った。アメリカのネジは違うらしいんだけど、何か案があるらしい。ネジとあれこれ奮闘してくれて40分が経過。日本製のネジ2つを使い、穴の部分を塞いで手術は完了した。取っ手の棒を落とし込み、持ちあげて、また下げてみると、元に戻った。ちゃんと下った。直った。感動。。。。。。。。さくらいさんは「これで当面は大丈夫だと思いますよ。じゃあネジだけ購入してもらっていいですか? 125円です」

 

 

 


これだけの話なんですが、125円のネジ売る(利益)のために、私のカメラバックを40分かけて直してくれた。それだけ。いや、それだけじゃないから書いている。感動しちゃって。日本て、この国って、こんなネジ1個にこだわるおじさんが土台を作ってくれていたよね〜、高度成長期に。と思った。さくらいさんといいじまさん、ありがとうございました。島忠・中野本店の工具売り場には「匠」がいた。

 

 

それで125円のネジとカメラバック持ってレジに並んだら、さっきのさくらいさんが今度はレジ打ちをしていたことも、何だか良かった。あとで調べたらさくらいさんは店長だった。ネジ一個のために自然に対応し、レジもうつさくらいさん、かっこいい。島忠・中野本店の駐車場から見る中野サンプラザと新宿の夜景がこの日は特にすがすがしく見えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     今年の漢字は「本」

2017.12.27 Wednesday

 

 

 

 

 


今年の漢字はこれに尽きる。

 


『Thank you RAMONES』と『メタル現場主義』のおかげで今年の後半は、たくさんの新しい人と出会えた。2冊書きおろしたのはスーパー・ハードな日々だったけど、ビジョンが形になっていくのはスリリングでワクワクしたし発信するのは楽しい。書評を掲載していただいたり、書店で応援してもらったり、普段と違うアクティブでクリエイティブな人たちとの関わりも刺激的でした。トークショー、書店の壁、取材、ラジオ、読者やバンドのファンのみなさん。ありがとうございます。『メタル現場主義』は、当時の本作りをROLLING STONE誌から取材されるという波紋まで呼んで( ? ! )びっくりした。古巣の編集部には感謝。

 


毎日ゆで太郎のおそばばかり食べ(好きだけど・笑)、すぐ仕事。今、振り返ると信じられない毎日を送ってたけど、作るプロセスこそ快感なの。で。本のからくり? を少し書こうかな。

 


まず『Thank you RAMONES』
ファン・クラブ会員用のカバーは実はオリジナル。白ではなく、裏にはジョニーラモーンからの手紙が印刷されている。こんなことリトルモア出版じゃなきゃやってくれないよ〜。ジョニーからの手紙にはキーワードとなる言葉が2つ書いてあって、それは読み手に繋がる言葉だったから載せました。この手紙、箱の中から「どれどれ…」と最初に手に取った1通目でした。それでぴたっとはまった。それを載せろといわれてるんじゃなかろうかというくらいキーワードがある手紙だった。今週末には墓参りできているはずだから手を合わせてこよう。いい手紙だと思う。手紙を書かなきゃ始まらなかったしね。

 

 


後半につけた1995年の会報のダイジェストは、ラスト・ツアーのレポートをまとめたものと「裏話100本勝負」を抜粋して掲載。あれを読めば当時の様子とメンバーのキャラが手にとるようにわかるから。そこまで深く読んでくれてるファンがいるのかどうかわからないけど、私が死んでも書いとけば残るからね。ラモーンズの軌跡をこれでもか!!と書く(笑)

 

 

 

 

そして『メタル現場主義』。こっちは溜め込んできたストーリーだらけだったので、全部新鮮に受け止めてもらえたみたいで良かったです。デザインを離れてしまったので、デザイナーにお任せしたけれど、20代の勢いで書籍のデザインもやってたら、もっと80年代風の派手な書籍になったんだろうな、と昨日届いたローリング・ストーン誌の誌面(下写真)を見ながら思った。【書く x 撮る x デザインする】の合体で図画工作( ? )作業は、本当に楽しい。もし予算と時間があったらオールカラーで、イケメンのページはグラビアにしたかった。できれば撮り下ろしもひとりかふたりやりたかったな〜←イケメンのグラビアで。裏話しは、カラーの見開きのスレイヤーのページは冒険。トムアラヤが隅っこの方にいる写真だから。でもあれはあれで彼やバンドの威厳が表現できたと思ってます。他のバンドのために1ページを使わない我慢というか…

 

 

 

と、いろいろあるが、作ることこは快感だと改めて思えた。「本」の字は来年に続けて…本+「気」で本気を出してやらにゃいけないことがあれこれと。プライオリティの1つは先生不在の今、DIYでハングル検定の4級を合格すること。もう1つは1時間ちゃんと泳ぐ。体力落ちまくっててやばいから。来年はもっとブログをコンスタントに書き、オン・オフのメリハリをしっかりつけてもっとしょっちゅう走り(運転)たいな、と。

 

 

明日もブログ書こう〜と思っているけど、一応、今年もお世話になりましたの挨拶。お世話になった皆さま、本を読んでくれた皆様、本当に感謝です〜。m(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 



            

        三島クン

2017.12.07 Thursday


 

 


昨日、カメラマンの三島クンとお別れをしてきました。そのことについて、ブログに書くなんて失礼かとも思うけど、書きたい気持ちがあるから、正直に書こうと思う。

 

 

三島クンと私は特に親しい友だちでもでもなかった。お互い写真の本を出していて編集者が浅原さんだったから一度飲んだことはあるんだけど、現場では三島クンに限らず、私はあんまりカメラマンとはつるまない。和気あいあいと仕事するのが好きじゃない。でも写真を見るのは好き。写真でつながる人とは繋がる。そんなある種「ひねくれ」なので、距離でいったら近くなかった。それなのに、食道癌との戦いが終わってしまった三島クンとのお別れはどうしてもしたかったし、無念の思いが湧き上がった。それは。一番キツイ現場と時間を共有していたからだったのかなと思った。

 

 

私と三島クンは、夏フェスで千葉のマリンスタジアム担当だった。私たちは雑誌の取材で撮影を任されていたけれど、カメラマンの居場所は屋外のアリーナに入るゲートの下だった。エアコンもなくカメラを置く場所も埃まみれ。日陰でもずっとそこにいるとみるみる体温が上がっていく猛暑の中で仕事をしていた。ふたりだけ。私はいつも2リットルのペット・ボトルを2本持って行ってたけれど、三島クンはいつも500mlのペット・ボトルを飲んでいた。「それっぽっちじゃ、熱射病になっちゃうよ?」と普段は話しかけないのに、夏は饒舌で余計なことを彼に言っていた。ひょろひょろと、どこかふわっとした風貌の彼は、水をあんまり飲まなくても普通に丈夫に見えた。ずっと何年かそんな感じで毎夏顔を合わせていた。でも今年は私ひとりだった。過酷な仕事を共有する仲間がいなくなって少し寂しかった。三島クンは入院していたのだ。

 

 

そのうちに、三島クンと親しい仲間のカメラマンが『SQUAD』という雑誌を発表した。写真を紙で表現し残した。素晴らしいアクションだなぁと素直に思ったけど、それが発表された時、その雑誌は三島クンの治療費をサポートする援助のための写真集になっていた。本当はもっといろんな表現をみんなこの雑誌で爆発させることが目的だったんだと思う。その発刊記念の写真展を見に行き、私はTシャツをこっそりと購入した。そうしたらカメラマンのテッペイ君に「なんでTシャツ買ったこと、本人に知らせたらだめなんですか?  心配してたことも本人に言ってほしい」と言われ、最初はためらったけどメールした。ついこの間のこと。

 

 

三島クンから返事がきた。「今年も(夏フェス)厳しかったんでしょ?  現場に早く戻りたいです。焦る気持ちを抑えなきゃと思ってる」と。だから「私たちは夏、だいぶ頑張ったからゆっくり休む権利があるよ。焦るのは治ってからでいいんじゃない?  今は休む時だよ」みたいな返事をした。それが最後だった。音楽を聴くのもしんどかったらしい。

 

 

お通夜に行ったら、写真がたくさん飾られていて本当に救われた。表現したいものを残して、ちゃんと見せて(写真は見せてなんぼのものだから)、そっち側からのアプローチがあったから救われた。写真が並んでなかったら、寂しそうなご両親の姿にまいってたと思う。他にも彼が撮った写真はたくさん残されていてお別れ会の会場にもおいてあった。仲間の雑誌の2号目でちゃんと世の中に出して欲しいなと思いながら見た。そこには欲も不要な理由もない純粋な表現が掲載されるはず。それを見たいと思って。だから写真が残っていて本当によかったと思った。撮っている方はあとのことなんてまったく考えていないんだけど、それでもなぜかほっとしている自分がいた。写真は撮るこっちの手を離れたら意味も理由も変わってしまうんだなと思ったけどそれでいんだなとも思った。

 

 

何を言いたいのか。私の勝手な思いだけを書きたいので書いてみた。現場に戻りたい気持ちを抑えていた三島クンには撮りたいものがまだあったはず。でもこっちでは過酷な撮影を頑張ってきたんだからもう休んでいいと思うし、音楽だけならそっちのラインナップも豪華だと思うから、思う存分撮ってください。お疲れさま。R.I.P.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     ブログの役割

2017.06.26 Monday


 

 

 

 


週末は午前中に撮影が入っていたこともあったけど、久しぶりに原稿を書く行為からは離れてみた。

 

 

アイドルちゃんは未成年だから、夜働くことができない。だから仕事のスタートは朝の7時とか8時。でも10歳や11歳の子たちが重い荷物をひとりでがらがら引きながら現場に来るとやる気を感じてこっちもがんばろって気になる。

 

 

撮影が終わってから午後はおもいっきやりたいことをした。渋谷で待ち合わせをし広いカフェで、まったりお茶をして、予約していた都内のスカッシュ・コートで汗をたくさんかいた。

 

 

 

 

シャワーを浴びて次にむかったのは、羽田空港にほど近いコンテナだらけの道。何がしたかったかというと、自分はうすうす鉄ちゃんになる予感がしていたんだけど(笑) 私は飛行機と車 (こっちは運転する方) が大好きだから飛行機の写真を撮った。

 

 

旦那と姪っ子も道連れに。羽田空港着陸にぎりぎりの場所から。もう少し近づける場所もあるみたいだけど、高度は下がってくるエリア。

 

 

 

 

 

まだ明るい夕方から行ったけど、空がブルーから紺に変化していくと、
飛行機にもライトがつきこれがまたきらきらしていてうっとり。

 

 

遠くに何機も同時に見えてくると、なんとなく宇宙船が飛来か? みたいに見えて萌え〜♡ まっ暗になるまで撮りまくって、そのまま車で5分のお台場までいって夜ごはんして帰宅。という個人のただの週末を書いてみたけれど、平凡な1日をちゃんと過ごさなきゃって、小林麻央さんのニュース見てまた思ったわけ。生きていて動けるんだから、仕事も遊びも楽しもうと。

 

 

 

 

小林麻央さんのブログは、実は私は全部オンタイムで読んでいた。

 

 

なぜかというと、私も昨年は病院で過ごした時期が少しあったから。私の方は命に関係ない貧血状態を改善する入院だったけど、(なのでご心配なく。スカッシュができるまでに復活してます) しばらく入院はしたので、彼女のブログは時々少しだけ風景や心情をシェアできた。例えば窓から見える景色のことを書いてる時、同じ東京だから(ああ、わかる)みたいに。そして(もう中野の家に帰りたい)っていう気持ちも。私はすぐに退院できたけど、帰宅してからも読み続けまた病室の風景を思い出したりした。まだ彼女は点滴をして頑張っているなぁと。

 


アナウンサー時代の彼女にも夫にもあの頃はまったく興味はなかったけど、病気になったことをさらけ出し、戦う姿を見せてからは、甘い声の女子アナと同じ人物ではもうなかったし、ブログにはぐいぐい引き込まれた。多分、ブログは社会とのつながりにもなったと思うし、コミュニケーションの役割もあったと思う。

 

 

同じ病気の人、病院の窓から景色を見ていなければならなかった人に、あなただけじゃないよ、という気持ちにさせてくれた。治療中の患者なのに、そこは元メディアに携わっていた人だからなのか、発信するメンタルがすごいと思った。ピリッツァー賞を受賞する戦場のジャーナリスト並みのパワーだ。終わってから彼女のブログの読者のことが少し気になってたら、すぐにメディアが「同じ病気でも人の体質によって違う」と発信していてた。メディアもたまにはグッド・ジョブ。家族でもないけれど悲しい。子供が翌朝、お母さんの足や腕をさすっていたなんてもう辛すぎる。

 

 

それで自分は運動した。私はやらせてもらえている。今できることは後回しにしないでおきたい。そしてFACEBOOKで写真のアップを続けているけれど医食同源、体は口に入れたもので作られるを実践していく。それは少しでも友だちも真似してくれたり、ヒントになってくれればいいと思ってます。ブログの力ではないけれどSNSのおせっかい。友だちが病気になるのは嬉しくないので。

 


本も来年でも書けるかもしれないけど、今書いている。その時にやるべきことはまたその時にあると思うので。
だから…やりたかった「撮り鉄」をやることにしました(笑) そしたら旦那と姪っ子も楽しかったみたいでまた行こうとしているので撮り鉄家族誕生か ! ? 今度はもっと、(飛行機の高度が)低いところで撮ってきます。

 

 

タイトル『ウルトラQ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     活字なんか信用しない

2017.06.17 Saturday


 

 

 

 

と、昔は思っていた。
のに、毎日その活字を書いている。
いや、もう書きまくっている(笑)
今年、2冊目の書籍のために。

 


正直、今年はこんなに文字ばっかり書くなんて思わなかった。
1冊目は今編集してもらっているラモーンズの書籍。そして今、書いているのは撮影秘話やエピソード本。
毎日書いているのは1000文字から4000文字のショート・コラムでこれをあと50本くらい書くけれど、お弁当のおかずを作るみたいな流れで、切ったり、焼いたりしながら書いている。文字数に関係なく表現を組み立てていくプロセスが面白くてスリリングだなぁと感じている。この行為に満足しちゃってるから、ブログは大事な時にしかかいてないんだなぁなどとまた言い訳をしているけど、ブログを書いて来たから、文章に対する免疫が少しは高まった( ? )んじゃないかと思う。まだまだお金をもらうには初心者だけど。

 


なぜ活字なんか信用しないと思っていたかというと、机上の空論が嫌いだったから。特に音楽雑誌で好きなバンドのことをあーだこーだ書かれるのがすごく嫌いだった。その音楽雑誌の編集部にいたくせにこの調子だから困ったもんだと自分で思うけど、こんな思考になったのは中2くらいに学校に行かなくなって、友だちが「心配しているから学校に来て」みたいな手紙をくれたけど、その(ありがたい)内容にリアリティを感じられず手紙の文まで嫌いになった。 親にお弁当を作ってもらっている友だち達に「心配している」って言われてもなって思って。そんなに心配してくれてるなら、私の分の弁当も作ってきてよと思ったから(笑) うちはお弁当なんて作ってくれなかったから毎日パンを買ってたし。と、またまたひねくれ放題だけど、あの時がきっかけだ。

 


だから写真も活字も写実主義。言い換えるとそれしかできないんだと思う。だから真面目に、偽りなく、どう突っ込まれても大丈夫なように書いています。読んでもらうのはバンドのファンてことになるからそこには絶対に嘘はつきたくない。書くことに対して少し生意気だけど挑戦している。これがほんの少しでも認めてもらえたらまだまだ書きたいことがある。撮りたいものもあるから、合体できたらいいと思う。

 

 

これからの10年で文章を上手に書けるようになりたい。活字を馬鹿にしてきた反省を込めてブログに書いてみた。文章は、相手がいて成立するもの。読んでもらうわけだから。コミュニケーションの手段をぶった切ってなめていたことを今さら反省している。ふんずりかえっていたら伝わらない。どうぞ宜しくお願いします。関わったメタル・バンドのこと。ポジやデータをひっくり返して書いてます。撮影中のことだからほとんどが知らないネタね。お楽しみに。さてもうひとバンド書こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     20年後の自分

2017.05.12 Friday


 

 

 

 


GWを通過したので、ひとつ歳をとりました。SNSなどにメッセージたくさんありがとうございました。私はみんなにメッセージ送れていないので、毎年言うけど申し訳ないです。ごめんね〜。(> <)

 

 

年齢なんて関係ないっていう考えだけど、FACEBOOKで自分の歳が55歳だってバラしたのは、5月5日生まれだから「5555」でゾロ目。だってラスベガスのMEGA BUCKSだったら大当たり。それになんだかラッキーだし、GO GOで、ジョニー・ラモーン的にいうと「KEEP GOING」な感じでこりゃいいやと思って。w  大昔、友達につきあって行った占いの館で占い師さんから「あなたは占うことがない」と言われ、友だちは「この人にくっついてれば運ついてくるわよ」って言われてたので、私の友だちにもこのラッキーがうつりますように〜とパワー送ってみます。w このブログを読んだ人にも天の恵みが舞い降りますように〜。w

 

 

 

 

 

 

 

でも実は今日のこのタイトルは、GW中にやっと見た『トレインスポッティング2』がすごくおもしろかった!!!  から思いついたタイトルなのだ。映画って『2』はイマイチが多いけど、私にはこの続きの20年後はすごく面白かった。すごく。『1』の時みたいなヒリヒリする若さの象徴はないけど、スコットランドのジャンキーも変わらないねぇというか、なんとも可愛い(って表現は変かな)大人(正確にはチンピラ・笑)のままの4人がそこにいた。

 

 

 

 


退屈な人生をどうセレクトしていくのか!?  この4人は20年後の今も模索していた。マイホームを持って悠々自適な年金くらしなんてクソ食らえと言いながら、ドラッグを断ちたいと思う瞬間もあるのに…という内容。友だちは、一回のドラッグで死んだのに、自分たちは生きている。

 

 

生きることの方がよっぽど人生大変だもんねぇ。『2』を見終わって、この映画、見た時の年齢で映画の感想は変わるねと話していた。自分の場合、20年で大きく環境が変わったのは、15歳から35歳の20年。1人暮らしのスタートから始まってNYで生活。帰国し結婚した新居での生活。この20年なんて15歳の自分にはとうてい予想できていない。その後は、20年はフジロックの歴史と同じ20年で何かルーティーン? いわゆる安定? (あらつまんない・・・笑) にも思える。いやもちろん親の問題とかあれこれ順風満帆じゃなかったが、それに耐えうるメンタルが年とともに出来上がったのかもしれないなぁとか。いろいろ考えられて面白かったです。映画って感動やスリルや残酷な気持ちの代替えだけじゃなく、いろいろと考えるヒントをくれるから好き♡

 


で。

 


そのことをもっと書こうと思ってたし、映画のキーワード、トイレ、ドラッグ、走る、『1』へのオマージュ、そして音楽がカッコいい!!!  ってことなどを書こうと思ったけど、3日前までインスタとかアップしていたミュージシャンの野球友だちが病気で逝ってしまって気持ちがぽわんとしていた。そしてこのタイトルは、ゾロ目で浮かれる未来を楽しみにする自分の誕生日と、映画と、年下の友だちの死が全部重なってしまい、問題提起とまではいわないけれど、なんか考えちゃった。20年後はどうなってるのかな?  って映画館を出た時はおもしろおかしく残りのポップコーン食べながら旦那と話してたのに、無いのかもしれないって思ったり。ああ、でも正直に書くと54歳を超えることは、自分の中でちょっと分岐点だった。ジョニーは55歳を経験しないまま終わったから。

 


でも。

 


生きてくことの方が大変なのだ。

 


でも。

 

 

生きてるからこそ、楽しいし、美味しいし、嬉しいこともある。なんか、真面目なこと書いてるかもしれないが 『トレインスポッティング 2』みたいに私は走りたい。走ってる方が楽しい。

 

 

 

いやまじで走らなきゃ!  GWが終わったら、毎年自分の体力を戻す時期なのです。体重はケーキの食べ過ぎで肥えたので落とさねば...運動スタート。頑張ろう自分。頑張ろうみんな。みんな体を鍛えて健康管理しましょう。それでダメならしょうがないさ。

 

 

 

さて『トレインスポッティング 1&2』みたいに、走れるうちは走りますわ。それにしても『T2』気に入りすぎて1000円の日にもう一回映画館で見たいかも。俳優たちが20年後も素晴らしい俳優だったのもこの映画の素晴らしいところだと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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