RAVEN4度目の来日裏話し

2019.03.19 Tuesday

 

 

 


RAVENの日本公演に行かれた皆様、お疲れ様でしたー!

 


100枚以上持参したパッチ、そして日本公演記念Tシャツも全て完売と、スタッフではないけど何だか嬉しい楽しい2日間でした。マーティが前々回同様、飛び入りした初日の1stから3rdまでりベスト・ヒット日はもちろん、2日目も「STAY HARD」や「ON and On」というレア曲が入る結局( ? ! )ベスト・ソングが並んだセトリに熱狂的なLunaticksも、初めてRAVENを見に来た若いファンも一緒に盛り上がり会場の一体感も最高で。ファンのことをLunaticksと呼ぶくらい熱心なファンが集まるライヴはまるでサッカーの応援のように独特なムード。インカム付けて走って歌うメタル・バンド他にいない。兄弟とはかれこれ1986年からの付き合いなのに、今さら知ったネタもあるので( ! ! )、もう1本RAVENについて書きます。

 


まずは初日のセトリ。ライヴ盤『スクリーミング・マーダー・デス・フロム・アバヴ〜ライヴ・イン・オールボー』で予習はしといたけど、実際に見たMIKE(Ds)加入の新生RAVENは、ライヴ盤以上に速かった。『Faster than the speed of light』なんてCDより速かったんじゃないの? ってくらい(笑)。

 


フロリダで毎年開催している70000tonのクルーズ・ショーのyou tubeを見ていたら、ジョン(61)とマーク(59)は、MIKE(『WIPED OUT』がリリースされた82年生まれ・としょっちゅう言われてた)の速さに、いよいよついていけないんじゃないかと心配になったけど、始まったら途中でMIKEがもたついてるようにも見えて…恐るべし兄弟。相変わらずハイパーなステージ。そしてファンもサッカーの応援みたいにファン大熱唱。アスレチック・ロックの真骨頂を、MIKEのRAVENで今観れた。プロモーターさんに感謝。

 


飛び入りマーティも笑顔で楽しそうに弾いていて、それも良かった。ジョンにファンレター書いたくらいのファンだったからね。でも何故ベーシストにファンレター? 今度聞いてみよう。そんなマーティの弾いたのが『Wiped Out』だったのもマニアっぽい。MIKEも「兄弟とプレイするのは楽しい」と言ってたけど、このバンド究極の自由奔放セッション・バンド、予定調和無しのパフォーマンスを繰り広げるから、ミュージシャンは兄弟と演奏することは楽しいんじゃないかな?  と思った。セトリのアンコールはCrush, Bang, WallopとSeek & Destroyともう一曲あったかも… (忘れた・汗)

 

 

インカムを付けて歌いながら走り、指でベースを弾くジョンの声も今回、特にすごかった。「歳をとると声帯って狭くなるんじゃないの?」と聞いたら、ヨガの呼吸法か何かを取り入れて声帯の特訓しているそう。納得。しかし特訓したら走ってても歌える?  私ならゼイゼイ言ってそう(笑)。ベース・ソロも凄かった。指で難しいことやってたけど説明できません…(泣)。ベーマガ取材してください。

 


RAVENはリハーサルで曲は殆どやらない。音の微調整に1時間以上かけるけど、それでせいぜい1曲やったか、やらないか。3/14のセトリでは新曲を含む5曲が、これまでの来日公演で初めてプレイした曲。ライブ後に話していたら、その5曲のタイトルをマークが全部言ったのでめちゃ驚きました。過去3回のセトリを覚えているってこと。そのマーク、10年前は大怪我で車椅子の生活だったのによくぞここまで復活したなぁ。今も足にはボルトが入っていてこの後また手術するらしい。

 

 

 


2日目のセトリ。2日目は1stから3rd以外のベスト・ヒットの日(だっけ?)とアナウンスしていたと思うけど、セトリの内容はほとんど変わっていませんでした。

 

 

ジョンの手です↑

 

 

「STAY HARD」と「On and On」という日本では私がBURRN!にいた85年頃、ワーナー(アトランティック)からメジャー・デビューしたアルバムからの曲とカバー曲が追加。80年代に、ツバキハウスで遊んでいたファンは、前3作と名盤『LIVE AT THE INFERNO』を聴き込んでいたかもしれないけれど、当時の中高生にはこのワーナーの作品がRAVENを知るきっかけになったはず。だからアメリカでブーイングを浴びた作品と言われてたけど、思い入れの強いファンが多い。それに作品としては決して悪い内容ではないからね。2日目の公演後、私のアカウントにメッセージや「聴けて嬉しい」といったコメントもドサドサ届きました。そんなわけで、RAVENを85年以降に知ったファンは、2日目は後期の曲を期待したと思うけど、次回に期待しましょう。私もリクエストを紙に書いてどっさり渡しました。『MAD』や『Life’s A Bitch』『Nothing like〜』などなどから。

 

 

このリクエスト・リスト、マークは「いい選曲」と言っていたし「俺もこの曲好き」と、プレイしたがっていたけど、MIKEと一度もプレイしたことのない曲はカットされた模様です…(多分)。リハ後に楽屋を覗くと、別の曲名が書かれたセトリがあったので「今日やるセトリ?」と聞くと「いや、まだ完成してない」と言っていた。けど...出来なかったのかな。兄弟はフロリダ、MIKEはLA在住で簡単にリハーサルはできないのです。今年は(新作のために)3人でスタジオに入るみたいなので今後に期待したい。まあ「いつまでもあると思うな来日公演」だと思っているので、ついつい、あれこれ期待しちゃうんだよねぇ。

 

 

2日目の公演が終わって楽屋に入るとジョンは開口一番「今日のセトリどうだった?」と聞いてきたので「悪くはないが、私のベストではない」と答えちゃいました。

 

 

そういえば、リリースから30年目にして知った事実。『Nothing Exceed like Ecsess』のカバーで埋められているおっさんは誰かというと、「当時のマネージャー」とファンの間で言われてて、私もそんな風にどっかに書いた気がするんだけど…当時のマネージメントはMEGAFORCE=社長はジョニーZ(ジョニー・ジー)。だから彼だとばかり思っていたら「あのモデルになっているのは、ジョニーZのアシスタントでRAVENを担当していたトニー」だそうです…OMG。ジョニーZは「今もRAVENを気にかけてくれている」そう。

 

 

ライヴの翌日はオフだったので、新宿をハングアラウンドし日本にはまだ存在するレコード屋(CD屋)巡りと楽器屋に行きました。楽器屋は飽きないみたいで、毎回楽器屋には必ず行くので次回があるなら御茶ノ水の楽器屋街に連れていきたい。ジョンはあれこれ弾いていて、その間テレキャスにしか興味のないマークは「このフロア、ベースしかないからつまんないな」(笑)。

 

 

ビルのフロアごとに楽器の階、エフェクターの階と分かれていて、エレベーターで上がったり下がったりするんだが、それがニューヨークの42ndあたりの楽器屋街を見て回ったことに似ていて(LAだと路面店になるから)、「ニューヨークみたいだな」と兄弟で懐かしそうに話してました。「ビッグ・シティは嫌いじゃないよ。来日してもすぐ帰るだけだから歩いてみたい」と新宿を歩けたことには満足していたみたいです。そういえば、私の書籍「メタル現場主義の2冊目を早く書け」と言われ「どうして次に行かないのか?」 とケツを叩かれました。手を抜かないというか前に進むバンドだなと思った。

 

 

 

 

 

おまけ。彼らはイギリス人だからこれまでは紅茶を飲んでいたけれど、さすがにアメリカ生活が長いせいか珈琲になっていました。歩きながら伊勢丹の前を通過した時に「ここはデパート?」そう「日本のMACYS」といった具合にニューヨークにあるもので説明できるので、86年にニューヨークのソーホーを一緒に歩いた時のことを思い出したりして楽しかったです。で。その伊勢丹の前のマルイの7階のスタバに行ったけど土曜日なのでものすごい行列。当然満席。

 

 

それでふと通路を見ると8階は屋上と書いてあり、しかも英国式庭園という名前。それでスタバで珈琲をテイクアウトして「上に英国式の庭園があるからそこに行ってみない?」というと二人ともキョトンとした顔をして「上?  庭園? どうゆう意味?」 ニューヨークのビルの屋上には庭園はないから想像もできなかったみたいだけど、そこに行くと人もまばらで小さい英国式の庭園があって驚いた顔をしてました。でも「excellent...こんなところに...」とちょっと懐かしそうな表情をした時はイギリス人に見えました。

 

 

 

RAVENをデパートの屋上に連れてっちゃった(笑)。というおまけネタでした。ライヴ・レポはYGウェブ・サイトに載るみたいなのでチェックしてください。今回撮影した写真はプロモーターさんのサイト(15日)、BURRN! (14日)、にも掲載されます。お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

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    RAVEN来日アーカイブ思い出と裏話 : 1995〜2015

2019.03.07 Thursday

 

 

 

 

 

 

4度目の来日公演目前のRAVENネタをもう1本。その前に3度目の来日公演の時に、RAVENの記事を10回に渡りSPIRITUAL BEASTのサイトで連載したけど、それもまだ生きているようなのでご覧になっていない方はこちらもどうぞ

 

 

 

1995年 : 初来日は今から24年前のチッタ。ラモーンズも解散をアナウンスをした慌ただしい年に必ずRAVENのネタが降ってくるというのが私の人生。RAVENはアルバム『GLOW』をZEROコーポレーションからリリースしたけど、正直元気が無く、らしくない作品になった。その理由を現在、発売中のライヴ盤のライナーでB! 奥野クンが明かしている。「喉の不調で声が出せなくなった」ことが原因と。

 

それでも『GLOW』リリースから初来日に繋がったのは元 B!編集長とZEROコーポレーションの関係者の皆さんが来日に向けてあれこれプッシュしたことも影響したと思う。もしかするとこれは最初で最期かと当時は思えたが、そんな時に来日公演が決まっちゃうのもこのバンドの持つしぶとさなのかもしれない。そしてこの初来日公演もそのこと(声の問題)を記録したライヴ盤として残った。セトリは載せないのでライヴ盤で。

 

 

 


初来日はライヴも見たいが撮りたいしで大変だったけど、意味ある公演を撮れた。この後日本に滞在してスタジオに入りライヴ盤のミックスをしてバンドは帰国。こう書きながら何だか余裕のある時代だなと思う。スタジオではフィルム写真のセレクトをメンバーとした。86年にニューヨークでジョンと初めて会い、私が写真の修行でニューヨークにいる間も会ってはいたが、10年後に東京のスタジオでライヴ写真のセレクトをしているとはね。仕事になったことも感慨深い。とにかく初来日で一歩進んだ。

 

 

 

 

2009年 : 2度目の来日公演まで14年もかかるとは思ってもいなかった。マークが2000年にヘリで運ばれるほどの大事故に合い車椅子生活になってしまったことも影響した。でも2000年半ばから海外にライヴを見に行ったファンのレポートからは徐々に復活していく様子は伝わってきた。車椅子→松葉杖→棒立ちだけど、ステージに立てる→ステージでスライディングした。と。そして2度目の来日が実現。

 

東京は渋谷O-EAST。キングレコードからリリースした『Walk Through Fire』は日本発信で海外でのリリースも決まりだしバンドに少しでもLuckが訪れたと思え本当に良かった。O-EASTのライヴは撮るのも見るのもようやく余裕が出来てやっと曲やライヴを撮りながらでも普通にを味わえた気がする。O-EASTの楽屋や撮影をするスペース(が上の階に)あり、そこで談笑しながら円山町の景色を眺めていた。今回の公演初日でも飛び入りするマーティ(フリードマン)を、2009年にメンバーに紹介したのが最初。この頃はメタル・ファンがマーティとRAVENがなぜ繋がっているのかを知らず驚いていた。RAVENと私とマーティの関係は書籍『メタル現場主義』に書いたのでここでは割愛。

 

 

 


2015年 :  6年振り3度目の公演。NWOBHMをプッシュするスピリチュアルビーストから『Extermination
』をリリース。コンスタントに来日も決まった。もうクローズしてしまった原宿のアストロホールというステージ面積の小さい小屋だったので、天井やその辺の機材を壊しそうでリハーサルの時からヒヤヒヤ。バンドはどうせおかまい無しなんだろうけど。と言えるほどマークがマークらしいパフォーマンスをできるようになっていたということ。

 

 

2009年のO-EASTの時のリハでは実はまだほとんど定位置から動けなかったのだ。このバンドの歴史は不運続きだけど、ステージに立てればそれでいいというメンタリティと情熱だけをもしかしたら一番感じた公演がアストロホールだったかもしれない。客観的に過去3回の来日公演のことを振り返ると、ジョー・ハッセルバンダーの存在がファンの好みを左右したし作品とも比例していたが、この原宿の公演は日本で見ることのできたRAVENの公演の中でもとても彼ららしいショウだったと思う。もちろん初来日の感動は越せないけれど、コンパクトながらアスレチック・ロックの真骨頂を見せてくれたと思う。

 

 

 


そして2019年3月14&15日。いよいよ来週。ドラマーにMike Hellerを迎えての新しいRAVENを拝める。グループ・ショットもライブ撮影もこんなに長く撮っているバンドはいないかも。ジョンは今、声(喉)のためにヨガからの声帯を維持するトレーニングを取り入れたそうで納得。久しぶりにテレキャスのザクザクにエキサイトしたい ! !  


すべての写真の無断転載禁止 / All Photos©yuki kuroyanagi.

 

RAVEN関連のブログはここにも書いてます

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     渡米計画スタート : THE WHO

2019.03.01 Friday

 

 

 


久しぶりにアメリカを走ることにした。ランニングではなくもちろん車。
「爆走ライディング」好きだし、MLB観戦とアメリカの国立公園巡りも好きなので、30代で遅い免許を取ったのもメジャーの延長戦を見のがさないためという現実的な理由。旦那ともラスベガス周辺の4州は巡ったりしてきた。今回は女友だちと気ままにモーテルを泊まり歩き(アメリカの)温泉に入ったりする旅。

 

 

 


旅は目的や嗜好や価値観が同じ相手と行くのが正解。ラモーンズ・ファンと行った聖地巡礼ツアーもそうだし、ナバホのエリアが好きなので、そこに対しての興味や価値観も同じ相手と行く旅は感動もシェアできる。今回の本当の目的はTHE WHOのUSA TOURだ。チケットもゲットしフライトもマイレージで確保。これで仕事に張り合いも出る。

 

 

 


日本で待っているだけじゃ自分の好きなバンドを見逃すことを知り、海外に目を向けたのは20代の時1980年代。自分の好きなバンドは見事に日本に来なかった。

 

 

1989年に『Tommy』を再現するショーがアナウンスされ迷わず決めた。キース・ムーンが死んじゃった時、行動を起こせば見られたのに見れなかったことに後悔した。あのドラミングを生で見ていたら (My Generation live 1967) 人生感、ロック感、間違いなく変わっていたはず。狂ってていいんだ、と(笑)。

 

 

 

 

Tommy』は私にとって無人島に持って行く一枚なので即決。円柱のロイヤル・アルバート・ホールもあの映画にぴったりで、出発前日に足を縫う怪我をして靴を履けなくなったから、ゴジラのスリッパを履いて飛行機に乗りロンドンに降り立った(実話)。その時のゲストはこんな感じ。こんなの絶対1980年代の日本で見られるわけがなかった。エルトンジョンはもちろんピンボールのエルトンで登場(号泣)。Steve Winwood (Eyesight To The Blind), Patti Labelle (The Acid Queen), Billy Idol (Cousin Kevin), Phil Collins (Uncle Ernie) and Elton John (Pinball Wizard). このライヴは1989年の10月だったから、ちょうど30年後の今年、私はまたTHE WHOをアメリカのハリウッド・ボウルで観ることになる。

 

 

そしてTHE WHOを2本見たらアメリカを走ります。 あれもしたい、これもしたい、あれも食べたい、あれも買いたい。欲張り欲求を満たすためにGWもスルーしてとにかく働くぞ。頑張ろう自分 !

 

 

 

 

Life's Gas, Life is short by joey ramone.

ジョーイの包み込むような声が素敵なこの曲をテーマにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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     アスレチック・トリオの近況報告 その2

2019.02.23 Saturday

 

 

 

 

昨日はRefugeというHMトリオ・バンドの撮影でした。広角レンズで( 正面から3人はいるかな? )と探りながら。渋谷のO-EASTという小屋はステージは広行けど、2人の距離がきっちり収まる。同じトリオ・バンドのDESTRUCTIONだとシュミーヤとマイクの距離が遠すぎて、真正面から3人を狙うのが不可能だったりするから、ここが決まると気持ち良い。昨日は3月に来日するアスレチック・トリオ、RAVENの画角を考える機会にもなった。

 

 

 

そのRefugeの前にギター雑誌の取材をし、その時に編集者さん達とRAVENの話になった。H野君がこんなことを言った。RAVENみたいにイギリスからアメリカのメジャー・レーベルに行ったHMバンドっていますか?と。インカムをつけたスラッシュ・トリオもいる?  このバンド、人がやらないことばかりやってるよね? と。業界でもハード・コアなファンとでも、RAVENの話をする時はみんなやたらとアツイ。もっとも私の周りに集まる人たちだけかもしれないけど、バンドを絶対的に支持してやるという気合いの入った人だらけで、めっちゃ楽しい。これでもかの不遇を全部引き受けても、それとライヴは別にタフなバンド。こんな部分もRAVENのファンは支持している。

 

 

 

 

 

さて今日書かねばならないのは、70000 tonクルーズから戻った兄から「楽しかった」と写真が届いたのでその報告を。彼らはもうこのクルーズは4回目。「いつも狂ったメタルヘッズだらけで楽しい」そうです。でも今回ばかりはプールのあるデッキ・ステージに風速30マイルの風が吹いていたらしくかなりヘヴィだった様子。

 

 

 

 

ライヴは2回あって、ステージBのクルーズの中のステージは音響も最高だったとのこと。新しいライヴ・アルバムのセットリストで演奏したので、この様子だと3月15日も新作、ライヴ・アルバムからの選曲になる?  という話は後半に書くとして…あれこれ話してくれるのでそれブログに書きたいから「写真ある?」と聞いたらこの写真が添付されてました。

 

 

All Photos : Carl Frederick of Metal Storm

 

 

オンスロートとセッションした時の様子。インカムじゃなくてマイクを持ちというレア・ショット。これは面白い〜。日本公演でもFoo Fightersがやっていたみたいに、ファンにベースを弾かせてジョンが歌うことに専念するっていうのを1曲やってみるのはどうでしょうか?  私もレア・ショット撮りたい。前の来日公演で飛び入りしたマーティも、RAVENを弾きたいミュージシャン。でもベーシストじゃないからなぁ。

 

 

 

 

ところで、新しいドラマー、MIKE HELLERのこと書かねば ! RAVENを後ろで30年近く支えたジョー・ハッセルバンダーが心臓発作で病院に運ばれたのは、アメリカで4本のライヴ、スウェーデンのフェス、そしてヨーロッパの12本のライヴが控えてた直前だった。急遽ビジネスパートナーに紹介されたJimmy Messというドラマーとリハーサルをし、アメリカの4本のショーのうちの1本目を彼とプレイ。(多分、これは急だったためサポートのみ)、次の3本のアメリカでのショーのために登場したドラマーが、FEAR FACTORYのマイクだったそう。

 


最初にジョンとマークとマイクで30分話しをしてから、セット・リストを渡すとマイクは全ての曲を譜面にしたらしい。それに兄弟は「釘付けになった」そう。しかし、そのまま2本目のライヴを一緒にやった後、マークが「なぜ、そんな風に演奏しているのか?」と聞いたらしい。この質問は、MIKEが初期のアルバムの音と同じように叩いていたから。兄弟は彼にこう言った。「もっと即興で。そしてもう少し早く叩いてほしい」と。するとマイクは「本当に? それはいい。やるよ」と。このライヴ後の3本目の公演からは「彼はどんどんエモーショナルになりRAVENの新しい音は完成されていった」んだそう。さらにジョンからこの話↓を聞いたら、もう3月が待ちきれなくなった。

 


「マイクみたいなテクの持ち主とはプレイしたことが無かったよ。彼のスピードは本当に恐ろしいんだ。特に彼のキットとダブル・キックの仕事は本当にクレイジーでね。RAVENで重要なのは、彼のプレイと俺の演奏が ”クリック”することなんだ。そうなれば、お互いの演奏を楽に追いかけていくことが出来るんだよ。これがスリー・ピース・バンドの鍵なんだ。この瞬間にマークのギターが合体すると最高にエキサイトするのさ!!! これってロブ(ワッコ・ハンター)を加入させた時くらい、いやあの時以上に激しいサウンドだと思うよ」

 


ジョンの話は正にRAVENの魅力、スリーピース・バンドの爆音インプロ? エモーショナルが音になって即興演奏するバンドの醍醐味のことを話してくれてめちゃ面白かった。なので、少しでもこれがRAVENのファンに伝わるといいと思って書いているけど、私のデタラメ英訳だと不安なので、最後に兄とのチャットの文面貼り付けときます。

 

 

だからプレイするのが好きなんだなというのがいつももの物凄く伝わってくる。好きだけで演っている ! そんなことは知っていたけど、言葉にされるとシビレる。80年代からRAVENはそのことをずーーーーっと言っている。

まだ書くことはあるので、来日までにまた書きます。大事な言葉は貼り付けとくので誰か英訳お願いします。RAVENネタはここにも書いてます

 


I have never heard or played with a drummer with such intense technique... his speed is frightening... both around the kit and his double kick work is just crazy...but he is inventive and has great feel. Most importantly his playing and my playing just “ click” .. we can improvise and follow each other’s playing effortlessly.. and that’s key for a 3 piece band... and at the same time he & Mark lock in together... so it’s very exciting...it’s reminiscent of when we had Rob in the band but more intense! <J.Gallgher>

 

 

 

 

 

 

 

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     “ゴルフ現場主義”のカメラマンの写真展に行ってきました

2019.02.12 Tuesday

 

 

 

 

 

 


羽田空港で写真展を見てきました。
飛行機の写真ではなくてゴルフにまつわる写真。私はゴルフは詳しくないしフィールドの撮影をしたことないけれど、このフライヤーを見て一目惚れとでも言うか惹かれて。

 

 

残念ながらカメラマンの内田眞樹さんは昨年お亡くなりになっていた。フライヤーの中の一番大きい写真は石川遼選手で、ピースをカメラマンに向けてこっそり出している。この被写体との距離感こそドキュメンタリーの面白み。これを撮れるカメラマンの写真展。そこにも興味があったし私には何か勉強になるだろうと思って。

 


その前に…何故、空港で写真展をやっているかというと、第一ターミナルにゴルフを練習するお店がオープンしたからです。ここはカフェにもなっていて、出張で羽田からどこかへ行く(帰ってきた)時に練習する場所らしい。私にはそれすら新鮮〜。

空港は機材の重さや時間やゲートの変更を気にしながらいるワクワクしている場所という概念しかなかったが、ゴルフをやる人にはさらに面白みが増えたというわけだ。空港にギターを弾けるリハ・スタがあるようなもんなのか? (笑)。ゴルフの練習をしてから飛行機に乗るという時間の使い方も「へぇぇ」です。お店に着くと早速「フライトが雪で遅れるらしいから10分やる」というおじさんが入店してきた。なるほど。

 


写真はトータル50点(以上?) あったかな。その距離感からカメラマン内田さんという人が見えてきた。ゴルフの現場にも音楽同様、様々なルールや特徴があり「打ち終わるまではシャッター音を出してはいけない」そうです。このあたりはクラシック公演と同じね。野球のユニと違い、それぞれカラフルなウェアも被写体の個性を表現するアイテムになっていたり、回るグラウンド? フィールド? の素晴らしい景色も「ゴルフの現場」の特徴的な要素。このあたりはロック・フェスの現場と同じかも。切り取る素材がてんこ盛りだけど、どう切り取るかがカメラマンの個性だし、愛情も映り込む。被写体とのコミュニケーションの取り方と距離でも絵は全く違ってくる。機材(消音)や道具の種類、ジャンルの特色など、ルールの違い以外そこは音楽の現場とほぼ同じ。

 

 

 

 

ジャンルや目的が違っても人を惹きつける写真にはそこに人間味が出る。人間味=内田眞樹さんそのものが。望遠で狙った一枚からも凄く近い距離を感じる写真もあって写真は生きていた。キャディさんとの一枚や、景色、影、夕日や朝日、捉えた瞬間が生々しかったり、ユーモアに溢れていたり、疲れていたり、飽きていたり( ? )、人間が表現されていて本当に面白かったです。もっとあると思われた緊張感を感じる写真が実は少なくて、肩の凝らない絵が多かったのもこの内田さんらしさなのかな。すごく真面目な人じゃないのかも(失礼なこと書いてますね、すみません)。なんだか楽しい。

 


距離感は相手と仲が良いということではなく、撮る方がどれだけそこに食らいつきたいかの気持ちの表れ。撮りたい欲望はマクロ・レンズで至近距離で撮れば良いものでもないわけで、望遠レンズの一枚からも伝わった。ゴルフの打ちっ放し? をやっている人の横で、私はそれをよく理解していないけど、きっと楽しいんだろうというムードを感じながら活き活きとした写真を見ました。石川遼選手のファンらしき女の子たちも羽田まで見に来ていた。ドキュメント写真の魅力と大事さを感じられた展示でした。

 

 

 

ゴルフに詳しいRAVENファンのTakaくんが付き合ってくれて解説もしてくれたので、そこも倍、被写体側も見えて理解できた。感謝。私は幾つか撮りたいテーマがあるので技術もだけど、気持ちを押していきたい。

 

 

昨年、見たかったこの展示↓を見逃したので、今年はアメリカや韓国も含めてチャンスがあったら積極的に見て撮りに回りたい。もしまたこれが日本のどこかで開催されたら教えてください。地方でやっていたら旅がてら見に行きたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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     アスレチック・ロック・トリオ 4度目の来日

2019.01.28 Monday

 

 

 

 

 

 

80年代から応援しているHMバンドが絶妙なタイミングで来日する ! 今週末から70000 TONS of METALでマイアミのクルーズ(フェス)にも出演する兄弟スリーピース爆走HMバンドRAVENのこと。
 

 

昨年、来日公演がアナウンスされた瞬間に ”LUNATICKS” と呼ばれる熱心な信者たちからSNSにメッセージが届いた。「たまにはRAVENのことも書いてください」というメッセージも時々もらうけど、とは言え私にたどり着くというファンのコアさに脱帽。なので今日はこのバンドのことをたっぷり書きます。ロック・ファンは読んで。野球ファンと韓国エンタメの友だちは「退室」してもいいよ〜。w

 

 

本当に絶妙なタイミングでの来日だと思う。理由は二つ。ひとつは先週リリースされたやたらとタイトルの長いライヴ盤【スクリーミング・マーダー・デス・フロム・アバヴ〜ライヴ・イン・オールボー】が、RAVENらしさ全開の素晴らしいライヴ盤で、これを聴いた後にこの音源を収録したメンバーでのステージをこのタイミングで見ることが出来るからだ。

 

 

RAVENの魅力を伝える核となるのはパフォーマンス。テクニックも凄いけど、ステージ立って音を出したら多少の粗さは気にしない。ライヴの凄さを表すとしたら、破壊・爆走・爆音。これが彼らのステージの魅力。80年代から全く変わってません。ま・っ・た・く (笑) それを例えば写真で表すとこれ↓w

 

 

つまり、音のプロダクションのことではないってこと。今回のアルバムも、ライヴ盤を聴く時に良いスタジオで素晴らしいエンジニアが作る音を想像しない方がいい。そのプロダクション的な部分は(乱暴な言い方をすると)このバンドにはどうでもいいのだ。ギターの音がブチっと消えたりしてるのはそのまんま。彼らがアスレチック・ロック・トリオと呼ばれるようになった由縁はそこから来てて、弟のマークはステージをほとんど走り回っている。

 

 

だからギターの音がブチっと消えたのはどっかにぶつかったかなんかだろうと想像しておけばいい。そうした生々しさが30年以上前にリリースされたライヴ盤『LIVE AT THE INFERNO』同様のクオリティなのだという意味です。とはいえもう60歳、それを今でもあのままやっているところが凄いと伝えた時「だってやりたいのはライヴすることだけだから」ときっぱり。

 


ベスト・タイミングの来日の理由、ふたつ目。新しいドラマー、マイクと兄弟のプレイを拝めるという点。初代ドラマーWACKOはニューヨークに拠点を移した後に脱退。その後に加入したジョー・ハッセルバンダーが1987年から2017年まで、何と30年間もこの爆走兄弟を後ろから見守り、時に手綱を操るように上手いタイミングでリズムを差し込みRAVENの命であるライヴの音を守ってきた。ジョー・ハッセルバンダーの「旨さ」があったからRAVENはと言うよりも兄弟二人は好き勝手に出来ていたと思う。絶妙な間合いの入れ方、巧さ、リズム隊の(と言っても兄もインカム付けて走っているわけだから・笑)、バンドのリズムを崩さずに。

 


今回来日するドラマーは、30年連れ添ったジョー・ハッセルバンダーの後を引き継いだマイク・ヘラー(フィア・ファクトリー)。RAVENはライヴ盤をトータル3枚リリースしているけど(よね? 汗)、84年・95年・2019年(2018年)、今までRAVENで叩いてきた3人のドラマーの歴史は、これで全部音源として残ったね。私はマイク加入後のRAVENを見るのは今回が初めてになるけど、ライヴ盤を聴く限り、また兄の話を聴く限りだと、彼と兄弟の息はピッタリと合っているように見える。アスレチック・ロックなのでそんな例えで書くとチーム・プレーは息が合ってないと成立しない。スポーツで言うダブルスならぬトリプル?  これがアスレチック・バンドの特徴的なところかな、と。

 


RAVENはそんなバンド。前回の来日では終演後のミーグリが確か人数限定であっという間に終わってしまったことに「ファンはもっと来ていたのに、どうして人数を制限したんだ?」と怒っていて翌日空港に向かうまで、都内でサイン会をやっていたようなバンド。でも人数決めないと、会場のスタッフは終電を逃していただろうね…。「もう止めろ」と注意されたのにアンコールをやり続け、電源を落とされたバンドだけある(←アメリカでの話)。爆走しちゃうと止まらないんだろう。

 


最後にセット・リストのことを聞いたので記載しておきます。

 

 

初日は往年の初期3枚をプレイするとアナウンスされている。ここに「これまでジョーで、できなかった曲もあるので、マイクで初めてプレイできる曲もある」そうです。これは楽しみ。そしてLunaticksが期待している2日目のセトリはジョンから「1987年以降の曲で聴きたい曲」ファンからの要望の多い『Life’s A Bich』『Nothing Exseed〜』や『MAD』日本発信でリリース・制作しその後の彼らの分岐点になった『Walk Through Fire』(キングレコード) からも入りそうだ。私は昔『The Pack is Back』が 「(時代とバンドにそぐわなかったとしても) 良い曲がある」と兄弟に伝えた。「young blood」や「Hyperactive」は彼らが今ステージで音を出せばRAVEN流になると思っているので、マイク加入で新しい空気をが流れている今のRAVENで聴いてみたい気もしている。

 

 

アメリカのバンドにありがちなマイクは西側、兄弟は東側に住んでいるので、リハーサルで音を合わせてうまく行った回数からセレクトされそうだ。2日目は百戦錬磨のライヴ・バンドSURVIVEがOAにつくということでアグレッシブな夜になりそうです。と、たっぷり書いてみました。

 

 

Lunaticsの中には日本から今週末の70000 tonsを見にいくツワモノもいて羨ましい。来日までに機会があったらまた書きます。SNSに掲載した1980年代、仕事中にこっそり作っていた「ファンジンの中身を見せて」という人のためにそこも書きたいけど、本当に内容がくだらなすぎて...汗。企画としてはRAVENの新譜が出た時に掲載されたすべての雑誌のレビューを勝手に斬ったりしてました。ヤバっ。汗

 

 

 

 

 

 

 

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      VOIVOD THE BEHIND STORY

2019.01.21 Monday

 

 

 

 

 

今日は彼らのタイトル風にタイトルつけてみたけど、あのフォントじゃないとピンとこないね…w
2019年はVOIVOD、RAVENと好きなバンドの来日が続く…そして昨年末にアナウンスされたTHE WHOのUSA TOURのチケットを無事にゲット ! ! 久しぶりにレンタカー借りてアメリカ大陸を走行しに行ってくるぞ〜。

 


さて3度目の来日を果たしたVOIVOD (⇦ヴォイヴォドと読みます)。プログレ・フレーバーの変則スラッシュ(?)、爆音でインプロを奏でているようなバンドという説明で通じるかな?  新作『THE WAKE』はコンセプト・アルバムのよう。個人的にかなりのヘビロテで、1曲目からVOIVODらしいうねりの渦に飲み込まれ(まさにカバーの絵のような)世界にずぶずぶとはまる。

 

 

コンセプト・アルバムのように最後にクライマックスが来るからラストの8曲目は「まるで映画のエンドロールを見ているような気分になる」のだ。と、撮影中にメンバーに言ったら「映画のようだと言われるのはしてやったり」とニンマリされました。「パズルのようにいろんなリフやパーツを繋げて曲を完成させた」とGのチューウィーが言ってたけど、その予想不可能な音の展開がクセになる。

 


公演前日の撮影の合間に『THE WAKE』のことや、AWAYの絵についてを聞くことが出きた。『メタル現場主義』を渡したら、すぐに10年前のことを思い出し「ああ、MVをどうやって作ったかを聞いてきたカメラマン?」と思い出してくれた様子。

 


書籍には、CGのない80年代にどうやって『Astronomy Domine』のMVを録ったのかを書いた。その時にAWAYが書いてくれたイラストも本に載せてある。で、本人、その自分の書いた絵を見てケラケラ笑いながら、SNAKEと一緒に、他のメンバーに「下に扇風機を置いたなぁ〜」とか説明。そこで、すかさず「明日もAstronomy Domine演る?」と聞くと「最近、この曲はやっていないんだ。長い間演ったからもういいかなと思って」と言ってたんだけど、東京公演ではアンコールの最後にやってくれたね。日本のファンは貴重な1曲をゲットです。

 

 

イラストのこと。AWAYに「いつ、VOIVODのイラストを描いているのか?  インスピレーションはどんなタイミングで湧くのか?」と聞いたら、なんと「絵はツアー中に描く」らしい。「自宅では描かないの?」と聞くと「自宅ではTATOO用や書籍の絵を描く(仕事用?)」そうです。描くのはサインペンだったり水彩だったり。ツアーに水彩絵の具とか持ち歩いているのかだろうか? と、カメラマンなのに質問だらけでしつこいな〜(笑)。でも楽しそうに話してくれてましたよ。

 

 

ここで貴重な一枚を。あの素晴らしいショウの後に、本当にこうやって楽屋で絵を描いていました。だから彼の絵のインスピレーションはパフォーマンスから得るものなのかもしれない。

 

この日AWAYのTシャツはディスチャージ↑

 

 

RAMONESのTシャツ。VOIVODのメンバーの着るTシャツは一貫している。パンク・バンドのTシャツだ。いつもモーターヘッドやラモーンズやP.I.LのTシャツを着ている。サウンドはプログレだったり、スラッシュだったり、インプロだったり、全くパンクではない。でも嫌いなバンドのTシャツなんて着ないよね? 公演の終わった夜、ライヴハウスの下のコンビニの前でメンバー全員、ずっとサインを書き続けファンと写真を撮っていた。こんな所にD.I.Yのアティチュードを感じる。D.I.Y(Do it yourself)のメンタリティはコマーシャリズムとはかけ離れているわけで、だからあのTシャツに納得する。

 

 

 

フガジのイアン・マッケイが自身のレーベル「Dischord RecordsのLP用の紙ケースを段ボールを切って糊付けて1000枚くらい作るのなんて簡単さ」と言っていたが、D.I.Yはメンタリティ。コンビニの前で延々とサイン会をやったその夜、ツイッターには「神対応」という言葉があふれてた。

 

 

『THE WAKE』のカバーの後ろのメッセージ。あれを書いたのはSNAKEで「何か別の意味を含むのか?」と聞くと「いろんな意味があるけれど…星は、レミーとかそうゆう人たちのことも指している」と言っていた。そうゆう人たち=私はジョニーやジョーイ(ラモーン)を思い出したけど(ああPiggyのこともだよね…)と思った。憶測だけど、あの頃の曲、『Astronomy Domine』を演らなくなったのは、飽きたのかもしれないし、今、新しいメンバーとの時間が充実しているからじゃないかという気もしました。

 

 

 

 

と、聞いたことをつらつらと書いてみました。

 

 

私も外でサインをもらっていたファン同様、CDの裏のメッセージのところにサインをいただいた。小さいUFOのイラストもつけてくれたので「私ニューメキシコ州のロズウェルの宇宙船墜落現場に行ったことがあるよ」と言ったら「えええ ! !  僕もあそこ行きたいんだよ」とかなりウケてました(笑)。VOIVODファンはぜひ、ニューメキシコ州のUFOミュージアムと墜落現場に足を運んでみてはどうでしょうか? ! w

 

 

 

 

 

 

 

 

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     クイーンの映画を見て『MUSIC LIFE』を再認識

2018.11.07 Wednesday

 

 

 

 

 

 

最近のブログ、映画の事しか書いてないな。そして今日も映画ネタ。なんでだろ? (笑)  クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を一足先に見てきました。ネタバレはないので大丈夫だと思うけど明後日公開なので楽しみにしている人は読まないでね〜。SNSには感想をこんな風に書いた↓

 


【キッス、エアロ、クイーン」という三大バンドを10代の時に聞いていた世代にはたまらない映画。裏切り、才能、時代、孤独『MUSICLIFE』には載っていなかった彼らの姿を知ることができる上に、あの名曲を聴きながら観るのだから、感動するに決まってる? ! w その数々の秀作やコードがどのタイミングで生まれ出来上がったのかのプロセスを知ることが出来てワクワクした。ラモーンズの『エンドオブ・ザ・センチュリー』くらい「ええ ! ?」という衝撃もある分、そこは「ただの革ジャン着たパンク・バンドじゃなかったんだ的な衝撃」が、クイーンというバンドを以前よりぐっと身近にしてくれる。『ジャージーボーイズ』や『ラヴ&マーシー』と並ぶミュージシャンの人間ドラマです】

 


映画はバンドあるあるも含むバックヤードの知られざる話。私は1970年代、クイーンにはそんなにハマらなかった。なぜなら彼らはメイン・ストリームの優等生バンドで、音は聴いていたけれどRUNNAWAYSやKISSの方が不良の匂いがしてカッコよくて断然好きだったから。パンクの登場でロックに対する意識も更に変わって。

 


洋楽ロックの情報源『MUSIC LIFE』はクイーンを3大バンドの一つと位置付け、彼らを日本で特別なバンドに仕立て日本独自のシーンを作った。いや作ってくれた。洋楽が今でいうK-POPくらいエネルギーを持っていた時代だったから、興味があるなし関係なく、とにかく華やかなバンドは全部目に入ってきた。雑誌の存在も時代と同じように華やかなままメインストリームにいたと思う。

 

 

今では表に出る必要のない編集者をキャラのように見せ親近感を作っていたり、(そのキャラ作りや人気投票のカップなんかはその後創刊のHM雑誌BURRNにも受け継がれていくんだけどw )、女子の夢を壊さないワクワクするバンドのカラー・グラビアがたくさん載っていて楽しかった。ラモーンズほとんど載ってなかったけど...(涙) そんなファンジンみたいな雑誌って今もあるのかな?

 


私はクイーンの熱心なファンではなかったのに、知らないうちにそのまま『MUSIC LIFE』の影響を受けていたということを韓国の友だちとこの映画の感想を話した時に感じた。『MUSIC LIFE』には日本で撮りおろした写真やエピソードがいつも載っていて、欧米のバンドと日本を密着・合致させていたけど、あれは今思うとものすごく潜在意識の中に刷り込まれていたんだなと。映画のシーンにフレディの自宅に飾られていた着物がチラっと映る。そこで初めて「何度も来日した、すっごく人気のあったバンド、クイーン」を一瞬感じられるのが確認作業をできたような気持ちになった。

 

 

『MUSIC LIFE』のように、バンドを大フューチャーしてくれる雑誌がなかった国のロック・ファンにはもしかしたら「私たちの」バンドにはなっていないのかもしれない。ましてや自国がツアーに含まれていなかったら。『MUSIC LIFE』はそこを作ってくれていた。バンドとファンをぐっと引き寄せてくれた。アンチからは「くだらない」と思われていた制服や着物を着せた撮影も、今となっては来日してくれた証。日本にいたのだ。もはやビッグ・ネームのバンドのワールド・ツアーに日本が入らない時代になりつつある今、奇跡にすら思えてくる…。

 

 

「熱心なファンじゃない」と公言はしたけど、映画の感想が韓国の友だちのように「イギリスの伝説的なバンドのドキュメンタリー」だけにならなかったのは、彼らの存在が『MUSIC LIFE』を読んできた自分にはもっと、ぐっと、ぐぐっと近い存在だったから。遠いイギリスのバンドなのに。

 

 

 


その『MUSIC LIFE』を作ってきた元編集長の東郷かおる子さんは、最近もラジオやテレビでクイーンのことを語ってくれている。だから彼らの存在は決して遠くには行かず、すぐそばにいる。「フレディ、あんなに出っ歯じゃなかったわよ」と東郷さんは言っていたけど(笑)、そんなことですら語ってくれる人がいるから、他の国のファンとは感じ方が違うのだ。『MUSIC LIFE』がくれたのは情報だけじゃなかった。クイーンの映画は『MUSIC LIFE』のことをまた違った角度から認識させてくれた映画でもありました。

 

 

 

 

その貴重な取材と写真の宝庫シンコーミュージックから本日発売。

誰かラモーンズも作ってくれないかな〜。来日密着的なやつ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『さらば青春のJAM』を見た

2018.10.12 Friday

 

 

 

最初にもしコレクターズのファンの人がこのページにたどり着いていたら、お断りしておきます、私コレクターズを語れる人物ではないのでバンドのことは書けないので〜。ごめんなさい。今日のブログはあの頃のJAMスタのことを書いた80年代回想ブログです。

 

 

『さらば青春のJAM』を観てきた。新宿の明治通りにあったライヴハウスJAMと日本のモッズ・バンド、コレクターズのコラボレート的なドキュメント。コレクターズを軸にモッズ・シーンの聖地( ? )だったJAMの終焉とバンドを絡めたドキュメント?  (とうたうにはバンドのヒストリーは少ないが...) ポイントは盛りだくさんな映画でした。

 

 

 

東京で『さらば青春の光』が公開された頃、私も単館シアターに足繁く通った一人。THE WHOが好だったけど、周りにフーが好きな子なんて一人もいなかった。だから東京のどこかにきっといるであろうフーのファンを探しもとめ、わざわざAラインのワンピース着て(笑)JAMスタにしばらく一人で通ってた。昔はJAMのことをジャムスタって呼んでた。

 

 

当時のJAMスタにモッズが集まる日は、コーラの瓶にストローさしてカッコつけて『さらば青春の光』の世界に浸れる場所だった。自分はあの映画で言ったらさしずめモンキーだけど、カッコイイ子もたくさんいて最初のうちは楽しかった。けど、いつまでたってもフーの話をできるような音楽をどっぷり聴いてる奴とはぜんぜん出会えず、しかもこの頃の自分は大江慎也の追っかけとNWOBHMの両立状態で吸い寄せられるようにツバキハウスやロフトやエクスプロージョンに通い、いつの間にかくら替えし(笑) 音楽の話をする人に出会えないJAMスタからはフェイド・アウトしてしまった。映画の中で加藤さんが言ってたけど、「この頃ロックは下北沢じゃなくて新宿だった」のは本当にそう。エクスプロージョンも新宿区だし(笑)「ストロベリーフィールズ」っていうカフェの名前も久しぶりに聞いてとっても懐かしくて嬉しかった。

 

新宿ロフトで打ち上げの大江慎也さん。これはROOSTER(Z)の頃。こんな写真も押し入りにどっさり...w

 

 

映画を見ていたら、コレクターズの登場は80年代後半。もう少し早くに出会っていたら違ったのかもしれないけれど、でも80年代の初頭にも、かっこいい日本のモッズ・バンド( ? )、ロンドン・タイムスはよく聴いていた。彼らは日本のSMITHSを目指していたみたいだったけど、音はモッズだった。「ハインツ・デミグラスソース」のソノシートは今もある。東京にはスリーピースのもう一つかっこいいモッズ・バンドがいて、Voがある日革ジャンで登場し客が面食らっていたのを今も覚えてる。あれはなんていうバンドだったんだろう?  当時はモッズとロッカーズは相反していたのに「好きなんだからいいじゃん」とステージに革ジャンで出てきて堂々としていてカッコよかった。これも確かJAMスタだった。

 

 

日本でモッズと言うとファッションとシーンのことで、音楽は次の次なんだなと思ってたけど、ある日代々木公園のフリマでモッズのファンジン「HERE TODAY」を見つけた。モッズ・ファッションのカッコイイお兄さんから買って読んで見たら内容はロンドンの新人モッズ・バンドのライヴ・レポートが手がきで書いてあったり、新しいモッズ・バンドの紹介をしていたり、ちゃんと音楽を知らせようとしていて、「こんな人もいるんだ」と知った。それが映画にも出ていた黒田マナブさん。ファンジンは今も取ってあるけど押入れから出せないので写真はなし。ファンジンもソノシートも手作り感と想いと熱がダイレクトに伝わってくるから捨てられないね。

 

 

映画の話に戻るけど、コレクターズのおかげで、JAMスタが最後にカッコよく見えた。そうじゃなかったら普通のライブ・ハウスが終わっただけだった。JAMスタに出たのは「ロフトに出れないからこっちでやってただけ」的発言はとても正直だし、武道館の後には勝者のセリフ。フロントふたりのいい関係性やバランスが見えて結局、人の魅力の映画かな、これ。無知ながらも楽しめました。

 

 

PS. D.I.Yのファンジンついでに一昨日届いたラモーンズ・ミュージアム・ベルリンの店長フロウが作った640ページのカタログも同じ。早く彼のインタビューを載せたいんだけどまだ返事が来ません。到着次第ラモーンズFCのマニアのページに載せます。しばしお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

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     『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』日本公開決定!

2018.10.03 Wednesday

 

 

 

 

 

今日はラモーンズ・ファン・クラブの今後の活動予定を書くつもりでいたんだけど、こっちのニュースが飛び込んできたので、こちらから行きます。(ごめんね〜) でも ! ! 私がVoのドニータと友達になったのはおたがいがラモーンズ・ファンだったから。なので、この映画ラモーンズ・ファンも楽しめるのではないかな。

 


ライオット・ガール・ムーブメントのパイオニア、ロサンゼルスの女性4人組ロックバンド、L7の歴史を網羅したドキュメンタリー映画『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』の公開が決定した。やったー。2015年に復活を遂げるまで、彼女たちの環境、実は色々とあった。というネガな方はどこまで描かれているのかはわからないので、映画を見てからまた書くけど、私は彼女たちとは1987年のテビュー作以来友達になった。という話はこちらをどうぞ

 

 

フェミニストの部分ばかり取り上げられてしまうけど、(それも彼女たちにとって本望だと思うが)、彼女たちのカッコ良さは、あのベースをぶいぶい言わせた重くキャッチー!? な曲と歌詞のセンスだと思う。『Shit List』とか『Wargasm』と造語のセンスも最高だし、『pretend we’re dead』なんて笑っちゃう。斜めなウィットがあの重低音に乗る爽快さこそL7サウンドの魅力だ。癒し?  いらない(笑) カリフォルニアにはオレンジカウンティのバンドや良質のバンドがたくさんいるけど、この言葉のセンス、なかなかないよね。もしかしたら今ならヒップホップの方に通じるかも。

 


L7は1990年代には何度も来日している。クアトロ、恵比寿ギルティ、いろんなところで演っていた。映画のトレイラーに使われている原宿のホコ天のシーンは旦那が撮った映像。こうやって使われた旦那の動画作品はRAVENというバンドもいます(笑) あ、そんな旦那映像を使ってラモーンズ・ビデオ上映会も考えているのという脱線ネタは今夜書きます。

 


オフの彼女たちはLAのお姉ちゃんたちだけあって都会の子? っていう感じ。なんというか野暮ったさはない。それにやっぱりNYと違ってのんびりしているというか、あまりストイックじゃないの。言葉は悪いが楽しい連中よ。ドニータは活動ができない間もずっと音楽を続けていたし、彼女のセンスはサビてない。私も映画をまだ見たいないので見たらまた感想もブログで書くけど、映画をきっかけに来日してくれないかな。メンバーが揃っている間にもう一度 ! ! !  熱望 ! ! !  メンバー・チェンジしたけれど、結局ジェニファー(b)を戻してオリジナルにこだわるところにラモーンズっぽさを感じたりして。

 


東京の公開は12月15日から新宿シネマカリテにて〈3週間限定〉。なんと70年代に活動していたイギリスの女性パンク・バンド、スリッツのドキュメント『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』と同時上映だそう。ほか全国順次公開。楽しみ ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

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