友だちがみんな書いている

2017.03.28 Tuesday

 

 

 

 

 

 

さっき『スー女(すうじょと読む)のみかた』という本の著者の和田静香さんとご飯を食べていた。さんづけするとしっくりこないので、和田と書くけど、一足早く書籍を見せてもらったら、和田の相撲愛が和田らしい形で表現された書籍だった。「相撲が好き」って言ったって、まわしを巻く女はそう滅多にいないと思うわけで(笑)、「女相撲の大会に出るから一緒に(写真を撮りに)来てぇ〜」と、北海道まで行った時の写真も載っていた。ぷぷぷ。 そんな「相撲愛」がたっぷり詰まった ”ファンキー”な本。まだ文はちらっとしか読んでいないけど、真面目な相撲論では多分…ない(笑) でもこの本、デザインも素晴らしくて、ぱらぱらっと見ただけで「うわ〜!」 と圧倒させられた。早く読みたい。

 

 

 


もう一本。友だちと同時に先輩でもある、プライベート&仕事でも長い付き合いのDJ.スヌーピーこと今泉圭姫子さんも書いている。TAKE THATにまつわる想い出のストーリー。仕事じゃなくスヌーピーが書き残したい気持ちでスタートしたブログの連載だ。スヌーピーらしい視点で、バンドに対する想いを丁寧に綴っていて、正直、私はそんなにTAKE THATのファンというわけじゃないけれど、気持ちよく読めている。この回顧録はちょっと物語のようにもとれるのもスヌーピーらしさかな。TAKE THATを通してスヌーピー自身が見えるし、バンドもみえる。他のバンドでも書いて欲しい。


 

 

 

 

もう一冊。友だちのファン・ジン(=ファン+マガジンの略)。ヘヴィ・メタル・ファンが集まって「好きだから書いている」同人誌HMF。編集会議(?)をして、原稿を書き、文字校正をして、確認して、デザインして、印刷屋に出して、販売して…というプロセスをふんでいる。手間がかかっている。メタル・ファンはマニアックだから記事のミスなんて見つけようものなら「わかってないっ」って突っ込まれるしね〜(笑) ブログじゃないから「じゃ、削除」ってわけにもいかない責任もあるけど、ファンジンからは手間かけた作り手の達成感も感じるし、ファン目線で書いてるので読み手は共鳴できる一体感もあるのがいい。

 

スタッフはみんな仕事を持っている人たちで、仕事の合間に書いて取材してインタビューまで取っていた。趣味の領域を超えてるよ〜。アルバム・レビューからもバンドに対する期待や愛情が読み取れて、叱咤激励もあるから納得はできるはず。評論家でもライターでもなくファンが作る冊子は、読み手に1番近い感覚こそ強みだ。手間をかけるエネルギーも魅力のひとつ。ファンジンは情熱と、伝えたい欲求無くして作れない。そこが伝わるのがファンジンでフリーペーパーや雑誌とも違う。いろんな旨味がつまってて、まるでおかあさんの手作り弁当みたいだなぁ。

 

 

 

 

 

 

みんな情熱に溢れている。おざなりじゃ書けないから。
友だちすごいな。みんなのエネルギーをいただいて、頑張ろう〜自分 !

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     人間椅子の『屈折くん』からファンジンまで。前編。

2017.03.16 Thursday

 

 

 

 

 

 

 

昨日のブログは、表紙のインパクトでアクセス数が4桁でびっくり。FACEBOOKって、例えどんな芸術作品であれ「裸の写真は載せたら削除」になるそうで、あの表紙をSNSに登場させるのはなかなか至難の技だそう。私の書いたのはブログだからかもしれないけれどFACEBOOKにもTWITTERにも載っちゃった。出版社から宣伝代いただこうかな〜。w

 

 

アウトプットからインプットになった……んだと思う。自分の頭の中のこと。1冊目を書き終え、2冊目の写真エッセイは、これから書くけれど、その前にインプットしないともう脳みそが「からん、からん」て音がしているんです、からっぽで。

 


それで書くのが少し早くなった気がしてたら読むのも早くなったらしく、ぐいぐいスピーティーに読めている。関係あるのかな?  まずはこれ。『屈折くん』。この本は人間椅子の和嶋さんの本。私はライヴはもちろん見たことはあるんだけど、実は撮ったことはないのです。なせだろう?  私の音歴からすると、すごく(音的に)近くにいるような気配を感じるのに。と思いながら読んでいたら、登場する場所がうちの近所の高円寺周辺で、近かった(笑) 。

 

 

 

 

もうひとつ身近に感じられたのが、誕生日と超能力者ユリ・ゲラーのこと。70年代ブラウン管(←テレビのこと)から「スプーンは曲がる」と念力を送っていた人がいたんだが、小学生はもうみんな夢中でスプーンを持ってテレビの前に集まっていた。同じく「UFOはいる」と今も本気で信じている世代がわたしの世代。そして和嶋さんの誕生日もお祝いの日、クリスマス。だから街の華やかさが自分の誕生日なのに、別世界に見えて孤独を感じていたそうです。

 

 

私は端午の節句が誕生日。もちろんケーキを食べるから、かしわ餅というのをずいぶん長い間食べたことがなく、葉っぱをむいて食べるあんこのお餅のうまさを知らず「あぁ、損してた」というどっちかっつーと、さくらももこの本に登場しそうな女だった。あと学校は休日だから誕生日プレゼントをクラスメイトからもらい損ねるので「休日は損だぁ」と思っていた。和嶋さんの繊細なメンタルとは真逆で身近でもなんでもないが、親近感は覚えました。

 


『屈折くん』を読見終えて、連想したのが漫画家・楳図かずお。描く絵と内容は天才でぶっ飛んでいるけど、生み出す作品と制作者はむしろ相容れないというか。天才の資質なんだろうか、と。そしてこの本を読んでいると和嶋さんの人柄がじわじわとこちらに伝わってくる。屈折もたしかにしている。でも曲がっていないところはまったく曲がっていなくてピュアなのだ。

 

 

昨夜、練馬の焼き鳥屋さんで、1年前に成人式を撮らせていただいたラモーンズ・ファンのご家族と飲んでいたんだけど、話題は「人間椅子、和嶋さん」になりこの単語を言っただけで、「いい人」という単語が出る。みんな言う。「和嶋さん、すごくいい人」って。私はお会いしたことがないけれど、きっとそうなんだと思う。そんな人が「あの音楽」を作っているのだ。

 


でも読んでいたら分かる気がした。10代の時に書いた『爆弾結婚式』という曲名のくだり(だいぶ最初の方)でもう大笑いしてしまったんだけど、このタイトルが率直すぎてかっこいいと思ってしまった。「幸せ絶頂の結婚式に爆弾をおとすという恐ろしい歌を書きました。」という一文にまったく屈折していない人柄が見えてしまってグッときた。この最初の方のサブジェクトだけで、疲れている人や絶望を感じている人はこの本読むといいよと推薦します。w いえ決してぱぁっと明るく爽快な気持ちにはなりません。後半に行くともっと人間椅子の歌詞が思い浮かぶような情景すら登場するので。w

 


でも、そんな情景や爆弾を落としたくなるような気持ち…という内容と真逆のリアルな和嶋さんの人柄が行間に滲みでていて救われる。人間、闇はある。だから書く。そんな人間椅子、和嶋さんの書籍『屈折くん』は、裏タイトルは真直くんだよって思った。ちなみに文章は人間椅子の歌詞の「狂ぇる、ままぁ〜〜」の感じじゃなくて、話し言葉の優しい活字が並ぶので読みやすいですよ(笑)。新高円寺の『蚕糸の森公園』の木の下で曲を書いていたっていうのも何だか身近だったなぁ。

 


がらっと変わってもう一冊はファン・ジン。HMファンがD.I.Yで作っているA4サイズのファン・ジン。メッセみたいな大規模のコミックマーケットで販売している同人誌のように紙で印刷し販売している冊子。数人で作っているんだけどこれが凄い。長くなるので続くにしよう。情熱とはこうゆうもんです。お楽しみに。続く。。。。。

 

 

 

 

 

 

 



            

     裸

2017.03.14 Tuesday

 

 

 

 

 


もう少し待ってから書こうと思っていたネタだけど、そう思っているとここに登場させようと思っていた人が何年ぶりかに現れた。それで「今書け」といわれてる気がしたので書きます。

 


おっぱいの本を頂いた。正確には『乳房のある情景』というタイトルの伴田良輔さんというカメラマンが撮影した写真とエッセイ(小説)集。自分も今年は写真エッセイ集を出す予定なので、テーマが違うけど構成も気になり興味を持ちながら読みました。

 


読んで、見て、思ったのは、『乳房のある情景』はもちろん主役がおっぱいだから、女性が主役なんだけど、すごく男性的な、男性目線の本だなと思えた。エロという意味ではなく。どっちかというとエロをオブラートで隠しているかもしれないくらいソフトな表現で。しかも、私だけかもしれないけれど、あってほしいおっぱいの写真は無く(表現)、求めているものも見え方も全く違うんだなと。なので、この写真集の中に私の好きなおっぱい写真はありませんでした。我が家の壁にも、アメリカ人の写真家のモノクロ、ヌード写真がフレームに入れて飾ってあるんだけど、それとも全く違ってて。これはむしろおっぱいがくっついていない男性にしか撮れない写真だなぁと思ったわけです。

 


そうゆう意味で男性的。男性のカメラマンが自分が持っていないもの、母性とか、やわらかいおっぱいとか、そういう憧れを捕らえているように見えました。文章も写真もまるでソフトフォーカスがかかっているように、大事に被写体を捕らえている、と。乳房は赤ちゃんの栄養補給場所でもあるわけで、エロも暴力もセクシーも無縁。もちろん男性視点でまた別の表現も作れると思うけど、ここはぽわんと暖かいおっぱいがたくさんありました。これ私には撮れないな。自分の知らない世界じゃないので憧れもない。おっぱいについて考えることなんて、「マンモの検診行かなきゃなぁ」とか、寄せて上げることばかりだもんね(笑)

 

 

そして文章(小説)も、写真にぴったりと寄り添っている。むしろこれが素晴らしいと思ってしまったら失礼なのかな。写真にそえられているおまけの文章ではなかった。自分もヌード撮影には凄く興味があるけれど、テーマがしっかりしていないと撮れないなとずっと思っている。

 

 

それで最近私は、ニューヨークでお世話になったボスが当時、撮った裸の写真を思い出していた。そしたら先週、そのボスからメールが届いてびっくり ! 彼は確か、ハッセル6x6で撮影していたと思うけど、ニューヨークだから黒人、白人、黄色人種を四角いフレームに収めるという撮影していて (と、こんな適当な解釈で活字にしたら怒られそうだ・汗)、さらには太った(豊満なですね)女性ばかりを探していた。真四角の中に収めて裸とは思えない造形を作るというテーマ(だったと…これ以上書くと作品に失礼なので、やめときます)、そんな裸の撮影でした。と書いていたらHPにその裸がありました。こちらをご覧ください。

ここにもエロもセクシーさも無い。人によって見え方も捉え方は違うと思うけど、あえてそう表現したと思えた。洋服を脱ぐプロセスはエロいのに、表現した作品は女性の裸を描いた時に使われる多くの単語とは無縁の絵。25年前、バライタ(紙の種類)にプリントされたこの写真を見せられて、「あぁ、自分は裸の写真なんて一生撮れないや...」と突き落とされたのでした。

 

 

何でもそうだけど、「どう表現したいのか」、「何をとらえたいのか」だから。『乳房のある情景』はタイトル通り、おそらく被写体ではなく、カメラマンが捉えたい乳房が並べられた本。もしも私がクライアントに「乳房のある情景を撮って来い」と言われたら、まっすぐに銭湯に行っちゃいそうだもんな〜(笑) それが私にとっての乳房のある情景。女の人間味がある場所だから。ストリップ小屋にも行かない。なぜならあそこはライブ・ハウスに見えて、私にはおもしろくない。満たされちゃっていて。

 


そしてもう一冊、同じ裸でも女性が1人もいない裸の人たちをテーマにした本『スー女のみかた』ももうすぐ出版されますよ。こちらは元・近所の和田静香さんの本。コンビニ本に続く期待の一冊。私が撮ったどすこい写真(和田の ! 笑)も絶賛掲載中らしい。和田がよく「萌え〜」と言ってる力士の肉体美に男の人も萌えるのかしら?  これが男と女の視点の違いという感じがする。男性は力士の裸(肉体)に萌えるのか?  萌えるのは強さ?   裸好きの( ? )神田の出版社のHさん、どうなんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     「ミリキリタの猫」とあの頃のニューヨークと哲ちゃん

2017.02.08 Wednesday


 


原稿を書いている毎日。けど、埋もれている。
産みの苦しみだけど、きっと生まれたら愛らしいってことは分かっている。

 

 

 

そんな昨日、新宿のギャラリーに、ニューヨーク繋がりのWの展示を見てきました。

 

 


絵と写真。おもに猫の絵だけど、それを描いたのはニューヨークでホームレスだった日本人ミリキタリさんという画家。そしてそのミリキタリさんを撮った写真の方は、夏フェスで一緒に仕事をさせてもらっている佐藤哲郎さん。前にもここにミリキタリさんの映画のことは描いたけど、実際に彼が描いた本物の絵を間近でみたのは初めてだったので、また書きます。

 


私はもう映画『ミリキタリの猫』を見ていたからかもしれないけど、絵にはやっぱり凄く衝撃的な何かが込められていて見入ってしまった。ミリキタリさんは、カリフォルニア生まれ。その後日本で18歳まで生活したが軍国主義を拒否し渡米。米国籍を持っているにもかかわらず、日系人の強制収容所に送られてしまう。そこを出てから市民権が届かずにホームレスになるんだけど、市民権は実は再発行されていたのに、住所が違っていたために届かなかっただけという数奇の運命の人。ニューヨークの公園でカレンダーの裏などに猫の絵を描いて売って路上で生活していた。

 


もう一方の写真は佐藤哲郎氏、と書くと書きづらいのでいつも通りの勝手な呼び方で「哲ちゃん」(笑)が、ニューヨークに毎年通って撮り続けていたホームレスの写真の中にいたミリキタリさん(だけ)にフォーカスしたもの。哲ちゃんは彼だけではなく、多くのホームレスやジャンキーの写真を当時撮っていた。当時というのは90年代の初めのこと。私もその頃ニューヨークにいて、パンクやハード・コア・マチネで有名なCBGBに通ってたけど、この隣のビルがホームレスの寝泊まりするシェルターだったから、CBGBの周辺はホームレスとジャンキーだらけだった。CBGBの前にも注射針がよく落ちている時代、そのまんまがこの写真展にはあった。

 

 

だからCBGBに入るのに、ジャンキーの群れを通過せねばならず、20代の女の私には彼らがゾンビの集団みたいに見えていたからいつもCBGBのドアまで走っていた。すぐ紙コップを目の前に出して「金くれ」って、くれくれ言うし、私は夜中にカメラを持って歩いていたから、盗まれてドラッグを買うための金に変えられたらシャレになんないと思ってた。(実際に一度ジャンキーに取られたこともあった) レイプも怖いからとにかく(もうすぐCBGBだという3rdストリートあたりから)走ってた。男と女じゃ違うかもしれないけど、そんな風に私が避けていたエリアと人間の中に突っ込んで行った写真だったから、初めてあのエリアの奥を見せてもらった感じで興奮した。↑写真はおでこに注射を打っている絵。

 

 


ミリキタリさんの表情は耐え忍ぶ表情に見えてすごく日本人的なホームレスに思えた。絵も、色も繊細なのは画材や絵の具なんて買えなかったからかもしれないけど、とにかく繊細な手先の器用な日本人の絵に見えた。そうしたら、本当に日本にいる時はりっぱな墨絵を描いていた若者で、自由の国アメリカで画家になることを夢見ていたのに、強制収容所からホームレスという人生。人生なんていつだって突然狂いだすのだ。でも才能が彼を救うわけだけど、ミリキタリさんの猫の絵はまるで彼の心を表しているみたいに人を見透かした目、感情を出さない目をしてた。そしてやたらと細い線がたくさんあって淡い色が多かった。↓若かりし頃のミリキタリさん。

 

 

 

哲ちゃんの写真もいろんな角度からミリキタリさんを捉えているけど感情の起伏が見えないミリキタリさんの表情と、描く絵は一心同体というか同じベクトルに見えた。だからそれを捉えていたということだ。ミリキタリさんは実はアメリカの市民権を得る権利を持っていたのに、収容所から出たばかりの彼(の心)はそれを拒否し、ホームレスという生き方を選んだとあとで知った。でも絵にはそんな悔しさは見えなかった。うまくまとまらないけど、初めてミリキタリさんの絵を見れて本当によかった。

 

 

哲ちゃんがミリキタリさんと会った90年代に「20年後にニューヨークはなくなるよ」と言われ、それは911のことかなと思ったけど、ミリキタリさんが亡くなるという意味だった(とあとで)知ることになり、「あれはメタファーだったのかも」と、いつになく響く言葉を話してくれたことと(笑)、ミリキタリさんの写真のそばに無造作に置かれた哲ちゃんの白黒の「銀塩写真」のホームレスファイルが強烈すぎた。

 

 

テーマは同じニューヨーク。そこから生まれた作品なのに、ミリキタリさんの絵は寂しげで繊細。哲ちゃんの写真からはジャンキーに突っ込んでいく無のエネルギーがあった。今回の哲ちゃんの写真、実は大昔に見せてもらったことがあった。場所は地下の真っ暗なバーだったから懐中電灯を持たされて見たので(ぜんぜん見えなかった…苦笑)。今回は明るいところで見れて良かったよ。

 

 

この新宿のギャラリーから徒歩5分の場所に、整理整頓に長けたホームレスの人が住んでいて、会ってみたいなと思っているけどいつも不在。サンダルが玄関にそろえておいてあるということは、仕事用の靴(?)で日中は外出しているのだろうか?  なんだかミリキタリさんと重なってしまう。

 

 


その哲ちゃんが帰り際に「もうジャンキーはいいや〜」としれっと言っちゃったのには笑ったけど、その正直さが彼の魅力だとお友だちのみんなは知っていますよね。w  90年代のニューヨークと怖いものなしで突進していくカメラマン、突進された数奇の運命を持つ日本人の画家と猫。凄いバランスの空間です。ぜひ。

 

 

 

 

 



            

   2度目のデヴィッドボウイ展に行ったことをまた書いている

2017.01.25 Wednesday


 

 

 


先週末、またデヴィッド・ボウイ展に行ってしまった。。。

 


そんなに「デヴィッド・ボウイ好きだったっけ?」と自問自答すると、そんなでもないです(笑) アルバムも全部聴いてないし...すみません。でもこうゆうことって最近よくあって、あの頃はそんなに興味なかった音やアーティストが、(あれ? 何かイイ?) みたいな現象が起こる。自分が歳を取っちゃったってことなんだけど、パンクやハードコアでエネルギー発散させてただけの満足では今は逆に何かが足りない。ロックンロールも爆音ももちろん好きだけど。

 

 


2度目の寺田倉庫は、ひとつのひとつの部屋を目に焼き付けるように見てきた。前回はその規模と演出に圧倒されて終わったけど、今回ゆっくり見てようやく展示されているいろんなものを、ちゃんと脳裏に焼き付けることが出来た感じ。コカイン用の小さいスプーンもガン見してきた。しかしよくこんなもの取っておいたよ。でもそれも時代や苦悩? を象徴していて意味があった。モノから言葉や映像まで、デヴィッド・ボウイの展示品は全てアートに見えるから不思議。自分が知らないからなのか? まったく飽きません。たぶんミュージシャンのそれというよりも、私にはアートとライブのコラボに見えているかもしれない。

 


何ていうか…このスペースの入り口から出口までが、まるで映画のような構成だから、ブログで書いて説明してしまうのが、ネタバラシみたいで悪いことをしている気分になる。だから(どこまで書こうかな)と考えながら書いている。2度目だから「次の手」も分かっているにもかかわらず、プロジェクション・マッピングみたいなライヴ映像の見せ方の演出が素晴らしくて、その部屋に到着するとまた「わぁ」っと驚いて、うっとりして見てた。そしてそれをこうやって書くことで、自分の脳裏に焼き付けているのだ。もしかしたら私はエンタメの何かに飢えているのかもしれない。もっとミュージアムに通った方がいいのかな? いや求めているのはロックのダイナミズムかも。もうひとつ、この展示のスタートはまだボウイが生きていた時だった。だから、今、日本で見ているものは最初のコンセプト、意味とは全く違っている。それもまたこの「ボウイ展」に惹きつけられるマジックというか意味なんだという気がしてる。

 

 


と...ボウイ展に大いに刺激を受け、今年は自分の展示も頑張りたいなと思ってます。倉庫なんて当然無理だけど、写真、活字、プライベート映像、そしておしいれの中にある貴重なたくさんの1点モノ。そういったものをせめて、1/10000のレベルでも、あんな風に " 脳裏に焼き付けておきたいアプローチ"  にどうにかできたらいいなぁと思ってる。そのうちの2つ(書籍と写真)は、今せこせこと準備中。そして、これとはまた別に、渋谷のアパレル・ショップ、RUDE GALLERY が、横からサポートしてくれてこんな企画を企ててくれました。

 

 

昨年9月にラモーンズ・ファンとNY/LAの聖地を巡礼ツアー時に撮影した何枚かの写真を、お店の壁にデコレート。ルード・ギャラリーっていうブランド名だけあって、お店には常に写真が飾られているショップなんだけど、今回はNYの写真です。写真点数はたくさんはありません。それでもこの写真を撮ったシチュエーションや空気を東京の渋谷で感じられるんじゃないかと思ってます。何といってもミラクルとエネルギーに満ち溢れた旅だったので、写真にもそのエネルギーを封じ込められていると思いたい。ラモーンズのルーツ、聖地(の写真)からポジティブなエネルギーを感じないわけがない。

 


ジョーイの存在、イエローキャブ、レンガの壁、NYの空気、モノクロになっても色が見える?!  ここにショップが打ち出すラモーンズが加わる2月11日(土)。 20時から。無料。どなたでもウエルカム。渋谷のビルの2階が、この夜はラモーンズ・フレーバーと良いエネルギーを浴びるパワー・スポットだ。プチNYを感じに来てね。

 

 

日程:2017年2月11日(土)
時間:20:00-23:00
会場:RUDE GALLERY TOKYO
東京都渋谷区神宮前6-19-3 2F
TEL: 03-3498-2434

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     『デヴィッド・ボウイ 大回顧展』に行ってきた

2017.01.05 Thursday

 

 

 

 


 

一足お先に『DAVID BOWIE is…デヴィッド・ボウイ 大回顧展』 見てきました。これは、も〜、本当に素晴らしかった ! !

 


海外で見てきた友だちからも、「凄いよ」と聞かされてはいたけれど、噂に違わぬ「大」回顧展。1時間では見終わらなかった。日本で見られるロック展は、いつも(あれ、もう終わり?) みたいなのが多くて、「凄い」と言われても正直、あんまりピンとこなかったし、期待できなかったんです。(仕方ないんだけど) でもこれは違った。
アメリカでKISSのコレクションや昨年の秋にはグラミー・ミュージアムでRAMONES展やモータウン展も見て、それはそれで満足したけれど、NYで最初に自然史博物館を見たときくらいのショックをうけたかも。
 


とにかく展示の数が300点というボリューム。そして、ものすご〜く久しぶりの寺田倉庫というしかし展示するにはもってこいの広いスペース。さらにキュレーターの中に間違いなくボウイをきちんと理解している人がいて、意味のあるコレクションになっているところも良かった。ただ使ってたギターや衣装を置きました、な展示には決してなっていない。

 


その見せ方のうまさや、手書きの歌詞を初めとする貴重な品々に、あれこれ感じることもあってすっかり感銘うけてきました。最も今日はこの『デヴィッド・ボウイ本』⬇︎を作った、CROSSBEAT元・編集長にくっついていったので、ヘッド・セット( で、音を聴いたり英語だけど解説つき)は、右の耳で流れてくる解説を聞き、左の耳でボウイの秘話を聞きながらだったので、面白みも増して濃い内覧会にはなったんだと思うが、とはいえ1人でふらふらしていても、結局80分は居たな〜。

 

 


空間プロデュースは、狭い日本ではなかなか凝ったものを見るチャンスがないけれど(地方のミュージアムは違うのかな?) スペースを十分使いカッコよい見せ方をしてくれていた。衣装はその服を着たツアーのライヴ映像の側にあったり、その衣装で撮ったLPジャケットの側にあったり、無駄なものは入ってこない徹底ぶり。たっぷりコレクションと空間に身をまかせて、ぐいぐい引き込まれてしまう設定になっちゃってるから、ファンにはたまらないと思う。もうファンは寺田倉庫に住んじゃいたいかもね〜!?(笑)

薄暗いライティングも計算された見せ方なのかな、年寄りには目がちょっと疲れるが、映画の世界観もあるパートもあるので、この際、スマホのライトでも照らして引き込まれてしまいましょう(笑)

 

 

 

もの凄くボウイ・マニアでなくとも、ロック・ファンなら、いや、一枚でもボウイのアルバムが好きという人なら、間違いなく楽しめると思う。いや、ぶっちゃけ今好きじゃなくても、これから好きになるかもしれないから「あの時、ボウイのことあんまり好きじゃなくて寺田倉庫行かなかったんだよね〜失敗したぁ」と言いそうな人はこの際だからもう行っとこう(笑)  ボウイやグラム・ロック・ファン以外でも、ミュージシャンやアーティスト、アートが好きな人、ファッションが好きな人、写真が好きな人、映画が好きな人、グラフィックが好きな人は楽しめるし、何かのヒントがたくさん集まっている場所だと思う。

 

 

まるで宣伝マンみたいだけど、それだけ日本では見られない展示数とスケールのロックの展示会だったということだけは伝えておきたい。

 


私はこの内覧会のあと、記者会見の仕事だったけど、ここでコメントしていたゲストの方達のコメントも愛が溢れる言葉ばかりでとっても良かったというのも書いておきたい。多分、今夜か明日、それらのコメントはSNSにも上ると思うので。

 


その中でも特に、自分はあまり詳しくなかったSUGIZOさんのボウイ愛溢れるコメントに感銘うけてしまいました。最初のセリフから最後のセリフまで、どこにも隙がないほど濃かったし、好きな様子が伝わってきて素敵でした。最初「今感動しているのは、メディアの人がこんなに集まっているということ」という洋楽ファン向けの会見ではなく、もっと大衆にアピールされていることの嬉しさ(と解釈しました)を、ちゃんと俯瞰で見ているところからして愛があった。そして「ボウイは良いギタリストを見つけるのが上手い」というギタリスト目線の見解から、「本人もあとであれはね〜なんて否定していた作品だけど、自分にとっては大好きな一枚」という、作品への愛情と自信溢れる宣言まで。本気で深くて感動した。「こんな話、楽屋でやれですよね? 」 と笑いをとっていたけれど、誰かこのままインタビューして ! ! と言いたかったくらい素晴らしいコメントだった。 というのも書いときたかった。正確なコメントはどこかに載ると思うので、探してください。

 


寺田倉庫に行って何だか70年代のピテカンとかインクスティックとか玉椿(ツバキハウスの姉妹店)とか思い出したりしちゃって、初仕事とっても楽しい気持ちで終われました。あ ! ! 8日から行かれる方、最後フロアに出ると、短い映像が壁に写っているので、それも見逃さないでね〜。写真は載せられないので、マーチャンダイズ売り場の写真から。

 

※おまけ→寺田倉庫の前のセブンの裏にあるカレー屋さん美味しかったです。マンゴーラッシーもタンドリーもついて千円。プチ情報でした。

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 



            

     『極悪レミー』を劇場で見た

2016.12.30 Friday

 

 

 

 

 

昨年の今ごろは、山口県のキャンピングカーで寝ていた。一昨年はカジノにも行かずラスベガスのバッティング・センターで硬式球打って車を走らせていた。今年は…掃除と年賀状書き以外年末らしいことはせずにただ原稿を書いている。同じ場所でじっとしているのは苦手なので反動が怖いけど、今は集中出来ているらしい。でも、どうしても劇場で見たかったので、新宿シネマートで 『極悪レミー』 を見てきました。

 


レミーがなくなったのは昨年末の28日。先週ステイタス・クォーのリック・パーフィット、そしてジョージ・マイケルとミュージシャンの訃報が続き、一周忌でレミーの映画を見に行くと決めたけど、何かそんな気持ちになれるかなとちょっと思ってた。

 

 

「今日で4回目」というレミー・ファンの友だちと待ち合わせして、チケット売り場の人に「着てきましたぁ」とTシャツ見せて1000円にしてもらい中へ。会場はD.I.Yながら、こんなディスプレイがされていて気分はアップ。前回見たのは、公開された当時で、パンフの写真も撮ってたし、好きなバンドだし、その後もDVDでまた見てて内容はもう知っていた。

 

 

 


来日公演もフジロックのラスト・ステージもたくさん見た。今年の9月にラモーンズ・ファンとNY&LAに行った時にレミーのアパートにも行ったし、レミー行きつけのRAINBOW BARでうだうだした事もあって、映画に出てくるシーンは自分もLAを歩いてるくらいのリアリティで迫って来て面白かった。映画にも登場する窓のすだれは9月に行った時もまだあった。RAINBOW BARでうだうだしたあと、「やっぱり、もう一回レミーん家を見てから帰ろう」と、またレミーのアパート前に座り込んでたら、住人に「中入る?」と聞かれて敷地内に入れてもらっちゃって、自宅まで見せてもらった。という経験をしたあとの今回の新宿シネマートだったから、どんな風に見えるのかがとても楽しみだったわけ。体験後に味わうリアリティはもちろん、映画のセリフや表情が一年たった今だとぜんぜん違って見えた。

 

 

 

 

当然のことながら、生に関する発言は生きてる時と亡くなってから聞くのではまったく違う。遺言のようにも聞こえるし、かと言って、その言葉どおりの理想(例えば、若いうちから早死にしたいぜみたいなことを仮に言ってても)それを覆したり、本当?と思えるセリフが気になったり。レミーの場合も、若い時にハード・ドラッグ、酒、女と昔のロックンロール・ライフそのままの生き様が、かっこいいし、男たちには理想だろうが、ぽつりぽつりと本音(?)も覗けるその「行間」から、人柄が見えてきてグッときた。例えば友だちをドラッグで亡くしたことの寂しさや、大事なものは戦車やナイフではなく「息子」と言うくだり。

 


自分はどっちも好きだ。どっちもというのは徹底して貫いてしまう方。例えばジョニー・ラモーンみたいに「大事なのは家族よりラモーンズ」くらい振り切っちゃうのもありだけど、そう言ってるわりには、(本当は違うでしょ?) と垣間見れた瞬間に心は持ってかれちゃう。もっともジョニーも私に見せたいからって、道で売ってる2mくらいの生木のクリスマス・ツリーをかついで買ってきて(それを言わずに隠してた)ところもあるわけで、人の(気持ちの)そうした瞬間が見えちゃうと、一瞬で印象は変わる。

 


3回目の『極悪レミー』では、そんなレミーの極悪とはほど遠い人柄が見えてしまって、感動しました。9月にも書いたけど、仕事を失ったアパートの隣人の家賃を3ヶ月払ってあげていた住人エピソードは、「俺は極悪のレミーが好きなんだ」と思っているファンの期待を裏切る?  極悪とはほど遠く、孤独を楽しむ人生。フジロックでは万全とは言えない体調だったのに飛行機に乗って苗場まで来て演奏をし、最後の最後まで自分の姿をファンに見せるという徹底した(しかも素晴らしい)ミュージシャン・シップを見せてくれたレミー。苗場の終盤でにやりと笑った顔を撮ったけど、あの瞬間のオンザロードこそ我が人生の ”してやったり”な(どうだ? モータヘッド、いいだろう?) みたいな笑顔は一生忘れることはない。

 


というあらゆる場面を、映画を見た後に思い出し、レミーのミュージシャン・ライフとしての満足はステージの上にあったんじゃないかと私は確信できたし、それで自分的には勝手に完結してきました。だから年末の訃報続きは悲しかったけど、人生は終わるんだから、満足できた部分が1っこでもあれば(あると思えたら)それでOKだなと思えた。

 


ので、今見れて凄く良かったです。そうそう今、ラモーンズの書籍の原稿を書いているんだけど、ジョニーにまつわる同じような話も書きました。自分の気持ちの中にとどめておきたい(=やすっぽく評価されたくない)気持ちもあるけれど、もうそうやってせこい(←自分)メンタリティは捨てて書く事にした。

 


年末に新宿で千円で凄く良いものを見せてもらった。千円の極上クリスマス・ギフト。本当、極上だよ ! ! 

 

 

明日で2016年も終わり。今年もまあまあ良い年だった。てか楽しかったことしか覚えていないという得な脳みそにできている。来年は5555でぞろ目なので楽しみな年になりそうだし、そうする。やりたいことは年齢と関係なく本当にたくさんあるけれど、考え出すと飛行機のチケットをぽちっとやっちゃいそうなので原稿書きに戻ります(笑)。来年は怠けずにブログ書きます。みなさま、今年もお世話になりました。良いお年を。インフルエンザとか気をつけてくださいね。

 

 

年開けたらまたすぐ書く気がしてるけど〜。

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK

 



            

     20回目にして初心に返る

2016.08.01 Monday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

 

 

20回目のフジロックが終わって一週間。
今年はずっと晴天で一度もカッパを着ることない最高の3日間でした。晴れたらパラダイス♡大自然の中で素敵な音に囲まれて、山の神様は「20回目は楽しみなさい」と言ってくれました。

 


健康管理は、毎年1日3万歩x3日間で筋肉痛だったところを、余分な歩数を減らす作戦に。ご飯エリアへの買出し回数を減らすとかくだらないことだけど、それでも減らせた。でもグリーン・ステージ周りのスタッフと雑談していたら、ステージのスタッフさん達も1日3万歩くらいになると言っていた。どこのエリアにいてもアウトドア的なプロセスは避けて通れないということなんだな〜。そうゆうフェスなのだ。でも今年は運良く涼しかったので、体力を温存できました。秋のNY&LAツアーがあるので、過剰なまでに健康管理…倒れるわけにはいかないので。

 


仕事はグリーンステージと取材エリア往復をつつなくこなし、25日の明け方に帰宅。写真処理と洗濯で2日間。THE MUSIC PLANTの野崎さんに苗場の話をあれこれし、ブログは先をこされちゃったけど、自分は今書き始めました。それにはちょっと理由があるのです。毎年グリーンステージで見たバンドのベスト10を書いてきたけれど、今年はそれもうやめました。感動するくらいの演奏、たくさん見ました ! それは後半に書くとして、今年の私の楽しみは何と言っても1回目にも出演したRHCP。初来日公演から夫婦でおっかけたバンド。LA、LAS VEGAS、あちこちで見てきたから、フジロックは「記念すべき特別なライヴになる」というシナリオを勝手に作っていた。今思うと...。新作のツアーはYOU TUBEでフル・ライヴを全部見ていたし、前日の韓国のジサンバレー・フェスのセトリもその夜にゲットし準備万端。それが崩れることなんて絶対ないと思ってた。

 

 

でも、それが崩れた(笑)

 

 

RHCPのことを書く前に、2日目のグリーンステージのこと。BECKのセトリが最高すぎた ! !  1曲目からこの流れ→Devil's Haircut〜Black Tambourine〜Loser〜The New Pollution。レンズを覗いていてもゾクゾクとシビレた。そんなBECK終了後 (終わってご飯食べに行ったフジロッカーズ、ここ読んで後悔して〜・笑) のグレンミラー・オーケストラの演奏が、もう涙が出るほど素晴らしかったのですよ。

最初は歌を入れて、曽我部恵一さん、加藤登紀子さん、よっちゃん(エゴラッピン)の声が森にこだまする。そのあとはオーケストラの演奏だけが森にこだまする。ラジオでしか聞いたことのない生演奏の「ムーンライト・セレナーデ」が、苗場の緑の中でこだましてサラウンドで聞こえてくる。オーケストラはお仕事で何度かサントリーホールで撮影したことがあって、「こほん」という咳すら美しく響くあのホールはすごいと思っていた。でも緑の山の中にサラウンドで響くオーケストラの生演奏なんて聴いたことがなく、それは自分にとっても初めての音色で衝撃的な美しさでした。
この撮影が終わり、機材を片付け帰る時にオーケストラのマエストロ(指揮者)の方に遭遇したので、ここぞとばかり感想を伝えたのです。「ラジオでしか聴いたことがなく鳥肌がたってしまった」と正直に。そしたら、こんな素敵な言葉をくれました。

 


「オーケストラの演奏は歌がないでしょう? だから生の演奏を聴いた時に肌や耳で感じたそのものがその曲のイメージになるんです。だから風が吹いてさわやかな中で聴いたらそれが。森の香りがしている中で聴いて感じたら、それがこの曲の印象。そう思ってくれたらいいんです。どこかでまたこの曲を聴いたらそれを肌で思い出す。そんな聴き方してもらえたら嬉しいですね」

 


ああ、なんて素晴らしい。そしてそれを聴かせる空間がある。これぞ大自然の中で音楽を聴くフジロックの真骨頂♡素敵すぎた。日高さんありがとうございます。という感動の2日目が終了し、RHCPのために歩数もセーブし体力温存した3日目。ヘッドライナー、RED HOT CHILLIPEPPERS♡いよいよ…

 


もう結論から書いてしまおう。まずこれが韓国のフェスのセトリ。1曲目「CAN’T STOP」から今のRHCPらしい選曲。

 

 

 

 

でも日本ではこのバランスの曲は並ばなかった。苗場で見たかったのは、前日のBECKみたいなあの曲もこの曲もやってくれる曲が並ぶお祭り的なセトリ。それを期待してた。でもやったのは単独公演のような新作中心の内容。そして何かに不満なアンソニーが最後、何かに怒ってマイク蹴り倒すという結末(その後すぐに歌い出したけど) という内容でショーは終わった。初のRHCPを聴きに来た人にとってきっと20年目にしてRHCPを聴けて満足できた内容だと思う。でもこのセトリはオールド・ファンが勝手に描いた20回目の祭典のセトリではなかった。しかも ! このフジロックの数日後に(7月30日)行われた本国の巨大フェス、Lollapalosaのセトリが韓国のフェスに近いのに戻っているというオチ…↓

 

 

 

 

つまりRHCPは、苗場のためにスペシャルなセトリを用意したのだと思った。日本のファンのために。昨日のセトリを見てようやく納得した。バンドのスタンスはファンとは違うってことは、とっくにわかってるつもりだったけど、ファンは勝手に期待した。描いていた20年目のショウとバンドが考えていたものは違っただけということだ。そして自分こそしょっちゅう年下のロック・ファンに言ってる「ライヴは生ものなんだよ」って言葉を思い出した...。20回目のフジロック、初心に返りました !

 

 

 

『CROSSBEAT Special Edition 最速完全レポート!! フジロック ’16』8月6日発売です! チェックしてね。苗場でお世話になったみなさま、今年もありがとうございました。そしてフジロックの翌日の月曜日、苗場は土砂降りだったそうです。山の神様は祝祭をサポートしてくれたね♪


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     祝・20回目のフジロック

2016.07.19 Tuesday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

 

 


いよいよ!あさってから20回目のフジロック。

 

 

と、タイトルを書いたら「はぁ〜」とため息が出た。まだ働いていないのに(笑)だって20回。凄い。素晴らしすぎる。言葉では書ききれない。こんなに楽しい20回を飛行機に乗らずここ日本で体験でき、ましてやいろいろあったけど最初から経験できたのは私にとって本当に宝。特にあの1回目を体験した人はみんな、そう思うんじゃないかな。あれがあったからこそ、編集部もカメラマンも、来年はもっと良い写真を撮ろう、来年はもっとしっかり準備しよう、と毎年毎年そう思っての20年目。ロックのパラダイスみたいなフジロックが永遠に続いてほしくて。

 

 

自分は雑誌CROSSBEAT編集部と働いた20回分のフジロックということになるけれど、仕事したプロセスを思い出すとやっぱりフェスティバルが確立されて行くまでの最初の10年が思い出深い。当時の編集スタッフと、夏フェスをどう伝えるか、手探りで作っていくあの感じ。写真は要だから編集スタッフの表現したいこと、伝えたいことをしっかりとミーティングし、それに向かってまっしぐらという感じだった。来ているお客さんのこんな表情を撮ってという部分にまで指示が出た、伝えたい為に。

 


それだけ苗場には大事な絵がいっぱいあったから撮り損ねないように必死だった。これもまた軍隊的で(笑)もの凄く大変で特訓みたいでへとへとだけど、目標に向かって走るのは気持ちは良かった。(若くて良かった〜・笑)高校生の部活みたいに、大変な経験は自分のものになるあの感じ。作り手にも濃くて熱いエネルギーが渦巻いていてだから頑張れた。編集スタッフみんなで一体になって作ってく感じが楽しくて。あれを体感・体験できたのはあの頃しかない。今は今表現するものがあるけれど、あの出来上がっていくプロセスは今じゃなく、あの頃だから経験できたのだ。

 

 

だから大変だったけど、そこを味わえた最初の10年が深く印象に残ってます。しかしな〜、あの頃も戦いだったけど、今は今でいかに自分の体力をキープするかという戦いにはなっている(笑)この仕事、人によって違うけど、私の場合は機材をかついで1日3万歩く仕事です(涙)今でも時々思い出すのは、時代がまだフィルムだったので、カメラ・バッグに500本くらいのフィルムを背負ってたこと。3日目には背中の荷物は重いし足はもつれるしで、バタっと前に転んで倒れて背中のフィルムがばらばらばらと飛び出し、周りにいたお客さんの方が慌てて拾ってくれたこともあった(笑) 

 

 

3日間撮影しそれを日曜日の明け方2時頃に新潟を出発し早朝、神田の編集部に自力運転で戻り、編集部の部屋で眠い目をこすりながらへとへとになって仕分けし、朝の7時に現像所のポスト放り込み、帰宅。ベッドに倒れこんで1秒で寝た。1本も無くさないようにずっと集中してなきゃならなくてその集中力を維持する力も少しはついたかも。今も似たような事やってますが(苦笑)

 


ロックとまったく関係ない現像所のスタッフともミーティングし「月曜日の早朝に大量のポジ・フィルムをポストに入れるので3時間で現像して」をやってのけた現像所、そしてそれを印刷した印刷所も凄かった。苗場からは遠い存在だけど、自分にとって現像所のスタッフも同じ釜の飯を食べた仲間のような気がしてます。仕事とはいえ500本近いポジ・フィルムを間違えないように、月曜日の3時間で全部現像するという離れ業を数人でこなしていた。アツかった。アナログの時代にはアナログのアツさが存在してたいたと思う。

 

 

 


そんなフィルム時代の第1回目から19回目までの写真が掲載された記念号(発売中 by シンコーミュージック)、ぜひチェックしてください。それにしてもフィルムの劣化に愕然。1回目のレッチリの豪雨の写真は自宅にも大きなパネルで置いてあってそっちは、鮮明だけど「20年前のフィルム」はもう弱ってきているなぁ(涙)そのレッチリはどんな気持ちで20年後のフジロックのステージに立つんだろう。被写体もカメラマンも歳はとったけど、ライヴは本当に楽しみ〜♡

 

 

⇧山で撮影することがどうゆう事か何も知らなかった未熟な自分。寒さと豪雨で震えが止まらず唇は紫色のまま。湿度でフィルムがぺったりとくっつきカメラがフィルムを巻き込んでくれず数カットで止まった。そのたびにTシャツのお腹の中にカメラを入れて手動で巻き戻し2本目のフィルムを入れて撮った十数カットの中の一枚。ステージもぐらりと揺れてるようなが気がしたけれど、豪雨と強風が顔にふきつけていて前がよく見えず、とにかく半袖Tシャツで寒くて震えるので脇だけしめてシャッターをきりまくった。ペタッとくっつくまで。翌日まさか中止になるなんて思ってもいなかったから明日の分のフィルムも使っちゃってどうしようと不安もよぎってたな〜。

 

 

晴天、星空、希望!!苗場の山の神様、よろしくお願いします!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

   NYの日本人ホームレス画家の映画『ミリキタニの猫』を見た

2016.06.30 Thursday

 

 

 

 

 

 

 

 

今月はなぜかキャンパスずいている。

ハングル検定を受けに早稲田大学に行ったり、青山大学のキャンパスに潜り込んで授業の一環の映画上映会に参加してきたり。見た映画のタイトルは『ミリキタニの猫』 ニューヨークでホームレス生活をしていた70歳の日本人画家、ミリキタニ氏を描いたドキュメント映画。

 


ニューヨーク、ソーホーのデリの角で、ひたすら絵を描き続ける70歳の老人ミリキタニ氏に、近所に住むリンダが声をかけるところから映画は始まる。晴れの日も豪雪の日( ! )も、ずっ〜と、ソーホーの路上で生活し絵を描き続けている(た)ミリキタニ氏。でも、その生活は、9月11日を境に変わる。毒ガスが充満するマンハッタンの路上にいられなくなって、近所のリンダの家に居候として転がり込む生活が始まったからだ。そこから「ホームレスの画家、ミリキタリ」の人生が少しづつ動き出す。

 

 

 

 

ウッディ・アレンやR・デニーロのような、”俺の地元ニューヨーク”を描いた作品が表なら、こちらは裏かな。アメリカ・ニューヨークのLOVE & HATEを外国人の視点から描いた作品。ニューヨークってそうゆう街だからね。いろんな人種が集まっている。そんなアメリカに嫌悪感をいだいたままだけど、「アーティストの住む場所はニューヨーク」と言ってニューヨークでホームレスのまま毎日毎日絵を描く。通りがかりのリンダに出会い同居して助けられ人生が変わっていくその流れもまたアメリカ的。可能性がどこにでもある。

 

 

 


自分もNYで写真の修行をしていたけれど、ミリキタニ氏は、私みたいな甘っちょろい夢と希望を抱いて、ニューヨーク(の路上)で生活していたわけじゃなく、強制収容所で働かされた挙句、市民権を与えてもらえないという屈辱を味わわされ行き場を失った日本人という重い歴史をせおっていた。自分の居場所とアイデンティティを見つけるためにNYの豪雪の中でも、ぶ厚い手袋をしたまま絵を描き続ける姿は、もはや自分の尊厳を得るための信念というか意地というか、修行のようにも見えたり・・・

 

 

「自分は画家」というプライドと描くことが三度の飯よりも好きな人なんだろうなということも伝わる。いやもっと究極で描くことだけが生きる希望だったのかもしれない。そしてこの映画は見ず知らずの近所に住んでいたという理由だけで繋がるリンダさんというミリキタニ氏をサポートする彼女の存在がミラクルだ。彼女と共有する時間がなければミリキタリ氏に尊厳は戻らなかった。まったくあかの他人が1人の人間を変えていく。ラモーンズもアートゥロのロフトをディー・ディーがちらっと覗きこんだところから始まったね。

 

 

それにしても、ホームレスであれど、優れた絵は人に伝わるところがニューヨークだなと昔憧れ続けたあの気持ちを思い出した。みんながみんな成功するわけじゃないけれど、目標をもって進む人たちのエネルギーに満ち溢れてた。この映画で驚いたことがもうひとつあって、人間て環境で体も変わるのだということ。冒頭、段ボールを引きずりながら首も曲がって下をむいたまま、猫背の老人70歳のミリキタリ氏が歩いているシーンは、見るからに老人のそのものなのに、絵が認められ自分の居場所を見つけてから彼の背筋は伸び、曲がって下をむいたままだった首もまっすぐに伸びているのだ。

 


そんなミリキタリ氏の姿を見たら、日々の生活で胸をシャンと張って自分は街を歩いているかな? と思った。東京にいて窮屈でちょっと下向きで歩いていないかな、と。 みんな本当の(自分の)姿って、きっと胸をはって生き生きと幸せに満ちてまっすぐ前を向いたり空を見たりしながら背筋がぐっとのびている時じゃないかと思う。たとえうまくいかない時だって。アメリカを走りに行く時の自分はそんな感じだから。東京でそれを少し思い出した。

 

 

少し前に見たアルゼンチン女性タンゴ・ダンサーの自伝映画『ラスト・タンゴ』の主役のマリアも、80歳で背筋がピンと伸びていて、ヒールを履いてたばこをふかしていた。タンゴ・ダンサーだから姿勢の良さは当然かもしれないが、あれはタンゴ・ダンサーだという自覚と自信の表れた(姿)と思えた。2人共80歳だったけど、姿勢は自分の気持ちを表すと思う。そしてこの2人には共通していることがあって、何ものにも変えられない自分にとって大事なものを貫いているという部分。

 

 

 


映画終了後、この映画に誘ってくれた写真家・佐藤哲郎さんも壇上に上がってトーク。「ミリキタニ氏の絵は処分した」発言には、会場がざわつき、監督は絶句していましたぜー(笑) しかしそんなミリキタニ氏の絵と同じくらい哲郎さんの写真も素晴らしいので映画と同時展示をお願いしたい。と、書いたらさっそく「使って」と写真が届いたので掲載させてもらいます。Thanx Tetsuro.

 

右監督、左哲郎氏の仰天トーク!?

 

 

 

 

さて明日は「なぜ報道に騙されちゃう?」を書きたいと思います。いやそんな大したネタではないです。アメリカではほとんど話題になってなかったイチローとピート・ローズのことね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
links
profile
search this site.
sponsored links
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM
2008JUGEMキャラコングランプリ
キャラクターデザイン:磯崎洋助/「おしゃれひつじ」