『ファナティック ハリウッドの狂愛者』を見たら、な、なんと?

2020.07.19 Sunday

JUGEMテーマ:映画

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・トラボルタがリュックを背負ったオタク役を熱演する『ファナティック ハリウッドの狂愛者』のオンライン試写を見ました。

 

 

過去にも、熱狂的な小説家のファンが作家を監禁する『ミザリー』やロバート・デ・ニーロが好きなメジャー・リーガーのために狂っていく『ザ・ファン』など「度を超えたファン」は、題材にするにはもってこいなんだろう。オタク暴走映画はこれまでにも沢山ある。

 

 この『ファナティック〜』もその、どを超えたファンの話だけど、演じているのが、あの『サタデーナイト・フィーバー』から『ゲット・ショーティ』『パルプ・フィクション』と第一線で活躍し続けゴールデン・グローブ主演男優賞受賞俳優のジョン・トラボルタ。現在66歳の彼がマニアックなオタク姿で登場するといブッ飛び映画なのだ。ヘア・スタイル、リュックを背負って出待ちをする(ああ、アメリカのコンベンションとか行くとこんな奴いるな…)と思わせるルックス。66歳のスーパー・スターがよくこの役を引き受けたなぁ…と、まずは思う。

 

 

 

 

ストーリーは、ハリウッドのチャイニーズシアターの前でパントマイムで生計を立てているムース(ジョン・トラボルタ)が、大好きな俳優のサイン会でサインを拒否されたことがきっかけで、メンタルが壊れていくという展開。そのプロセスにハラハラしながら、そして時々「ああ、あるある」を感じなから進む。そういえば日本にも昔「冬彦さん」という佐野史郎が演じたマザコンの強烈キャラ男がいたけれど、あのくらいの残っちゃうイタさ。

 

 

そして見ながらふと「ジョン・トラボルタってもしかして、こんな風にオタクに追っかけ回されたことあったのかな?」と思わせるほど上手い。とにかく66歳のおじさんが演じるオタクはそれだけで強烈なのである。でも、実はこれも伏線だった。私がこの作品を見始めた5分後にもっと「え?」と思わせたオプションがあったからだ。それは…

 

 

『監督&脚本 : フレッド・ダースト』という名前。この名前を見て私と同じように今「え?」と思った人、きっといるはずだ。これが「あの人」と重なって間違いないと確信を得たのが、映画の中頃に車から流れてくのある曲を聴いた時。そう。この作品の脚本を書き、演出している監督は、かつて赤いベースボール・キャップをかぶりラウド・シーンの中心で一時代を作ったあの男、リンプビスギット(Limp Bizkit)のフロントマン、フレッド・ダーストだったのだ。試写後に資料を見たら、そこは記載されていたんだけど、資料は見終わってから読む派なので見え方が一気に変わった。

 

 

リンプは初来日からFUJI ROCKや埼玉スーパーアリーナなど撮影してきた。アリーナを満員にする頃には取材拒否や「撮りたいなら福岡に来いよ(埼玉スーパーアリーナで待っている時に言われ)」と無茶振りの日々。10年以上、そんな調子でわがままに振り回された。その彼とスクリーンを通しての久しぶりに再会したというわけだ。

 

 

初来日公演は渋谷ON AIR(ウエストの方)のうらの階段で撮ったけど、最初に会ったフレッドはういういしかった。キャッチーで大衆受けしたラウドロックはバンドを巨大化させ、FUJI ROCKで来日する頃にはもうセレブになっていた。渡米してアメリカ・ミルウォーキーまでカメラを持って追いかけた、いや振り回され続けた。それを知るとストーリーががぜん面白くなってきてしまった。主演のジョン・トラボルタともリンプ時代に出会っているそう。さすがセレブ・バンドだぜ。

 

 

ドキュメントでバンドを追うと被写体との距離が縮まる。たとえ相手がセレブでも、だ。フレッドは実は凄く繊細な男だった。これ明かされていないエピソードだけど、ツアーで来日した時に喉を痛めてしまい元気のない時があって(アリーナ・バンド時代)、レコード会社に頼まれて、女性のロックなボイス・トレーナーを紹介したことがあった。彼女は英語も話せるしROCKだから、その時弱ってたフレッドに向かって「ケツの穴ぎゅっと引き締めて腹から声だせ」くらいなセリフを言い放ったんですわ(笑) でも、そのセリフで喝が入ったフレッドは元気が出たらしく、日本公演の最終日に「俺たちのツアーに帯同しない?」と彼女にオファーしたという極秘エピソードある(笑)

 

 

もう一点。フレッドはバンドに日本人のギタリストを入れたくてオーディションをしたことがあるんだけど、その時代はまだオンラインも発達していなくて、国際電話をつないで大騒ぎだった。レコード会社の会議室の大型モニターに映し出されたフレッド・ダーストはおそらく「わざと」歯を磨きだした。この見せる演出=日常=歯を磨く。は、なるほどね、と思い起こさせるシーンも映画に登場する。ってこれ以上書くとネタバレになりそうなのでやめておこう。

 

 

資料を読むと、やはり自分の経験がベースにあると書いてあったので、きっとストーカーに追っかけられた過去もありそうだ、繊細な男なのに。写真(CROSSBEAT誌2004年3月号)は、埼玉スーパーアリーナで長い時間待機したのに「今日は撮りたくないから明後日福岡に撮りに来い」と言われ、福岡のバッティングセンターでとっ捕まえて撮った一枚。いや、監督(笑)。

バッティングセンターは私が指定したわけじゃないよ〜。「監督」は私の顔を見た途端バッティングセンターに走って逃げたシーンは昨日のことのように覚えている。私がぜいぜい言いながら追いつくとニヤリとしてた。ああ憎たらしい。

 

 

 

 

 

 

『ファナティック ハリウッドの狂愛者』は、ロック・ファンには別の角度から楽しめること間違いない。9月4日公開。お楽しみに。でもフレッド、元気そうでよかったよ(笑)

 

 

 

 

 

 



            

       いよいよ初ホストでオンライン・トーク開催

2020.04.30 Thursday

 

 

 

 

4月も終わろうとしている。3月の中頃はまだ友だちと会えて飲み会とか参加していたっけ。後ろを振り返ると、あの頃が夢みたいな世界だなぁと思える。

 

 

でも。

 

 

この1ヶ月でいろいろ学んだ。最近のもっぱらのテーマはアイメイクだけど。マスクをする様になってメイクを本気で変えないと思うようになった。人と会えないから今はどうでもいいんだが、最近、撮影が入りだし、その時に初めて向き合う被写体と目だけでコミュニケーションをとらなければならないのが凄く難しいと感じる。もし「初めまして」の相手がサングラスをかけてたら、どんな人物なのかを掴むのがかなり難しいでしょ?  マスクの顔は「目と眉の顔」だけ。幸い私のUSAドライブ友だちはヘアメイクなので、あれこれアドバイスをもらって助かっているけど、マジメな話、ただでさえ撮影中の顔怖いと言われているもんで…

 

 

 

 

もうひとつの「学び」がオンライン学習。これは本当に出会えて良かった。以前の自分だったら向き合っていない。文字だけよりも話すと楽しいし世界が広がっていく。とくにZOOMアプリを使った飲み会や企画は、おしゃべりな自分にはあっているし、GWにライブに外に行けず、家にいなければならない時こそ、これを使わない手はない。そこで今週末のサタデー・ナイトを楽しもう企画を考えてみました。

 

 

まずは失敗が許される(はず・笑)、ラモーンズ・ファン・クラブの会員と繋がってみたいと思います。土曜日の夜っていうのがポイント。一番楽しそうな時間をさらに楽しむ。私も何度かZOOMの先生&女友だちのサポートで、ホストも体験してみたので新しいことにトライしてみたいというのもある。

 

 

 

 

テーマは「ラモーンズで一番好きなアルバムは何?」 ZOOMビギナーのために少し書いてみます。オンライン・トーク会では、画面に必ずしも登場しなくてもOK、そして声もマイクのロゴをオフにしておけばあなたの音声は私には聞こえない。私は音も画面もオフにして、ZOOM勉強会に参加したこともあるけど、そうすると画面はこうなります↓ 上から二番目の私は顔写真だけ。その左下にあるマイクの絵もバツ印で声もオフ(赤い状態)になってます。

 

 

 

 

 

参加するには、ZOOMアプリを落とし、URLをクリックすると、ホスト(私)から送られてくる「IDとパスワード」を入れればスタート。最初は待機室(始まるまでここで待ってて)という画面がでます。土曜日のマークはRFCJのイーグル・ロゴにした↓からこれが見えたら、あとは私(ホスト)の操作なので、ビールでも飲みながら待っててください。そしてスタート時間になったら(私が)画面をオンにしてみんなとご対面。という流れで分かるかな?  

 

 

 

 

私もビギナーなので、まあやってみましょう。5月2日のラモーンズFCJ企画のオンライン・トーク会(トライアル)は、FC会員限定でまずやってみます。最後に自分な好きなアルバム(CD)を持ってもらってグループショット? を撮るので画面にどんなラモーンズのジャケが並ぶのか楽しみです。私はどれにしようかな…悩む…。会員の方は気楽に参加してみてください。参加者だけ見られ「もの」も用意してみた。そしてうまく行ったら、次もロックのトークをやってみたいです。サタデー・ナイトを楽しみましょ〜!

 

 

 

 

 



            

   70年のUK PUNKアイコン JORDANのトークショーへ

2020.03.02 Monday

 

 

 


運良くキャッチ出来たトークショーに参加してきた。

 

 

彼女の名前はジョーダン・ムーニー。名前を知らずともパンク・ファンならこの写真は見た事があると思う。ジョーダンは、70年代にマルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドが経営していた「レット・イット・ロック」の後にボンテージをメインに扱うショップとして有名になった「SEX」の店員。当時、奇抜な衣装とメイク、そしてセックス・ピストルズとも親しくて、パンク・アイコンとなった女性だ。その彼女のトーク・ショーに行って来た。

 

 

 


チケットは完売。私は1列目をとった。みんな体育座りで待つ(笑)。目の前に登場したジョーダンはピンクの髪にサングラス、そしてヴィヴィアンの服(といっていたような…)というスタイリッシュなビジュアルで投げキッスをしながらキュートに登場。流石に歳をとってはいても、そのいでたちはキャッチーで華がある。

 

 

彼女は最初、英国の伝統的なデパート「ハロッズ」に働いていたそうで、その後「SEX」の店員になったそう。とにかく人と同じ格好はしたくないというパンクのDYI的メンタリティとファッションが好きで実家からロンドンに向かったそう。

 

 

 

 

当時の「SEX」はミュージシャンがたくさん来ていて、マルコムがマネージメントをしていたこともあるアダム&ジ・アンツのアダムといい仲だったそうです。(結婚したのはそのアダム&ジ・アンツのギターなんだけど)「あの時はいろいろと大変だったわ(笑)」と笑ってたけど、今でもアダムとは親しいらしい。ピストルズは当時「グルーピーがぜんぜんいないバンドだった」と彼女にいわれると説得力ある(笑)「SEX」ではジョニーサンダースに2本パンツをぱくられたそう(爆笑)ジャンキー!ドラッグに金使いすぎて買えないからねぇ。

 


シドとナンシーは彼女の自宅のキッチンに寝泊まりしていたこともあったほど近かった。それでも「NYで死んだ知らせを聞いた時はどう思いましたか?」という質問に「悲しいとは思わなかった。良かった。ドラッグの問題があったから」と淡々と語ってた。「ドラッグは人を巻き込むし…シドには来世はナンシーじゃない人と出会ってほしい」と。この、"言葉では簡単に語れない経験をした人"にしか言えないセリフが、個人的には1番印象的だったかも。「死んでも悲しくない」。壮絶さが伝わってくる。自身もドラッグで相当苦しんだし断ち切る為に故郷に戻ったそうなので、同じ体験をした人間だから言えるんだろう。

 

 

それと、マルコムはアナーキー・シャツが嫌いだったそうで、あれは私とヴィヴィアンが作ってたとも。あとモンドリアン・メイクのことも。これKAU族のメイクを取り入れたとか。なんと!彼女に関しては服だけでなくヘア・メイクの話もつっこんで聞くと面白そうだ。デヴィッド・ボウイも彼女に興味があったし近かったらしい。70年代カルチャーを語ってもらう時、やっぱりその時代の中に居て時代を生きていた人の感覚のまま聞かせてもらえるのはとても大事だし貴重。

 

 

これをメイクに取り入れちゃうんだから!人と違うのある意味原点?!

 


それにしても、時代も同じだからNYのウォーホール、ファクトリーガールとかぶる。ハード・ドラッグの時代。こうやってジョーダンさんのトークを高円寺で聞けてることが不思議というか奇跡に近いと思った。なんというか幻みたいな。ドラッグから抜け出せていたらNYの時代のファッション・アイコンだった大好きなイーディのトーク・ショーだってあったのかもしれないなぁ、なんて考えながら帰りはロック・バーへ向かいました。

 


今回はファッション関係者の主催でファッションと時代がメインだったけど、音楽、そしてヘアメイクのことももっと聞きたかった。でも知らないことも聞かせてもらい、2時間以上も話してくれて大満足です。集まっていたパンク・ファンも熱心だった。自分もトーク・ショーをやる時のためにいろんな角度から参考にさせてもらえるポイントもあった。

 


2時間オーバーで、質問も閉め切ったけど、私も質問したかったことがある。それは…70年代のパンク・アイコン(彼女)にとって今、同様にパンクのアイコンになっているラモーンズのファースト・カバーに代表される4人揃ってユニフォーム(革ジャン)姿を最初に見た時はどう思ったか? かな。ボンテージで街をあるいていた彼女だからクールと思ったかもね。これは今度Toshi JC君に聞いてもらおう。それにしてもToshi JC君(写真ありがと)はこんな話をしょっちゅうきいているのかと思うとまったく羨ましい。これは次の来日でひっつかまえて焼き鳥屋で根掘りはほり聞かなくちゃ(笑)

 

 


企画してくれた皆様、貴重な時間楽しかったです。PEEL&LIFTの細谷君、ありがとう。

 

 

 

 

 



            

     『パラサイト 半地下の家族』の次に何を観る?

2020.02.16 Sunday

 

 

 

昨日はバレンタイン・デイ。そしてミーティングも女性とが多くチョコだらけ。チョコホリックは食べるのも好きだけどプレゼントするのも好きは「あるある」だね。チョコレート売り場をチェックするのが好きだから。昨日のミーティングは約束したわけじゃないのに、みんなチョコを持っていて…これだから女子ミーティングは最高(笑)

 

 

 

 

で。その韓流映画ドラマ誌『韓流旋風』のミーティングは、議題が終わると話題の『パラサイト』についてまだまだ喋る。この映画、宣伝用ポスターからして「秘密」が随所に隠されているのをご存知でしょうか?  ネットをググるとネタバレで少しヒットするけど、自分の知らない秘密を知ると「えええ!?」とまだまだ楽しめる

 

 

 

 

ポンジュノ監督は、この作品のテーマを脚本や演出だけじゃなく小道具、セリフ、シーンの状況のすべてを使って巧妙に演出されている。富裕と貧困を「想像させる匂い」だけじゃなく、階段と坂のアングル、セリフ、インディアンという設定、などいろんな角度からこれでもかと突きつけてくるので、知れば知るほど本当に面白いです。昨日のミーティングでもまた違うポイントを知ったので「もう一度見たい」が、今、都内の映画館チケットが取れないので、もう少し落ち着いたら3度目に行くつもり。

 


それにしても『パラサイト』のおかげで普段一緒に仕事をしているライターさんたちがyahooのトップ・ニュースに登場していてそこも凄く嬉しい。こんな「ものすごく韓国的」な映画を、普段韓国映画を見ない人も見ているという状況は、この分野で働いている私にとっても嬉しいこと。これをきっかけに韓国映画に興味を持つ人が増えてくれるといいなと思っていたら、東京・四谷の韓国文化院が無料で映画の上映をアナウンスした。速い ! !  この瞬発力が韓国らしい。韓国人の友だちに言わせると「ぱっと飛びついてすぐ冷める」と言うんだが、(映画の一家のように台湾カステラブームでみんなカステラ屋をやってすぐ終わって失業するになるんだよ、と)、でも良い部分は映画も含めどんどん見習いたい。

 

 

 

 

この無料映画はなかなか秀作を集めているので、是非足を運んでみてください。昼の部は先着順で夜の部は申し込み制です。このシアター綺麗だし音響もシートも良いし、300人は入れる立派なシアターです。

社会派が好きで『パラサイト』でソン・ガンホさんの演技に魅了された人は2/20の『タクシー運転手』はマスト。韓国映画の社会派というとドーンと重いのを想像するかもだけど、この作品も笑いもあるしテンポも良いので是非。

 


6/18の『1987、ある闘いの真実』も社会派の秀作。これは実話ベースなので内容は少し重いけど、1987年に隣の国で何が起きてたかを知ることができます…私は見終わってしばし席を立ち上がれませんでした。1987年の自分は音楽雑誌の編集部で働いていたんだけど、韓国では民主化運動でようやく市民が自由を手に入れようとしていた…。この映画を見て実在する当時の大学生の記念館(ソウル)にまで足を運んだほど衝撃を受けた作品です。

 

社会派が苦手な人、ハート・ウォーミングな映画を楽しみたい人は4/13の『怪しい彼女』を。『新聞記者』の女性記者役で松坂桃李と演じたシム・ウンギョンさん主演。70歳の毒舌老女が突然20歳の姿に若返ってしまい…人生を再スタートするが…というファンタジー。私は最近シム・ウンギョンさんが好きなのでこれを見に行こうかな。

 

 

ここに選出されていないけど『国際市場で逢いましょう』も一人の男の人生で描かれた人間ドラマ。韓国版『フォレスト・ガンプ』というところ。お薦めします。というわけで是非ココでチェックして足を運んでみてください。

 

 


そんなわけで、私も『パラサイト』を見てインスタントのジャージャー麺『チャパグリ』が食べたくなったので新大久保のスーパーに行ったら完売していた ! !  これも映画の中で奥様が牛肉を入れて食べるシーンを見た人が買い求めているんだって。私のお昼ご飯が…(笑)  韓国のインスタント麺は太麺が多くてもちもちしているので、太麺好きの人はどうぞ。この2つのラーメンを混ぜて作るレシピはこちらを。 コロナ・ウィルスが終息したらソウルに飛んで食堂で本物食べてくるぞ、と。そして『パラサイト』で一番好きな豪雨のシーンの階段を下がってきたいです !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

      QUEEN展と70年代写真展に行ってきた

2020.01.17 Friday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

日本橋のタカシマヤで開催中の『QUEEN EXHIBITION JAPAN』と銀座で19日まで開催中の70年代ROCK写真展を見てきました。元職場、シンコーミュージックのアーカイブがベースになっているエキシビジョンなので案内をしてもらいじっくり見せてもらいました。

 

 

QUEENを見た後だと窓の景色もロンドンのハロッズに見えてきた?

 

 

幾つかのコーナーに分かれていてテーマは「日本」「フレディーの衣装」「ライブやインタビュー映像」 「当時の日本の記事と写真」「フレディの撮影したポラロイド」などのバンドや関係者が所有する貴重品。雑誌『MUSICLIFE』で取材してきたアーカイブと写真を中心にそれらのコーナーが存在している。

 

 

こうゆうEXHIBITONって、入るとすぐに分かる。企画・制作者の展示に対する熱、アツさが。ただ「見せときゃいいやで並べただけ」のものなのか。「ファン目線で選りすぐって考えられた」ものか。。。。QUEEN展はもちろん後者。これは音楽雑誌を作ってきた会社が関わっているのも大きいと思う。バンドを写真と記事で見せることに長けているからだ。

 

 

当時の『MUSIC LIFE』読者世代には懐かしいと感じる写真や記事も多いけど、雑誌サイズではなく巨大なプリントでメンバーのパネルを見るとインパクトが違う。きちんとガラスのケースの中に飾られたポラロイドやメモ、衣装は見応えがあって素晴らしい。衣装の横にはスクリーンが用意されていて、フレディがその衣装を着用したライヴ映像が流れてるので、今、当時をリアルに感じられる。衣装は何着も飾られているので、そのつど、そのコーナーにライブ映像があった。私はそれぞれのこのコーナーがお気に入り。

 

 

デパートの中だからスペースも限られているし、すぐ終わっちゃうんじゃないかなと思っていたけど、一つ一つ覗いてると見応えがあった。3年前に寺田倉庫でデヴィッド・ボウイ展を見たけど、あのコンパクト・バージョンという演出で、過去の記録を新鮮に見せている。写真は撮れないのでフレディの等身大のフィギュアだけ。

 

 

 

 

関係者の話を少し書くと、フレディの衣装は彼が細くて日本で最初に用意したマネキンにはタイツが入らなかったそう。それで細いマネキンを取り寄せたそうです。フレディは相当体が細かったのね。展示してあるポラロイド写真は、フレディ本人が撮っているから彼の目線・視点も見えてくる。映画に感動した人はもちろん、そんな部分はMLの読者世代も楽しめると思います。

 

 

日本を愛したバンドという意味では、ラモーンズも全く同じ。ラモーンズ・ファン・クラブもアーカイブ映像流して(しかも超極秘映像)、ポラロイドを公開して(ガラスケースじゃなくてガムテで貼り付けたけど↓笑)、当時作ったフラッグを貼ったりと、1月12日の浅草でやってることは同じだと思うけど見せ方の規模が違いすぎる。あ〜宝くじを当てたいぜ〜〜(笑) 

 

 

 

 

もう一つ、銀座リコー・イメージングで開催中の70年代ロック写真展へ。こちらは70年代の洋楽(特にパンク、SIREのアーティスト多め?)の写真が並ぶ写真展。カメラマンはアーティストごとに違っていて、時代で統一されている。イギリスは70年代のクラッシュ、ポリス、ピストルズからビートルズ、ストーンズ、フーまで色々。

 

 

アメリカはブロンディ、ラモーンズ、B-52などSIREのアーティストが多い。ジョージ・デュボス氏撮影のラモーンズ後期の2枚のジャケ『SUBTERRANEAN JUNGLE』と『TOO TOUGH TO DIE』のオリジナル写真は販売もしていた。15万円...買えない。というか買いたいとはあまり思わなかった。私が一瞬ぐらっと心が動いたのは、THE WHOのピートのジャンプ・シーンのカット。有名なカバー写真よりインパクトの強い一枚の方が購買意欲が(私は)湧いた。写真の訴求力x直感=購買でしょうか? 最近よく「売って欲しい」というメールも戴くので撮るではなく見る感覚で眺めて来ました。

 

 

 

 

この写真展の良いところはカメラマンの撮影コメントが書かれているところ。ある写真とない写真では写真との距離が違う。写真にはいちいち説明を書くなと言う人もいるけど、これはバンドの写真。秘話はコメントじゃない。今年は私も写真を見せたいと思っているので勉強になりました。

 

 

ピストルズの写真にはこうコメントが。「SOUNDS誌(イギリスの音楽誌)の写真撮影だったけど、全員撮られるのを嫌がっていて最初は出てこなかった。ということになっていたけれど、髪をオレンジにしたばかりのジョンは後で「撮ろうよ」と言ってきた」という現場のエピソードからメンバーの人柄や性格が垣間見えてくる。写真がぐっと近づいた。

 

 

コメントがあるとないとでは違う。特にバンド写真のコメントは私は得した気分。ラモーンズの『TOO TOUGH TO DIE』はストロボが光らなかった偶然から生まれたシルエットだというエピソードも面白い。スタジオで働いていた(20年以上前の)話だけど、社長が「失敗は新しい作品。無駄にしないでそれを生かせ」と言ってたけど、まさにそれ。

 

 

2本の洋楽ロックの展示に刺激をもらったので、今年は自分もプリントしたい。そういえばジョージ・デュボスの2020年カレンダーは7500円だった。高っけ〜。私の極秘制作ラモーンズ・カレンダーは販売価格2500円。

安すぎたかも〜? (笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     U2プライベート・ジェットを見(撮)れた

2019.12.07 Saturday

 

 

 

 

とんでもない1日になった。久しぶりのブログだけど、書き残しておきたいのでいろんな大事なネタすっ飛ばして今日のことから書きます。

 

 

今日は仕事も休みだったので、のんびりブランチして、旦那を送り出し、商店街に買い物に行って家に戻ってきた。スマホが鳴ったので見ると今回一緒にU2を見に行った友だちNちゃんからのライン。見ると…

 

 

「ユキさんが見たがっていたU2のプライベート・ジェット、さっき成田から羽田に向かったみたいですよ !」と書いてある。

 

「えええええ!? 」 今、移動しているということ?

 

 

ってことは次の目的地の韓国に行くために始動したという意味?   このラインを私が見たのは今日午後14時の話。成田から羽田に飛んだ情報は、飛行機マニアのSNSで拾っていてそれは13:30の事だった。だからもうとっくに羽田空港には到着しているはずだ。う〜ん、間に合わないかも…でも見たい…でも…と一瞬、悩みかかったけど決めた。行く。羽田に。悩んでるのは無駄。

 

 

そう決めて、カメラバックをがっと掴んでニット帽被って手袋もって車へ。あとで気がつけいたけど、私ノーメイクで商店街に行った格好のまま羽田に向かっちゃいました(汗) Nちゃんに「私が運転している間に何か情報ゲットしたらメッセージを残しておいて」と頼んで走る。通常なら家から羽田までは1時間強かかるから早くても羽田に到着は15時だろう。でも何となくこうゆうムードや勢いの時って自分を信じるしかないのだ。「絶対、見るぞ」って。

 

 

信じて集中すると、何ていうのか、ムードが変わる時がある。だからどっちに転ぶかわからなくても勢いはとても大事。運転しながら「絶対見る。飛ばさない(←スピードの事・笑)」を呪文のように唱えながら走っていると「ひょっとして見れるかも」という気になってきた。それは信号がずっと青で赤に変わらなかったから。ずっ〜と青。まるで「行け。行け」と言われている気がしてきた。

 

 

羽田のスカイデッキに到着したのは多分16時前。最初に第二ターミナルへ向かった。飛行機マニアが「国際線の方からではよく見えない」と書いていたから。でも第二のターミナルのスカイラウンジは「そうゆう空気」がなかった。この勘みたいなのがすごく大事で「U2のジョシュアツリー・ジェットを何が何でも見たくて来た」という空気がない。ギラギラした目の人たちが見当たらない。この空気を感じなかったのと、整然と並ぶスターアライアンスの飛行機たちを見ていて「何かが違う…」と感じ、どうしよう、どうしよう、と思いながら「ここは退散 !」と決め、第一ターミナルへ走る。走る。走る。商店街へ行った格好のまま(笑)

 

 

第一ターミナルの飛行機たちは雑然としていた。ギラギラした目の人は見当たらなかったけど、マニアを発見。これ『メタル現場主義』にも書いたけど、IROM NAIDENのジェットを撮影に行った時、管制塔の無線を傍受しているマニアの皆さんがいらっしゃって「待っている」気配は察知できた。もはや自分もその領域に片足突っ込んでいる気もするが(笑)。 それで何となく「こっちだな」と決め遠くから探す。第一ターミナルのデッキから見える飛行機はいろんな柄の尾翼があってドキドキしてきた。一機一機、特にターミナルを持たないLCCの機体が止まっている方向をズームレンズで覗いていたら……

 

 

ヨシュア・ツリーの尾翼を発見!!!!! うわああああああ!!!!!  

(と、感動を分かち合いたくてツイート・笑)

 

 

 

しかもゆっくり、ゆっくり動き出していた。うぉおおおおお、間に合ったぁ〜(泣)。そこからはずっと連写。連写。連写。昨日Facebookに「iphone11の写真は凄いね」と書いたけど、こうゆう場面では全く使い物になりませんでした。やっぱり一丸レンズだよ。きっちりと飛行機をシャープに追い、目の前のスカイラウンジの邪魔なネットも綺麗にスルーして撮影してくれました。ちゃんと目の前をゆっくりランしてくれた時の絵がこれ↓

 

 

 

 

もうメンバー全員あの中なんだなと思うと、本当に物語のエンディングを見ているみたいで感動しました。飛行機はネットで見ていて想像していたのとほぼ同じ。でもライブを見た後だから、尾翼のヨシュアツリーが神々しく見えた。この第一ターミナルの長いランを見てそのあと飛び立つ瞬間はもう移動できなくて飛んだとこだけ見ることができました。

 

 

日が落ちてきていたけど執念というか、とにかく見たいと思っていたから嬉しかった。友だちNちゃんの情報に押されて動いて良かった。持つべきものは私を動かしてくれるアクティブな友だち。さすがロシアにSUEDEを見に行っちゃったNちゃん(笑)   私が飛行機を見たいと散々言ってたのを忘れていなかった。

 

 

飛び立った飛行機に「サンキュー」と手を振ってパーキングに戻ったのは17時。もう暗くなっていた。だから、たった3時間の突発的な出来事だったのだ。しかも日が落ちて暗くなる前に離陸。奇跡を少し感じた3時間。やるかやらないかはやる。行くか行かないかは行く。やらない、行かないは好きじゃないので、今日は自分の判断を信じたことが吉と出た。小雨だけどビューティフル・デイ。まさに。

 

 

そして帰宅して撮った写真を眺めていたら、最後の2カットにヨシュアツリーの尾翼を発見。空はもう薄暗かったし、第二ターミナルからは飛びたつ飛行機はよく分からなかった。でも映っていた。これ見てまた感動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、午後14時の商店街の続きは…本当はプールに行こうと思ってたので今から行ってきます。次は10月に行ってきたヨシュアツリーとUSAの温泉が最高だった話を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

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     マイケル・モンローPV撮影・東京・裏話し

2019.11.08 Friday

 

 

 

アメリカの温泉ネタもまだ書いてないけど、先にこっちを書きたいと思います。

 

 

 

 

 

マイケル・モンローの新曲『Last Train To Tokyo』PVは見ました?   東京をテーマに書いたキャッチーでとってもイイ曲なんだけど……このPV撮影は8月15日に都内某所で行われ、私も関わった一人です。…て書くとファンからは「イイな〜」に見えるかもしれないけれど、実は、もう、この撮影、いやここに行き着くまでが、凄ーーーーく大変だった(泣・汗)という話しを今日は書きたいと思います。

 

 

でも。

 

 

そんな大変な撮影だったからこそ、書き残しておきたいし伝えたい。撮影の現場のことや、私が勝手な思い入れを書きつづった『メタル現場主義』という書籍もあるが、本来ならばこうゆう書籍に書くべきネタ。でも来日間近だし、11月5日発売のBURRN!12月号の見開きポスターに、このPV撮影の1日のアウトテイクが掲載されたので、タイミングはやっぱり今でしょ? w 以下、まずは映像を見てから読んでください。

 

 

サマソニ出演のために来日したマイケル・モンロー・バンドが、その前々日の8月15日に東京の某所で新曲のための撮影を行った。新曲はTOKYOをテーマに書いていたので、東京の雑多な街のどこかでPVのスチールと動画を撮りたかったのだ。という趣旨の連絡が来たのは来日1週間前。しかもこの時点では誰も何故、東京のライブハウスや雑多な場所を探しているのか、その理由を知らなかった。映像を撮りたいのか、スチールを撮りたいのか、サマソニの前にライヴやって良いのか?と疑問だらけ。

 

 

そんなマイケルたちとただいま絶賛ツアー中のElectric Eel Shockの前川くん(b)から「help!」のメールが届き、ラモーンズFCつながりもあるし、写真も撮ったことあるしというので、このブッキングをバトンタッチし、何だかよくわからないまま、私がコーディネートをすることに。この時点では「マイケルのドキュメンタリー映画を撮っている人に同行するらしい」みたいな感じで「それでいいのね。了解〜」と気楽に構えていたんだが…

 

 

それにしても「サマソニ前にライブをやってもいいの?」というなんとなくもやっとした疑問をマネージメントに聞いてみても「YES. ALL OK」で許可は取っていると言う(本当? w)。じゃ、何故レコード会社じゃなくて個人の私と?という溢れ出る疑問を一旦全部飲み込んで「ちゃんとギャラ支払ってね〜」とマネージメントと交渉しつつ、バンドの映像を撮れる人を探す。

 

 

つっても、ギャラも決まっていないのに、「来週1日、8時間以上拘束の仕事あるけどやれる?」と無理なオファーをフリーランスの私としては本当はしたくない。このリクエストでOKしてくれるのは、知り合いか友だちかマイケルのファンしかいないよ。でも知り合いの石坂さんが引き受けてくれた。

 

 

私がカサカサとゴキブリのように何か動いているのを知ったファンが「手伝います」と声をかけてくれるのは、本当にありがたかった。けど、「ライブ後にメンバー全員の楽器を責任持って都内から幕張へ運んでくれる?」というお願いを...物理的にはもちろん簡単には出来ない。運ぶことは出来るとしても、相当信用できる人にしかもう私は頼めない。CJラモーンのベースが日本で盗まれて以来。

 

 

という具合で…二転三転四転くらいして、ムービーを撮る映像チームも揃い、前川くんがブッキングも完了してくれて晴れて下北沢QUEでライヴを演れることになった(祝)。当日が来た。

 

 

午前中、「どこに向かえばいいんだっけ?」と言うメンバー達に、英語と日本語の住所を送信し「タクシーの運転手さんに見せて」とやりとりしているうちに、今日の撮影がPVのための撮影だとやっとわかる。本当なのよ、これ。「じゃあ、歌詞を読みたい」と返信するとその歌詞には「SHINJUKU」とか「SHIBUYA」という地名がしっかり入ってるじゃないの〜!!? うわぁぁあ。これは日本人からしたらとても嬉しい曲だけど、じゃあその周辺で撮るべきじゃないの?  …になる。当然。当日に。で、そこからロケハンに突入。あんなきらびやかな5人を夜中の渋谷に連れ出すなんて、混乱間違いなしだから、ロケハン必至。う〜。。。

 

 

下北沢はNYのSOHO的な街。ファッションも音楽もカルチャーがある。でも渋谷みたいな大きな街じゃなくてダウンタウンな小さい路地でできた商店街みたいな街。(説明下手ですみません)

その通りにマイケル・モンロー御一行がタクシーから降りた時、その周辺だけぱぁーっとキラキラしてました。ザ・ロック・スター登場っていう感じで華やかだったな。私たちは準備に明け暮れ息をゼイゼイ切らした1週間だったけど、ロック・スターが下北沢QUEに君臨して楽器を鳴らしちゃうと、苦労は全部忘れました(笑)。

 

 

 

というかマイケルは彼の人柄で周りをそうさせてしまう人。物事すべてに真摯に向き合う人だから。この1日も彼のエネルギーで作れちゃった気さえ今はする。彼らには十分な広さとは言えない楽屋でも文句も言わずドレスアップしリハもサクサクこなす姿は、「百戦錬磨」「プロ」そして「今日はPV用の曲を2、3回演奏したら普通にライヴを演る」というからびっくりした。PVを録るためだけじゃないの?と。その後深夜に歌舞伎町で撮影もあるというのに…。

 

 

結局、新曲からスタートし「マリブビーチ」や「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」からアンコールのストゥージーズまで全14曲+同じ曲もう一度も含めたら全15曲(多分…)を演奏しました。この日の映像はyoutube にも上がっているのでチェックしてください。

 

 

ライヴ後。

 

 

もう一度、着替えてドライヤーをかけて準備が整ったのは24時すこし前。全員が乗れるヴァンを一台ハイヤーし歌舞伎町へ。渋谷のスクランブル交差点は、昔マライア(キャリー)で大混乱の撮影になったのを思い出して恐ろしくなり歌舞伎町1本に絞った。キラキラのネオンに「これこれ」と嬉しそうなマイケルの様子はBURRN! のポスターを見てね。みんなライヴ1本やった後だからさすがに疲労も濃いけれど、ずっとついてきた。

 

 

深夜2時頃からマイケルの歌のサビだけを撮ったけど、サミ(ヤッファ)に「ちょっと一緒に見てて」と頼むマイケル。サミは「いいよ〜」と(お腹が空いたので)ハンバーガーを食べながら後ろからついてきていた。この時に、二人の関係をかい間見れてなんかとても良かったなぁ。撮った映像を確認しながらマイケルがサミに「どうかな?」と聞く。「いいんじゃない? ちゃんとマイケルらしさ出てる」みたいな会話をしてました。

 

 

 

 

この時のマイケルの集中力は凄かった。だって24時から3時近くまで、ずっと口パクで歌ってるんだから。いやその前にフルライブもやっている。あの現場、みんな集中して別のアドレナリンが出てたかも。とにかく歌舞伎町の周辺を歩いて、歌って、撮って、本当に頑張った深夜の撮影でした。

 

 

下北沢QUEを出る前にマイケルに私は「本当に今から撮る? 疲れてないの?」なんて聞いちゃったんだよね。なんとなくミュージシャンて気まぐれだから「やっぱりもう今日はやめる」と言い出すかなあと思ってたから。でもマイケルは「少し疲れているよ。でも録らなきゃ」って小声で答えてくれました。だからね、こっちもフラフラだけど、やろうってなるんですよ、彼のために。そうやってあのPVは出来上がりました。

 

 

最後のシーンを撮り終えて「終了!」って叫んだらマイケルとサミはハグして「やったな」って言ってました。仲良いなあ。というか彼らの歴史のことを考えると、二人の「大事な絆」を目の前で見せてもらった感じ。貴重な現場に居ることが出来たんだなと思えました。あの日の撮影のPVをもう一度、貼り付けておきます。そしてBURRN! のポスターの写真も是非チェックしてください。ポスターにはPV撮影の合間の一瞬も写っています。

 

 

マイケルたちは、(下北沢でライブをしたあとに) PV撮りを遂行したけど、体力ももちろんのこと、仕事への集中力など、すべてにリスペクトしかない。バンドはもちろん、ElectricEelShock、映像の石坂さん、下北沢QUE、深夜の撮影に同行してくれた友達のジンジャー(付き合ってくれてマジ助かった!!! )、関わってくれた皆様、そしてポスターにしてくれたBURRN! 編集部、デザイナーの古川さんはこの貴重な日を一枚のポスターで表現してくれた。

 

 

残せてよかった。こうゆうのって、数年後に見ると宝になるんです。70年代のKISSやQUEENの来日公演の写真が物語っているように。大変だったけど、何かを作り上げて行く時の一体感は最高に楽しかった。みんなに感謝。最後にミュージシャンとしても人間としても、偉大なマイケル・モンローに感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

    スパイラル・ジェティは沈むことを予想して作られていた?

2019.11.02 Saturday

 

 

 


11月になってしまった。。。

 

 

一年があっという間でなんとなく焦る。これが歳をとるということらしい(泣)。時差ぼけもさっさと治っちゃって、それはありがたいけど、旅は終わりました宣言をされているみたいでちと寂しい。帰国して10日。撮影仕事や取材に行き完全に日常を過ごしている。

 

 

 

上はAmoebaRecordsでゲットした『It's ALIVE』スペシャル・パッケージ〜♡

 

 

でも...帰国してからも、この2冊の本(写真集)が今回のアメリカ旅行の思い出を蘇らせてくれる。THE WHOの写真集とロバート・スミッソンの本だ。特に前衛芸術(建築)家・ロバート・スミッソンが、スパイラル・ジェティをどんな素材でどう作ったかの設計図も載ったこの本を、憧れだけで眺めていた9月とはえらい違いだ。現場に行って塩まで舐めて歩いてきた今ではもう何もかも、見え方が違う。

 

 

 

 

実際に自分も、あのうずまきを歩き中心へ行った。本で見ていた世界に自分も居るというリアリティが凄くて、渡米前に眺めていた本とは同じ本とは思えないくらい実際の現場になった。うずまきを作った後に飛行機事故で亡くなってしまったから、言葉は非常に悪いけど「作りっぱなし」で終わってしまったと思ってた。でも。。。

 

 

 

 

うずまきを歩いてからは感じたのは、もしかしたら彼は沈むことも計算して作ったかもということ。初日は夕方に到着したんだけど、その時に見たスパイラル・ジェティは黒かった。ちょっとギョッとしたくらい。でも翌日の午前中に見に行くと今度は真っ白だった。塩が付着し姿を変えていた。これには驚いたし同時に感動した。うずまきはこの周辺のマグマ(溶岩)と塩で作られ、30年間沈んだのでコンクリートのように固まっていた。

 

 

 


それを触ってみたり、歩いたりするといろんな不思議が納得できた。湖の中に沈めば、マグマも塩も変化して別の作品になるというからくりを、ロバート・スミッソンは最初から計算していたんじゃないかって。それと同時に、彼は湖に沈んでも自然を破壊しないマグマと塩でこのアートを制作していたから、1969年に自己満足だけじゃなく環境のことも考えていた。ソルトレイク湖は季節によって塩の影響でピンク色になるから作品はまた姿を変える。実際に見て、触れたアートは本やネットで眺めていた固定概念を壊してくれた。

 

 

 

 

普段から山登りをする旅友のかずみちゃんが「ランチをここで食べよう」という提案をしてくれたので、スーパーで買った(でかいけど多分)子供用のターキー・サンドイッチ・セット(コールスローやチップス、クッキー入り)を買ってスパイラル・ジェティを眺めながら食べた。$5.90のランチ・ボックスが本当に美味しく感じる贅沢なランチ!!  贅沢とはこうゆうことだね〜。

 

 

スパイラル・ジェティをゆっくりと満喫し、私たちはアメリカの温泉に向かってドライブした。これがとっても良くてアメリカの温泉もバカにできないと思ったよ。次はアメリカの温泉もまあまあいい湯だな〜の話。…続く♨︎

 

 


【スパイラル・ジェティへの行き方】 一番簡単なのは、ソルトレイクからGOLDEN SPIKEという線路建設に関するミュージアムをまず目指します。この施設でもらった下の地図を見ながら舗装されていないじゃり道を運転すること30分。道はじゃり道だけど、凸凹ではないので四駆じゃなくて1600ccくらいの車でもいける。私たちは翌日いった時に一度間違えたけど、道は何本もないのでナビにSPIRAL JETTYと入れれば案内してくれた。最後の目印はこの「SPIRAL JETTYまで9マイル」の看板。ユタ州やソルトレイクへ行ったら是非見てきてください。国立公園ではないので、ビジター・センターなどはありません。ソルトレイクの街の中心から二時間半のドライブです。Enjoy and Good Luck ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:アメリカ



            

      初めてのハリウッドボウルでTHE WHOを見(れ)た

2019.10.27 Sunday

 

 

 

 

 

10月10日から20日まで、日本人にしては少し長い10日間の夏休みを過ごしてきました。前回のブログで「私はTHE WHOが見れるのだろうか?」と書いたけど、予想していたよりも完成度の高いそして素晴らしい歌の公演を2回も見て聴くことが出来て今も余韻に浸っています。    

 


9月末にロジャーの喉のダメージでテキサス周辺の公演がキャンセルになり、THE WHOのアメリカ・ツアーのリ・スタートは10月9日のサンフランシスコを目指すとアナウンスされた。成田から飛行機に乗ったのが10日だから、アメリカはまだ9日。もう米国に到着してみないとTHE WHOが見られるのかも、旅・後半のメイン、地球をキャンパスに見立ててソルトレイクの湖に作ったアート『スパイラル・ジェティ』を見られるのかも分からない…という全部バクチな旅が始まった(←この理由は前回のブログを参照) 結論から書くとTHE WHOも見ることが出来て『スパイラル・ジェティ』も見れたどころか浮き上がっていて中心に立つことが出来た。

 

 

今年の春にチケットを取ってから、THE WHOを10年ぶりに見ることをずっと楽しみに仕事をしてきた。だからLAに到着して9日のサンフランシスコ公演を演ったことを知った時はおもわずガッツポーズ。ピンボール・ウイザード帽子も作った甲斐がある ! ! と本当に思った。

 

 

 

 

ハリウッド・ボウルはあのビートルズも公演した歴史のある野外の会場。めちゃめちゃ大雑把に書くと日比谷野音(こっちが真似したのかね?) の、もっと大きくて立派な建物(失礼)という感じ。私が買ったチケットは真ん中よりも少し前の席。一枚って結構良い席が買える。会場にもTHE WHOが見れることにもワクワクしすぎてしまい、開場の2時間前くらいに到着してずっとぐるぐる歩いてました。

 

 

LAの前座だけTBAだったけど、結局リアム・ギャラガーに。フジロックのヘッドライナーもTHE WHO大先輩の前では持ち時間25分のオープニング・アクトだ。贅沢だね。1曲目は『ロックンロール・スター』。周りの客層は50年前にウッドストック見てそうな人も含む日本と同じ大人だらけ。リアムのことを「人気のあるイギリスの若者」と説明してて苦笑。ま、そうなるよね。

 

 

 

 

ハリウッド・ボウルは飲食自由。前方はチケット代も高額なテーブルのついたお相撲でいう升席みたいなエリアだからみんなワインやピザを持ち込んでいたりして、ちょっと大人のコンサートという感じ。私のチケットはその次のブロックでシートはまあまあ良い席。ずっとLAに住んでいたロック友だちのジンジャーから「正面から入らないで横から入ればマーチャンダイズもすぐ買える」と通情報を聞いてたので、その通りにしたら15分で入れてマーチャンダイズもすぐゲット。

 

 

 

 

THE WHOはリアムが終わった30分後にオーケストラが着席してステージを囲み、最後にロジャーとピートが登場。日本公演でも見たようにロジャーは紅茶のカップを手に持ちながらステージに登場し、カップをタンバリンに持ち変えてオープニングの『TOMMY』の演奏が…この時点でもう感動で涙目。THE WHOのファンの人がここを読んでくれていたらyou tubeにオープニングが上がっているので是非チェックしてください。この声が二週間前に公演をキャンセルした74歳の声。恐れ入ったしウッドストック・アーティストのキャリアを目の当たりにした瞬間でもありました。凄い。

 


昨日、ちょうど仕事でゴブリンの撮影をしたばかりなんだけど、映画meets音楽は音だけじゃない要素が次々と入ってきて曲を倍、盛り上げてくれる。サントラってそうゆうものだけど、THE WHOの場合『TOMMY』も『さらば青春の光』もピート自身が投影されているから曲にさらに愛着がわく。そうやって私は聴いてきた。

 


私にとって『TOMMY』は無人島に持って行く一枚。RAMONESやRAVENじゃないのかとよく言われるけど、無人島でサバイバルしていくメンタリティを上げてくれるエモーショナルな一枚は映画の残像とともにこれしかない。とにかく大好き。だからこのツアーを見にいくのはマストだった。バンドの年齢=リミットもある。『TOMMY』がオープニングで始まるショー、後半は『さらば青春の光=Quadrphenia』真ん中でバンド・セット。THE WHOの歴史を一度に味わえるコンセプト・セットでしかもあの声。見ることができて本当に良かった。

 


10代の時に初めて見た映画『TOMMY』、20代の時に初めて外国に見に行ったバンドTHE WHO、そして今も、キース・ムーンもジョン・エントウィッスルもいないのに、最初と同じように映画と曲の素晴らしさを(オーケストラの演奏付きで)味わえるなんてこんな幸せなことはない。「あと5年くらいで声は出なくなると思う」とロジャーは言ってたけれど、それを疑うくらい10代の時に聴いたロジャーの声のままだった。声のことはロジャーのことばかり書いているけど、ピートの声も好きです。ピートはMODSスーツを着てギターを破壊していた頃のピートそのまんま。めちゃめちゃ楽しそうにギターを今も弾いている。あんなかっこいいおじいちゃんがうちのおじいちゃんだったらいいなぁ(笑)

 


オーケストラの美しい演奏ともう一人ザック・スターキーの存在も。彼のおかげでTHE WHOはキース・ムーンというスーパー級の存在感のドラマーでなくても成立している。私が初めてロンドに見に行ったTHE WHOはケニーだった。それはそれで良かった。なぜってこの時のコンサートも「エルトンジョンがゲストで登場するTOMMYを含む公演」だったから。あ、この時もロンドンのロイヤルアルバート・ホールに早く到着してぐるぐる歩きまわってたら、入り口にエルトンが乗った車が来てファンがワーワー騒ぎ出したから走って見に行ったら思い余ってそのエルトンが乗った車に足、引かれました。実話。

 


そのザック・スターキーのインスタを見たらお父さんのリンゴ・スターが見にきていたらしい。「俺も昔ここでやった」と話せる親子…すごっ。ザックのドラムは丁寧だけと主張していて今のTHEWHOのサウンドそのもの。彼が叩いているから再現できていて満足できていると思う。とダラダラ書いたけど、そろそろ飽きてもいい頃だと思いつつ、毎日、これまた素晴らしく勉強にもなる写真集を眺めながら2020年のウエンブリー・アリーナに思いを馳せていたりしている......続く。

 

 

 


SET LEST/THE WHO@hollywood bowl 2019 0ct 11

 

Overture
Amazing Journey
Sparks
Pinball Wizard
We're Not Gonna Take It

Who Are You
Eminence Front
Imagine a Man
Hero Ground Zero

The Kids Are Alright
Substitute
You Better You Bet
Won't Get Fooled Again
Behind Blue Eyes

Ball and Chain
The Real Me
I'm One
5:15
The Rock
Love, Reign O'er Me
Baba O'Riley

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK



            

      USAドライブと私のTHE WHOはどうなる?

2019.09.30 Monday

JUGEMテーマ:アメリカ

 

 

 

 

あと10日。。。。。。。10月11日と13日のTHE WHO@HOLLYWOOD BOWL公演♡に行き、久しぶりにアメリカを走ってきます。

 

 


今回の旅のメインは、THE WHOのMovein’ ON Tour。そしてもう一つ、LAでTHE WHOを見た翌日にソルトレイクに飛び、ず〜〜と、本当にず〜〜っと行きたかったニュージャージーのアーティスト故ROBERT SMITHSONのアース・アート(Earth Art)を見にドライブ旅。

 


アース・アートとは?  文字通り地球を使ったアートで、ランド・アートとも呼ばれているけれど、私はROBERT SMITHSONの作品SPIRAL JETTY(スパイラル・ジェティ)が大好きすぎて、自分の名前をサインをさせてもらう時、必ずうず巻きを書いているのはこの影響。

 


このスパイラル・ジェティ1970年に作られたんだけど一度沈んでしまった。この作品を作った3年後にロバート・スミッソンは38歳の若さで事故で亡くなってしまう。でもスパイラル・ジェティは、沈んでから30年経った2000年に再浮上する。その姿はバクテリアや気候の影響で、元の作品とは全く違う姿になっていた。というストーリーがあるのです。作ったロバート・スミッソンが知らない今のスパイラル・ジェティ。これを見に行ってきます。でも季節によって広島の宮島じゃないけど、沈んでしまう時もあり(ソルトレイクの水が増した時)あり、見られるかどうかは運なのです。私もこのスパイラル・ジェティの上を歩いて、渦の中心に行ってみたい ! !

 


そんな「バクチな旅」だけど(笑)、行かなきゃはじまらないからね〜。でももしもスパイラル・ジェティは見られなくてもTHE WHOが見れるし〜! ! と思っていたら、なんと、先週ロジャー(vo)の声が出なくなりなんと9月の公演はキャンセルになった。がーん。

 


いや、でも実はそこは覚悟していました。THW WHOのUSAツアーは、春がイースト・コースト、秋にウェストコースト、と分けていたのはロジャーの喉のため。コンサートも連日ではなく1日置きの日程になっている。だから10月は10/9にサンフランシスコ、10/11&13がハリウッドという日程。

 

 

 

だからもしかすると秋はヤバイかもな、とは思っていた。でも4月のNYのMSGにはなぜか行きたいと思わなくて。MSGは自分にとってガチでコンサートを見る場所というか…仕事てきなというか...とにかく...なぜかNYではなくLAを選んだ。ピート・タウンゼントはSNSで、何回も何回も謝っていて、こっちが申し訳なくなる。しかも凄く庶民的な感覚で「ベビーシッターを雇ったり、仕事や家族のスケジュールを計画したりしなければならなくて、そうゆう部分も申し訳無いと思っている」と。でもね「もういいよ、待ちます」という気持ち。

 

 

私が初めて外国にバンドのライブを見に行ったのが、1987年のロンドン。THE WHOを見に行った。私が好きになるバンドはどれもこれも来日してくれなかったから(笑)、もう見に行かないとTHE WHOですら見れないまま終わってしまうかもしれないと恐れていた。キース・ムーンは死んじゃったし。でも、あれから32年経った今もバンドは活動してくれている。このことには感謝しか無い。ロジャーは75歳。ピートも74歳。こうやってまだ見ることができるんだから(多分)もしもキャンセルになったってまた行くよ。「10月9日に出来るように努力しているから待っていて」とは言ってるけど、身体のことだからわからないからね。

 

というそんな状況だけど、凄く楽しみです。

 

 

 

さて。

 

私はTHE WHOのコンサートとソルトレイクのスパイラル・ジェティを見ることができるのでしょうか?  私にもわかりませんね。でもそれも運命。こんな旅したこと無いからちょっとエキサイトしてます。

 

 

でも〜、ここに来て野球の神様が手招きし始めたのよね〜?!  今回はTHE WHO公演もあるし、野球シーズンも終わりだからと諦めていたメジャー・リーグが、ドジャースが勝ち進み、プレイオフで地区優勝まで来ているため10月のこの時期に、THE WHO公演の前後に試合があるんだよね〜。キャンセルになったら野球のチケットは降ってくるのだろうか?? 凄く高いんですけど〜。

 


とにかく私の大事な旅は来週です。行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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