映画『新聞記者』を見ました

2019.07.16 Tuesday

 

 

JUGEMテーマ:映画

 

 

 

 


6月末の公開から2週間経ってようやく見てきました。


「早く見に行かないと、公開が途中で打ち切られちゃうよ」とか、
「日本の女優は”影響”を受けたくないから韓国の女優を起用した」とか


公開前からいろんな憶測が飛び交っていてので、焦りながら映画館へ。
結論から書いちゃうけど、ストーリーも俳優の演技力も圧巻。

 


『新聞記者』凄かったです !

 


自分、社会派映画好きだし、クライム映画はアメリカ映画や韓国映画でもたくさん見てる。光州事件をベースにした『タクシー運転手』軍事政権下で犠牲になった実在した大学生が主人公の『1987 ある闘いの真実』など、実話を基にした映画に吹っ飛ばされるほどのインパクトはないだろう、実話から(心が受ける)衝撃には耐えられる免疫が自分にはついているだろうと思ってた。でも免疫なんて関係なかった。なぜなら、これは99%自分の国、身近で起きた、身に覚えのある内容の映画だったからだ。

 

 

ストーリーは「ホームページのサイトを見てください」でも映画の「ストーリー」は読まなくても大丈夫だ。この話、全部聞いたことがあるから。※なぜかサイトをコピペできないので貼り付けます。https://shimbunkisha.jp/

 

 


総理大臣の友だちが建設計画を企てた獣医学部新設の本当の目的、内閣情報捜査室の仕事、 ああ、もう面倒くさいので書いちゃうと実存する事件、加計学園やレイプ事件の曖昧な部分を映像化したように見えるのがこの作品だ。もし”そうじゃないなら”、どんどん宣伝すればいいのに、これだけどこでも満席でヒットしている作品なのに、メディアではほとんど取り上げられていないのは何故?   しかも特定のIPからの集中攻撃で作品のHPのサーバーがダウンしているというのも宣伝的には良い効果だと思うけど、まるでこの映画のストーリーみたいでゾクゾクする…怖い。

 


都内のイオン・スーパーの中のシネコンは満席だった。年齢は高め。私は旦那と、姪っ子は友だちとそれぞれ違う映画館に見に行った。吉祥寺に観に行った姪っ子は見ようと思っていた2時の上映が満席で、次の回のチケットを慌てて購入したらしい。映画がはじまる前には、いつもの映画泥棒のCMが入り、その後に次回作の告知宣伝のCMがはじまるのかと思いきや、なんと立憲民主党等のCMが映画館で流されて驚いた。その時点でなんかゾッとしたんだよね。この映画を見るための煽りにはなっていているけど、選挙に利用されている気がして。だから、映画を観る前から私にはそれすら(国にコントロールされるなよ、騙されるなよ)というメッセージに見えちゃってまた怖いなと思い、気をしっかり持って見よう(笑)なんて思っていた。

 


特筆すべきは人間の心理。ここから多少のネタばれあり→。松坂桃李演じる、内閣情報調査室官僚の家族と仕事の間で揺れる葛藤。自殺した昔の上司の無念と真理を明かすために不正を暴こうと行動する。が結局、上司から「ひるがえることは悪いことじゃない」という言葉や、家族に対する後ろめたさからなのか、結局、不正を暴く信念はそこで終わり、昔の上司と同じ道を選択してしまう(?)。ああ、それだけではないね、彼の自宅の絵もすごかったね〜。内閣情報調査室の官僚は(あれは銀座周辺の)高層ビルの最上階に住めるんだよね。あの窓の景色だけでもインパクトがあった。会社に従順でいることが生きていくための道みたいな話、国レベルじゃなくても周りにたくさんい(あ)るなぁとも。理性と理想の通りには行かない。

 


俳優の演技も凄かった。松坂桃李の最後の交差点で見せる虚ろな表情が今も脳裏から離れない。そしてその交差点の反対側で「え?」という驚きの表情を見せるシム・ウンギョンの相対する表情も。二人の表情を映し出しすぐに黒いエンドロールへ画面は移り終わりだ。あっけにとられたまま。きっと見ている私たちもウンギョンみたいな顔をしていたかもしれない。あのシーンでこの映画は決まった。それと内閣情報調査室の上司のセリフ。

 


「この国の民主主義は形だけでいいんだ」
   

 

「どうせ映画のセリフじゃん」と笑えないくらい今の日本人の心に突き刺さったセリフなんじゃないかな。だからこの映画を「クライム映画を見すぎて免疫力のある自分は大丈夫」で片付けられなかったんだと思う。リアルすぎて忘れられない。この国って一体.......

 


日本でもリメイクされた映画『サニー 永遠の仲間たち』でずっこけキャラを演じたシム・ウンギョンの目が印象的。顔のアップも多かった作品に思えたのは印象的だったからかな。赤いカーディガンが欲しくなったなぁ。もうひとり、松坂桃李の上司を演じた田中哲司の冷たさも素晴らしかった。これは私的には『1987 ある真実の闘い』で無実の大学生を水攻めにして拷問死させる時のキム・ユンソクの演技と同じくらい恐ろしく冷たくて素晴らしかった。

 

 

 

書きたいことはあれこれあるけど、まとまらないです(笑)。ラストシーン、我が家では捉え方が三者三様で違ってて面白かったです。まるで『さらば青春の光』のあの後ジミーはどうなる? 的な感じ。この映画、見終わった後に友だちと語りたくなるやつです。映画館でも遠くを見つめて動けなくなっている一人で来たオジさんやフード・コートでパンフを食い入るように見る高齢のご夫婦など、観客の圧倒された表情も見ていて興味深かった。そして今後、松坂桃李の映画は全て見なければと思いました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     クリップ・イン・マイ・ストマック

2019.07.05 Friday

 

 

 


というタイトルのブログを書いておきたいと思います。

 

 

久しぶりにブログ書くのにそのネタかい? ! と突っ込まれそうだけど、ブログって自分の記録用なところもあるので書いとこうと思う。

 


一昨年の暮れに、胃の下の方にポリープが見つかりそれを取るために入院した(と言う話はココに書いた)。そのポリープは胃カメラみたいな器具で30分でオペ終了。痛みもなく傷口がかさぶたになるまで「安静にしてなさい」と1週間も虎ノ門病院にいた。それで毎日NETFLIXでドラマを見まくって、韓国語の勉強してリラックスして退院。

 


その入院から2ヶ月後。胃カメラで術後の跡を確認すると「きれいに治ってます。止血用のクリップだけまだあるけど。それはそのうち勝手に取れてうんちと一緒に落ちるから放っといて。好きなもの食べてください。お疲れ様でした」と晴れて自由の身になった。

 

 

あれから1年、健康はマメな診断が大事だから、かかりつけの胃腸病院の院長に定期健診の胃カメラをやってもらうことにした。結果は…

 


「胃の壁も肌と同じように歳を取るんだけど、あなたの胃の壁は40代くらいな状態で問題ないよ」と言われ「うひょ〜(嬉)」と喜んでいた。何しろさんざん悪さをしてきてる。1日タバコは2箱吸ってたし、スパイシーなものも辛いもの大好きで胃をいたわってこなかった。それでも50歳OVERの今、合格が出た。続けてドクターがこう言った。「でも、胃にまだクリップがあるよ」

 

 


ん?  クリップ?

 

 

 

 

 

↑これではなく、これ↓

 

 

 

 


「ポリープ取った時に止血で止めたクリップがまだあるんだよ。頑丈だねえ」と言いながらパソコンのモニターを見ると、ニョキッと2つのクリップがピースしているみたいについていた。胃に。何だかクリップにバカにされてるみたい。ピース…( ^  ^ )v

 


それで「これ、あって大丈夫なんですか?」と聞くと「普通はかさぶたみたいになって、半年くらいで落ちてうんちで出るんだけどね。たまにいるよ。こうゆう人」。たまにいるらしいから問題ないならいいか。クリップと共存しても。

 


でも胃に金属のクリップがあるなんて…この歳で資格でもゲットしたようなスペシャルな気分!?   今こそロズウェル(=ニューメキシコのUFOが落ちた現場)に行けば、未確認飛行物体に見つけてもらえるかもと妄想し(本当に行ってきたロズウェル探検記録はコチラ)、キカイダーな気分。w  友達からは「サイボーグっぽい」と言われますますその気になっている。

 

 

 


久しぶりのブログにくだらないことを記録しておきたくて書いた。起承転結の「結」が無いけれど、来年の今頃また定期検査の胃カメラをやるのでお楽しみに!?  さすがにその頃は「もう無い」と思うけど...あるのか? あればもう体の一部だ。嬉。

 

 

…続編は来年。お楽しみに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

   『人間椅子』の30周年記念完全読本の中の撮影秘話

2019.06.25 Tuesday

 

 

 

 

 

 

新作『新青年』が発売と同時にオリコンチャート14位にランクインし、明日は千葉LOOKでリリース・ツアーの初日を迎える人間椅子。そして 『椅子の中から〜人間椅子30周年記念完全読本』も26日発売(シンコーミュージック発刊)。私もお世話になった池袋のジュンク堂の9階ギャラリーでは1ヶ月に及ぶこの書籍発売記念特別展 示も本日からスタートだそうですよ〜。

 

 


そんなノリにノッてる人間椅子のギタリスト和嶋さんのこの写真にまつわる撮影エピーソドを書きたいと思います。『メタル現場主義』的、撮影裏話ね。この撮影、実は依頼を頂いた当初からちょっとユニークで…最初、依頼内容は 「和嶋さんのやりたいことをテーマに写真を撮る」。そして「集合場所はココ」とGoogle MapのURLが届いた。で、撮影内容を理解しないまま「どれどれ…」と ググって出てきた地図がコレ↓

 

 


ん?

 


最初は間違えたと思いました。行き先を。だって都内の撮影スタジオや六本木や渋谷のライヴハウスではなく出てきたのは畑…(笑) あとで撮影内容が判明し「和嶋さんが体験したかったお味噌作りを撮る」と分かってからはかなりエキサイト ! あの和嶋さんが自身で味噌を作るのだ。ぬか床だって面倒臭いと思っているずぼらな私には、このテーマを選んだだけで「凄い」と思えたし、味噌職人のように見えた。というか和服のギタリストというその存在がもう職人でもあるけれど、とにかく繊細な作業にチャレンジする被写体を、私も繊細に切り撮ろうと決めました。

 


「畑に入るので長靴で来てください」という農園からの指示もフジロック体験していると楽勝で、長靴、カッパ、脚立と機材を積んで千葉の成田空港近くの畑へレッツ・ゴー! !

 


千葉はロッテ戦や成田空港で行き慣れているので遠いと感じたことはない。畑に到着すると程なく和嶋さんも自分で運転した車で到着。挨拶をし終わり、みんな長靴に履き替えて農場のスタッフの説明を聞くことからスタート。味噌作りの行程、作業、お野菜の事。和嶋さんは本当に真剣に聞いてました。 この様子は写真がたっぷり掲載されているので是非、是非、書籍を手にとって見てください。

 

 

 

 

和嶋さんは、真面目に丁寧に作業に取り組んでいて、本気と真剣さがはじまってすぐに伝わってきた。「やってみたかったから〜」な好奇心じゃなく、とにかく丁寧に丁寧に塩を交えて大豆を潰す行為を文句一つ言わず集中してこなしている姿はシロートには見えませんでした。そりゃあ、このための企画だから当たり前かもしれないけど、分からない行為に戸惑ったり、日中外で畑仕事。疲れても来る。でも和嶋さんは、わからないことは質問し、どんどんのめりこんでいく。それと、こんなこと書くのは失礼かもだけど、相手(農園の人や周りのスタッ フ) に対して、いつも一歩謙って接していて、人としても見習わねばなぁ…と仕事の最中に何度も思ったことも書いておこうっと。

 


大豆をこねる回数を数えながら「もう少しかな」と作業している様子に、シャッター切るのを止めて見入ってしまった(←このこねる作業が一番大変 )。集中力、本当に途切れない方です。 レ コーディングもこんな感じでされているんだろうかというイメージも浮かぶ。この日に撮ったカット数、 2時間のライヴ1本分くらいありました。人間が本気で何かに没頭している表情ってライヴのマックスの瞬間と同じくらい引き込まれるし圧倒されるからついシャッターを切ってしまうのです。

 

 


この農場はビギナーでも誰でも参加できるけど、和嶋さんの作り方はシロートっ ぽくなくて、コツを熟知しているかのような手(指)さばき。それが写真から伝わるといいな。その味噌をつけていただくお野菜もこの畑から引っこ抜いてきたんだけど(これが本当に新鮮で美味しかった〜 )、和嶋さん、一人でどんどん興味ある(遠くの)畑にまで歩いて行き「これはなんですか?」と興味深く野菜の関する質問もしてました。晴天の畑で、自分が口にするものを自分で作るって、凄くピュアなんだなということも知れた、良い1日でした。

 

 

 

 

 

この日の被写体、和嶋さんが、物(曲)作りの人、つまりクリエイティヴな人、 しかも手を使った作業に長けている人だと確信したのは言うまでもなく。この時に作ったお味噌、そろそろ熟成されて食べ頃だと思うけど、完成したのだろうか? 興味津々。クリエイティヴな人がさらに物を作るってWでエネルギー投入な感じで凄い。きっと美味しいお味噌が出来上がったことだと思います。

 

 

 


和嶋さんがこの書籍の中で発言していた「スピリチュアルに興味がある」という言葉を借りるなら、青空の下で嬉々として作業する和嶋さんのいた畑と本気っぷりこそ、パワースポットのようにエネルギーを発しているように見えた。幸せそうだし新しいモノ(=味噌)が生まれたわけだから。私もやってみたいな〜とちょっとは思うけど、あの集中力は…ない。

 

自分の味噌は永遠に作れないな......(泣)

 

 

 

 

 

 

 



            

     ホーム・ビデオ上映会、無事に終わりました

2019.05.29 Wednesday


 

 

 

 

 

5月26日浅草で開催したラモーンズFCJの【The FILM& TALK show】無事に終了。来てくれた皆様、ありがとうございました。

は〜、無事に終わった。これが我が家的感想。毎晩VHSのビデオテープをデジタルにする作業をした日々でした。などと書いてはいるが、実は私は何もしていない(笑)。

 


ジョニー・ラモーンから送られてきたVHSビデオをビデオ・デッキへ。25年前のホーム・ビデオをセレクトしてデジタルに移行、という作業は旦那「様」大谷が全部やってくれました。それをチームKKKのショーカイ君が一つ一つ編集。トークの間に流れていた写真も音をつけてショーカイ君がスライド・ショーにしてくれたのであります。チームKKKのキクチくんはトーク時間を構成しアドバイス。会場の手配や注意事項を対応。撮影で忙しくて怠けていると「ユキさん」とケツを叩いてくる。

 


浅草のシアターはこの2人が使っていました。自分が応援したいバンド、ユーライア・ヒープの良さを知らすべくイベントのために。昭和のロック・ファンはアツい。ユーライア・ヒープは私も2010年10月と2016年1月にクラブチッタでライブ写真撮影しているから、写真を通じて知り合った。でもキクチ君は10代の頃『ラモーンズ・マニア』も購入していてロックンロールを知り、RFCJ(ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパン)にも入会。ラモーンズ・ファンのために「やるべきでは?」と私のケツを叩き実現に至った。でも、ああやって作業まで手伝ってくれる? こうして【The FILM&TALKshow】を開催することができたのだから、旦那とチームKKKには感謝しかない。

 


当日の東京は猛暑。岩手、山形、名古屋など、各地から浅草に駆けつけてくれたラモーンズFCの会員や一般のロック・ファンも一緒にHey Ho Let’s Goで上映会はスタート。今回は会員以外の一般のファンにも、ファン・クラブはこんな活動をしているというのをアピールしたいと常々思っていたので参加を呼びかけてみました。アンケート用紙(の回収率98%)全員が「満足」してくれたみたいなので良かったです。仮にお世辞で書かれてても今回は自己満足で完結する(笑) ここで決定事項を→アンコール上映は年内にやります !  

 

 

 

 

それにしても今回お借りしたシアターは隅田区役所の中。なのにシアター前が完全にチッタで開場待ちしてる客状態で最高でした。みんないろんなTシャツを着てきていて全部写真撮っとけば良かったなと後悔。あ〜、これ前にイベントやった時もそう思ったっけ。そんなに考えていなくても、「それ」を選んで着てきたのかもだけど、理由をいちいち聞くのも好き。

 

 

 

 

今回、夫婦でトークを初めてやらせていただいたけど、自分家(ち)のホーム・ビデオを人前で解説するのはちょっと緊張した。ホーム・ビデオなので、内輪のこっぱずかしいシーンも公開せねばならず...。本当はカットしたかった場面もあるけど「このままでいい」と大谷が残しました。編集長目線怖し。でもファンにはバカ受けしてたみたいで「会長のウキウキ・ステップが良かった」とアンケートに書かれてたので、受け手と作り手の見え方はそら、違うよなぁということを感じた。

 


私たちがここだと思う場面との捉え方が違うのも面白く、、、ビデオは大谷が、バンドに断りながら日本人だから遠慮しながら録画。当時は大きいビデオ・カメラを回してるわけで、今のスマホの動画とはわけが違う。Recボタンを押して回すのが目立つ時代だったから、途中でブチっと切れている場面がたくさんある。でも、この遠慮がちな距離感が関係性を作ったのかもしれないと言われ、なるほどなとは思った。映像からは1988年に知り合い、まだ数年しか経っていないRAMONESと私たちの距離感も見えたと思う。見たままだけではなく、ジョニーがリハの後に「オークションの話しをしている」ことに(あ、やっぱりジョニーだ)と確信できたりというファンも。やっぱり映像はまた違った何かが見えたらしい。

 

 

 

 

大谷は「伝えるべきことは(雑誌) DOLLとクロスビートの誌面で伝えたからトークはやらない」というポリシーがあったけど、今回ばかりはホーム・ビデオなので遂にトークに登場してもらいました。パンク・ファン、ロック・ファンには「おおお ! ! 」的逸話はまだまだある。

 

 

一般参加の中には「スティーブ・ベイターズが好きだからこのTシャツ」とアピールしてくれた人もいて会話も楽しく。いいね、自分の好きなものはアピールすべきです。L7のファンも来てくれた。私のブログや雑誌のインタビューを読んだりして、ラモーンズFCのイベントまで辿りついてくれたということだ。これはインターネットのボジティブな部分だね。ロック・ファンと話すのは大好きなので、あっという間に2時間半は終わった。シアターも綺麗に使ってもらい墨田区のスタッフからもお礼を言われ無事に終了しました。

 


RAMONESはレジェンドじゃない。(世間的にはレジェンドだが)。そうしたくなくてファン・クラブをやっています。何度も書いているけれど、90年代のジョニーは「日本のファンは何を望んでる?」かをとても知りたがった。だからファン・クラブをやれと言われたんだけど。そんなあの頃のRAMONESを私は伝えたい。ネットが教えてる2019年のレジェンド・バンド、ラモーンズじゃなく、もっと等身大の、会場や楽屋でずっと見てきたすぐそばのラモーンズを知らせたいです。あれがファンが知るべき本当のRAMONES。私がバンドから感じていた近さと徹底的にファンを大事にするそこ。日曜日、2019年の浅草でそれが少しでも伝わっていたら本望です。

 


浅草のシアターを片付けて打ち上げをやって外に出たらスカイツリーがUSAカラーのライトアップがまるでアートゥロ・ベガのライティングみたいでした。

 

 

 

 

追伸 : 今回サポートしてくれたショーカイ君の陶芸展が週末からあるので、興味ある方は是非@有楽町へ。

 

 

追伸その2 : 今回サポートしてくれたキクチ君からの強い要望で→「ユーライア・ヒープは来年デビュー50年」書いたぞ(笑)

 

 

 

 

 

 

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     ファン・クラブ・ワークに精進し(て)ます

2019.05.08 Wednesday

 

 

 

 

 

10連休のうち3日くらい休んでいるうちにまた歳をとった。が、友だち、現場で声をかけてくれたロック・ファンのみなさまありがとう。SNSって凄いな〜。個人情報が漏れている(笑) 歳のせいかもだが、家族や友だちのありがたみを昨今特に思うところありです。

 


さて。5月26日(日)に浅草で開催するラモーンズ・ファン・クラブ・プレゼンツ【The FILM & TALK show】の準備を着々と進めてます。勝手に『チームK.K.K』と物騒なネーミングをつけて手伝ってもらっている ”私のケツ叩きと提案係”のキクチ(K)君と、”すべての映像を編集してくれている上に、CJのインタビューまで翻訳してくれた”クー(K)君と、”そんな二人に甘えっぱなし”クロヤナギ(K)の『チームK.K.K』  大人のロック・ファンふたりが「ラモーンズ・ファン・クラブこそ、やるべきですよ」と浅草の素敵なシアターを紹介してくれて、会社がお休みの週末に企画会議も参加してくれた。ボランティアで。

 

 

 

↑ラストが強烈なインパクトを残すKKKがテーマのスパイク・リー作品。

ラモーンズ・ファンは見てもいいかも!

 

 

 

それにしてもアナウンスの翌日には全席が埋まってしまい「行きたかった」というメッセージもいただいた。8割くら位埋まるかなと思ってた。読みがあまいのだ。まずは一回やってみてからアンコール上映に行けるのか検討します。画のセレクトは、旦那(元CROSSBEAT大谷編集長)が担当。「未体験ファン向けにはこの場面」と編集長目線のこだわりでチョイス。私の頭の中は1990年代にタイム・スリップしてトーク・ネタを思い出してはメモっている。

 

 

前編・休憩・後編で上映し、貴重な映像の前後にトークを挟むけど、そのトークの間もスクリーンにはスナップ写真が流れます。だから「まばたきしてたら見逃すぜ」な内容。耳の穴もかっぽじって目を見開いて頑張るイベント(笑) 世界初の映像もある。だってホーム・ビデオだから。

 

 

 

 

HPのオンライン・ストアも新商品を制作中。Tシャツ、そしてラモーンズFCのピックを作った。このピックとモズライトのFILLMOREの遊佐社長が分けてくれた15枚(限定)で、ピック型チョーカーとピアスも制作中。こちらは枚数が少ないので、販売は会員限定になるかもだけどお楽しみに。

 

 

 

 

そして、5月10日に新作『The Holy Spell』をリリースするCJ ラモーンのニュースを昨日アップ。ポッド・キャスト・ラジオのインタビューで、引退をほのめかす言葉を口にしていて、1995年(ラモーンズの引退がアナウンスされた頃)がデジャブで蘇ってきている。でもまあね、ジョーイもジョニーもディー・ディーも、ラモーンズが終わって間もなく逝ってしまったから、CJには残りの人生好きなことして欲しい気持ちはある。

 

 

あるけどやっぱりライヴも見たい。でも年齢が近いからすごく分かる。マーキーだってもう60歳とっくに超えた。イチローも引退した。体が元気なうちに仕事以外の時間をもっと充実させたい気持ちはみんなあるよね。というわけでラモーンズ・ファンは、リアルな時間を過ごすなら、ここ何年かを大事にしてください。私も前にもアナウンスしたニューヨークへの聖地巡礼ツアーVol.2を遂行するつもり。体調管理と身体も、もっと鍛えねば。。。

 

 

↑この場所もまだある。もっと綺麗になってたけど。

 

 


そして今月から毎週月曜日にFCのニュース&ブログを書きます。こっちはヤーボ・ラモーンがブログ風に作ってくれた。書きたい。書くつもり。が嘘つきにならないように頑張ります。私のケツ叩くボランティアがもっと必要かも…(笑)

 

 

 

 

 

 

 



            

     ショーケンの『傷だらけの天使』に会ってきた

2019.04.15 Monday

 

 

 

 

 

ショーケンこと萩原健一さんが亡くなり、彼が主演の『傷だらけの天使』を久しぶりに見た。当時、ショーケンの渋さとキュートさにドキドキしてた自分。俳優になってから、独特の男の色気と立ち振る舞いは女性だけでなく男性も魅了してたと思う。私はテンプターズのカセットを聴いた時から声も好きで再放送を見てさらにファンになった。『傷だらけの天使』という番組は、イントロでショーケンが屋上にあったボロいアジトでトマトや缶のコンビーフを食べるシーンから始まるんだけど、あれはショーケンのアドリブ。だからあのシーンを見ると当時はなんだか演技じゃなくて素のショーケンを見ているみたいでワクワクした。

 


同世代のダンナも当時『傷だらけの天使』が好きで全作品見ていて、久しぶりに追悼放送を一緒に見ていた。イントロのシーンはずっとJRの御茶ノ水駅だと(なぜか)思ってて、オレンジ色の電車は丸ノ内線(赤い電車なのに…)だと思っていた。「これ御茶ノ水のビルだよね?」と言うと「代々木の駅前にまだ現存するビルだ」と言われ目から鱗。。。。このビルの前、しょっちゅう車で通過していたじゃん!?  あの頃の『太陽にほえろ』のオープニングは西新宿のビルだったりこの時代って、東京をシーンの最初に使うことが多かったんだねぇ。

 

 

 

 

 

代々木だとわかり、オリンピックで東京が壊される前に見ておきたくなり「行ってみよう ! ! 」とカメラを持って行ってきた。当時から古いビルの設定だったけど、今はもう本当に崩壊寸前の建物に。。。代々木会館という名称らしい。でも1階の居酒屋と3階の本屋さんはまだ営業していて中には入れました。ネットでググると目の前のビルからの絵もあったので、そのビルに登ってみると外の階段に出られてあのショーケンたちの住んでいた事務所の屋上を、なんとしっかり上から見ることができめちゃめちゃ感動。壊される前に見れて良かった〜(泣)

 

 

 

↑これがテレビのイントロ↑  

↓今日の屋上↓

 

 

たっぷり眺めた後は、せっかくだからとまだ営業している1階の居酒屋へ入ってみた。オーナーがショーケンのファンなのか、写真がいろいろ飾ってあって居心地はとても良かったです。しかもめちゃ安。『傷だらけの天使』のショーケン=修ちゃんが飲みに来そうな昭和なムード、価格も昭和のまんまで、写真のカレーライスはなんと380円 ! ! !  我が家のカレー的な味で美味しかったです〜。

 

 

 

 

 

 

 

10代の憧れを目の前で眺められる気持ちを実感し、ラモーンズ・ファンの聖地巡礼もこんな気分なんだろうと思った。集えるばしょがあるっていい。屋上を見られて本当に良かったし、とてもいい時間でした。ショーケン、R.I.P and Thank You!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     イチロー、ありがとう

2019.03.25 Monday

 


 

 

 

野球の神様、ありがとう。とまずは書かねば !

 


まさか試合の途中にスマホのニュースで「引退」を知ることになるとは思ってもいなかった。先週末、3月20日と21日、MLBの公式試合を東京ドームに観に行った。「あの時、イチローを見ておいて良かったね」とあとになって言うんだとばかり思ってた。でも目の前でイチローの引退を見ることができたのだ。

 

 

 


イチローはオリックス時代、シアトル、NYヤンキースといろんな場所で見てきた。マイアミは見られなかったけど、WBCも予選は球場で見ることができた。ずっと追いかけてきたのは、見るに値する選手だったからだ。天才と言われているけれど、天才に向かって究極の努力をしてきた選手だと思う。

 

 

 

 

渡米した頃はヒョロヒョロの身体、ストイックで不器用な発言、非常に日本人らしくて、エンジェルスの大谷と違い、最初はとてもメジャー・リーガーには見えなかった。生前、ジョニー(ラモーン)に、シーズン前「彼は通用すると思う?」と聞くと「あの身体を見るだけじゃ、どう考えても無理」と最初は言っていたが、しばらくするとベースボール=スラッガーという典型的MLB思考のジョニーに「あんな方法、今まで見たことがなかったから」と言わせた。こつこつと打って走る野球がじわじわとアメリカに浸透し始めた。イチローがアメリカに渡ったからだ。

 

 

 

 

3月21日、8回裏に交代の合図が出て、イチローは「わかった」というような表情で遂にグラウンドを去った。ベンチに戻るイチローに向け、拍手とチームメイトのハグでしばし試合は中断し、球場(観客)はお疲れ様と寂しさが混ざったようなムードになった。いや19時のニュース速報を見た瞬間から球場はどよめきが響いていたし(薄々、わかっていたとしても)、ついに最後が来てしまった…という寂しさと最後をかみしめるような雰囲気に包まれた。

 

 

イチローが打席に立つたびに観客も立ち上がり写真を撮るという見たことのない光景が繰り返されていた。私も20日はライト側の席を買い、21日は3塁側からバッターボックスを見て撮った。

 

 

 


試合は延長戦にもつれ込み、23時すぎに終わったけど、報道カメラマンがグラウンドから去らないので、観客もかなりの数残ってた。みんな最後のイチローの姿を一目見るまで帰りたくなかったのだ。「イチロー、イチロー」とずっとイチロー・コールを送り続けてて、あの日の野球ファンは本当に素晴らしかった。

 

 

みんな心からイチローの最後のユニフォーム姿を見たいと思っていたし、長いこと素晴らしいプレイで楽しませてもらったことに感謝をし拍手を送りたかったんだと思う。記録ももちろんだけど、本当に美しく素晴らしいバットコントロール・センス、レイザー・ビームと言われた肩の強さ、そして足の速さだった。45歳までプロとはこうゆうものだという姿をずっと見せてくれた。

 

 

 

 

23時30分頃イチローは登場しグラウンドを一周してくれた。まさかグラウンドを一周してくれるとは思ってもいなかった。ユニフォーム姿で「最後」をきちんと見せてくれて「これで終わり」と幕を閉じることができた。お客さんは涙を流している人がたくさんいた。私は頑張ってシャッターを切った。

 

ちょうど私の目の前でイチローは止まって両手を挙げたのでそれを捉えられた。30列目くらいの目の前だけど、こっちを向いた瞬間を捉えられたのも野球の神様のおかげかな。シアトルの選手たちもみんなスマホで最後の一周を撮っていた。いろいろ書きたいけど、キリがないのであとは野球友だちと話します(笑)。

 

 

 

 

MLB公式戦は、なかなか渡米できない自分にとって、延長戦に突入したことで、長い時間試合を見ていられてラッキーでした。試合内容に関しては、メジャーの初戦なのに「毎回フルカウントで投手戦に持っていけない試合ってどうなのよ?」と突っ込みながら観戦してたけどね…(苦笑)、でもMLBの公式戦は本当に楽しかった。

 

 

イチローに花道を作り、日本のファンに最後の勇姿を見せるチャンスをくれたMLBと球団の計らいのおかげで、こんな野球の風景と終わり方を初めて体験できた。野茂英雄や松井秀喜の最後をプレイヤーとして「引退する姿」を見れなかったから。27回目の結婚記念日まで特別な日になった。イチローはメジャー・リーグの概念を間違いなく変えたし、可能性は自分の努力次第ということも教えてくれたと思う。それはファンにも、世界中のプレイヤーに対しても。

 

 

 

 

アメリカの球場に行けば、イチローがいたからメジャー・ファンとしての日本人ファンの居場所もあったし交流もできた。アメリカのベースボール・ファンは「日本のプレイヤーが素晴らしいということは、日本のファンも熱心に違いない...俺たちみたいに」と日本人のファンを見てそう思ったと思う。どこの球場に行ってもすぐに野球のことで隣の席の人と話ができたから。チーム・ロゴのトレーナーを着ていれば、モーテルのランドリーで野球ファンのおじさんと野球の話が始まった。それは野茂や松井やイチローがメジャーで活躍してくれたからなのだ。

 

 

28年間本当に野球を楽しませてもらいました。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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     RAVEN4度目の来日裏話し

2019.03.19 Tuesday

 

 

 


RAVENの日本公演に行かれた皆様、お疲れ様でしたー!

 


100枚以上持参したパッチ、そして日本公演記念Tシャツも全て完売と、スタッフではないけど何だか嬉しい楽しい2日間でした。マーティが前々回同様、飛び入りした初日の1stから3rdまでりベスト・ヒット日はもちろん、2日目も「STAY HARD」や「ON and On」というレア曲が入る結局( ? ! )ベスト・ソングが並んだセトリに熱狂的なLunaticksも、初めてRAVENを見に来た若いファンも一緒に盛り上がり会場の一体感も最高で。ファンのことをLunaticksと呼ぶくらい熱心なファンが集まるライヴはまるでサッカーの応援のように独特なムード。インカム付けて走って歌うメタル・バンド他にいない。兄弟とはかれこれ1986年からの付き合いなのに、今さら知ったネタもあるので( ! ! )、もう1本RAVENについて書きます。

 


まずは初日のセトリ。ライヴ盤『スクリーミング・マーダー・デス・フロム・アバヴ〜ライヴ・イン・オールボー』で予習はしといたけど、実際に見たMIKE(Ds)加入の新生RAVENは、ライヴ盤以上に速かった。『Faster than the speed of light』なんてCDより速かったんじゃないの? ってくらい(笑)。

 


フロリダで毎年開催している70000tonのクルーズ・ショーのyou tubeを見ていたら、ジョン(61)とマーク(59)は、MIKE(『WIPED OUT』がリリースされた82年生まれ・としょっちゅう言われてた)の速さに、いよいよついていけないんじゃないかと心配になったけど、始まったら途中でMIKEがもたついてるようにも見えて…恐るべし兄弟。相変わらずハイパーなステージ。そしてファンもサッカーの応援みたいにファン大熱唱。アスレチック・ロックの真骨頂を、MIKEのRAVENで今観れた。プロモーターさんに感謝。

 


飛び入りマーティも笑顔で楽しそうに弾いていて、それも良かった。ジョンにファンレター書いたくらいのファンだったからね。でも何故ベーシストにファンレター? 今度聞いてみよう。そんなマーティの弾いたのが『Wiped Out』だったのもマニアっぽい。MIKEも「兄弟とプレイするのは楽しい」と言ってたけど、このバンド究極の自由奔放セッション・バンド、予定調和無しのパフォーマンスを繰り広げるから、ミュージシャンは兄弟と演奏することは楽しいんじゃないかな?  と思った。セトリのアンコールはCrush, Bang, WallopとSeek & Destroyともう一曲あったかも… (忘れた・汗)

 

 

インカムを付けて歌いながら走り、指でベースを弾くジョンの声も今回、特にすごかった。「歳をとると声帯って狭くなるんじゃないの?」と聞いたら、ヨガの呼吸法か何かを取り入れて声帯の特訓しているそう。納得。しかし特訓したら走ってても歌える?  私ならゼイゼイ言ってそう(笑)。ベース・ソロも凄かった。指で難しいことやってたけど説明できません…(泣)。ベーマガ取材してください。

 


RAVENはリハーサルで曲は殆どやらない。音の微調整に1時間以上かけるけど、それでせいぜい1曲やったか、やらないか。3/14のセトリでは新曲を含む5曲が、これまでの来日公演で初めてプレイした曲。ライブ後に話していたら、その5曲のタイトルをマークが全部言ったのでめちゃ驚きました。過去3回のセトリを覚えているってこと。そのマーク、10年前は大怪我で車椅子の生活だったのによくぞここまで復活したなぁ。今も足にはボルトが入っていてこの後また手術するらしい。

 

 

 


2日目のセトリ。2日目は1stから3rd以外のベスト・ヒットの日(だっけ?)とアナウンスしていたと思うけど、セトリの内容はほとんど変わっていませんでした。

 

 

ジョンの手です↑

 

 

「STAY HARD」と「On and On」という日本では私がBURRN!にいた85年頃、ワーナー(アトランティック)からメジャー・デビューしたアルバムからの曲とカバー曲が追加。80年代に、ツバキハウスで遊んでいたファンは、前3作と名盤『LIVE AT THE INFERNO』を聴き込んでいたかもしれないけれど、当時の中高生にはこのワーナーの作品がRAVENを知るきっかけになったはず。だからアメリカでブーイングを浴びた作品と言われてたけど、思い入れの強いファンが多い。それに作品としては決して悪い内容ではないからね。2日目の公演後、私のアカウントにメッセージや「聴けて嬉しい」といったコメントもドサドサ届きました。そんなわけで、RAVENを85年以降に知ったファンは、2日目は後期の曲を期待したと思うけど、次回に期待しましょう。私もリクエストを紙に書いてどっさり渡しました。『MAD』や『Life’s A Bitch』『Nothing like〜』などなどから。

 

 

このリクエスト・リスト、マークは「いい選曲」と言っていたし「俺もこの曲好き」と、プレイしたがっていたけど、MIKEと一度もプレイしたことのない曲はカットされた模様です…(多分)。リハ後に楽屋を覗くと、別の曲名が書かれたセトリがあったので「今日やるセトリ?」と聞くと「いや、まだ完成してない」と言っていた。けど...出来なかったのかな。兄弟はフロリダ、MIKEはLA在住で簡単にリハーサルはできないのです。今年は(新作のために)3人でスタジオに入るみたいなので今後に期待したい。まあ「いつまでもあると思うな来日公演」だと思っているので、ついつい、あれこれ期待しちゃうんだよねぇ。

 

 

2日目の公演が終わって楽屋に入るとジョンは開口一番「今日のセトリどうだった?」と聞いてきたので「悪くはないが、私のベストではない」と答えちゃいました。

 

 

そういえば、リリースから30年目にして知った事実。『Nothing Exceed like Ecsess』のカバーで埋められているおっさんは誰かというと、「当時のマネージャー」とファンの間で言われてて、私もそんな風にどっかに書いた気がするんだけど…当時のマネージメントはMEGAFORCE=社長はジョニーZ(ジョニー・ジー)。だから彼だとばかり思っていたら「あのモデルになっているのは、ジョニーZのアシスタントでRAVENを担当していたトニー」だそうです…OMG。ジョニーZは「今もRAVENを気にかけてくれている」そう。

 

 

ライヴの翌日はオフだったので、新宿をハングアラウンドし日本にはまだ存在するレコード屋(CD屋)巡りと楽器屋に行きました。楽器屋は飽きないみたいで、毎回楽器屋には必ず行くので次回があるなら御茶ノ水の楽器屋街に連れていきたい。ジョンはあれこれ弾いていて、その間テレキャスにしか興味のないマークは「このフロア、ベースしかないからつまんないな」(笑)。

 

 

ビルのフロアごとに楽器の階、エフェクターの階と分かれていて、エレベーターで上がったり下がったりするんだが、それがニューヨークの42ndあたりの楽器屋街を見て回ったことに似ていて(LAだと路面店になるから)、「ニューヨークみたいだな」と兄弟で懐かしそうに話してました。「ビッグ・シティは嫌いじゃないよ。来日してもすぐ帰るだけだから歩いてみたい」と新宿を歩けたことには満足していたみたいです。そういえば、私の書籍「メタル現場主義の2冊目を早く書け」と言われ「どうして次に行かないのか?」 とケツを叩かれました。手を抜かないというか前に進むバンドだなと思った。

 

 

 

 

 

おまけ。彼らはイギリス人だからこれまでは紅茶を飲んでいたけれど、さすがにアメリカ生活が長いせいか珈琲になっていました。歩きながら伊勢丹の前を通過した時に「ここはデパート?」そう「日本のMACYS」といった具合にニューヨークにあるもので説明できるので、86年にニューヨークのソーホーを一緒に歩いた時のことを思い出したりして楽しかったです。で。その伊勢丹の前のマルイの7階のスタバに行ったけど土曜日なのでものすごい行列。当然満席。

 

 

それでふと通路を見ると8階は屋上と書いてあり、しかも英国式庭園という名前。それでスタバで珈琲をテイクアウトして「上に英国式の庭園があるからそこに行ってみない?」というと二人ともキョトンとした顔をして「上?  庭園? どうゆう意味?」 ニューヨークのビルの屋上には庭園はないから想像もできなかったみたいだけど、そこに行くと人もまばらで小さい英国式の庭園があって驚いた顔をしてました。でも「excellent...こんなところに...」とちょっと懐かしそうな表情をした時はイギリス人に見えました。

 

 

 

RAVENをデパートの屋上に連れてっちゃった(笑)。というおまけネタでした。ライヴ・レポはYGウェブ・サイトに載るみたいなのでチェックしてください。今回撮影した写真はプロモーターさんのサイト(15日)、BURRN! (14日)、にも掲載されます。お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

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    RAVEN来日アーカイブ思い出と裏話 : 1995〜2015

2019.03.07 Thursday

 

 

 

 

 

 

4度目の来日公演目前のRAVENネタをもう1本。その前に3度目の来日公演の時に、RAVENの記事を10回に渡りSPIRITUAL BEASTのサイトで連載したけど、それもまだ生きているようなのでご覧になっていない方はこちらもどうぞ

 

 

 

1995年 : 初来日は今から24年前のチッタ。ラモーンズも解散をアナウンスをした慌ただしい年に必ずRAVENのネタが降ってくるというのが私の人生。RAVENはアルバム『GLOW』をZEROコーポレーションからリリースしたけど、正直元気が無く、らしくない作品になった。その理由を現在、発売中のライヴ盤のライナーでB! 奥野クンが明かしている。「喉の不調で声が出せなくなった」ことが原因と。

 

それでも『GLOW』リリースから初来日に繋がったのは元 B!編集長とZEROコーポレーションの関係者の皆さんが来日に向けてあれこれプッシュしたことも影響したと思う。もしかするとこれは最初で最期かと当時は思えたが、そんな時に来日公演が決まっちゃうのもこのバンドの持つしぶとさなのかもしれない。そしてこの初来日公演もそのこと(声の問題)を記録したライヴ盤として残った。セトリは載せないのでライヴ盤で。

 

 

 


初来日はライヴも見たいが撮りたいしで大変だったけど、意味ある公演を撮れた。この後日本に滞在してスタジオに入りライヴ盤のミックスをしてバンドは帰国。こう書きながら何だか余裕のある時代だなと思う。スタジオではフィルム写真のセレクトをメンバーとした。86年にニューヨークでジョンと初めて会い、私が写真の修行でニューヨークにいる間も会ってはいたが、10年後に東京のスタジオでライヴ写真のセレクトをしているとはね。仕事になったことも感慨深い。とにかく初来日で一歩進んだ。

 

 

 

 

2009年 : 2度目の来日公演まで14年もかかるとは思ってもいなかった。マークが2000年にヘリで運ばれるほどの大事故に合い車椅子生活になってしまったことも影響した。でも2000年半ばから海外にライヴを見に行ったファンのレポートからは徐々に復活していく様子は伝わってきた。車椅子→松葉杖→棒立ちだけど、ステージに立てる→ステージでスライディングした。と。そして2度目の来日が実現。

 

東京は渋谷O-EAST。キングレコードからリリースした『Walk Through Fire』は日本発信で海外でのリリースも決まりだしバンドに少しでもLuckが訪れたと思え本当に良かった。O-EASTのライヴは撮るのも見るのもようやく余裕が出来てやっと曲やライヴを撮りながらでも普通にを味わえた気がする。O-EASTの楽屋や撮影をするスペース(が上の階に)あり、そこで談笑しながら円山町の景色を眺めていた。今回の公演初日でも飛び入りするマーティ(フリードマン)を、2009年にメンバーに紹介したのが最初。この頃はメタル・ファンがマーティとRAVENがなぜ繋がっているのかを知らず驚いていた。RAVENと私とマーティの関係は書籍『メタル現場主義』に書いたのでここでは割愛。

 

 

 


2015年 :  6年振り3度目の公演。NWOBHMをプッシュするスピリチュアルビーストから『Extermination
』をリリース。コンスタントに来日も決まった。もうクローズしてしまった原宿のアストロホールというステージ面積の小さい小屋だったので、天井やその辺の機材を壊しそうでリハーサルの時からヒヤヒヤ。バンドはどうせおかまい無しなんだろうけど。と言えるほどマークがマークらしいパフォーマンスをできるようになっていたということ。

 

 

2009年のO-EASTの時のリハでは実はまだほとんど定位置から動けなかったのだ。このバンドの歴史は不運続きだけど、ステージに立てればそれでいいというメンタリティと情熱だけをもしかしたら一番感じた公演がアストロホールだったかもしれない。客観的に過去3回の来日公演のことを振り返ると、ジョー・ハッセルバンダーの存在がファンの好みを左右したし作品とも比例していたが、この原宿の公演は日本で見ることのできたRAVENの公演の中でもとても彼ららしいショウだったと思う。もちろん初来日の感動は越せないけれど、コンパクトながらアスレチック・ロックの真骨頂を見せてくれたと思う。

 

 

 


そして2019年3月14&15日。いよいよ来週。ドラマーにMike Hellerを迎えての新しいRAVENを拝める。グループ・ショットもライブ撮影もこんなに長く撮っているバンドはいないかも。ジョンは今、声(喉)のためにヨガからの声帯を維持するトレーニングを取り入れたそうで納得。久しぶりにテレキャスのザクザクにエキサイトしたい ! !  


すべての写真の無断転載禁止 / All Photos©yuki kuroyanagi.

 

RAVEN関連のブログはここにも書いてます

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     渡米計画スタート : THE WHO

2019.03.01 Friday

 

 

 


久しぶりにアメリカを走ることにした。ランニングではなくもちろん車。
「爆走ライディング」好きだし、MLB観戦とアメリカの国立公園巡りも好きなので、30代で遅い免許を取ったのもメジャーの延長戦を見のがさないためという現実的な理由。旦那ともラスベガス周辺の4州は巡ったりしてきた。今回は女友だちと気ままにモーテルを泊まり歩き(アメリカの)温泉に入ったりする旅。

 

 

 


旅は目的や嗜好や価値観が同じ相手と行くのが正解。ラモーンズ・ファンと行った聖地巡礼ツアーもそうだし、ナバホのエリアが好きなので、そこに対しての興味や価値観も同じ相手と行く旅は感動もシェアできる。今回の本当の目的はTHE WHOのUSA TOURだ。チケットもゲットしフライトもマイレージで確保。これで仕事に張り合いも出る。

 

 

 


日本で待っているだけじゃ自分の好きなバンドを見逃すことを知り、海外に目を向けたのは20代の時1980年代。自分の好きなバンドは見事に日本に来なかった。

 

 

1989年に『Tommy』を再現するショーがアナウンスされ迷わず決めた。キース・ムーンが死んじゃった時、行動を起こせば見られたのに見れなかったことに後悔した。あのドラミングを生で見ていたら (My Generation live 1967) 人生感、ロック感、間違いなく変わっていたはず。狂ってていいんだ、と(笑)。

 

 

 

 

Tommy』は私にとって無人島に持って行く一枚なので即決。円柱のロイヤル・アルバート・ホールもあの映画にぴったりで、出発前日に足を縫う怪我をして靴を履けなくなったから、ゴジラのスリッパを履いて飛行機に乗りロンドンに降り立った(実話)。その時のゲストはこんな感じ。こんなの絶対1980年代の日本で見られるわけがなかった。エルトンジョンはもちろんピンボールのエルトンで登場(号泣)。Steve Winwood (Eyesight To The Blind), Patti Labelle (The Acid Queen), Billy Idol (Cousin Kevin), Phil Collins (Uncle Ernie) and Elton John (Pinball Wizard). このライヴは1989年の10月だったから、ちょうど30年後の今年、私はまたTHE WHOをアメリカのハリウッド・ボウルで観ることになる。

 

 

そしてTHE WHOを2本見たらアメリカを走ります。 あれもしたい、これもしたい、あれも食べたい、あれも買いたい。欲張り欲求を満たすためにGWもスルーしてとにかく働くぞ。頑張ろう自分 !

 

 

 

 

Life's Gas, Life is short by joey ramone.

ジョーイの包み込むような声が素敵なこの曲をテーマにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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