高知で知る東京の「あたりまえ」

2019.01.09 Wednesday

 

 

 

 

 


タイトルに一貫性を持たせようと思ったけど、あまりにつまらないタイトルつけちゃったので変更。高知の旅ブログの最終回。

 

 

 


山と海に囲まれた高知はネイチャー好き、国立公園好き、それと坂本龍馬のファンは大満足の県です。あ、あとカツオのたたきが好きな人も! 私は魚よりお肉が好きだけど、身体と脳のために魚も頑張って食べている感じで…正直、食べなくてもいいなら高級なマグロのお刺身も特に食べたくない。でもね〜カツオのたたき(塩)がこんなに美味しいなんて ! ! あれはお魚のステーキ。柔らかくて臭みも全くなくて、何切れでも食べれちゃう。柚子をかけたらさらに美味しくて。ポン酢よりお塩。死ぬ前に美味しいカツオを知ることができて良かった〜(笑)

 

 

 

そして坂本龍馬のいる桂浜は冬なのに爽やかで素敵でした。坂本龍馬のファンの人はここで読書なんてしたらいいのでは?

 

 

 

 

 

前回のブログに書いた、ガソリン・スタンドの価格の不思議を書こうと思う。東京の感覚だとセルフのスタンドは自分でやらなきゃいけないから価格が安い。ぞうきんが置いてあるから窓も「自分で拭け」ってことになる。店員さんがいるスタンドはガソリンを入れてくれて待っている間に「ゴミありますか?」と聞きに来る店もあるし、窓も拭いてくれたりする。このサービスの差が価格の差でもあると思っていた。その行為によって次もまたここでガソリン入れよ〜になるわけで。ちなみに高速のSAの価格の差はガソリンを高速で運ぶ代金も加算されているので高いという理屈。ここにソースあり→ガソリンスタンドの価格競争

 

 

 

 

 


高知は東から西に300キロくらい走ったけど、セルフも店員がいる店も価格は同じ。県内にガソリンを運んでから、市内は価格競争をすればいいのに何故しないのかすごく気になった。レギュラーはどこも155円。だからなのか? 店員のいる店もサービスはしない。これすごく不思議だった。何か県のルールがあるの?

 


同様にコンビニもサービスはなかった。お箸もお手拭きも「ください」と言わないとつかない。10km走ると登場するコンビには黙ってても人が来るからだろう。東京では外国人の店員に「オハシ ”何枚” ?」と聞かれて(ああ…私がソウルでバイトしたらこうなるなぁ・汗) と思って最近のコンビニはダメだと思ってた。でも日本語が流暢ではないことを除けば、対応はされていたということになる。そんなことを高知で知ったけど、ガソリン・スタンドのルールはわからない。誰か教えて。

 

 

書きたいポイントは、東京では気がつかなかったことに気がついたと言うこと。高知から帰ってきて商店街を歩きながら八百屋のおばちゃんに「今日はトマトが安いよ〜」と大声で呼び止められることも当たり前だと思っていたけど、あの声もサービスだよなとおもう。

 


たった48時間の滞在、300km車を走らせただけだったけど、いろんな景色や環境が見えた旅。中野にはない津波から逃げる防波堤は市内が終わる頃の場所にあったのは全部、錆びついていた。でも市内を過ぎると新しい防波堤が短い間隔で建てられていた。

 

 

 

それを見て、地図の途中で途切れた(緑色の)高速道路に納得。高速道路を作るための予算は新しい防波堤の方に使っちゃったんだな、と。ここだけ高速が途切れている。次に行った時は街のあちこちで見た「高速道路のある街に!」と書かれたスローガンの旗の存在が消えているといい。できれば下の空港にも高速が伸びていると最高です。

 

 

 


高知は、美味しすぎるかつおの塩たたきと、秘密の大自然と、東京の”あたりまえ”をお知えてくれた旅でした。

サンキュー高知♡ 次は四万十と四国カルストを走ってみたい↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     初めての高知ドライブ・中

2019.01.08 Tuesday

 


↑中(なかではなく中編という意味…)

 

 

 

 

 

 

南国高知は本当に暖かくてコートやマフラーは不要でした。阪神がキャンプ地にしている安芸(あき)を通過すると立派な球場が見えた。スカイラインを走る途中で見つけた(普通の)球場も↑プロが使うのか、高校野球で使うのか、観客席も沢山ある立派な球場に遭遇。手動のスコアボードがいい味出している。浦和の球場より全然立派...泣。

 

 

 

 

お遍路さんのホテルだからと期待していなかったら、朝ごはんが健康的な和食でめっちゃ美味しかった。朝の室戸岬へ出発。宿泊したホテルからは車で15分ほどで到着。海の波で打ち付けられてできた巨大な岩が集まっているエリアへ。遊歩道があるので歩きやすかったけど、台風か強風かで途中で道が壊されていた。海水と風に削られた自然の芸術(岩)はアメリカのブライスキャニオン(ユタ州)やアンテロープ・キャニオン(アリゾナ)と同じ構造で出来上がる自然の芸術。そろそろアメリカを走りたい。メジャーの球場も行きたいなぁ。。。

 

 

強風と波でこんなになっちゃうのね。。。

 

 

 

そしてガイド本に載っていた洞窟にも行った。潜ったりよじ登ったりするのが好きな我ら。昨年の今頃はレッドロック・キャニオン(ネバダ)にいた。

 

 

ガイド本に載っていた洞窟はまあまあ。テキサスのカールズバッドや秩父の鍾乳洞を見ている私たちには「普通」。これは高知のがダメというのわけではなく、観光ポイントのセレクトが今いちなのですよ。ガイド本て。いつも思うけど地方の観光地には、もっといい場所が沢山ある。でもいつもありきたりの方が載っているんだよね。観光課との癒着でもあるのか...? 

 

 

今回それで見つけたのはここ「伊尾木洞」どうしてここをもっとアピールしないのかなぁ。本当に神秘的な洞窟でした。写真には大きさがわかるように人物も入れて。沢は奥へ奥へと続くけど、17時に高知城で韓国語の先生だったミレちゃんと待ち合わせをしたので、切り上げて北上しました。

 

 

 

 

そして高知城はチームラボが高知城をデジタルアートで包むイベントをやっていることを知って一年ぶりの待ち合わせは高知城で。お城の外堀に投影したプロジェクション・マッピングがとても幻想的で美しくかっこよかった。ミレちゃんはお母さんになってて可愛い赤ちゃんと一緒に久しぶりの対面。飛行機に乗れば高知は遠くない。でも近くもない。気軽にファミレスでお茶しながら勉強できていた頃のありがたみを今さら知る。でも慣れない土地で一人頑張るミレちゃんと一年ぶりに会えて嬉しかった。そしてまた韓国語を頑張らねばと心に誓うのでした。。。(汗)

 

 

可愛いレイちゃん

 

 

ところで高知のガソリン・スタンドの値段はハイオク165円・レギュラー155円とめちゃ高い。これは山に挟まれた高知には陸路でガソリンが来るのに経費がかかるからだけど、ガソリン・スタンドは人が対応してくれるスタンドもセルフも全部均一価格。固定価格だった。なんで? 続く。。。

 

 

 

お遍路さん、お疲れ様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     初めての高知ドライヴ・前

2019.01.07 Monday


 

 

 


2019年もどうぞ宜しくお願いします。

ブログを書く習慣を復活させるべく、なかなかエンジンがかからない1月7日に頑張ってスタートしてみました。  

 


お正月は毎年インターネットをオフにする。これをやるとめちゃくちゃ開放感を味わう。ってことは多分SNSは義務なのかとも思う。結構楽しく、くだらない食べ物の写真とかを投稿しているくせに(笑)。ネットをオフにして現実を楽しむリア充だと、何のためにご飯を食べる前にいちいち写真を撮ってるんだろう自分...と思うようになる。大事なコミュニケーション・ツールだけど、今年は整理したいと新幹線の中で考えた。

 


今年は旦那の実家・愛知県に帰省後、初めての高知を満喫してきました。四国は仕事と高校野球で有名だった池田高校を見に何度か行ったことはあるけど高知は初めて。私に韓国語を教えてくれていた先生ミレちゃん夫婦と夏に生まれた赤ちゃんに会いたかったし、アメリカの国立公園が好きなので、友だちにも会えて大自然を満喫しながらドライブもできる暖かい高知はとても良かったです。

 

 

 

高知へは新幹線を使って名古屋から岡山へ向かい、岡山から瀬戸内を走る南風号という「汽車」で向かった。アンパンマンだらけのアンパンマン号。子供にはいいね。「ガタン、ゴトン」という音で走ります。のどか〜。瀬戸内海は美しかった。岡山出身の高円寺VAMPのなおちゃんに教えてもらったお弁当「タコ飯」をゲットして車内へ。東京では出会えないタコの味かも。甘く煮てあって柔らかくて美味しかった。高知まで旦那の実家、名古屋から4時間半で高知到着ならそう遠くない気がする。

 

 

 

 

 

レンタカーはTOYOTAのヴィッツを借りて向かったのはまず室戸岬。昼過ぎに到着し17:10予定のサンセットを見にドライブ。市内を15分も走ると中野には絶対にない建物を発見。「駐車場? じゃないよねぇ」と運転しているうちに気がついた。道路標識に「ここは海抜んメートル」の文字が繰り返しででくるようになったから。津波の時の避難台?だ。高知は暖かくてコートは不要なのがいいね。海岸沿いを気持ちよくドライブ。

 

 

 

 

 

走ること30分もするともう一つビックリする景色に遭遇。道沿いに並ぶお墓、お墓、お墓。南無〜〜。「なんちゃらお花街道」みたいな道があるそこと並行してお墓街道がちょいちょい出でくるのである。東京から来た自分には不思議でシュールな絵に見えました。なんというかお墓がポピュラーで見せるためのものになっている?  高知の人に言わせるとこれは日常の風景らしい。お遍路さんの街だからなのだろうか。そんな景色を観察しながら無事に室戸岬のサンセットを見て宿へ。

 

 

こんな風景がバンバン登場する。お墓がオブジェ的に見えてくる...

 

車社会だからなのか風景がアメリカの郊外風。TACO BELLの看板があったらネバダ州。w

 

 

 

アメリカの国立公園や大リーグの球場めぐりが好きなので、ドライブ旅は大自然の見どころを調べていくんだけど、日本の観光ガイド本に載っている場所って、今いちなとこも多い。むしろ運転中に道路に登場する見落としそうな看板の場所の方がよっぽどダイナミックに素晴らしかったりする。山口県を運転した時もそうだった。ネットにもガイド本にも引っかからない公園は雲海が出ていて天国のようだった。だから「ここはなんだろう?」という場所を(旦那が)調べて、そこに行ってみることにした。続く。。。(今年から短編で行く。笑)

 

 

電話中のお遍路さん。お疲れ様です。

 

 

 

 

 

 

 

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     ラモーンズ・ファン・クラブの会員のみんなへ

2018.12.31 Monday

 

 

 


今年もお世話になりました。

 

昨年のCJ RAMONEツアーのレポートも遂に書き終えました。遅くてごめん。2017年11月の日本公演のレポート8本立て。お正月に読んでください。Vol.1からVol.8までつたない文章だけど。けどやっぱりツアーは楽しかったな〜。

 

 

 

2019年にラモーン関係の来日の予定は今のところ無いです。そして2020年のオリンピック・イヤーにCJはどうなっているか、だけど、新譜のリリースやラモーンズで何かが起こっていれば来日もあるかも。でも、ない場合は2021年にいきます。飛行機に乗って。可能なら別々なんだろうけど、マーキーとCJと両方みたい(笑)。とにかく健康管理と貯金です。

 


と書いてる自分、今年は入院しその後、検査やら何やらで完治まで2ヶ月を費やしてるうちに春が来てしまって出遅れた。多分、燃費もオイルも悪くなっていたので自分のメンテナンスに徹底した一年でした。ファン・クラブはCJの来日レポートのVol.8に書いたけど、CJと良好な関係が保てている以上、まだ頑張ります。でも環境は思わぬところで変化していくので、やれる時にやらないとだね。スタッフは今は私以外で稼働できるのは2人。しかもみんな親の介護や転職で大変。ファンクラブをスタートした時には予想もしていない理由で人手不足に拍車がかかっている。東京のコンビニみたいに外国人のラモーンズ・ファン(いるのか?)を雇いたいくらいです。。。

 


ところで、おとといの深夜にこんなネタが飛び込んできた。仮面ライダーのロケ地の研究家で時々変身もしているパンクなデザイナー、PEEL&LIFTのデザイナー細谷さんが教えてくれたんだけど…ジョーイが仮面ライダーの等身大の人形と同じポーズをしている写真てみたことある?⬇︎

 

 

 

私は何回か見たことがあったけど、何となくずっと80年の来日時の原宿だと思ってた。これどこで撮られたものか知ってる? 日本のどこかだろうって思うよね。でも実はこれLAらしい。細谷氏曰く、LAのダウンタウンにある「仮面ライダーは、リトル東京の道にあったものじゃない?」と。この仮面ライダーの人形が写っている動画を発見した! というわけでこれを見よ!!! 

 

 

奥にいるのが仮面ライダー。そして立っているドアはリトル東京の街のドア。そういえば、日本の道にこんな風に少し引っ込んでいるところってあんまりないよね。一枚の写真がまたまた広がった。面白い。さすが!!  細谷さんありがと〜! 

そしたら昨日、マーキーがインスタにDEE DEEの写真あげてたんだけど、これ日本のタクシーっぽく見えない?  で窓の向こうには英語でTokyoっていう文字が見えている。これもリトル東京かな?  外国の日本に見える。。。という偶然同じトピックで写真が登場してたのでした。

 

 


2019年はイベントも組みたいと思っているし、革ジャンのチェーン・ホルダーみたいな独自の商品も考案中なので頑張ります。3月に予定していたフィルム・コンサートは諸事情により(私の仕事の都合)で春以降に延期。オンラインストアはコラボをやってみたいというアイデアがあった積極的にアプローチしてください。まずは企画から何かやってみましょう。あ、でもイーグル・ロゴはロイヤリティ高すぎて使えないからね〜悪しからず。

 

 

 

今ある企画、語ろう会やダイレクト・メッセージは一旦保留させてください。企画は失敗しました。ダイレクト・メールは読んでいるし、送ってくれるのはOKです。でも返事を書く時間がないのでそこはご理解を。なんかまるでワンマン社長の経営が破綻していくのを見ているようである...(笑)。計画的にやらないとね。SNSも整理整頓したい。そんなわけで今ある企画は会長の都合で12月31日で一旦終了。でも『語ろう会』はめっちゃ面白いので、整理整頓したらまたアナウンスします。

 


最後にみなさま良いお年を。そしてこれは中止にしませんよ→【聖地巡礼ツアーvol.2】2021年に決行します。最後にそんなこんなで反省の多い2018年の活動だったけど、2019年は頑張ります。

 

 

 

 

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     2021年ニューヨークの旅

2018.11.14 Wednesday

 

 

 

 

 

 

 

ずっとあれこれ考えていたけど決めました。もう一度だけ、聖地巡礼ツアーをやろうと思ってます。

 


ラモーンズ・ファン・クラブの会員限定でニューヨークに行きます。と書いても、人数が10人集まらなかったら中止なんだけど(笑)。2016年の時同様、参加者1人のためにが私がついていくことは出来ないから集まったらの話です。

 


2016年の9月に、奇跡の連続、聖地巡礼ツアーを遂行したけれど、体が動くうちに、病気になったりする前に、そして煉瓦の壁やアベニュー100-Bがマンハッタンにあるうちにまた行きたいと思ってました。まずは、自分が行きたいと思わなきゃこうゆうことは始まらない。向かうエネルギーが無いならやらない方がいい。エンタメと一緒です。自分が楽しいと思わなきゃつまらない。あの壁を白く塗ってしまうんだから、いつ取り壊されてもおかしくないけど、今のところはまだある。東京の聖地巡礼をやってみて、もうダメだなと感じた。あまりにも無くなってしまってて(泣) 物も人間も全部消えるので、その前に。ま、要するに自分がまだ行っていない場所で行きたいところがあるということ。

 


ラモーンズが練習していたリハーサル・スタジオ↓。ツアーの前日にはここで軽く3人でリハしてから出発していた。ここはまだある。それからRAMONES WAYというクイーンズの学校の前の道。歌詞に登場するAvenue 100-Bとか徹底的に歌詞をリアルに体験したい。だから今回はニューヨークだけにしようと思う。LAのお墓や映画ロックンロール・ハイスクールの現場も、もちろんファン同士で行った方が楽しいに決まってるんだけど、建物やお墓はあるから、なんとかなると思う。けど、ニューヨークは指さし観光していくのがベストだと思うから。2016年とは半分くらい内容は変わると思うけど、ラモーンズ・ファンなら楽しめると思う。

 

 

 

 

前回のように毎日、軍隊レベルで歩かなくて済むように(笑)、時間をとって、ちゃんとランチもゆっくりしてじっくりと。そのためには1都市だけの方がいいだろうと思って。私が考えているのは、2021年。オリンピックの翌年だけど、もしCJが最後のアナウンスを出したらそこに合わせようとは思う。日本公演もおそらくあと1回はファイナルツアーであると思うし(呼んでもらえればだけど)、そのタイミング、自分は50代最後、アメリカに行きたいモチベーションとエネルギーはまだ全然ある、こうゆう時に行こうと思う。ライヴは1〜2本はつけたいので、タイミングはまだわからない。でもやりたい意思はあります。と、かなり勝手に書いてはいるけど、2016年の巡礼ツアーの決意表明もこんな感じでやったので、同じです(笑)

 


早めにアナウンスしておかないと、計画も立てられないと思うので、行きたいなぁと思う人はお金を貯める計画を自分で考えてみてください。どんな感じになるのかは、もう、一回やっているので、私の本『Thank you RAMONES』やここを見て参考にしてください。軍隊じゃなくて団体行動なので、ある程度ルールを守れない人はお断りします。それから14歳以下は保護者同伴でないとアメリカの法律上無理です。などなど具体的なことは本当に近くなったらまたアナウンスします。でもやるって決めたら99%やる性格なので、元気だったらやります。でも、ポリープ出来ただので入院したり、いつポンコツが発令されるかわからない。致命的なのはないけど、さっさとやりたいことはやっときたい。せっかちなので(笑)

 


よろしくお願いします。そして、今デザインと校正に入っている昨年のCJのレポートは書いてるので、今日か、明日か週末にアナウンスできるはず。もう私以外の人の手に渡っているからご安心を〜(笑)  最後に年明け、3月にフィルムコンサートというこれまたアナログなイベントをまず計画中。でも未公開映像を押入れから提供します。このアナウンスもお楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

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     我が家のニューカマー、黒電話

2018.11.13 Tuesday

 

 

 

 

最近のブログは映画のことしか書いていないので、今日はあえてフツーのくだらないことを書いてみようと思います。「ラモーンズのこと書けよ」という人、誠に申し訳ありませんが「退室」でお願いします。w 今HPの方書いてるから出来上がったら書くよーー。

 


黒電話を衝動買いしました(笑)

 

 

 

 

仕事のあと、夜ご飯を食べて駐車場に戻る途中にあるリサイクル屋に置いてあった。それがパッと目に入ってしまったのだ。店長さんが「普通に使えるよ」というので買ってしまった。早速、今の家電を外して繋いだら、凄いでっかい音で「ヂリヂリリリリリ〜ン」と鳴ってなぜか夫婦で腹抱えて爆笑( ! ? ) 

 

 

指でダイアル回したの何年ぶりだ?  めちゃめちゃ面白い。私の記憶では1985年にB.スプリングスティーンのチケットを取ろうと、朝から電話して夕方にやっと繋がったら完売してた記憶があるので、あれ以来。なんでそんなピンポイントを覚えているかというと、ダイヤルを回しすぎてグラグラになってとれちゃったからよ。w

 


黒電話で電話をかけると番号を指で回すから、スマホの0、9、0がめっちゃ時間かかるわけ。でも久しぶりにその行為をすると、数字(電話番号)を指で選ぶ→待つ→次の数字をまた回す。と1回1回確認しながらのアクションだから、脳が動いてる感じがする。番号を目で見て記憶するんだよね。

 

 

 

 

それで思い出したよ。ああ、手間がかかることって脳みそを使うことなんだなと。85年には思ってもいなかったけど、この日はそう思った。スマホでぴっぴっぴってやったって、数字なんて全く覚えられない。カーナビと一緒で目で言われた方向を走らせてるだけじゃ地理は全く覚えられない。それと同じ。何も覚えない道具の多いこと。。。だから年をとったらわざわざやらなきゃならない物や道具を使った方がいいかもと思った。スマホより黒電話の方がボケないかもって。

 


この黒電話。買った店は高円寺の「素人の乱」っていうお店なんだけど、中に入ったら昭和レトロなものがあれこれある中にハングルの書籍とかCDがあったから、タイトルを声出して「い・ん・・」と読んでたら店長が「ハングル読めるの?」って聞いてきたので、「勉強中」と会話が進みだしたら、自分の書いた本が韓国をはじめ、台湾でも翻訳されてという作家兼リサイクル屋兼ゲストハウスまでやっている松本さんという方だった。

 

 

それで韓国やアジアのバンドのことも知っていてびっくり。と、こんな風に繋がっちゃったのが中央線ぽい。少し前は水道橋博士の店でうだうだしたけど、ここでもたけし軍団襲撃の時の話も聞かせてもらえたしり、さすがサブカル・タウン高円寺。店長共々ユニークな人多すぎ。またうだうだしに行こー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     クイーンの映画を見て『MUSIC LIFE』を再認識

2018.11.07 Wednesday

 

 

 

 

 

 

最近のブログ、映画の事しか書いてないな。そして今日も映画ネタ。なんでだろ? (笑)  クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を一足先に見てきました。ネタバレはないので大丈夫だと思うけど明後日公開なので楽しみにしている人は読まないでね〜。SNSには感想をこんな風に書いた↓

 


【キッス、エアロ、クイーン」という三大バンドを10代の時に聞いていた世代にはたまらない映画。裏切り、才能、時代、孤独『MUSICLIFE』には載っていなかった彼らの姿を知ることができる上に、あの名曲を聴きながら観るのだから、感動するに決まってる? ! w その数々の秀作やコードがどのタイミングで生まれ出来上がったのかのプロセスを知ることが出来てワクワクした。ラモーンズの『エンドオブ・ザ・センチュリー』くらい「ええ ! ?」という衝撃もある分、そこは「ただの革ジャン着たパンク・バンドじゃなかったんだ的な衝撃」が、クイーンというバンドを以前よりぐっと身近にしてくれる。『ジャージーボーイズ』や『ラヴ&マーシー』と並ぶミュージシャンの人間ドラマです】

 


映画はバンドあるあるも含むバックヤードの知られざる話。私は1970年代、クイーンにはそんなにハマらなかった。なぜなら彼らはメイン・ストリームの優等生バンドで、音は聴いていたけれどRUNNAWAYSやKISSの方が不良の匂いがしてカッコよくて断然好きだったから。パンクの登場でロックに対する意識も更に変わって。

 


洋楽ロックの情報源『MUSIC LIFE』はクイーンを3大バンドの一つと位置付け、彼らを日本で特別なバンドに仕立て日本独自のシーンを作った。いや作ってくれた。洋楽が今でいうK-POPくらいエネルギーを持っていた時代だったから、興味があるなし関係なく、とにかく華やかなバンドは全部目に入ってきた。雑誌の存在も時代と同じように華やかなままメインストリームにいたと思う。

 

 

今では表に出る必要のない編集者をキャラのように見せ親近感を作っていたり、(そのキャラ作りや人気投票のカップなんかはその後創刊のHM雑誌BURRNにも受け継がれていくんだけどw )、女子の夢を壊さないワクワクするバンドのカラー・グラビアがたくさん載っていて楽しかった。ラモーンズほとんど載ってなかったけど...(涙) そんなファンジンみたいな雑誌って今もあるのかな?

 


私はクイーンの熱心なファンではなかったのに、知らないうちにそのまま『MUSIC LIFE』の影響を受けていたということを韓国の友だちとこの映画の感想を話した時に感じた。『MUSIC LIFE』には日本で撮りおろした写真やエピソードがいつも載っていて、欧米のバンドと日本を密着・合致させていたけど、あれは今思うとものすごく潜在意識の中に刷り込まれていたんだなと。映画のシーンにフレディの自宅に飾られていた着物がチラっと映る。そこで初めて「何度も来日した、すっごく人気のあったバンド、クイーン」を一瞬感じられるのが確認作業をできたような気持ちになった。

 

 

『MUSIC LIFE』のように、バンドを大フューチャーしてくれる雑誌がなかった国のロック・ファンにはもしかしたら「私たちの」バンドにはなっていないのかもしれない。ましてや自国がツアーに含まれていなかったら。『MUSIC LIFE』はそこを作ってくれていた。バンドとファンをぐっと引き寄せてくれた。アンチからは「くだらない」と思われていた制服や着物を着せた撮影も、今となっては来日してくれた証。日本にいたのだ。もはやビッグ・ネームのバンドのワールド・ツアーに日本が入らない時代になりつつある今、奇跡にすら思えてくる…。

 

 

「熱心なファンじゃない」と公言はしたけど、映画の感想が韓国の友だちのように「イギリスの伝説的なバンドのドキュメンタリー」だけにならなかったのは、彼らの存在が『MUSIC LIFE』を読んできた自分にはもっと、ぐっと、ぐぐっと近い存在だったから。遠いイギリスのバンドなのに。

 

 

 


その『MUSIC LIFE』を作ってきた元編集長の東郷かおる子さんは、最近もラジオやテレビでクイーンのことを語ってくれている。だから彼らの存在は決して遠くには行かず、すぐそばにいる。「フレディ、あんなに出っ歯じゃなかったわよ」と東郷さんは言っていたけど(笑)、そんなことですら語ってくれる人がいるから、他の国のファンとは感じ方が違うのだ。『MUSIC LIFE』がくれたのは情報だけじゃなかった。クイーンの映画は『MUSIC LIFE』のことをまた違った角度から認識させてくれた映画でもありました。

 

 

 

 

その貴重な取材と写真の宝庫シンコーミュージックから本日発売。

誰かラモーンズも作ってくれないかな〜。来日密着的なやつ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『さらば青春のJAM』を見た

2018.10.12 Friday

 

 

 

最初にもしコレクターズのファンの人がこのページにたどり着いていたら、お断りしておきます、私コレクターズを語れる人物ではないのでバンドのことは書けないので〜。ごめんなさい。今日のブログはあの頃のJAMスタのことを書いた80年代回想ブログです。

 

 

『さらば青春のJAM』を観てきた。新宿の明治通りにあったライヴハウスJAMと日本のモッズ・バンド、コレクターズのコラボレート的なドキュメント。コレクターズを軸にモッズ・シーンの聖地( ? )だったJAMの終焉とバンドを絡めたドキュメント?  (とうたうにはバンドのヒストリーは少ないが...) ポイントは盛りだくさんな映画でした。

 

 

 

東京で『さらば青春の光』が公開された頃、私も単館シアターに足繁く通った一人。THE WHOが好だったけど、周りにフーが好きな子なんて一人もいなかった。だから東京のどこかにきっといるであろうフーのファンを探しもとめ、わざわざAラインのワンピース着て(笑)JAMスタにしばらく一人で通ってた。昔はJAMのことをジャムスタって呼んでた。

 

 

当時のJAMスタにモッズが集まる日は、コーラの瓶にストローさしてカッコつけて『さらば青春の光』の世界に浸れる場所だった。自分はあの映画で言ったらさしずめモンキーだけど、カッコイイ子もたくさんいて最初のうちは楽しかった。けど、いつまでたってもフーの話をできるような音楽をどっぷり聴いてる奴とはぜんぜん出会えず、しかもこの頃の自分は大江慎也の追っかけとNWOBHMの両立状態で吸い寄せられるようにツバキハウスやロフトやエクスプロージョンに通い、いつの間にかくら替えし(笑) 音楽の話をする人に出会えないJAMスタからはフェイド・アウトしてしまった。映画の中で加藤さんが言ってたけど、「この頃ロックは下北沢じゃなくて新宿だった」のは本当にそう。エクスプロージョンも新宿区だし(笑)「ストロベリーフィールズ」っていうカフェの名前も久しぶりに聞いてとっても懐かしくて嬉しかった。

 

新宿ロフトで打ち上げの大江慎也さん。これはROOSTER(Z)の頃。こんな写真も押し入りにどっさり...w

 

 

映画を見ていたら、コレクターズの登場は80年代後半。もう少し早くに出会っていたら違ったのかもしれないけれど、でも80年代の初頭にも、かっこいい日本のモッズ・バンド( ? )、ロンドン・タイムスはよく聴いていた。彼らは日本のSMITHSを目指していたみたいだったけど、音はモッズだった。「ハインツ・デミグラスソース」のソノシートは今もある。東京にはスリーピースのもう一つかっこいいモッズ・バンドがいて、Voがある日革ジャンで登場し客が面食らっていたのを今も覚えてる。あれはなんていうバンドだったんだろう?  当時はモッズとロッカーズは相反していたのに「好きなんだからいいじゃん」とステージに革ジャンで出てきて堂々としていてカッコよかった。これも確かJAMスタだった。

 

 

日本でモッズと言うとファッションとシーンのことで、音楽は次の次なんだなと思ってたけど、ある日代々木公園のフリマでモッズのファンジン「HERE TODAY」を見つけた。モッズ・ファッションのカッコイイお兄さんから買って読んで見たら内容はロンドンの新人モッズ・バンドのライヴ・レポートが手がきで書いてあったり、新しいモッズ・バンドの紹介をしていたり、ちゃんと音楽を知らせようとしていて、「こんな人もいるんだ」と知った。それが映画にも出ていた黒田マナブさん。ファンジンは今も取ってあるけど押入れから出せないので写真はなし。ファンジンもソノシートも手作り感と想いと熱がダイレクトに伝わってくるから捨てられないね。

 

 

映画の話に戻るけど、コレクターズのおかげで、JAMスタが最後にカッコよく見えた。そうじゃなかったら普通のライブ・ハウスが終わっただけだった。JAMスタに出たのは「ロフトに出れないからこっちでやってただけ」的発言はとても正直だし、武道館の後には勝者のセリフ。フロントふたりのいい関係性やバランスが見えて結局、人の魅力の映画かな、これ。無知ながらも楽しめました。

 

 

PS. D.I.Yのファンジンついでに一昨日届いたラモーンズ・ミュージアム・ベルリンの店長フロウが作った640ページのカタログも同じ。早く彼のインタビューを載せたいんだけどまだ返事が来ません。到着次第ラモーンズFCのマニアのページに載せます。しばしお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

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     『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』日本公開決定!

2018.10.03 Wednesday

 

 

 

 

 

今日はラモーンズ・ファン・クラブの今後の活動予定を書くつもりでいたんだけど、こっちのニュースが飛び込んできたので、こちらから行きます。(ごめんね〜) でも ! ! 私がVoのドニータと友達になったのはおたがいがラモーンズ・ファンだったから。なので、この映画ラモーンズ・ファンも楽しめるのではないかな。

 


ライオット・ガール・ムーブメントのパイオニア、ロサンゼルスの女性4人組ロックバンド、L7の歴史を網羅したドキュメンタリー映画『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』の公開が決定した。やったー。2015年に復活を遂げるまで、彼女たちの環境、実は色々とあった。というネガな方はどこまで描かれているのかはわからないので、映画を見てからまた書くけど、私は彼女たちとは1987年のテビュー作以来友達になった。という話はこちらをどうぞ

 

 

フェミニストの部分ばかり取り上げられてしまうけど、(それも彼女たちにとって本望だと思うが)、彼女たちのカッコ良さは、あのベースをぶいぶい言わせた重くキャッチー!? な曲と歌詞のセンスだと思う。『Shit List』とか『Wargasm』と造語のセンスも最高だし、『pretend we’re dead』なんて笑っちゃう。斜めなウィットがあの重低音に乗る爽快さこそL7サウンドの魅力だ。癒し?  いらない(笑) カリフォルニアにはオレンジカウンティのバンドや良質のバンドがたくさんいるけど、この言葉のセンス、なかなかないよね。もしかしたら今ならヒップホップの方に通じるかも。

 


L7は1990年代には何度も来日している。クアトロ、恵比寿ギルティ、いろんなところで演っていた。映画のトレイラーに使われている原宿のホコ天のシーンは旦那が撮った映像。こうやって使われた旦那の動画作品はRAVENというバンドもいます(笑) あ、そんな旦那映像を使ってラモーンズ・ビデオ上映会も考えているのという脱線ネタは今夜書きます。

 


オフの彼女たちはLAのお姉ちゃんたちだけあって都会の子? っていう感じ。なんというか野暮ったさはない。それにやっぱりNYと違ってのんびりしているというか、あまりストイックじゃないの。言葉は悪いが楽しい連中よ。ドニータは活動ができない間もずっと音楽を続けていたし、彼女のセンスはサビてない。私も映画をまだ見たいないので見たらまた感想もブログで書くけど、映画をきっかけに来日してくれないかな。メンバーが揃っている間にもう一度 ! ! !  熱望 ! ! !  メンバー・チェンジしたけれど、結局ジェニファー(b)を戻してオリジナルにこだわるところにラモーンズっぽさを感じたりして。

 


東京の公開は12月15日から新宿シネマカリテにて〈3週間限定〉。なんと70年代に活動していたイギリスの女性パンク・バンド、スリッツのドキュメント『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』と同時上映だそう。ほか全国順次公開。楽しみ ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

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     USフェスティヴァル1982年のドキュメンタリー映像

2018.09.28 Friday

 

 

 

 

こんな映像があったのか ! !  です

 

 

『USフェスティバル 1982年』のドキュメンタリーです。ラモーンズの歌ってるシーンだけとか細切れのパーツ、パーツの映像はロック・ファンならyou tubeで見たことあると思う。でもこのフェスティバルがどうゆう経緯で生まれ、作られていったのかを制作サイドと出演者のインタビューで語られるのは初。ドキュメンタリーが残っていたとは知りませんでした。というか、もう細切れのプロカットが残っている時は「フル映像が必ずどっかにあるね〜」と疑った方がいいね。隠してるな〜と(笑)

 

 

 

 

出演バンドはラモーンズ、B-52、カーズ、トーキング・ヘッズ、そしてサンタナ、グレイトフルデッド、ポリス、フリートウッドマックなど、SIREレーベルのバンド総出演。フェスティバルはあのMacintoshの生みの親Apple共同創業エンジニアのスティーヴ・ウォズニアック。彼が30歳にして1億円も儲け「金が有り余っていた」からこのフェスティバルが生まれたのだ。くだけた言い方すると、「俺、金スゲー持ってるからウッドストックと違う快適で楽しいフェスティバルをやりたーーい ! ! 」ってなノリで作っちゃったフェス。だからスポンサー無しで自由に作ったらしい。

 

 

それでも「アナウンスしてからウッドストックの本も読んで(フェスティバル制作の大変さを知って)少し後悔した」そう。だからヘルスエンジェルスによる殺傷事件で有名なオルタモント・フリーコンサートの二の舞にならないように、制作のプロを用意し、警備の環境を固め準備を怠らずに基盤を築く。インタビューで多くの人が、たった2回しか開催されなかったこのUSフェスティバルが今のコーチェラ・フェスなどの土台になっていると語っているから本当に良いフェスだったんだと思う。私は個人的に苦労話しなんかは、1回目のフジロックや日高さんの苦労話しと被りましたが。

 

 

 

 

今やフェスティバルで見慣れた観客への放水シーンが、40度近いカリフォルニアの夏のフェスから生まれたものだということも初めて知って妙に納得。さて、ラモーンズの割合はマーキーが当時を回想する形で登場するので、結構多いのでラモーンズ・ファンは必見。そして、ここに写っている1982年のラモーンズは結成8年目のバンドだということ。アルバムはライヴと映画のサントラを省くと5作目の『エンド・オブ・ザ・センチュリー』がリリースされた後のフェスということになる。まだ『Too Tough To Die』なんてリリースされてないんだぞ〜という感覚で見てみよう。

 

 

 

 

ジョニーが「俺たちは万人受けしないんだ」と寂し気に語るシーンに私は吹き出してしまいましたが(すみません)、時代を同じように感じられるチャンスとも言えない?  いや、全然いいんですよ。「初めてきいたアルバムはベスト盤です」で。でも、ああ、あんないいアルバムを出した後なのに、こんなに諦めていたのか...とジョニーの心境も見える。そしてジョーイがバットを持ってステージに立ち「俺たちがラモーンズだ」というのもレアだよね。群衆にバンドをアピールしていて。なんか初々しい。

 

 

 

 

楽屋から革ジャンを着ながら出てくるシーン、日本のパンクの認識ではブリティッシュ・インベイジョンの返答とかなんとか色々と言われてるけど、バックステージでジョニーとスチュワートコープランドが楽しそうに会話しているシーンも見逃していない。たったの1、2秒だけど、楽しそうに喋っているじゃんって(笑)。

 

 

そうゆう1982年の「リアリティ」が記録映像からは見える。マーキーが「まだパンク・バンドとしてしか見られていない俺たちの実力を見せることができたし、みんな興味深そうに見ていた」と語るシーンも当時らしい。ラモーンズはレジェンドではないのだ。勝手にメンバーの証言やインタビュー記事から語られてレジェンドになったラモーンズの「そうなる前」の姿をぜひチェックしてみて。このDVD&B-RAYに関する詳細は、ラモーンズFCのニュース・ページをチェックしてください。週末にもう一回見よ。

 

 

 

appleのロゴって昔こんなんだったねぇ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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