2021年ニューヨークの旅

2018.11.14 Wednesday

 

 

 

 

 

 

 

ずっとあれこれ考えていたけど決めました。もう一度だけ、聖地巡礼ツアーをやろうと思ってます。

 


ラモーンズ・ファン・クラブの会員限定でニューヨークに行きます。と書いても、人数が10人集まらなかったら中止なんだけど(笑)。2016年の時同様、参加者1人のためにが私がついていくことは出来ないから集まったらの話です。

 


2016年の9月に、奇跡の連続、聖地巡礼ツアーを遂行したけれど、体が動くうちに、病気になったりする前に、そして煉瓦の壁やアベニュー100-Bがマンハッタンにあるうちにまた行きたいと思ってました。まずは、自分が行きたいと思わなきゃこうゆうことは始まらない。向かうエネルギーが無いならやらない方がいい。エンタメと一緒です。自分が楽しいと思わなきゃつまらない。あの壁を白く塗ってしまうんだから、いつ取り壊されてもおかしくないけど、今のところはまだある。東京の聖地巡礼をやってみて、もうダメだなと感じた。あまりにも無くなってしまってて(泣) 物も人間も全部消えるので、その前に。ま、要するに自分がまだ行っていない場所で行きたいところがあるということ。

 


ラモーンズが練習していたリハーサル・スタジオ↓。ツアーの前日にはここで軽く3人でリハしてから出発していた。ここはまだある。それからRAMONES WAYというクイーンズの学校の前の道。歌詞に登場するAvenue 100-Bとか徹底的に歌詞をリアルに体験したい。だから今回はニューヨークだけにしようと思う。LAのお墓や映画ロックンロール・ハイスクールの現場も、もちろんファン同士で行った方が楽しいに決まってるんだけど、建物やお墓はあるから、なんとかなると思う。けど、ニューヨークは指さし観光していくのがベストだと思うから。2016年とは半分くらい内容は変わると思うけど、ラモーンズ・ファンなら楽しめると思う。

 

 

 

 

前回のように毎日、軍隊レベルで歩かなくて済むように(笑)、時間をとって、ちゃんとランチもゆっくりしてじっくりと。そのためには1都市だけの方がいいだろうと思って。私が考えているのは、2021年。オリンピックの翌年だけど、もしCJが最後のアナウンスを出したらそこに合わせようとは思う。日本公演もおそらくあと1回はファイナルツアーであると思うし(呼んでもらえればだけど)、そのタイミング、自分は50代最後、アメリカに行きたいモチベーションとエネルギーはまだ全然ある、こうゆう時に行こうと思う。ライヴは1〜2本はつけたいので、タイミングはまだわからない。でもやりたい意思はあります。と、かなり勝手に書いてはいるけど、2016年の巡礼ツアーの決意表明もこんな感じでやったので、同じです(笑)

 


早めにアナウンスしておかないと、計画も立てられないと思うので、行きたいなぁと思う人はお金を貯める計画を自分で考えてみてください。どんな感じになるのかは、もう、一回やっているので、私の本『Thank you RAMONES』やここを見て参考にしてください。軍隊じゃなくて団体行動なので、ある程度ルールを守れない人はお断りします。それから14歳以下は保護者同伴でないとアメリカの法律上無理です。などなど具体的なことは本当に近くなったらまたアナウンスします。でもやるって決めたら99%やる性格なので、元気だったらやります。でも、ポリープ出来ただので入院したり、いつポンコツが発令されるかわからない。致命的なのはないけど、さっさとやりたいことはやっときたい。せっかちなので(笑)

 


よろしくお願いします。そして、今デザインと校正に入っている昨年のCJのレポートは書いてるので、今日か、明日か週末にアナウンスできるはず。もう私以外の人の手に渡っているからご安心を〜(笑)  最後に年明け、3月にフィルムコンサートというこれまたアナログなイベントをまず計画中。でも未公開映像を押入れから提供します。このアナウンスもお楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

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     我が家のニューカマー、黒電話

2018.11.13 Tuesday

 

 

 

 

最近のブログは映画のことしか書いていないので、今日はあえてフツーのくだらないことを書いてみようと思います。「ラモーンズのこと書けよ」という人、誠に申し訳ありませんが「退室」でお願いします。w 今HPの方書いてるから出来上がったら書くよーー。

 


黒電話を衝動買いしました(笑)

 

 

 

 

仕事のあと、夜ご飯を食べて駐車場に戻る途中にあるリサイクル屋に置いてあった。それがパッと目に入ってしまったのだ。店長さんが「普通に使えるよ」というので買ってしまった。早速、今の家電を外して繋いだら、凄いでっかい音で「ヂリヂリリリリリ〜ン」と鳴ってなぜか夫婦で腹抱えて爆笑( ! ? ) 

 

 

指でダイアル回したの何年ぶりだ?  めちゃめちゃ面白い。私の記憶では1985年にB.スプリングスティーンのチケットを取ろうと、朝から電話して夕方にやっと繋がったら完売してた記憶があるので、あれ以来。なんでそんなピンポイントを覚えているかというと、ダイヤルを回しすぎてグラグラになってとれちゃったからよ。w

 


黒電話で電話をかけると番号を指で回すから、スマホの0、9、0がめっちゃ時間かかるわけ。でも久しぶりにその行為をすると、数字(電話番号)を指で選ぶ→待つ→次の数字をまた回す。と1回1回確認しながらのアクションだから、脳が動いてる感じがする。番号を目で見て記憶するんだよね。

 

 

 

 

それで思い出したよ。ああ、手間がかかることって脳みそを使うことなんだなと。85年には思ってもいなかったけど、この日はそう思った。スマホでぴっぴっぴってやったって、数字なんて全く覚えられない。カーナビと一緒で目で言われた方向を走らせてるだけじゃ地理は全く覚えられない。それと同じ。何も覚えない道具の多いこと。。。だから年をとったらわざわざやらなきゃならない物や道具を使った方がいいかもと思った。スマホより黒電話の方がボケないかもって。

 


この黒電話。買った店は高円寺の「素人の乱」っていうお店なんだけど、中に入ったら昭和レトロなものがあれこれある中にハングルの書籍とかCDがあったから、タイトルを声出して「い・ん・・」と読んでたら店長が「ハングル読めるの?」って聞いてきたので、「勉強中」と会話が進みだしたら、自分の書いた本が韓国をはじめ、台湾でも翻訳されてという作家兼リサイクル屋兼ゲストハウスまでやっている松本さんという方だった。

 

 

それで韓国やアジアのバンドのことも知っていてびっくり。と、こんな風に繋がっちゃったのが中央線ぽい。少し前は水道橋博士の店でうだうだしたけど、ここでもたけし軍団襲撃の時の話も聞かせてもらえたしり、さすがサブカル・タウン高円寺。店長共々ユニークな人多すぎ。またうだうだしに行こー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     クイーンの映画を見て『MUSIC LIFE』を再認識

2018.11.07 Wednesday

 

 

 

 

 

 

最近のブログ、映画の事しか書いてないな。そして今日も映画ネタ。なんでだろ? (笑)  クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を一足先に見てきました。ネタバレはないので大丈夫だと思うけど明後日公開なので楽しみにしている人は読まないでね〜。SNSには感想をこんな風に書いた↓

 


【キッス、エアロ、クイーン」という三大バンドを10代の時に聞いていた世代にはたまらない映画。裏切り、才能、時代、孤独『MUSICLIFE』には載っていなかった彼らの姿を知ることができる上に、あの名曲を聴きながら観るのだから、感動するに決まってる? ! w その数々の秀作やコードがどのタイミングで生まれ出来上がったのかのプロセスを知ることが出来てワクワクした。ラモーンズの『エンドオブ・ザ・センチュリー』くらい「ええ ! ?」という衝撃もある分、そこは「ただの革ジャン着たパンク・バンドじゃなかったんだ的な衝撃」が、クイーンというバンドを以前よりぐっと身近にしてくれる。『ジャージーボーイズ』や『ラヴ&マーシー』と並ぶミュージシャンの人間ドラマです】

 


映画はバンドあるあるも含むバックヤードの知られざる話。私は1970年代、クイーンにはそんなにハマらなかった。なぜなら彼らはメイン・ストリームの優等生バンドで、音は聴いていたけれどRUNNAWAYSやKISSの方が不良の匂いがしてカッコよくて断然好きだったから。パンクの登場でロックに対する意識も更に変わって。

 


洋楽ロックの情報源『MUSIC LIFE』はクイーンを3大バンドの一つと位置付け、彼らを日本で特別なバンドに仕立て日本独自のシーンを作った。いや作ってくれた。洋楽が今でいうK-POPくらいエネルギーを持っていた時代だったから、興味があるなし関係なく、とにかく華やかなバンドは全部目に入ってきた。雑誌の存在も時代と同じように華やかなままメインストリームにいたと思う。

 

 

今では表に出る必要のない編集者をキャラのように見せ親近感を作っていたり、(そのキャラ作りや人気投票のカップなんかはその後創刊のHM雑誌BURRNにも受け継がれていくんだけどw )、女子の夢を壊さないワクワクするバンドのカラー・グラビアがたくさん載っていて楽しかった。ラモーンズほとんど載ってなかったけど...(涙) そんなファンジンみたいな雑誌って今もあるのかな?

 


私はクイーンの熱心なファンではなかったのに、知らないうちにそのまま『MUSIC LIFE』の影響を受けていたということを韓国の友だちとこの映画の感想を話した時に感じた。『MUSIC LIFE』には日本で撮りおろした写真やエピソードがいつも載っていて、欧米のバンドと日本を密着・合致させていたけど、あれは今思うとものすごく潜在意識の中に刷り込まれていたんだなと。映画のシーンにフレディの自宅に飾られていた着物がチラっと映る。そこで初めて「何度も来日した、すっごく人気のあったバンド、クイーン」を一瞬感じられるのが確認作業をできたような気持ちになった。

 

 

『MUSIC LIFE』のように、バンドを大フューチャーしてくれる雑誌がなかった国のロック・ファンにはもしかしたら「私たちの」バンドにはなっていないのかもしれない。ましてや自国がツアーに含まれていなかったら。『MUSIC LIFE』はそこを作ってくれていた。バンドとファンをぐっと引き寄せてくれた。アンチからは「くだらない」と思われていた制服や着物を着せた撮影も、今となっては来日してくれた証。日本にいたのだ。もはやビッグ・ネームのバンドのワールド・ツアーに日本が入らない時代になりつつある今、奇跡にすら思えてくる…。

 

 

「熱心なファンじゃない」と公言はしたけど、映画の感想が韓国の友だちのように「イギリスの伝説的なバンドのドキュメンタリー」だけにならなかったのは、彼らの存在が『MUSIC LIFE』を読んできた自分にはもっと、ぐっと、ぐぐっと近い存在だったから。遠いイギリスのバンドなのに。

 

 

 


その『MUSIC LIFE』を作ってきた元編集長の東郷かおる子さんは、最近もラジオやテレビでクイーンのことを語ってくれている。だから彼らの存在は決して遠くには行かず、すぐそばにいる。「フレディ、あんなに出っ歯じゃなかったわよ」と東郷さんは言っていたけど(笑)、そんなことですら語ってくれる人がいるから、他の国のファンとは感じ方が違うのだ。『MUSIC LIFE』がくれたのは情報だけじゃなかった。クイーンの映画は『MUSIC LIFE』のことをまた違った角度から認識させてくれた映画でもありました。

 

 

 

 

その貴重な取材と写真の宝庫シンコーミュージックから本日発売。

誰かラモーンズも作ってくれないかな〜。来日密着的なやつ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『さらば青春のJAM』を見た

2018.10.12 Friday

 

 

 

最初にもしコレクターズのファンの人がこのページにたどり着いていたら、お断りしておきます、私コレクターズを語れる人物ではないのでバンドのことは書けないので〜。ごめんなさい。今日のブログはあの頃のJAMスタのことを書いた80年代回想ブログです。

 

 

『さらば青春のJAM』を観てきた。新宿の明治通りにあったライヴハウスJAMと日本のモッズ・バンド、コレクターズのコラボレート的なドキュメント。コレクターズを軸にモッズ・シーンの聖地( ? )だったJAMの終焉とバンドを絡めたドキュメント?  (とうたうにはバンドのヒストリーは少ないが...) ポイントは盛りだくさんな映画でした。

 

 

 

東京で『さらば青春の光』が公開された頃、私も単館シアターに足繁く通った一人。THE WHOが好だったけど、周りにフーが好きな子なんて一人もいなかった。だから東京のどこかにきっといるであろうフーのファンを探しもとめ、わざわざAラインのワンピース着て(笑)JAMスタにしばらく一人で通ってた。昔はJAMのことをジャムスタって呼んでた。

 

 

当時のJAMスタにモッズが集まる日は、コーラの瓶にストローさしてカッコつけて『さらば青春の光』の世界に浸れる場所だった。自分はあの映画で言ったらさしずめモンキーだけど、カッコイイ子もたくさんいて最初のうちは楽しかった。けど、いつまでたってもフーの話をできるような音楽をどっぷり聴いてる奴とはぜんぜん出会えず、しかもこの頃の自分は大江慎也の追っかけとNWOBHMの両立状態で吸い寄せられるようにツバキハウスやロフトやエクスプロージョンに通い、いつの間にかくら替えし(笑) 音楽の話をする人に出会えないJAMスタからはフェイド・アウトしてしまった。映画の中で加藤さんが言ってたけど、「この頃ロックは下北沢じゃなくて新宿だった」のは本当にそう。エクスプロージョンも新宿区だし(笑)「ストロベリーフィールズ」っていうカフェの名前も久しぶりに聞いてとっても懐かしくて嬉しかった。

 

新宿ロフトで打ち上げの大江慎也さん。これはROOSTER(Z)の頃。こんな写真も押し入りにどっさり...w

 

 

映画を見ていたら、コレクターズの登場は80年代後半。もう少し早くに出会っていたら違ったのかもしれないけれど、でも80年代の初頭にも、かっこいい日本のモッズ・バンド( ? )、ロンドン・タイムスはよく聴いていた。彼らは日本のSMITHSを目指していたみたいだったけど、音はモッズだった。「ハインツ・デミグラスソース」のソノシートは今もある。東京にはスリーピースのもう一つかっこいいモッズ・バンドがいて、Voがある日革ジャンで登場し客が面食らっていたのを今も覚えてる。あれはなんていうバンドだったんだろう?  当時はモッズとロッカーズは相反していたのに「好きなんだからいいじゃん」とステージに革ジャンで出てきて堂々としていてカッコよかった。これも確かJAMスタだった。

 

 

日本でモッズと言うとファッションとシーンのことで、音楽は次の次なんだなと思ってたけど、ある日代々木公園のフリマでモッズのファンジン「HERE TODAY」を見つけた。モッズ・ファッションのカッコイイお兄さんから買って読んで見たら内容はロンドンの新人モッズ・バンドのライヴ・レポートが手がきで書いてあったり、新しいモッズ・バンドの紹介をしていたり、ちゃんと音楽を知らせようとしていて、「こんな人もいるんだ」と知った。それが映画にも出ていた黒田マナブさん。ファンジンは今も取ってあるけど押入れから出せないので写真はなし。ファンジンもソノシートも手作り感と想いと熱がダイレクトに伝わってくるから捨てられないね。

 

 

映画の話に戻るけど、コレクターズのおかげで、JAMスタが最後にカッコよく見えた。そうじゃなかったら普通のライブ・ハウスが終わっただけだった。JAMスタに出たのは「ロフトに出れないからこっちでやってただけ」的発言はとても正直だし、武道館の後には勝者のセリフ。フロントふたりのいい関係性やバランスが見えて結局、人の魅力の映画かな、これ。無知ながらも楽しめました。

 

 

PS. D.I.Yのファンジンついでに一昨日届いたラモーンズ・ミュージアム・ベルリンの店長フロウが作った640ページのカタログも同じ。早く彼のインタビューを載せたいんだけどまだ返事が来ません。到着次第ラモーンズFCのマニアのページに載せます。しばしお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

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     『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』日本公開決定!

2018.10.03 Wednesday

 

 

 

 

 

今日はラモーンズ・ファン・クラブの今後の活動予定を書くつもりでいたんだけど、こっちのニュースが飛び込んできたので、こちらから行きます。(ごめんね〜) でも ! ! 私がVoのドニータと友達になったのはおたがいがラモーンズ・ファンだったから。なので、この映画ラモーンズ・ファンも楽しめるのではないかな。

 


ライオット・ガール・ムーブメントのパイオニア、ロサンゼルスの女性4人組ロックバンド、L7の歴史を網羅したドキュメンタリー映画『L7:プリテンド・ウィ・アー・デッド』の公開が決定した。やったー。2015年に復活を遂げるまで、彼女たちの環境、実は色々とあった。というネガな方はどこまで描かれているのかはわからないので、映画を見てからまた書くけど、私は彼女たちとは1987年のテビュー作以来友達になった。という話はこちらをどうぞ

 

 

フェミニストの部分ばかり取り上げられてしまうけど、(それも彼女たちにとって本望だと思うが)、彼女たちのカッコ良さは、あのベースをぶいぶい言わせた重くキャッチー!? な曲と歌詞のセンスだと思う。『Shit List』とか『Wargasm』と造語のセンスも最高だし、『pretend we’re dead』なんて笑っちゃう。斜めなウィットがあの重低音に乗る爽快さこそL7サウンドの魅力だ。癒し?  いらない(笑) カリフォルニアにはオレンジカウンティのバンドや良質のバンドがたくさんいるけど、この言葉のセンス、なかなかないよね。もしかしたら今ならヒップホップの方に通じるかも。

 


L7は1990年代には何度も来日している。クアトロ、恵比寿ギルティ、いろんなところで演っていた。映画のトレイラーに使われている原宿のホコ天のシーンは旦那が撮った映像。こうやって使われた旦那の動画作品はRAVENというバンドもいます(笑) あ、そんな旦那映像を使ってラモーンズ・ビデオ上映会も考えているのという脱線ネタは今夜書きます。

 


オフの彼女たちはLAのお姉ちゃんたちだけあって都会の子? っていう感じ。なんというか野暮ったさはない。それにやっぱりNYと違ってのんびりしているというか、あまりストイックじゃないの。言葉は悪いが楽しい連中よ。ドニータは活動ができない間もずっと音楽を続けていたし、彼女のセンスはサビてない。私も映画をまだ見たいないので見たらまた感想もブログで書くけど、映画をきっかけに来日してくれないかな。メンバーが揃っている間にもう一度 ! ! !  熱望 ! ! !  メンバー・チェンジしたけれど、結局ジェニファー(b)を戻してオリジナルにこだわるところにラモーンズっぽさを感じたりして。

 


東京の公開は12月15日から新宿シネマカリテにて〈3週間限定〉。なんと70年代に活動していたイギリスの女性パンク・バンド、スリッツのドキュメント『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』と同時上映だそう。ほか全国順次公開。楽しみ ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

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     USフェスティヴァル1982年のドキュメンタリー映像

2018.09.28 Friday

 

 

 

 

こんな映像があったのか ! !  です

 

 

『USフェスティバル 1982年』のドキュメンタリーです。ラモーンズの歌ってるシーンだけとか細切れのパーツ、パーツの映像はロック・ファンならyou tubeで見たことあると思う。でもこのフェスティバルがどうゆう経緯で生まれ、作られていったのかを制作サイドと出演者のインタビューで語られるのは初。ドキュメンタリーが残っていたとは知りませんでした。というか、もう細切れのプロカットが残っている時は「フル映像が必ずどっかにあるね〜」と疑った方がいいね。隠してるな〜と(笑)

 

 

 

 

出演バンドはラモーンズ、B-52、カーズ、トーキング・ヘッズ、そしてサンタナ、グレイトフルデッド、ポリス、フリートウッドマックなど、SIREレーベルのバンド総出演。フェスティバルはあのMacintoshの生みの親Apple共同創業エンジニアのスティーヴ・ウォズニアック。彼が30歳にして1億円も儲け「金が有り余っていた」からこのフェスティバルが生まれたのだ。くだけた言い方すると、「俺、金スゲー持ってるからウッドストックと違う快適で楽しいフェスティバルをやりたーーい ! ! 」ってなノリで作っちゃったフェス。だからスポンサー無しで自由に作ったらしい。

 

 

それでも「アナウンスしてからウッドストックの本も読んで(フェスティバル制作の大変さを知って)少し後悔した」そう。だからヘルスエンジェルスによる殺傷事件で有名なオルタモント・フリーコンサートの二の舞にならないように、制作のプロを用意し、警備の環境を固め準備を怠らずに基盤を築く。インタビューで多くの人が、たった2回しか開催されなかったこのUSフェスティバルが今のコーチェラ・フェスなどの土台になっていると語っているから本当に良いフェスだったんだと思う。私は個人的に苦労話しなんかは、1回目のフジロックや日高さんの苦労話しと被りましたが。

 

 

 

 

今やフェスティバルで見慣れた観客への放水シーンが、40度近いカリフォルニアの夏のフェスから生まれたものだということも初めて知って妙に納得。さて、ラモーンズの割合はマーキーが当時を回想する形で登場するので、結構多いのでラモーンズ・ファンは必見。そして、ここに写っている1982年のラモーンズは結成8年目のバンドだということ。アルバムはライヴと映画のサントラを省くと5作目の『エンド・オブ・ザ・センチュリー』がリリースされた後のフェスということになる。まだ『Too Tough To Die』なんてリリースされてないんだぞ〜という感覚で見てみよう。

 

 

 

 

ジョニーが「俺たちは万人受けしないんだ」と寂し気に語るシーンに私は吹き出してしまいましたが(すみません)、時代を同じように感じられるチャンスとも言えない?  いや、全然いいんですよ。「初めてきいたアルバムはベスト盤です」で。でも、ああ、あんないいアルバムを出した後なのに、こんなに諦めていたのか...とジョニーの心境も見える。そしてジョーイがバットを持ってステージに立ち「俺たちがラモーンズだ」というのもレアだよね。群衆にバンドをアピールしていて。なんか初々しい。

 

 

 

 

楽屋から革ジャンを着ながら出てくるシーン、日本のパンクの認識ではブリティッシュ・インベイジョンの返答とかなんとか色々と言われてるけど、バックステージでジョニーとスチュワートコープランドが楽しそうに会話しているシーンも見逃していない。たったの1、2秒だけど、楽しそうに喋っているじゃんって(笑)。

 

 

そうゆう1982年の「リアリティ」が記録映像からは見える。マーキーが「まだパンク・バンドとしてしか見られていない俺たちの実力を見せることができたし、みんな興味深そうに見ていた」と語るシーンも当時らしい。ラモーンズはレジェンドではないのだ。勝手にメンバーの証言やインタビュー記事から語られてレジェンドになったラモーンズの「そうなる前」の姿をぜひチェックしてみて。このDVD&B-RAYに関する詳細は、ラモーンズFCのニュース・ページをチェックしてください。週末にもう一回見よ。

 

 

 

appleのロゴって昔こんなんだったねぇ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     セーソクで遊べ!? たっぷり楽しみました

2018.09.26 Wednesday

 

 

 

 


タワーレコード渋谷店で開催されていた伊藤政則メモラビリアと大貫憲章さんのトークショーに滑り込みで行ってきました!

 


8階で開催していたメモラビリアの方は、メタル・ファン、特に80年代にHMが青春だった人にはたまらないグッズの数々が並ぶワンダーランド。私はちょうどメタル雑誌で働いていた時代なのでなかなか懐かしかったです。あの時代は、特にレコード会社が雑誌のプレゼント用に宣伝のためのグッズを必ず作っていたので、ロゴ入りのペンや宣材Tシャツなんていうのがたくさん存在していました。

 

 

雑誌のプレゼントコーナーに載っていたアレです。だから非売品グッズも豊富で、見たことのないもの、知らないものもたくさんあって面白かった。私、当時プレゼント・コーナーの担当だったから結構見てきたけど、こんなに色々あるんだな〜と。しかしそれらを全部保管している伊藤さんが凄い。。。2万点以上あったと思う...設営した皆様ご苦労様でした。

 

 

 

 

 

そして地下のイベントスペースでは昭和のラジオ世代、雑誌・音楽専科リレー日記の読者にはイエーイ!なお二人、大貫憲章さんとのトークショーも。私は昨日しか行けなかったけど、日変わりで貴重なトークが展開されたようです。大貫さんと伊藤さんのトーク、特に大貫さんの番組にはラモーンズ・ネタで出演させていただいたり、私自身スヌーピーと大貫さんの全英TOP20のリスナーだったので、もう絶対漫談になるだろうと思っていたけど、そうでした(笑)(笑)

 

 

 

 

私はお二人と直接話せる機会もあるので、自分で聞けって話だけど、お二人に話してもらいたいことがある。それはまず新宿ツバキハウスのこと。ネットのインタビューでも語られていたけど、直接トークで聞きたい。当時、大貫さんは時々日曜日の方にもいらしていて、「メタルの日にもハノイロックスはかかるんだ〜!?」とDJブースの中で言ってたけど当時のパンクとメタルの認識やムードとか、伊藤さんは火曜日に行ったことあるのかな? とか。私の『メタル現場主義』で大貫さんから紹介されてツバキでやってみたら? と繋がってあの場ができたと聞いたので、そのへんの話の続きも。

 

 

それから音楽専科社で二人でリレー連載を毎月やっていたんだけど、あの記事のキャッチボールのことも聞きたかったかな。今度、またトークショーがありそうだったらネタ提供してみよう。自分が聞きたいだけだけど(笑)  ロックの逸話を聞くのは三度の飯より(くらい)好きです。

 


さて、伊藤さんに贈呈した【東京ヒプノシス】の作品を飾っていただいてました。おおお。まさかこんな素晴らしい形でデコレートしていただけるとは作っている時は思ってもいませんでした。UFOのオブセッションも帯までつけたいと言い出したのは私で明日発売の『月刊伊藤政則(仮)』の方に帯は付いていないので、ここに掲載しておきます。あ、伊藤さんが書いてとけ〜って言ってたので、『特撮征服』/ITOの方はの三人全部伊藤さんです。会場の人、ほとんど気がつかなかったみたい?!   注意 : 【東京ヒプノシス】とは。私とデザイナーの浅井さん、小林くんで制作する作品を作る集団です。先週命名したんだけど(笑)

 

 

ORIGINALは「宇宙征服 / UFO」

ORIGINALは「究極 / YES」

 

 

明日発売!!『月刊伊藤政則(仮)』奇想天外!?

文字通りセーソクで遊んだ。仕事した。楽しかった。

 

 

 

 

で。このお仕事、昭和のファン・クラブ & サブカル・メンタリティに火をつけたというか、アイデアや刺激をもらったので、今後のファン・クラブ業務に活かしたいと思います...(決意表明よ・笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     『月刊 伊藤政則(仮)』もうすぐ発売

2018.09.20 Thursday

 

 

 

 

 

『月刊 伊藤政則(仮)』の詳細がアナウンスされました。今回、この書籍の表紙やグラビア撮影に関わらせてもらいましたが、とにかく楽しい仕事でした。そのこと(=現場のエピソード)は本で書かせてもらったので読んでいただくとして...でもフラゲで少し書こうかな。

 


この本の撮影アイデアは、実は昨年秋に発売した撮影現場のエピソード集『メタル現場主義』の続きです。読んでくれた人は(ああ、あれか)とピンときたと思うけど、イギリスのデザイン集団ヒプノシスをオマージュした写真を、なんともう一度撮らせてもらうチャンスをもらったのです。実は『メタル現場主義』で撮影したイエス・バージョンは「完成」させました。どうゆうことかというと帯をつけてLPを作ったのです。宣伝動画に登場したこれですね↓

 


そして今回『月刊伊藤政則(仮)』でも再度、ヒプノシス化計画 (⇦というウルトラQばりのカッコいいタイトルをヘドバン編集長がつけてくれて)また撮影してきました。『ヒプノシス化計画』はいくつか撮りたい候補があって、その一つはピンクフロイドの『ウマグマ』を新宿御苑で撮りたかった。もう一つの案は横浜の赤煉瓦でこれも ! !

 

 

 

 

しかし伊藤さんのスケジュールが激務すぎて日程の折り合いがつかず、今回はスタジオで撮る作品に絞り "アレ" になったのです。今回もやっぱりLPまで完成させたくなり作っちゃいました。 イエスの『究極』は『メタル現場主義』のデザイナー浅井さんと、そして第2弾の "アレ"は、この本のデザイナー小林クンとコラボしました。コラボチームには勝手に『東京ヒプノシス』と命名。次の機会も狙ってます(笑) 

 

 

東京ヒプノシスの仕事は9/22日から渋谷タワーレコード8階で開催するメモラビリアに飾られるので是非、チェックしてください。浅井さん、小林くん、そしてカッコいいタイトルをつけてくれた梅沢編集長、ありがとうございます。

書籍の撮り下ろしの中のネクタイは手作り。SNSで「誰かスタッズどこに売ってるか教えて〜」と叫んだらみんなが教えてくれました。写真家のKumi(Yamada)チャン&スタッズ探しに協力してくれた皆さまありがとう。無事にメタルなネクタイ完成しました。写真はグラビアページで見てね。

 

 

 

 

展示会場、着々と準備中。日本のメタルファンは恵まれてる。こんな貴重なお宝を間近で見られちゃうんだから ! !  1970年代のものから非売品、当時の宣材グッズまで。伊藤さんが綺麗に管理していた貴重なグッズだらけよ。『月刊伊藤政則(仮)』の即売もあります。

 

 

 

モーターヘッドの立て看板、めっちゃカッコええ〜。

 

 

 

 

 

ついでに『メタル現場主義』もよろしくお願いしますと宣伝せにゃ...出しっぱなしとよく言われるんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     釜山のいろんな裏と表

2018.09.02 Sunday

 

 

 


旅行をする時、アメリカを走る時はモーテル、ソウルの宿はもっぱら民泊(AIR B&B)を利用しているけど、釜山はホテルが安いのでビーチの前のホテルにした。1部屋1万円で、まあまあのところに泊まれるので。昔はトリップアドバイザーやホテルズドットコムを使ってたけど、手数料を取られるから最近はAGODAを使ってる。ホテルを予約したら支配人とやりとりして部屋の様子を聞き出してリクエスト。今回もその作戦で「前に泊まった広い部屋希望」とメッセージしてみた。

 

 

へウンデに到着したらフロントの人に「前はいつ泊まったの?」と聞かれた。支配人とのやりとりがフロントにも通ってたみたいで「部屋を見せて」と見に行ったら1万円の部屋にはリビングがあってジャグジーまでついていた。「支配人が用意してくれたの?」 と聞いたら「そこ、あなたが予約した普通のツイン・ルームよ。どう?そこでいい?」と言われたので即決。釜山はご飯とタクシーも安いけど宿も安くて旅しやすい〜

 

 

 


そして人もいい。せっかちだけど人懐っこくて、ちょっと昭和の人付き合いを思い出す感じなんだよねぇ。旅行の目的の1つだった韓国で1番ゴージャスなチムジルバン(サウナ)に行った帰り、タクシー乗り場にいったらめっちゃおじいちゃんドライバーだった。で「この住所のとこに言って」とハングルの文字を見せても困った顔をしていてまごついてて。姪っ子がスマホの地図を見せて「近くだよ」と言っても、もっとまごついちゃって。

 


そしたら見かねた後ろのタクシーの運転手が降りて来て「ナビゲーションに住所をいれればいいんだよ」とおじいちゃん運転手に教え出した。「この住所ならすぐ近くじゃないか、ほらほら、住所をいれてみて」といってもおじいちゃんなので「あ、い、う、え、、、」と探すのもおそくて手こずっていた。そしたらもう運転席に顔突っ込んじゃって「違うよ、違う、か、き、くの方だよ。あああ、もぉぉぉ。いいや、俺の車に乗れ」とせっかちだから(釜山の人はせっかち・笑)私たちを自分の車に乗せてってくれた。というような場面にしょっちゅう出くわすのが釜山(笑)

 


お店で貝を焼いてくれたおばちゃんも普通に会話してくる。「今日は店でトラブルがあってね。今、そのことを近所のみんな呼んで話しているのよ。だから私たち今日うるさくて悪いけど、食べたいものとか(小皿の)おかずとかキムチとか(お代わり自由) 欲しかったら呼んでね」という感じ。へウンデはリゾート地だけど、釜山だから下町でご飯食べてるみたい。それが肩ひじ張らず心地いい。

 

 

 

今回、センタムシティという近代的な街のチムジルバン(なんとかの湯みたいな施設)へ行ってみたかったのでみんなで初体験。韓国で1番広くてゴージャスなチムジルバンだけあって、初体験の旦那が「韓国のサウナってこんなに広いの?」とびっくりするほどの作りで奇麗でした。お薦めです。サウナは遠赤外線から汗蒸幕、大理石の岩盤浴からアイス室までいろいろ。お風呂も広くて良かった。でも私はソウルで泡風呂と高麗人参風呂にも入った事があるのでその辺もあったら良かったけど。旦那はジャグジーが強くて気持ちよかったらしくみんな満足。お値段は平日は1500円です。

 

 

甘川文化村やソンドという海岸のスカイウォークを歩いたり観光もした。甘川文化村は古い集落をアーティストがアートで埋め尽くした住居。まだ人は住んでいて時々、廃墟にも出くわす。住人の迷惑にならないように歩いてもいいので、歩くと決してそこが裕福な街ではないことがわかる。大好きで2回も見た釜山の市場で生きて行く家族の映画『国際市場で会いましょう』で「俺の店は売らない」と開発業者を追い払い、必死に店を守る主人公の顔と重なる。この映画ほっこりしたい気分の時に是非見てください。秀作です!

 

 

迷路のような甘川文化村の住居の街を歩いてみる

 

 

スカイウォークは気持ちいけど、下が見える窓が時々登場するのよ〜怖

 

 

 

 

 

と、ソウル並みに発展していく釜山。でも、その裏でチキン屋は閉店、市場で働くアジュンマたち(食堂も市場も働いているのはおばちゃんが多い)、甘川文化村でヒモに洗濯を干しているおばあちゃんもいる。私は観光客だし、楽しく美味しい旅だったけど、釜山の表と裏を見た旅でもありました。この続きはまだまだ見つづけていきたいし、次回はもっと裏路地に入って歩いてみようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:釜山!プサン!BUSAN



            

     釜山で海鮮づくし

2018.09.01 Saturday

JUGEMテーマ:釜山!プサン!BUSAN

 

 

 

 


釜山3泊4日食倒れの夏休み。
一向に上達しないというか、単語が頭にはいらない(涙)韓国語を勉強している。しかし遂に私に向いてる勉強法を発見したのだ ! ! それは「韓国の食いしん坊のブログをチェックする」こと。美味しそうなご飯の呼び名は一瞬で覚える...(苦笑)

 

 


例えば、、、韓国語なんかわからない人もこのかき氷のな前は覚えるはずです。
「パッピンス(かき氷)」そしてこのパッピンスの一番美味しい店の名前が「ソルビン」
「ソルビンに行こう」は「かき氷を食べに行こう」ってくらい美味しい。友だちと3人くらいで食べるサイズ。暑い時期に韓国へ行く人は絶対食べてね〜!  写真は季節限定のメロンとブルーベリー・チーズケーキ、アップルマンゴー・チーズケーキ。中には牛乳かき氷と練乳、バニラアイスとサイコロみたいなアップル・チーズケーキがちりばめられてます。

 

 

 

デザートから書いちゃったけど、今回は海の街釜山でいろんな海鮮を食べてみたくて毎日海鮮三昧。あれもこれも食べたけど、ベスト3はこれ。私が一番食べたかったのは全部のせ海鮮鍋。あわび、ムール貝、エビ、たこ、蟹、ハマグリなどが入った海鮮鍋。これは辛くないバージョン。締めは手打ちのうどん。うどん投入の頃にはだし汁が出ていて最高に美味しい状態になってて満足度120% (笑) 飲んで食べて海鮮追加しても一人2000円くらいで食べられます。

 

 

 

 

次は姪っ子が食べたかった貝焼。この店はアジュンマ(おばちゃん)がどんどん焼いてくれたけど、焼いた貝がぱかっと口を開けたらそのスープを野菜の皿の方にどんどん入れていく。だから野菜のお皿は海鮮だしになっていくというシステム。ハマグリにはチーズをのせたり、醤油やポン酢で食べたり自由にいただきます。貝のスープを投入し続けた野菜もめちゃ美味しい。そしてこの貝スープの残りで最後の締めのご飯と刻み海苔を入れて海鮮スープ・ベースの焼き飯を作ってくれます。これも最高。お腹いっぱいなはずなのに締めまで完食してしまう恐ろしい釜山飯。これは3人で4000円くらい。

 

 

 

 

 

そしてSNSに写真を載せた途端、ソウル在住釜山出身の友達から「ああ、羨ましい…」とコメントが入った釜山の子たちの地元ご飯。タコ、エビ、ホルモン炒めのビビンバ。海鮮ビビンバ にスープが付いている感じ。辛さは調節できます。これは炒まったら海苔とニラを混ぜてご飯にかけて食べます。きっとこれ釜山の漁師飯じゃないかな〜と思った。海鮮ビビンバだもの。と思ってたら食べれるなら締めにインスタントラーメンを投入して海鮮ちゃんぽんを作ってもいいというので、もちろん作りました。もう炭水化物攻め最高ってやつ(笑) だし汁も追加してくれるので、こちらも完食。欲をいえば生卵落としたかったな〜。

 

 

 

 

という感じで毎日海鮮食べてました。そして海雲台に宿泊する人には定番のタクシー運転手の朝ごはん「名物クッパ」(500円に値上がってた・泣)も毎日食べた。これ全く辛くないの。だいこんがトロトロで飲みすぎと疲労の翌朝には最高です。風邪引いた時とかこれ食べたいなぁ。毎日食べたいお腹にもお財布には優しいクッパ♡ 1962年からクッパ一筋の店だけある味です。

 

 

 

 

で。夜は昨日のブログに書いたニューマイルドチキンでプライドチキンを食べました。これが夏休み(笑) 食ってばかり? はい。

 

 

でも韓国1のスケールのチムジルバン(ゴージャス・サウナ)も初体験。サウナ10種類とお風呂に入った話はまた明日書きます。釜山までのフライトは往復24000円。今回はビーチ沿いのホテルにして一泊1万円。これがまた凄い部屋だった!!? 

 

 

お手軽夏休みには最高。釜山の人はソウルの人に比べるとちょっとなまっていて人懐っこい。そんな人柄の話しはまた明日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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