『パラサイト 半地下の家族』の次に何を観る?

2020.02.16 Sunday

 

 

 

昨日はバレンタイン・デイ。そしてミーティングも女性とが多くチョコだらけ。チョコホリックは食べるのも好きだけどプレゼントするのも好きは「あるある」だね。チョコレート売り場をチェックするのが好きだから。昨日のミーティングは約束したわけじゃないのに、みんなチョコを持っていて…これだから女子ミーティングは最高(笑)

 

 

 

 

で。その韓流映画ドラマ誌『韓流旋風』のミーティングは、議題が終わると話題の『パラサイト』についてまだまだ喋る。この映画、宣伝用ポスターからして「秘密」が随所に隠されているのをご存知でしょうか?  ネットをググるとネタバレで少しヒットするけど、自分の知らない秘密を知ると「えええ!?」とまだまだ楽しめる

 

 

 

 

ポンジュノ監督は、この作品のテーマを脚本や演出だけじゃなく小道具、セリフ、シーンの状況のすべてを使って巧妙に演出されている。富裕と貧困を「想像させる匂い」だけじゃなく、階段と坂のアングル、セリフ、インディアンという設定、などいろんな角度からこれでもかと突きつけてくるので、知れば知るほど本当に面白いです。昨日のミーティングでもまた違うポイントを知ったので「もう一度見たい」が、今、都内の映画館チケットが取れないので、もう少し落ち着いたら3度目に行くつもり。

 


それにしても『パラサイト』のおかげで普段一緒に仕事をしているライターさんたちがyahooのトップ・ニュースに登場していてそこも凄く嬉しい。こんな「ものすごく韓国的」な映画を、普段韓国映画を見ない人も見ているという状況は、この分野で働いている私にとっても嬉しいこと。これをきっかけに韓国映画に興味を持つ人が増えてくれるといいなと思っていたら、東京・四谷の韓国文化院が無料で映画の上映をアナウンスした。速い ! !  この瞬発力が韓国らしい。韓国人の友だちに言わせると「ぱっと飛びついてすぐ冷める」と言うんだが、(映画の一家のように台湾カステラブームでみんなカステラ屋をやってすぐ終わって失業するになるんだよ、と)、でも良い部分は映画も含めどんどん見習いたい。

 

 

 

 

この無料映画はなかなか秀作を集めているので、是非足を運んでみてください。昼の部は先着順で夜の部は申し込み制です。このシアター綺麗だし音響もシートも良いし、300人は入れる立派なシアターです。

社会派が好きで『パラサイト』でソン・ガンホさんの演技に魅了された人は2/20の『タクシー運転手』はマスト。韓国映画の社会派というとドーンと重いのを想像するかもだけど、この作品も笑いもあるしテンポも良いので是非。

 


6/18の『1987、ある闘いの真実』も社会派の秀作。これは実話ベースなので内容は少し重いけど、1987年に隣の国で何が起きてたかを知ることができます…私は見終わってしばし席を立ち上がれませんでした。1987年の自分は音楽雑誌の編集部で働いていたんだけど、韓国では民主化運動でようやく市民が自由を手に入れようとしていた…。この映画を見て実在する当時の大学生の記念館(ソウル)にまで足を運んだほど衝撃を受けた作品です。

 

社会派が苦手な人、ハート・ウォーミングな映画を楽しみたい人は4/13の『怪しい彼女』を。『新聞記者』の女性記者役で松坂桃李と演じたシム・ウンギョンさん主演。70歳の毒舌老女が突然20歳の姿に若返ってしまい…人生を再スタートするが…というファンタジー。私は最近シム・ウンギョンさんが好きなのでこれを見に行こうかな。

 

 

ここに選出されていないけど『国際市場で逢いましょう』も一人の男の人生で描かれた人間ドラマ。韓国版『フォレスト・ガンプ』というところ。お薦めします。というわけで是非ココでチェックして足を運んでみてください。

 

 


そんなわけで、私も『パラサイト』を見てインスタントのジャージャー麺『チャパグリ』が食べたくなったので新大久保のスーパーに行ったら完売していた ! !  これも映画の中で奥様が牛肉を入れて食べるシーンを見た人が買い求めているんだって。私のお昼ご飯が…(笑)  韓国のインスタント麺は太麺が多くてもちもちしているので、太麺好きの人はどうぞ。この2つのラーメンを混ぜて作るレシピはこちらを。 コロナ・ウィルスが終息したらソウルに飛んで食堂で本物食べてくるぞ、と。そして『パラサイト』で一番好きな豪雨のシーンの階段を下がってきたいです !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     エンタメEXPOに行ってみた

2020.02.13 Thursday

 

 

 


2020年はサクサク動かなければとなぁ、と、考えているうちにもう2月も中旬...(焦)。オリンピックイヤーなんてフリーランスにとってはビジネスチャンスでもなんでもなく…ぼけっとしてたらあれよあれよと流されていく期間でしかない。しかもコロナ・ウィルスも上陸しちゃってオリンピックどころか産業はどうなっちゃうんだろ?  とはいえ、庶民はうがい手洗いと免疫力向上させるために泳ぐくらいしかできないけど。そんなわけで、昨年から考えていた上半期事業計画をちびちびと実行中。

 


先週はエンタメEXPOに行ってきました。これはエンターテイメント・ビジネスに関わる企業がビジネス・マッチングの場を設け、情報交換をしたり自社の新しい商品やアイテムをアピールしたり知識を得たりする展示会。

 

 

 

 

ファン・クラブ運営やチケッティング・ビジネスの企業も参戦していて、ファン・クラブは何をどう動かしているのか…規模・内容は違いすぎるけど参考になるかもと思って覗いてきた。

 

 

「Tシャツやタオルのコンサート・グッズはもう時代遅れ」という意見や「その先を行くグッズは?」というテーマのセミナーにも参加。周年グッズやSNS映えするアイテム、ライブ参加用グッズ(ペンライトから応援グッズ)、ももクロのグッズは原色で「実用性の無いもの」を作ると言う現場の話、オンライン・ストアだけで売るグッズvsコンサート会場だけで売るグッズ、など、興味深くて「へええ」な話もあって参考になりました。

 


おそらくここに参加した人たちの中で私が一番「半地下」な参加者だと思うけど、参加したセミナー「売れるマーチャンダイズ」や「ファン・クラブが率先して考えるべきグッズ」の話を聞いていたら、(トップの人でも自分と同じようなポイントで悩みがあるのね…)と共感できる部分もあったりしてなかなか面白かった。逆に「扱うバンドやその向こう側にいる購買層=ファンを考察しなければいけない」というあまりに基本的なセリフには、(あたりまえじゃん…?)とも思ったけど、ビジネスでファン・クラブを運営する企業の方は、一生懸命メモを取っていた。スーツの人たちにはそれが簡単なことじゃないのねぇ。

 


と。基本的なこともセミナーでは教えていたけれど、逆にビジネス的な視点が欠けている私にも勉強になる部分はたくさんあったので行って良かったです。意見までしてみたし。w   おじさんはそんな私の意見までメモしてくれました。仕事だから必死? 私は趣味なの。w

 


そんな、いろんな企業のブースが並ぶ中で名刺交換してきた会社がここ。心が揺らぎました。何を作りたいかはこれだよ、これ。写真パネル♡「1枚でも安く作ります」という四国から出店していた企業。素晴らしい。作っちゃおうかなぁ〜♡

 

 

⬆︎こっちも等身大じゃないからこのサイズでもいいかも⬇︎意外と安い。

 


さて。オリンピックまでに計画している2つの企画は何とか作れそうです。というかやらねば。ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパンの方も自分の仕事の方も、もうすぐアナウンス出来ると思います。

 

 

RFCJの企画は他の国じゃできないことがやれそうで、4月1日に「登場」します。先ほど「3月中に情報解禁して良い」と許可をいただいたので3月に入ったらアナウンスします。パーティーもやっちゃおうかな♡ 2月だけど、どんどん動こう。今年はまったくやってこなかったアーカイブを整理しているので、写真の販売も開始します。何でもかんでもは売らない(売りたくない)が。。。。どうぞ宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     ベトナム人の友だちができた

2020.01.26 Sunday

 

 


昨年末に初めてのベトナム旅行をして以来、興味が湧き友だちと会うたびに「ベトナム人の知り合いいる?」と聞いていたら「職場にベトナムの子がいる」という友だちが登場。「ぜひご飯したい」とお願いすると即「OK」の返事が来た。それで鴬谷のラブホ街の近くにある居酒屋で会うことになった(笑)

 


この居酒屋、むかしNHKの『72時間』という人間ドキュメント番組でもとりあげられていた超ティープで格安の下町の居酒屋。24時間営業で飲み過ぎのおじさんやラブホ帰りの方々などいろんな人種が行き交う居酒屋。彼はこの辺りで働いたこともあったので、懐かしい場所だからとここになった。安くておいしかったです。

 

 

yokoちゃん紹介してくれてありがとう。

 

 

ベトナム・ビギナーの私が質問したいことは薄っぺらいことばかりなんだけど、それでもベトナム人のホアン君(27)と話したことで、自分の価値観が知らず知らずのうちに上から目線で、視野が狭いということを知ることになり、自分的に残念な気持ちにもなったけど、ご飯会は楽しく、美味しく笑って終わったので良かった。ベトナム・マニアは知っているんだろうけど、ビギナーには新鮮なネタがどっさり。

 


ホアン君に聞きたかったことはシンプルで、例えばベトナムでは「なぜ路上で物を売っているオバちゃん達もちゃんとスマホを持っているの?」とか「車は税金が200%もかかるからお金持ちの乗り物でしょ? みんなバイクに乗っているけど、鉄道がなくて困らないの?」とか。失礼なことを聞いちゃうかもしれないけど、そう思ったら言ってと断ったけど、笑いながら「何でも聞いて」と言ってくれた。これらの答え、おそらく私と同じように思う日本人きっと多いと思う。

 

車道が渋滞だと歩道も走るバイクの群れ。。。。

 

 

大都市ホーチミンの交通手段は鉄道が少ないので、老若男女みなバイク。だから「例えば地方の都市に行く時はどうするの?」と聞いた。すると「高速バスがある」と言う。私はバスで何時間もかけて地方に行く=安い手段だけど疲れると考える。でもホアン君は「時間はかかるけれど、それがベトナムは当たり前。困らないしバスは最高」と言った。「大変だなあ」と勝手に思っていたけれど、彼がスマホで見せてくれたバスの写真を見て驚いた。私の頭で想像していたバスと彼がいうバスはまったく別のものだった。違い過ぎてびっくり。そのバスはもはや移動カプセルホテル。私の頭では想像もできなかったし大変だなあの意味もホアン君には通じなかったかも。ベトナムの高速バスは豪華でカッコよく素晴らしかった。乗ってみたいよ。

 

 

普通の3列シートもあるという。。。

 

 

 

こうやっていろんな質問をぶつけるたびに、自分の凝り固まった価値観は音をたてて崩れていきました(笑) 鉄道などの交通機関があることが便利で、時間がかかるし腰がいたくなるバスは安いけど窮屈…という概念で話をするからびっくりすることばかり。この概念を一旦取り払ってから話さないと、自分はちょっと井の中の蛙になっていて、日本は新幹線がある生活の方がまるで豊かだという立場で話していたと気がついた。政治のおかげで鉄道がどこにもある国だけど、それで豊かなんだろうか?と。

 

 

途中でそこに気がついただけでもまあ良かったが。こんな調子でベトナム人のホアン君との会話は何もかも違った視点ばかりで面白かった。トピックは戦争の話まで行ったけど「ぜんぜん平気」と話してくれた。お父さんや祖父は戦争経験者だったけど、机上の空論にはならず肌で感じる話が出来て自分の勉強になった。

 

 

話しているうちに更に驚いたのは、ホアン君の経験。日本に来て電車に乗った初日に車酔いをしてしまったそうだ。慣れるまで1週間くらいは頭がぐらぐらしていたそう。育ってきた環境で身体の適応力まで違っていて面白かった。

 


どっちが正解、何が豊かかの答えは無いし、何がベストとも言えないけど、価値観はいろいろでそれを知れるのは楽しい。義務教育を受けられない環境がある国でもFreeWi-Fiは飛び、家の農業を手伝えて長生きできる環境を素晴らしいという考えもあり。オリンピック開幕ぎりぎりで、ようやく弱々しいFreeWi-Fiの環境が出来上がり、あたふたしている東京で、やっぱり外に出ないと見えないことがたくさんあると今さら気がついたご飯会。楽しかったです。

 

 

 

 

 

 



            

      QUEEN展と70年代写真展に行ってきた

2020.01.17 Friday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

日本橋のタカシマヤで開催中の『QUEEN EXHIBITION JAPAN』と銀座で19日まで開催中の70年代ROCK写真展を見てきました。元職場、シンコーミュージックのアーカイブがベースになっているエキシビジョンなので案内をしてもらいじっくり見せてもらいました。

 

 

QUEENを見た後だと窓の景色もロンドンのハロッズに見えてきた?

 

 

幾つかのコーナーに分かれていてテーマは「日本」「フレディーの衣装」「ライブやインタビュー映像」 「当時の日本の記事と写真」「フレディの撮影したポラロイド」などのバンドや関係者が所有する貴重品。雑誌『MUSICLIFE』で取材してきたアーカイブと写真を中心にそれらのコーナーが存在している。

 

 

こうゆうEXHIBITONって、入るとすぐに分かる。企画・制作者の展示に対する熱、アツさが。ただ「見せときゃいいやで並べただけ」のものなのか。「ファン目線で選りすぐって考えられた」ものか。。。。QUEEN展はもちろん後者。これは音楽雑誌を作ってきた会社が関わっているのも大きいと思う。バンドを写真と記事で見せることに長けているからだ。

 

 

当時の『MUSIC LIFE』読者世代には懐かしいと感じる写真や記事も多いけど、雑誌サイズではなく巨大なプリントでメンバーのパネルを見るとインパクトが違う。きちんとガラスのケースの中に飾られたポラロイドやメモ、衣装は見応えがあって素晴らしい。衣装の横にはスクリーンが用意されていて、フレディがその衣装を着用したライヴ映像が流れてるので、今、当時をリアルに感じられる。衣装は何着も飾られているので、そのつど、そのコーナーにライブ映像があった。私はそれぞれのこのコーナーがお気に入り。

 

 

デパートの中だからスペースも限られているし、すぐ終わっちゃうんじゃないかなと思っていたけど、一つ一つ覗いてると見応えがあった。3年前に寺田倉庫でデヴィッド・ボウイ展を見たけど、あのコンパクト・バージョンという演出で、過去の記録を新鮮に見せている。写真は撮れないのでフレディの等身大のフィギュアだけ。

 

 

 

 

関係者の話を少し書くと、フレディの衣装は彼が細くて日本で最初に用意したマネキンにはタイツが入らなかったそう。それで細いマネキンを取り寄せたそうです。フレディは相当体が細かったのね。展示してあるポラロイド写真は、フレディ本人が撮っているから彼の目線・視点も見えてくる。映画に感動した人はもちろん、そんな部分はMLの読者世代も楽しめると思います。

 

 

日本を愛したバンドという意味では、ラモーンズも全く同じ。ラモーンズ・ファン・クラブもアーカイブ映像流して(しかも超極秘映像)、ポラロイドを公開して(ガラスケースじゃなくてガムテで貼り付けたけど↓笑)、当時作ったフラッグを貼ったりと、1月12日の浅草でやってることは同じだと思うけど見せ方の規模が違いすぎる。あ〜宝くじを当てたいぜ〜〜(笑) 

 

 

 

 

もう一つ、銀座リコー・イメージングで開催中の70年代ロック写真展へ。こちらは70年代の洋楽(特にパンク、SIREのアーティスト多め?)の写真が並ぶ写真展。カメラマンはアーティストごとに違っていて、時代で統一されている。イギリスは70年代のクラッシュ、ポリス、ピストルズからビートルズ、ストーンズ、フーまで色々。

 

 

アメリカはブロンディ、ラモーンズ、B-52などSIREのアーティストが多い。ジョージ・デュボス氏撮影のラモーンズ後期の2枚のジャケ『SUBTERRANEAN JUNGLE』と『TOO TOUGH TO DIE』のオリジナル写真は販売もしていた。15万円...買えない。というか買いたいとはあまり思わなかった。私が一瞬ぐらっと心が動いたのは、THE WHOのピートのジャンプ・シーンのカット。有名なカバー写真よりインパクトの強い一枚の方が購買意欲が(私は)湧いた。写真の訴求力x直感=購買でしょうか? 最近よく「売って欲しい」というメールも戴くので撮るではなく見る感覚で眺めて来ました。

 

 

 

 

この写真展の良いところはカメラマンの撮影コメントが書かれているところ。ある写真とない写真では写真との距離が違う。写真にはいちいち説明を書くなと言う人もいるけど、これはバンドの写真。秘話はコメントじゃない。今年は私も写真を見せたいと思っているので勉強になりました。

 

 

ピストルズの写真にはこうコメントが。「SOUNDS誌(イギリスの音楽誌)の写真撮影だったけど、全員撮られるのを嫌がっていて最初は出てこなかった。ということになっていたけれど、髪をオレンジにしたばかりのジョンは後で「撮ろうよ」と言ってきた」という現場のエピソードからメンバーの人柄や性格が垣間見えてくる。写真がぐっと近づいた。

 

 

コメントがあるとないとでは違う。特にバンド写真のコメントは私は得した気分。ラモーンズの『TOO TOUGH TO DIE』はストロボが光らなかった偶然から生まれたシルエットだというエピソードも面白い。スタジオで働いていた(20年以上前の)話だけど、社長が「失敗は新しい作品。無駄にしないでそれを生かせ」と言ってたけど、まさにそれ。

 

 

2本の洋楽ロックの展示に刺激をもらったので、今年は自分もプリントしたい。そういえばジョージ・デュボスの2020年カレンダーは7500円だった。高っけ〜。私の極秘制作ラモーンズ・カレンダーは販売価格2500円。

安すぎたかも〜? (笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

    何が起きても年は明ける 

2020.01.09 Thursday

 

 

 

 

前回のブログの続き。新年早々ハードなネタですみません。

 

 

 

ベトナムで戦争の残酷さを短いベトナム滞在で感じて帰国した日の夜、野球仲間が意識不明の重体という「一寸先は闇」を味わうことになりただただ呆然としていた。仮に病院に向かったところで何ができるわけでもないし私は家族じゃなくて、ただの野球場で馬鹿騒ぎしているひとり。友だちだけど相手のことは深くは知らないし、普段どんな日常を過ごしているのかも知らない。干渉しないでいたから良い関係で入られたしずっと楽しい関係だったと思うけど、、、それでもこれはショッキングな出来事だった。

 

 

とにかく「(あけまして)おめでとう」な気分に全くなれず、この話は夫婦だけでシェアし「今はもうしょうがない」とお互い無力を一旦飲み込み、明るく振る舞いながら年は明けた。これが私の年明け。

 

 

2020年に入るとCJラモーンがインスタで「新年の挨拶と引退」をアナウンス。「ここ十年のサポートに感謝する」という言葉と意味深な内容を動画で彼らしく説明していた。私はこのネタをまだニュースにはしていないし、まだしないけど、こんな年明けもあるんだろう。自分の年齢と比例もしているような気もする。2019年、私の周りは病気の友だちがたくさんいて「当たり前」や「普段通り」が減ってきたなと思えたから。

 

 

というわけで、今年初のライブは、京セラドームのチケットが取れたK-POPのブラック・ピンクのコンサート。だからとにかく大阪を楽しむことに決めた。せっかく久しぶりの大阪だし、姪っ子たちにとっては初めての大阪。年齢の差(=経験の差)が出る。私がとっくに経験したことを新鮮に捉えているのが私には新鮮だったり。とにかく気持ちを決めた頃「友だちの意識が戻った」という連絡が来て肩の力が抜けてホッした。本当に良かった。意識が戻ったのが、その彼女の誕生日だったというのも後から聞いた。  

 

 

 

 

 

 

 

ブラックピンクのキラキラと可愛さ、格好良さが楽しくて、ラスベガスでエンタメを見ているかのような気分になれてとても良かった。可愛カッコイイ「ガール・クラッシュ」な女の子たち。プロの可愛さというか。席は遠かったけど、双眼鏡持参でダンスや歌を楽しんでヘア ・メイクや衣装、アクセサリーなど、仕事的な見方かもだがそっちも堪能♡ 一番気に入ったのはシルバーのハート型のイヤモニとピアスのバランス。耳のあたりがあれ一つで、凄くかっこ良かった。アクセサリーは大事なポイントね。曲や枠ごとにヘア・スタイルとメイクを変えて、魅(見)せる彼女たち。可愛さを更にバージョン・アップしていた。キャラクターと実力とプロの仕事の合わせ技を楽しんできました。ブラックピンク、音はコレ

 

 

大阪を楽しく過ごし、帰宅してプールにも行き「今年の目標は2km」を掲げたけど、何となくいつもとは違う1年になる気がしてならない。喉元すぎたらいつも通りのバカな自分に戻るのか...でも同じではいたくない気がしてます。何はともあれ、今年もお付き合いのほど、何とぞよろしくお願いします。

 

 

おまけ。今回宿泊した難波駅から数分のAIR B&Bが良かった。正確には黒門市場のど真ん中。部屋も綺麗で他の部屋も全部AIR B&Bという民泊ビル。ベッドも3つあって一泊一部屋8000円。お正月だったから高いけど普段はもう少し安いのでお勧めです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

  2020年もよろしくお願いします。新年早々いきなり長編 !?

2020.01.08 Wednesday

 

 

 

 

 

みなさま、遅ればせながら本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

やっとエンジンが温まりだしてゆっくりと走り出しました(遅・笑)。今年も(は)安全運転で行きたいと思います。3年前から四行日記というのを書いていて、年々、同じ日の昔の日記を読めるんだけど、一年前も二年前も1月6日の日記には「だらだら」という言葉が書いてあり、人間そうは簡単に変われないんだなというのを実感しております…

 

 

 

でも。今年は変わるし、変えなければ…と思わせる年末の休暇でした。

 

 

 

環境をガラッと変えられて刺激をウケる旅が好きで一人だったり、女友だちとだったり旅をよくする。年末は夫婦で旅行に行ける唯一の時間だけど、お互いの親も高齢になり、ここ数年はお正月は実家に出向いて顔を見せる親孝行休暇にシフト・チェンジ。自分(達)の時間から→親とシェアする時間へ。当たり前のことだし普段から親孝行はしていればいいけれど、なかなか出来ないのが現実なので。

 

 

 

 

 

2019年、我が家はベトナムご飯ブームだったので、本場のベトナム料理を食べてみたいという夢と近さで3泊4日で満喫できるベトナム・ホーチミンへ行ってきました。昔見ていた大泉洋の『水曜どうでしょう・ベトナム編』の最終回の印象も強くて、行ってみたい国な憧れもあったかも。SNSには書いたけど、コンビニのペットボトルの水が30円、屋台のフォーが120円と、とにかく物価が安い国。それは良し悪しではあるけれど、私たちのような観光客にとっては、ホテルでも毎日フォーが食べれる豪華な朝ごはんビュッフェ付きのプールもある素敵なホテルに東横イン価格で宿泊できるから存分にオフを楽しませてもらいました。たぶんお土産を買って外でご飯も食べたけど、4日間で1万円ちょっとしか使っていないかも。

 

 

 

 

そんなバケーション的な旅でも、なるべくリアルな現地に突っ込んで行きたい性格なので、ベトナム人から「義務教育がない」ことを聞いて驚き「深夜に路上で働く子ども達」を見てその国の現実を少しだけ肌で感じてきました。

 

 

最終日は「ベトナム戦争ミュージアム」に出向き、残酷な写真や展示をたくさん見た。アメリカ軍が散布した枯れ葉剤の影響で生まれたベトちゃん・ドクちゃんのような双生児のホルマリン漬けなどの展示もあって、衝撃的だから「あれはベトナムのプロパガンダだ」とか「見せる必要があるのか」など賛否もあるそうだけど…私は行って本当に良かったと思っています。子供もたくさん見に来ていました。

 

 

 

 

戦争がどれだけ残酷な行為なのかを頭で分かってはいても「久しぶりに」ちゃんと考えるチャンスをもらい、残酷であればあるほど、今が平和であることに感謝も出来たから私はここは行くべき場所と誰にでもお勧めすると思う。トランプが戦争を仕掛けようとしている今、何も変わらないんだなという「現実」との対比に怒りも湧いている。

 

 

このミュージアムのおかげで、私が知っている映画『プラトーン』や『グッドモーニング・ベトナム』などの戦争映画で得たちっぽけな知識にリアリティを付け足すことが出来て続きを見ることが出来たのだ。それにしても本当に「残酷な展示」だらけのミュージアムだ。でも、だから平和を感じられたのに...。

 

 

路上で物を売る人もたくさん居たけど、その中で気に入ったのはこの立体カードです。毎晩、ホテルに戻る道のコーナーで親子で売っていた。一枚20円から40円。素敵な切り絵のカード。初日に買って二日目もそこで立ち止まって見たので、私が昨日も買った人だと認識されていて「やぁ」と笑顔で挨拶してくれた。5枚買ったらおまけしてくれて、それを断るのも悪い気がして「ありがとう」とまけてもらったことを軽く後悔…。でも「買ってあげる」という上から目線な立場も嫌だから、ビジネスはビジネスと思って「ありがとう」で受け入れたんだけど、なんで後悔しているんだろ?  難しい。

 

 

 

日本人は多分、路上で物を売って生活しているのは=貧しい人と決めつけると思う受けど、でもそこはちょっと違うかも。何故かというと、路上で商売している人もバイクの駐車場の受付の叔父さんも、屋台でバインミーや100円のフォーを売っている人も、み〜んなスマホを持っているからだ。物の価値が違うのかもしれないけど驚いた。「ベトナムはどこにでも電波は飛んでいる」とガイド本に書いてあったので、初めてwifiルーターをレンタルしなかったけど正解。とにかくどこでもスマホは繋がった。スマホ1台の値段がいくらなのか知る術もないけど、とにかくそこは困っていないように見える。

 

 

 

 

学校へ行きたい場合はお金を払わなきゃいけないので、お金の無い家の子は未だに読み書きが出来ないそうだ。大都会ホーチミンでもまだそんな現実があることに、ハングルの勉強を怠けている自分は反省した。怠けていられることは、まだまだ生きていくことに必死な領域からは遠いんだと思う。そんな風にいろんなことを考えたり感じられた旅でした。価値観が違う国や人と会って話す時間は自分にとっては宝だ。

 

 

 

 

ベトナムではチョコレートをあまり食べなかったしコンビニにはあまり売っていなかった。それはフルーツが甘くて美味しいからだと思う。どこの国にでもあるようなゴージャスなショッピング・モールもあり、その中のアイスクリーム屋さんのトッピングもライチやマンゴーと南国のフルーツばかりで美味しかった。

 

 

観光客の収入源だけが頼りな感じもしなかったけど、自国の資源で生産できている国には見えず発展途上には見えた。でも20年前の韓国(ソウル)もこんな感じだったのに、今はもう東京は追い抜かれているからいつかベトナムも凄い国になっていくのかも。メコン川のジャングルの中を叔母さんの船でクルーズしてここでも平和を感じられた。あれこれ考えたり刺激を受けたベトナムの旅。ベトナムの皆さんありがとう。

 

 

 

お腹を満たし心を揺さぶられた旅から帰国し、年賀状を書いたり大掃除をしていた夜、さらなる「揺さぶられる」出来事が起きた。それはロッテの応援席でいつも一緒に応援している友だちが「交通事故で意識不明の重体。車は大破。今ICUにいる」というロッテ・ファンの友だちからのメッセージだった。12月30日の夜にこのメッセージを受け取り、頭が真っ白になって落ち込んだまま新年を迎えることになってしまった。戦争ミュージアムで平和とベトナム人から生きることの力を感じて帰ってきたのに、友だちはICUにいる。人生はシンプルなようでシンプルではない。悶々としたまま年を越すことになってしまった。。。続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     U2プライベート・ジェットを見(撮)れた

2019.12.07 Saturday

 

 

 

 

とんでもない1日になった。久しぶりのブログだけど、書き残しておきたいのでいろんな大事なネタすっ飛ばして今日のことから書きます。

 

 

今日は仕事も休みだったので、のんびりブランチして、旦那を送り出し、商店街に買い物に行って家に戻ってきた。スマホが鳴ったので見ると今回一緒にU2を見に行った友だちNちゃんからのライン。見ると…

 

 

「ユキさんが見たがっていたU2のプライベート・ジェット、さっき成田から羽田に向かったみたいですよ !」と書いてある。

 

「えええええ!? 」 今、移動しているということ?

 

 

ってことは次の目的地の韓国に行くために始動したという意味?   このラインを私が見たのは今日午後14時の話。成田から羽田に飛んだ情報は、飛行機マニアのSNSで拾っていてそれは13:30の事だった。だからもうとっくに羽田空港には到着しているはずだ。う〜ん、間に合わないかも…でも見たい…でも…と一瞬、悩みかかったけど決めた。行く。羽田に。悩んでるのは無駄。

 

 

そう決めて、カメラバックをがっと掴んでニット帽被って手袋もって車へ。あとで気がつけいたけど、私ノーメイクで商店街に行った格好のまま羽田に向かっちゃいました(汗) Nちゃんに「私が運転している間に何か情報ゲットしたらメッセージを残しておいて」と頼んで走る。通常なら家から羽田までは1時間強かかるから早くても羽田に到着は15時だろう。でも何となくこうゆうムードや勢いの時って自分を信じるしかないのだ。「絶対、見るぞ」って。

 

 

信じて集中すると、何ていうのか、ムードが変わる時がある。だからどっちに転ぶかわからなくても勢いはとても大事。運転しながら「絶対見る。飛ばさない(←スピードの事・笑)」を呪文のように唱えながら走っていると「ひょっとして見れるかも」という気になってきた。それは信号がずっと青で赤に変わらなかったから。ずっ〜と青。まるで「行け。行け」と言われている気がしてきた。

 

 

羽田のスカイデッキに到着したのは多分16時前。最初に第二ターミナルへ向かった。飛行機マニアが「国際線の方からではよく見えない」と書いていたから。でも第二のターミナルのスカイラウンジは「そうゆう空気」がなかった。この勘みたいなのがすごく大事で「U2のジョシュアツリー・ジェットを何が何でも見たくて来た」という空気がない。ギラギラした目の人たちが見当たらない。この空気を感じなかったのと、整然と並ぶスターアライアンスの飛行機たちを見ていて「何かが違う…」と感じ、どうしよう、どうしよう、と思いながら「ここは退散 !」と決め、第一ターミナルへ走る。走る。走る。商店街へ行った格好のまま(笑)

 

 

第一ターミナルの飛行機たちは雑然としていた。ギラギラした目の人は見当たらなかったけど、マニアを発見。これ『メタル現場主義』にも書いたけど、IROM NAIDENのジェットを撮影に行った時、管制塔の無線を傍受しているマニアの皆さんがいらっしゃって「待っている」気配は察知できた。もはや自分もその領域に片足突っ込んでいる気もするが(笑)。 それで何となく「こっちだな」と決め遠くから探す。第一ターミナルのデッキから見える飛行機はいろんな柄の尾翼があってドキドキしてきた。一機一機、特にターミナルを持たないLCCの機体が止まっている方向をズームレンズで覗いていたら……

 

 

ヨシュア・ツリーの尾翼を発見!!!!! うわああああああ!!!!!  

(と、感動を分かち合いたくてツイート・笑)

 

 

 

しかもゆっくり、ゆっくり動き出していた。うぉおおおおお、間に合ったぁ〜(泣)。そこからはずっと連写。連写。連写。昨日Facebookに「iphone11の写真は凄いね」と書いたけど、こうゆう場面では全く使い物になりませんでした。やっぱり一丸レンズだよ。きっちりと飛行機をシャープに追い、目の前のスカイラウンジの邪魔なネットも綺麗にスルーして撮影してくれました。ちゃんと目の前をゆっくりランしてくれた時の絵がこれ↓

 

 

 

 

もうメンバー全員あの中なんだなと思うと、本当に物語のエンディングを見ているみたいで感動しました。飛行機はネットで見ていて想像していたのとほぼ同じ。でもライブを見た後だから、尾翼のヨシュアツリーが神々しく見えた。この第一ターミナルの長いランを見てそのあと飛び立つ瞬間はもう移動できなくて飛んだとこだけ見ることができました。

 

 

日が落ちてきていたけど執念というか、とにかく見たいと思っていたから嬉しかった。友だちNちゃんの情報に押されて動いて良かった。持つべきものは私を動かしてくれるアクティブな友だち。さすがロシアにSUEDEを見に行っちゃったNちゃん(笑)   私が飛行機を見たいと散々言ってたのを忘れていなかった。

 

 

飛び立った飛行機に「サンキュー」と手を振ってパーキングに戻ったのは17時。もう暗くなっていた。だから、たった3時間の突発的な出来事だったのだ。しかも日が落ちて暗くなる前に離陸。奇跡を少し感じた3時間。やるかやらないかはやる。行くか行かないかは行く。やらない、行かないは好きじゃないので、今日は自分の判断を信じたことが吉と出た。小雨だけどビューティフル・デイ。まさに。

 

 

そして帰宅して撮った写真を眺めていたら、最後の2カットにヨシュアツリーの尾翼を発見。空はもう薄暗かったし、第二ターミナルからは飛びたつ飛行機はよく分からなかった。でも映っていた。これ見てまた感動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、午後14時の商店街の続きは…本当はプールに行こうと思ってたので今から行ってきます。次は10月に行ってきたヨシュアツリーとUSAの温泉が最高だった話を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK



            

     マイケル・モンローPV撮影・東京・裏話し

2019.11.08 Friday

 

 

 

アメリカの温泉ネタもまだ書いてないけど、先にこっちを書きたいと思います。

 

 

 

 

 

マイケル・モンローの新曲『Last Train To Tokyo』PVは見ました?   東京をテーマに書いたキャッチーでとってもイイ曲なんだけど……このPV撮影は8月15日に都内某所で行われ、私も関わった一人です。…て書くとファンからは「イイな〜」に見えるかもしれないけれど、実は、もう、この撮影、いやここに行き着くまでが、凄ーーーーく大変だった(泣・汗)という話しを今日は書きたいと思います。

 

 

でも。

 

 

そんな大変な撮影だったからこそ、書き残しておきたいし伝えたい。撮影の現場のことや、私が勝手な思い入れを書きつづった『メタル現場主義』という書籍もあるが、本来ならばこうゆう書籍に書くべきネタ。でも来日間近だし、11月5日発売のBURRN!12月号の見開きポスターに、このPV撮影の1日のアウトテイクが掲載されたので、タイミングはやっぱり今でしょ? w 以下、まずは映像を見てから読んでください。

 

 

サマソニ出演のために来日したマイケル・モンロー・バンドが、その前々日の8月15日に東京の某所で新曲のための撮影を行った。新曲はTOKYOをテーマに書いていたので、東京の雑多な街のどこかでPVのスチールと動画を撮りたかったのだ。という趣旨の連絡が来たのは来日1週間前。しかもこの時点では誰も何故、東京のライブハウスや雑多な場所を探しているのか、その理由を知らなかった。映像を撮りたいのか、スチールを撮りたいのか、サマソニの前にライヴやって良いのか?と疑問だらけ。

 

 

そんなマイケルたちとただいま絶賛ツアー中のElectric Eel Shockの前川くん(b)から「help!」のメールが届き、ラモーンズFCつながりもあるし、写真も撮ったことあるしというので、このブッキングをバトンタッチし、何だかよくわからないまま、私がコーディネートをすることに。この時点では「マイケルのドキュメンタリー映画を撮っている人に同行するらしい」みたいな感じで「それでいいのね。了解〜」と気楽に構えていたんだが…

 

 

それにしても「サマソニ前にライブをやってもいいの?」というなんとなくもやっとした疑問をマネージメントに聞いてみても「YES. ALL OK」で許可は取っていると言う(本当? w)。じゃ、何故レコード会社じゃなくて個人の私と?という溢れ出る疑問を一旦全部飲み込んで「ちゃんとギャラ支払ってね〜」とマネージメントと交渉しつつ、バンドの映像を撮れる人を探す。

 

 

つっても、ギャラも決まっていないのに、「来週1日、8時間以上拘束の仕事あるけどやれる?」と無理なオファーをフリーランスの私としては本当はしたくない。このリクエストでOKしてくれるのは、知り合いか友だちかマイケルのファンしかいないよ。でも知り合いの石坂さんが引き受けてくれた。

 

 

私がカサカサとゴキブリのように何か動いているのを知ったファンが「手伝います」と声をかけてくれるのは、本当にありがたかった。けど、「ライブ後にメンバー全員の楽器を責任持って都内から幕張へ運んでくれる?」というお願いを...物理的にはもちろん簡単には出来ない。運ぶことは出来るとしても、相当信用できる人にしかもう私は頼めない。CJラモーンのベースが日本で盗まれて以来。

 

 

という具合で…二転三転四転くらいして、ムービーを撮る映像チームも揃い、前川くんがブッキングも完了してくれて晴れて下北沢QUEでライヴを演れることになった(祝)。当日が来た。

 

 

午前中、「どこに向かえばいいんだっけ?」と言うメンバー達に、英語と日本語の住所を送信し「タクシーの運転手さんに見せて」とやりとりしているうちに、今日の撮影がPVのための撮影だとやっとわかる。本当なのよ、これ。「じゃあ、歌詞を読みたい」と返信するとその歌詞には「SHINJUKU」とか「SHIBUYA」という地名がしっかり入ってるじゃないの〜!!? うわぁぁあ。これは日本人からしたらとても嬉しい曲だけど、じゃあその周辺で撮るべきじゃないの?  …になる。当然。当日に。で、そこからロケハンに突入。あんなきらびやかな5人を夜中の渋谷に連れ出すなんて、混乱間違いなしだから、ロケハン必至。う〜。。。

 

 

下北沢はNYのSOHO的な街。ファッションも音楽もカルチャーがある。でも渋谷みたいな大きな街じゃなくてダウンタウンな小さい路地でできた商店街みたいな街。(説明下手ですみません)

その通りにマイケル・モンロー御一行がタクシーから降りた時、その周辺だけぱぁーっとキラキラしてました。ザ・ロック・スター登場っていう感じで華やかだったな。私たちは準備に明け暮れ息をゼイゼイ切らした1週間だったけど、ロック・スターが下北沢QUEに君臨して楽器を鳴らしちゃうと、苦労は全部忘れました(笑)。

 

 

 

というかマイケルは彼の人柄で周りをそうさせてしまう人。物事すべてに真摯に向き合う人だから。この1日も彼のエネルギーで作れちゃった気さえ今はする。彼らには十分な広さとは言えない楽屋でも文句も言わずドレスアップしリハもサクサクこなす姿は、「百戦錬磨」「プロ」そして「今日はPV用の曲を2、3回演奏したら普通にライヴを演る」というからびっくりした。PVを録るためだけじゃないの?と。その後深夜に歌舞伎町で撮影もあるというのに…。

 

 

結局、新曲からスタートし「マリブビーチ」や「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」からアンコールのストゥージーズまで全14曲+同じ曲もう一度も含めたら全15曲(多分…)を演奏しました。この日の映像はyoutube にも上がっているのでチェックしてください。

 

 

ライヴ後。

 

 

もう一度、着替えてドライヤーをかけて準備が整ったのは24時すこし前。全員が乗れるヴァンを一台ハイヤーし歌舞伎町へ。渋谷のスクランブル交差点は、昔マライア(キャリー)で大混乱の撮影になったのを思い出して恐ろしくなり歌舞伎町1本に絞った。キラキラのネオンに「これこれ」と嬉しそうなマイケルの様子はBURRN! のポスターを見てね。みんなライヴ1本やった後だからさすがに疲労も濃いけれど、ずっとついてきた。

 

 

深夜2時頃からマイケルの歌のサビだけを撮ったけど、サミ(ヤッファ)に「ちょっと一緒に見てて」と頼むマイケル。サミは「いいよ〜」と(お腹が空いたので)ハンバーガーを食べながら後ろからついてきていた。この時に、二人の関係をかい間見れてなんかとても良かったなぁ。撮った映像を確認しながらマイケルがサミに「どうかな?」と聞く。「いいんじゃない? ちゃんとマイケルらしさ出てる」みたいな会話をしてました。

 

 

 

 

この時のマイケルの集中力は凄かった。だって24時から3時近くまで、ずっと口パクで歌ってるんだから。いやその前にフルライブもやっている。あの現場、みんな集中して別のアドレナリンが出てたかも。とにかく歌舞伎町の周辺を歩いて、歌って、撮って、本当に頑張った深夜の撮影でした。

 

 

下北沢QUEを出る前にマイケルに私は「本当に今から撮る? 疲れてないの?」なんて聞いちゃったんだよね。なんとなくミュージシャンて気まぐれだから「やっぱりもう今日はやめる」と言い出すかなあと思ってたから。でもマイケルは「少し疲れているよ。でも録らなきゃ」って小声で答えてくれました。だからね、こっちもフラフラだけど、やろうってなるんですよ、彼のために。そうやってあのPVは出来上がりました。

 

 

最後のシーンを撮り終えて「終了!」って叫んだらマイケルとサミはハグして「やったな」って言ってました。仲良いなあ。というか彼らの歴史のことを考えると、二人の「大事な絆」を目の前で見せてもらった感じ。貴重な現場に居ることが出来たんだなと思えました。あの日の撮影のPVをもう一度、貼り付けておきます。そしてBURRN! のポスターの写真も是非チェックしてください。ポスターにはPV撮影の合間の一瞬も写っています。

 

 

マイケルたちは、(下北沢でライブをしたあとに) PV撮りを遂行したけど、体力ももちろんのこと、仕事への集中力など、すべてにリスペクトしかない。バンドはもちろん、ElectricEelShock、映像の石坂さん、下北沢QUE、深夜の撮影に同行してくれた友達のジンジャー(付き合ってくれてマジ助かった!!! )、関わってくれた皆様、そしてポスターにしてくれたBURRN! 編集部、デザイナーの古川さんはこの貴重な日を一枚のポスターで表現してくれた。

 

 

残せてよかった。こうゆうのって、数年後に見ると宝になるんです。70年代のKISSやQUEENの来日公演の写真が物語っているように。大変だったけど、何かを作り上げて行く時の一体感は最高に楽しかった。みんなに感謝。最後にミュージシャンとしても人間としても、偉大なマイケル・モンローに感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

    スパイラル・ジェティは沈むことを予想して作られていた?

2019.11.02 Saturday

 

 

 


11月になってしまった。。。

 

 

一年があっという間でなんとなく焦る。これが歳をとるということらしい(泣)。時差ぼけもさっさと治っちゃって、それはありがたいけど、旅は終わりました宣言をされているみたいでちと寂しい。帰国して10日。撮影仕事や取材に行き完全に日常を過ごしている。

 

 

 

上はAmoebaRecordsでゲットした『It's ALIVE』スペシャル・パッケージ〜♡

 

 

でも...帰国してからも、この2冊の本(写真集)が今回のアメリカ旅行の思い出を蘇らせてくれる。THE WHOの写真集とロバート・スミッソンの本だ。特に前衛芸術(建築)家・ロバート・スミッソンが、スパイラル・ジェティをどんな素材でどう作ったかの設計図も載ったこの本を、憧れだけで眺めていた9月とはえらい違いだ。現場に行って塩まで舐めて歩いてきた今ではもう何もかも、見え方が違う。

 

 

 

 

実際に自分も、あのうずまきを歩き中心へ行った。本で見ていた世界に自分も居るというリアリティが凄くて、渡米前に眺めていた本とは同じ本とは思えないくらい実際の現場になった。うずまきを作った後に飛行機事故で亡くなってしまったから、言葉は非常に悪いけど「作りっぱなし」で終わってしまったと思ってた。でも。。。

 

 

 

 

うずまきを歩いてからは感じたのは、もしかしたら彼は沈むことも計算して作ったかもということ。初日は夕方に到着したんだけど、その時に見たスパイラル・ジェティは黒かった。ちょっとギョッとしたくらい。でも翌日の午前中に見に行くと今度は真っ白だった。塩が付着し姿を変えていた。これには驚いたし同時に感動した。うずまきはこの周辺のマグマ(溶岩)と塩で作られ、30年間沈んだのでコンクリートのように固まっていた。

 

 

 


それを触ってみたり、歩いたりするといろんな不思議が納得できた。湖の中に沈めば、マグマも塩も変化して別の作品になるというからくりを、ロバート・スミッソンは最初から計算していたんじゃないかって。それと同時に、彼は湖に沈んでも自然を破壊しないマグマと塩でこのアートを制作していたから、1969年に自己満足だけじゃなく環境のことも考えていた。ソルトレイク湖は季節によって塩の影響でピンク色になるから作品はまた姿を変える。実際に見て、触れたアートは本やネットで眺めていた固定概念を壊してくれた。

 

 

 

 

普段から山登りをする旅友のかずみちゃんが「ランチをここで食べよう」という提案をしてくれたので、スーパーで買った(でかいけど多分)子供用のターキー・サンドイッチ・セット(コールスローやチップス、クッキー入り)を買ってスパイラル・ジェティを眺めながら食べた。$5.90のランチ・ボックスが本当に美味しく感じる贅沢なランチ!!  贅沢とはこうゆうことだね〜。

 

 

スパイラル・ジェティをゆっくりと満喫し、私たちはアメリカの温泉に向かってドライブした。これがとっても良くてアメリカの温泉もバカにできないと思ったよ。次はアメリカの温泉もまあまあいい湯だな〜の話。…続く♨︎

 

 


【スパイラル・ジェティへの行き方】 一番簡単なのは、ソルトレイクからGOLDEN SPIKEという線路建設に関するミュージアムをまず目指します。この施設でもらった下の地図を見ながら舗装されていないじゃり道を運転すること30分。道はじゃり道だけど、凸凹ではないので四駆じゃなくて1600ccくらいの車でもいける。私たちは翌日いった時に一度間違えたけど、道は何本もないのでナビにSPIRAL JETTYと入れれば案内してくれた。最後の目印はこの「SPIRAL JETTYまで9マイル」の看板。ユタ州やソルトレイクへ行ったら是非見てきてください。国立公園ではないので、ビジター・センターなどはありません。ソルトレイクの街の中心から二時間半のドライブです。Enjoy and Good Luck ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:アメリカ



            

      初めてのハリウッドボウルでTHE WHOを見(れ)た

2019.10.27 Sunday

 

 

 

 

 

10月10日から20日まで、日本人にしては少し長い10日間の夏休みを過ごしてきました。前回のブログで「私はTHE WHOが見れるのだろうか?」と書いたけど、予想していたよりも完成度の高いそして素晴らしい歌の公演を2回も見て聴くことが出来て今も余韻に浸っています。    

 


9月末にロジャーの喉のダメージでテキサス周辺の公演がキャンセルになり、THE WHOのアメリカ・ツアーのリ・スタートは10月9日のサンフランシスコを目指すとアナウンスされた。成田から飛行機に乗ったのが10日だから、アメリカはまだ9日。もう米国に到着してみないとTHE WHOが見られるのかも、旅・後半のメイン、地球をキャンパスに見立ててソルトレイクの湖に作ったアート『スパイラル・ジェティ』を見られるのかも分からない…という全部バクチな旅が始まった(←この理由は前回のブログを参照) 結論から書くとTHE WHOも見ることが出来て『スパイラル・ジェティ』も見れたどころか浮き上がっていて中心に立つことが出来た。

 

 

今年の春にチケットを取ってから、THE WHOを10年ぶりに見ることをずっと楽しみに仕事をしてきた。だからLAに到着して9日のサンフランシスコ公演を演ったことを知った時はおもわずガッツポーズ。ピンボール・ウイザード帽子も作った甲斐がある ! ! と本当に思った。

 

 

 

 

ハリウッド・ボウルはあのビートルズも公演した歴史のある野外の会場。めちゃめちゃ大雑把に書くと日比谷野音(こっちが真似したのかね?) の、もっと大きくて立派な建物(失礼)という感じ。私が買ったチケットは真ん中よりも少し前の席。一枚って結構良い席が買える。会場にもTHE WHOが見れることにもワクワクしすぎてしまい、開場の2時間前くらいに到着してずっとぐるぐる歩いてました。

 

 

LAの前座だけTBAだったけど、結局リアム・ギャラガーに。フジロックのヘッドライナーもTHE WHO大先輩の前では持ち時間25分のオープニング・アクトだ。贅沢だね。1曲目は『ロックンロール・スター』。周りの客層は50年前にウッドストック見てそうな人も含む日本と同じ大人だらけ。リアムのことを「人気のあるイギリスの若者」と説明してて苦笑。ま、そうなるよね。

 

 

 

 

ハリウッド・ボウルは飲食自由。前方はチケット代も高額なテーブルのついたお相撲でいう升席みたいなエリアだからみんなワインやピザを持ち込んでいたりして、ちょっと大人のコンサートという感じ。私のチケットはその次のブロックでシートはまあまあ良い席。ずっとLAに住んでいたロック友だちのジンジャーから「正面から入らないで横から入ればマーチャンダイズもすぐ買える」と通情報を聞いてたので、その通りにしたら15分で入れてマーチャンダイズもすぐゲット。

 

 

 

 

THE WHOはリアムが終わった30分後にオーケストラが着席してステージを囲み、最後にロジャーとピートが登場。日本公演でも見たようにロジャーは紅茶のカップを手に持ちながらステージに登場し、カップをタンバリンに持ち変えてオープニングの『TOMMY』の演奏が…この時点でもう感動で涙目。THE WHOのファンの人がここを読んでくれていたらyou tubeにオープニングが上がっているので是非チェックしてください。この声が二週間前に公演をキャンセルした74歳の声。恐れ入ったしウッドストック・アーティストのキャリアを目の当たりにした瞬間でもありました。凄い。

 


昨日、ちょうど仕事でゴブリンの撮影をしたばかりなんだけど、映画meets音楽は音だけじゃない要素が次々と入ってきて曲を倍、盛り上げてくれる。サントラってそうゆうものだけど、THE WHOの場合『TOMMY』も『さらば青春の光』もピート自身が投影されているから曲にさらに愛着がわく。そうやって私は聴いてきた。

 


私にとって『TOMMY』は無人島に持って行く一枚。RAMONESやRAVENじゃないのかとよく言われるけど、無人島でサバイバルしていくメンタリティを上げてくれるエモーショナルな一枚は映画の残像とともにこれしかない。とにかく大好き。だからこのツアーを見にいくのはマストだった。バンドの年齢=リミットもある。『TOMMY』がオープニングで始まるショー、後半は『さらば青春の光=Quadrphenia』真ん中でバンド・セット。THE WHOの歴史を一度に味わえるコンセプト・セットでしかもあの声。見ることができて本当に良かった。

 


10代の時に初めて見た映画『TOMMY』、20代の時に初めて外国に見に行ったバンドTHE WHO、そして今も、キース・ムーンもジョン・エントウィッスルもいないのに、最初と同じように映画と曲の素晴らしさを(オーケストラの演奏付きで)味わえるなんてこんな幸せなことはない。「あと5年くらいで声は出なくなると思う」とロジャーは言ってたけれど、それを疑うくらい10代の時に聴いたロジャーの声のままだった。声のことはロジャーのことばかり書いているけど、ピートの声も好きです。ピートはMODSスーツを着てギターを破壊していた頃のピートそのまんま。めちゃめちゃ楽しそうにギターを今も弾いている。あんなかっこいいおじいちゃんがうちのおじいちゃんだったらいいなぁ(笑)

 


オーケストラの美しい演奏ともう一人ザック・スターキーの存在も。彼のおかげでTHE WHOはキース・ムーンというスーパー級の存在感のドラマーでなくても成立している。私が初めてロンドに見に行ったTHE WHOはケニーだった。それはそれで良かった。なぜってこの時のコンサートも「エルトンジョンがゲストで登場するTOMMYを含む公演」だったから。あ、この時もロンドンのロイヤルアルバート・ホールに早く到着してぐるぐる歩きまわってたら、入り口にエルトンが乗った車が来てファンがワーワー騒ぎ出したから走って見に行ったら思い余ってそのエルトンが乗った車に足、引かれました。実話。

 


そのザック・スターキーのインスタを見たらお父さんのリンゴ・スターが見にきていたらしい。「俺も昔ここでやった」と話せる親子…すごっ。ザックのドラムは丁寧だけと主張していて今のTHEWHOのサウンドそのもの。彼が叩いているから再現できていて満足できていると思う。とダラダラ書いたけど、そろそろ飽きてもいい頃だと思いつつ、毎日、これまた素晴らしく勉強にもなる写真集を眺めながら2020年のウエンブリー・アリーナに思いを馳せていたりしている......続く。

 

 

 


SET LEST/THE WHO@hollywood bowl 2019 0ct 11

 

Overture
Amazing Journey
Sparks
Pinball Wizard
We're Not Gonna Take It

Who Are You
Eminence Front
Imagine a Man
Hero Ground Zero

The Kids Are Alright
Substitute
You Better You Bet
Won't Get Fooled Again
Behind Blue Eyes

Ball and Chain
The Real Me
I'm One
5:15
The Rock
Love, Reign O'er Me
Baba O'Riley

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ROCK



            
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