ブログの役割

2017.06.26 Monday


 

 

 

 


週末は午前中に撮影が入っていたこともあったけど、久しぶりに原稿を書く行為からは離れてみた。

 

 

アイドルちゃんは未成年だから、夜働くことができない。だから仕事のスタートは朝の7時とか8時。でも10歳や11歳の子たちが重い荷物をひとりでがらがら引きながら現場に来るとやる気を感じてこっちもがんばろって気になる。

 

 

撮影が終わってから午後はおもいっきやりたいことをした。渋谷で待ち合わせをし広いカフェで、まったりお茶をして、予約していた都内のスカッシュ・コートで汗をたくさんかいた。

 

 

 

 

シャワーを浴びて次にむかったのは、羽田空港にほど近いコンテナだらけの道。何がしたかったかというと、自分はうすうす鉄ちゃんになる予感がしていたんだけど(笑) 私は飛行機と車 (こっちは運転する方) が大好きだから飛行機の写真を撮った。

 

 

旦那と姪っ子も道連れに。羽田空港着陸にぎりぎりの場所から。もう少し近づける場所もあるみたいだけど、高度は下がってくるエリア。

 

 

 

 

 

まだ明るい夕方から行ったけど、空がブルーから紺に変化していくと、
飛行機にもライトがつきこれがまたきらきらしていてうっとり。

 

 

遠くに何機も同時に見えてくると、なんとなく宇宙船が飛来か? みたいに見えて萌え〜♡ まっ暗になるまで撮りまくって、そのまま車で5分のお台場までいって夜ごはんして帰宅。という個人のただの週末を書いてみたけれど、平凡な1日をちゃんと過ごさなきゃって、小林麻央さんのニュース見てまた思ったわけ。生きていて動けるんだから、仕事も遊びも楽しもうと。

 

 

 

 

小林麻央さんのブログは、実は私は全部オンタイムで読んでいた。

 

 

なぜかというと、私も昨年は病院で過ごした時期が少しあったから。私の方は命に関係ない貧血状態を改善する入院だったけど、(なのでご心配なく。スカッシュができるまでに復活してます) しばらく入院はしたので、彼女のブログは時々少しだけ風景や心情をシェアできた。例えば窓から見える景色のことを書いてる時、同じ東京だから(ああ、わかる)みたいに。そして(もう中野の家に帰りたい)っていう気持ちも。私はすぐに退院できたけど、帰宅してからも読み続けまた病室の風景を思い出したりした。まだ彼女は点滴をして頑張っているなぁと。

 


アナウンサー時代の彼女にも夫にもあの頃はまったく興味はなかったけど、病気になったことをさらけ出し、戦う姿を見せてからは、甘い声の女子アナと同じ人物ではもうなかったし、ブログにはぐいぐい引き込まれた。多分、ブログは社会とのつながりにもなったと思うし、コミュニケーションの役割もあったと思う。

 

 

同じ病気の人、病院の窓から景色を見ていなければならなかった人に、あなただけじゃないよ、という気持ちにさせてくれた。治療中の患者なのに、そこは元メディアに携わっていた人だからなのか、発信するメンタルがすごいと思った。ピリッツァー賞を受賞する戦場のジャーナリスト並みのパワーだ。終わってから彼女のブログの読者のことが少し気になってたら、すぐにメディアが「同じ病気でも人の体質によって違う」と発信していてた。メディアもたまにはグッド・ジョブ。家族でもないけれど悲しい。子供が翌朝、お母さんの足や腕をさすっていたなんてもう辛すぎる。

 

 

それで自分は運動した。私はやらせてもらえている。今できることは後回しにしないでおきたい。そしてFACEBOOKで写真のアップを続けているけれど医食同源、体は口に入れたもので作られるを実践していく。それは少しでも友だちも真似してくれたり、ヒントになってくれればいいと思ってます。ブログの力ではないけれどSNSのおせっかい。友だちが病気になるのは嬉しくないので。

 


本も来年でも書けるかもしれないけど、今書いている。その時にやるべきことはまたその時にあると思うので。
だから…やりたかった「撮り鉄」をやることにしました(笑) そしたら旦那と姪っ子も楽しかったみたいでまた行こうとしているので撮り鉄家族誕生か ! ? 今度はもっと、(飛行機の高度が)低いところで撮ってきます。

 

 

タイトル『ウルトラQ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     活字なんか信用しない

2017.06.17 Saturday


 

 

 

 

と、昔は思っていた。
のに、毎日その活字を書いている。
いや、もう書きまくっている(笑)
今年、2冊目の書籍のために。

 


正直、今年はこんなに文字ばっかり書くなんて思わなかった。
1冊目は今編集してもらっているラモーンズの書籍。そして今、書いているのは撮影秘話やエピソード本。
毎日書いているのは1000文字から4000文字のショート・コラムでこれをあと50本くらい書くけれど、お弁当のおかずを作るみたいな流れで、切ったり、焼いたりしながら書いている。文字数に関係なく表現を組み立てていくプロセスが面白くてスリリングだなぁと感じている。この行為に満足しちゃってるから、ブログは大事な時にしかかいてないんだなぁなどとまた言い訳をしているけど、ブログを書いて来たから、文章に対する免疫が少しは高まった( ? )んじゃないかと思う。まだまだお金をもらうには初心者だけど。

 


なぜ活字なんか信用しないと思っていたかというと、机上の空論が嫌いだったから。特に音楽雑誌で好きなバンドのことをあーだこーだ書かれるのがすごく嫌いだった。その音楽雑誌の編集部にいたくせにこの調子だから困ったもんだと自分で思うけど、こんな思考になったのは中2くらいに学校に行かなくなって、友だちが「心配しているから学校に来て」みたいな手紙をくれたけど、その(ありがたい)内容にリアリティを感じられず手紙の文まで嫌いになった。 親にお弁当を作ってもらっている友だち達に「心配している」って言われてもなって思って。そんなに心配してくれてるなら、私の分の弁当も作ってきてよと思ったから(笑) うちはお弁当なんて作ってくれなかったから毎日パンを買ってたし。と、またまたひねくれ放題だけど、あの時がきっかけだ。

 


だから写真も活字も写実主義。言い換えるとそれしかできないんだと思う。だから真面目に、偽りなく、どう突っ込まれても大丈夫なように書いています。読んでもらうのはバンドのファンてことになるからそこには絶対に嘘はつきたくない。書くことに対して少し生意気だけど挑戦している。これがほんの少しでも認めてもらえたらまだまだ書きたいことがある。撮りたいものもあるから、合体できたらいいと思う。

 

 

これからの10年で文章を上手に書けるようになりたい。活字を馬鹿にしてきた反省を込めてブログに書いてみた。文章は、相手がいて成立するもの。読んでもらうわけだから。コミュニケーションの手段をぶった切ってなめていたことを今さら反省している。ふんずりかえっていたら伝わらない。どうぞ宜しくお願いします。関わったメタル・バンドのこと。ポジやデータをひっくり返して書いてます。撮影中のことだからほとんどが知らないネタね。お楽しみに。さてもうひとバンド書こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     22年ぶり。福岡へ、ヘイ・ホー・レッツ・ゴー ! !

2017.06.01 Thursday

JUGEMテーマ:ROCK

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日CJラモーン3年ぶりに再来日決定!!!のアナウンスを解禁しました ! ! !   詳細はこちら〜! !  みんな盛り上がっていますか? 今回も招聘元スマッシュの協力のもとに【ファン・クラブ特別公演】を作らせてもらうことができました。前回の広島、宮崎に続く地方の公演を、CJ本人とも話しあい制作することに挑戦し、今回は「なんで宮崎行くのに福岡に来てくれないの?」なファンの声も多かった【福岡公演】に決定しました。東京・名古屋・大阪の日程はこちら♡

 


ここまでの道のりはものすごく長くて、バンド側とのやりとりも(ジョニーとならすいすい行くんだろうけど)、メンバーが西だ東だに住んでいるバンドとの交渉は大変で。正直、途中でギブアップしたくなったりしました。でも「いつまでも、あると思うな、ラモーンズショー」......これが最後かも!?と踏ん張って作ったのが本音。モチベーションひとつで動けるタイプではあるけれど、そのモチベーションもジョニーラモーンと何かを動かすという高み(失礼)からの指示なら「イエッサー」でともかく、返事も遅〜いミュージシャンとだと、もう大変...(軽く愚痴・笑) 「ユキにまかせる〜」って言われても、そっちの南米のツアー日程決まってくれないと作れないんだよぉ的な。

 


福岡は22年ぶりです。福岡公演はラモーンズにとって常に節目でした。1980年の初来日に大博多ホール、1995年のラスト・ツアーでは福岡の(イルパラッツォ・ホテルにメンバーも宿泊。このホテルの地下にあった)クロッシング・ホールでおこなって以来。だからラモーンズにとって大事な時だけ福岡公演があったという印象なのです。そのラスト・ツアーから22年ぶりなんて、もうなんだか人生の節目っていう感じだけど、CJがラモーンズのメンバーとして再び福岡に上陸します。

 

 

 


CJ にとって前回の広島や宮崎がとても良い思い出になっているので、「また行きたい」と言ってたけれど、そう同じようにショウを作れないのがシロートの私が企画しなければならない弱み。自分がリッチだったらこれまでも候補地に挙がっていた北海道も山口も企画できたと思う。いや、もしもお金があったって、ラモーンズの曲をライブの楽しさをちゃんとまず伝えられなきゃ意味がない。その下地を作るにはエネルギーと時間とプラスの材料があと少し足りなすぎた。

 

 

それでもやる方向で考えて声をかけ応えてくれた地方のバンドや関係者のみなさまには本当に、本当に、感謝してます。ありがとう。

そして今回も福岡のラモーンズ・ネットワークに支えられてこの公演が作られている最中だということを、これから書いていきます。地方の公演は、東京から私が突然乗り込んで出来上がるものではないってこと。おらが街を大事に思う気持ち、そして盛り上げようという気持ち & ラモーンズが大好きっていう人のエネルギーなしでは成立しない。それはすごくかっこいいんだよね。東京とは違うエネルギーがあって。もしかしたら自分、それに魅了されてるから作れているのかもしれない。

 


そして。ここでバラすと、実はもう1か所、「近所」で「考えている場所」もまだあるのです。だけど、こちらはパスポートがないと行けない「国」なので、国内組はスルーしてください。あるとすれば11月4日。決まるかどうかは「引退する前に行ったことない国に行ってみたい」と言ってる本人しだいです。決まっても決まらなくてもお知らせします。近日中に。たぶん(笑)。

 


そんなわけで、節目=福岡がキーワードになっていると思っているので、何度も言うけど「いつまでもあると思うなラモーンズ・ショー」です。今回の福岡公演は「オレ、初来日見たよ」とか「1995年のクロッシングは行った」という人や「ラモーンズはCDはマニアしか持っていないけど、生ライヴ聴いてみたいと思ってたんだ」と思っている人みんなに来て欲しいです。CJ のショウは楽しいよ。しかも今回の公演は1996年の最後のセトリで臨む公演。演奏曲やあの頃の思い出(ジョニーとヤフオクドームにも行った!! )という話はまた書きます。

 


福岡公演は、ファンクラブ会員特典も用意し、前売りチケット購入者特典もつけ、アンダー18(歳)価格も設定。そして【ラモーンズ・フェスティバルvol.1】と題した公演なので、ラモーンズが好きなバンドに出演してもらい、ラモーンズ聖地巡礼ツアー時に撮ったニューヨークとLAの写真展も開催。前日11月2日には、前夜祭と題して福岡の某所でウエルカム福岡パーティーも計画中。とあれこれ盛りだくさん♡ 福岡で本物のアメリカンなビートに酔う一夜。まだまだ企画は盛り込みます。福岡のヒストリーは公演までにまだ書きます。実は...今回協力してくれた方達は過去の福岡公演、そして宮崎公演とも繋がっているという美しいストーリーも存在するのです。 

 


1980年、1995年、そして2017年の福岡がまた、楽しい思い出になるように頑張ります。福岡公演を九州の皆様、近隣のみなさま、どうぞ盛り上げてください。宜しくお願いします。なんだか壮大な計画だ。  「広島と宮崎」ってCJに書くと「楽しかった」のあとにビックリマークが!!! ってたくさんついているので、今回もおもてなしマインドで頑張りたい。宣伝サポート、九州の地方新聞やメディア、宣伝会社にお勤めのみなさま、ぜひご連絡を〜(すごいDIY・笑)

 

 


ファン・クラブ活動25周年記念バッジ。アメリカの選挙PR風に作ってみました。トランプ陣営のよりかっこいいでしょ? 週末にオンラインストアにアップします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     20年後の自分

2017.05.12 Friday


 

 

 

 


GWを通過したので、ひとつ歳をとりました。SNSなどにメッセージたくさんありがとうございました。私はみんなにメッセージ送れていないので、毎年言うけど申し訳ないです。ごめんね〜。(> <)

 

 

年齢なんて関係ないっていう考えだけど、FACEBOOKで自分の歳が55歳だってバラしたのは、5月5日生まれだから「5555」でゾロ目。だってラスベガスのMEGA BUCKSだったら大当たり。それになんだかラッキーだし、GO GOで、ジョニー・ラモーン的にいうと「KEEP GOING」な感じでこりゃいいやと思って。w  大昔、友達につきあって行った占いの館で占い師さんから「あなたは占うことがない」と言われ、友だちは「この人にくっついてれば運ついてくるわよ」って言われてたので、私の友だちにもこのラッキーがうつりますように〜とパワー送ってみます。w このブログを読んだ人にも天の恵みが舞い降りますように〜。w

 

 

 

 

 

 

 

でも実は今日のこのタイトルは、GW中にやっと見た『トレインスポッティング2』がすごくおもしろかった!!!  から思いついたタイトルなのだ。映画って『2』はイマイチが多いけど、私にはこの続きの20年後はすごく面白かった。すごく。『1』の時みたいなヒリヒリする若さの象徴はないけど、スコットランドのジャンキーも変わらないねぇというか、なんとも可愛い(って表現は変かな)大人(正確にはチンピラ・笑)のままの4人がそこにいた。

 

 

 

 


退屈な人生をどうセレクトしていくのか!?  この4人は20年後の今も模索していた。マイホームを持って悠々自適な年金くらしなんてクソ食らえと言いながら、ドラッグを断ちたいと思う瞬間もあるのに…という内容。友だちは、一回のドラッグで死んだのに、自分たちは生きている。

 

 

生きることの方がよっぽど人生大変だもんねぇ。『2』を見終わって、この映画、見た時の年齢で映画の感想は変わるねと話していた。自分の場合、20年で大きく環境が変わったのは、15歳から35歳の20年。1人暮らしのスタートから始まってNYで生活。帰国し結婚した新居での生活。この20年なんて15歳の自分にはとうてい予想できていない。その後は、20年はフジロックの歴史と同じ20年で何かルーティーン? いわゆる安定? (あらつまんない・・・笑) にも思える。いやもちろん親の問題とかあれこれ順風満帆じゃなかったが、それに耐えうるメンタルが年とともに出来上がったのかもしれないなぁとか。いろいろ考えられて面白かったです。映画って感動やスリルや残酷な気持ちの代替えだけじゃなく、いろいろと考えるヒントをくれるから好き♡

 


で。

 


そのことをもっと書こうと思ってたし、映画のキーワード、トイレ、ドラッグ、走る、『1』へのオマージュ、そして音楽がカッコいい!!!  ってことなどを書こうと思ったけど、3日前までインスタとかアップしていたミュージシャンの野球友だちが病気で逝ってしまって気持ちがぽわんとしていた。そしてこのタイトルは、ゾロ目で浮かれる未来を楽しみにする自分の誕生日と、映画と、年下の友だちの死が全部重なってしまい、問題提起とまではいわないけれど、なんか考えちゃった。20年後はどうなってるのかな?  って映画館を出た時はおもしろおかしく残りのポップコーン食べながら旦那と話してたのに、無いのかもしれないって思ったり。ああ、でも正直に書くと54歳を超えることは、自分の中でちょっと分岐点だった。ジョニーは55歳を経験しないまま終わったから。

 


でも。

 


生きてくことの方が大変なのだ。

 


でも。

 

 

生きてるからこそ、楽しいし、美味しいし、嬉しいこともある。なんか、真面目なこと書いてるかもしれないが 『トレインスポッティング 2』みたいに私は走りたい。走ってる方が楽しい。

 

 

 

いやまじで走らなきゃ!  GWが終わったら、毎年自分の体力を戻す時期なのです。体重はケーキの食べ過ぎで肥えたので落とさねば...運動スタート。頑張ろう自分。頑張ろうみんな。みんな体を鍛えて健康管理しましょう。それでダメならしょうがないさ。

 

 

 

さて『トレインスポッティング 1&2』みたいに、走れるうちは走りますわ。それにしても『T2』気に入りすぎて1000円の日にもう一回映画館で見たいかも。俳優たちが20年後も素晴らしい俳優だったのもこの映画の素晴らしいところだと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

      1977年からのニアミス

2017.04.20 Thursday

 

 

 

 

 

 

1977年、私は中学生だったけど、みなさんは何をされていたんでしょうか? 先日ラモーンズFCにアップした、『I’m RAMONES MANIA』のKUMMYさんと私は、最近ようやく出会えて、あれこれ話をする機会が出来たけど、話してみると、それまではずっとニアミスだったというか…ズレまくっていた。こうゆうこともあるんだね。

 


KUMMYさんは私はより少し歳上だけど、同じ時代の漫画家か好きだし、ラモーンズやニューヨークを好きになっていくプロセスも似ていたし、ファン・クラブをお手伝いしたいという心意気も同じだし、(むしろ私の方がそれはなかった)、でも関わる機会はなかった。 時々出てくる名前に「なぜ会わないんだろう?」と思ってた。私が入会したくてファン・クラブを探していた時代は1984年頃。KUMMYさんのラモーンズ熱はバンド熱に変わっちゃって冷めた頃だから、さらにかすりもしない。タイミングって重要だ。私がそれからファン・クラブをスタートするまで10年もあいてるし、この間にファンだったけど熱もさめちゃったっていう人もいるんだろうな。なぜなら最近50代の方から「入会したい」と連絡が来るから。

 


KUMMYさんも私も萩尾望都の漫画が好きで読んでいた。出会った音楽を聞いたタイミングの先は、前と後、上と下というくらい違った。私はロンドン・パンクの洗礼〜次は日本のパンク、同時にNWOBHMという新しいジャンルの洗礼を次々と浴び、そのセンセーショナルな音と勢いにやられまくったわけだけど、その順番が順番通りでなければダメだった。
KUMMYさんはロンドン・パンクを避けて通り80年代をパンクやニューウェーブのミュージシャンの影響でバンドを組む。私はその頃、爆音編集部で働いていて、そっちの世界にどっぷりだから、もはやライヴ・ハウスで出会うチャンスも皆無。でもKUMMYさんとジョーイの写真は93年にメルパルク(東京)ホールの楽屋で撮った写真だったので、(どうしてそこで会わなかったのかな?)と考えてみると、私は楽屋にゲストが集まっている時間はいつも、機材を廊下で片付けていたからだった。

 


ライヴ開始の3分前に行われるフォト・セッションの機材をそのままおきっぱなしにしてライブ撮影に走って突入するから、機材はライヴ後に片付けていた。その前の年までは私も楽屋にもいたのに。なぜならまだカメラマンじゃなくて暇だったから。カメラマンになった頃からラモーンズの撮影は仕事になり、さらにファン・クラブのミーグリもあの時はやっていなかったから、楽屋に行ってしゃべる時間はなくなった。廊下で機材を片している横を、楽屋でサインをもらって帰っていくゲストさんが「ごめんなさーい」と言いながらコードや荷物をまたいで帰っていた風景を思い出した。

 

 

KUMMYさんもニューヨークに行っていた。85年に。私は86年に行ったから見ていた景色も似ていたと思うけど、2017年になるまでこんな風にニアミスを繰り返しながら、ようやく高円寺で出会った。なんとまあ、すごく地元的なとこで(笑) 自分が変わったのか、流れが変わったのか。よくわからないけど、最近こうしたことが多いです。お互いの存在は知っていて、今出会うみたいな。この歳になっても、新しい出会いってあるのね。そして最近の出会いのループが面白い。

 


もうひとつ。出会いとは違うけど、20年前に日本のファン・クラブで製作したラモーンズの後期のベスト盤の権利がどっかにいってしまって探している。いろんな角度から探している。国内も海外も。『ラモーンズ・マニア2』は日本でだけ発売されたオフィシャル盤。私とスタッフの私物をスタジアに並べて俯瞰で撮った黄色の『マニア』を真似したジャケ写で、ジョニーにお願いして選曲やコメントまでもらって作った今となっては貴重な盤。

 


最近、レコード・ストア・デイでアメリカのシングル盤・ボックスのニュースをアップしたけれど、それよりも日本のシングル盤のボックスを出して欲しいと思っている。権利やらなんやらが絡むけど、当時のアメリカのレコード会社は、売れないバンド、ラモーンズのシングルが30年後、40年後にコレクターの間で騒がれる代物になるなんて思ってもいなかったってことだと思う。権利が大事なキーポイントになるなんて誰も思ってなかったんだろうって。適当にサインしてぽいって終わらせちゃったんだろうな。売れないバンド、ラモーンズだから。

 

 


でもアメリカのシングル・コレクションより日本の帯付きの方が欲しい。私はコレクターじゃないけれど、そこちょっと考えればすぐわかるはずなのにって思う。世界中のファンが欲しいのは日本盤のシングル・ボックスだよ。でもアメリカの今のSIREのスタッフでは、もう誰も面倒くさい権利探しなんてやらない。でもわたしは今も『マニア2』の権利を諦めずに探している。見つけたらビジネスマンに盗まれそうだけど、実は『マニア2』の契約書の内容は日本国内オンリーだ。だから探し出したら、海外から横やりは入れられないという特殊盤。ニアミスとは関係ないんだけど、当時、「日本国内しか発売できないんだってー」とジョニーとやりとりしていた代物が、日本にいることでもしかしたら守られる形になるのかもと思うとちょっとおもしろいな、と思って。正々堂々とLPでリリースできる可能性があるってこと。アメリカ側から誰にも文句を言われずにね。コレクターじゃないけれど、こだわるとこにはついつい、いやしつこくこだわっているのかも!? まったく同じもののLP盤は今すぐにでも作れる。だってカバーのネガやブックレットの写真や原稿は全部うちにあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     宮崎・広島に続く公演はできるのか??

2017.04.13 Thursday

 

 

 

 


久しぶりに 『I’M RAMONES MANIA』を、ホーム・ページにアップしました〜 ! ! (やっとこっちに取りかかれた・汗)
今回は70年代に日本からジョーイに手描きの漫画を送り、PUNK MAGAZINEに掲載された女性、KUMMYさんのインタビュー。

KUMMYさんは私より「少しだけ」年上のTHE JOHHNY DISC BEACHのシンガー。でもこの「少し」の年齢差が当時ネットのない時代の情報には大きく影響したというのが、今回話しを聞いてよくわかった。読んでいた漫画は同じなのに、その少しの差でKUMMYさんはロンドンパンクには影響を受けず、私はどかんとやられてニューヨークは後追いで到着したという流れ。これはとても面白かった。

そのズレのまま年月は経つという話しは次のブログ書こうと思います。その「ずれ」るプロセスがすごくおもしろい。それからインタビューの中に登場するベーグルやの写真を貼り忘れたけどこれね。KUMMYさんとは経験した年代が同じなので、お茶しながらあれこれたっぷり話しを聞かせてもらい、当時も思い出せてと〜っても楽しかった。KUMMYさんありがとう♡

 

 

 

今回もサポーター「インフルから復帰のもにゃこ」と「そろそろ顔見せて〜のヤーボ・ラモーン」の2人が協力してくれました。BIG THANK YOU!!! ラモーンズ・ファン・クラブは今年で活動25年目なので、今年はあの頃ラモーンズに関わっていた人たち、ファン、ミュージシャン他の貴重でリアルな話をたくさん取り上げていく予定です。

 

 

そして、あえて書こうと思います、秋に予定しているCJの来日公演のこと。かつて日本でおきた悪夢の盗難事件は私のトラウマになっているので、個人が呼ぶ招聘は(あの時はそうでした)を避けたく、今回もCJからのメールを受け取り、私はプロに直訴に行きました。現在調整に入っています。今回もマネージャーと本人のリクエストで、バンド x プロモーター x ファン・クラブのタッグで動ける部分は動きたいと思う。でも今回は全部アナウンスしてしまおうと思っている。まずCJからもらったリクエストはこんな感じです。

 


1・(今回も)行ったことないとこに行きたい
2・最後に行った場所(宮崎)にまた行ってできれば1日オフつけたい。
3・韓国に行きたい。1回公演でもいいから行ってみたい。

 


でした。結論から書きます。まず2の宮崎。早速打診してみましたが、「あの頃と状況が違う」ため出来ないとのこと。なのでファンには本当に申し訳ないけれど今回は宮崎公演はありません。これはビジネスだから仕方なく地元ネットワークがないと作れないので私の力及ばずすみません。

 


次に3・韓国公演。「なんで韓国?」と、思ったけど、私が韓国のロック・シーンに詳しいことをCJがよく知っているからかも。キムチも美味しいと食べるベーシストだからかも(笑)。でも多分こちらも行ったことない場所(国)に行きたいんだと思います。引退を匂わせていたし、行けるうちに行かないと。やれることは今やらないと、と思うのがオーバー50歳の思考だし。

 


でも韓国のパンク・シーンは凄く小さくて集客は日本より少ない。だから在韓米軍の盛り上がりたいアメリカンな若者にアナウンスでもしないと厳しいのが現状。ライヴ・ハウスのオーナーや友だちがたくさんいるので聞いてみるつもりではいます。これが確定したら、韓国公演行きたい人は秋の韓国公演に貯金額を増やしましょう!?  でも、例えば東京から地方に行くよりLCCを使えば片道8000円なので安い。宿泊もゲスト・ハウスがたくさんあるから大丈夫。ただ北朝鮮がロケット・トゥ・ソウルみたいなことしたら中止だから、軍事情報は軍隊にいる男たちから直で情報を入手し働きかけたいと思います。

 


というわけで、2と3の答えです。そして1の地方公演。地方のファンから「xxでもやってほしい」って聞くと連れて行きたいってすごく思うけど、気持ちだけじゃ成立しない。時間もないし出来たらやるし出来なければやれないという簡単な答え。これまでにも北海道在住のバンドや関係者、いろんな人に意見を聞かせてもらったけど、なかなか前に進むきめてはつかめない。その場所には、オピニオン・リーダーやバンドは必ず存在するんだけど。私の営業能力がアマチュア・レベルなので、やるだけやってダメならあきらめもつくので、まずやる。今後も動きに関しては報告します。今日は文字だらけ〜(笑) 新譜『American Beauty』も良いので、来日は楽しみです ! !

 


原稿は書き終えている次のラモーンズ関連書籍の発売は遅れていて申し訳ありませんが、このタイミングでリリースされます。昨日書いたJOEの話しも追加したいけど、原稿の束はもう渡してあるので、編集者に任せた。秋には来日だけではなくまだいろいろあるので、とにかく貯金しておいてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            

      クイアーズとラモーンズのちょっとした話

2017.04.11 Tuesday

 

 

JUGEMテーマ:ROCK

 


今年で20年目のSET YOU FREE企画。主催者千葉君が20年前、最初に招聘したクイアーズを20年後にまた企画したジャパン・ツアーの最終日。続けている千葉君も素晴らしいし、バンドが今も存在していることもミラクルで凄くハッピーな夜。お客さんもたくさん集まってて曲が鳴り出した途端に前に走って行きたくなるワクワク感ていうか、スピーディーでPOPするパンクの洪水に溺れてきました。楽しかった。

 


ラモーンズ・ファン・クラブも2011年にレーベル、INYAFACEとイベントを組んで、彼らを呼ぼうとしたけれど、311のアクシデントに邪魔されてしまい来日は実現しなかった。あの時、大変な状況の中で日本のバンドが奮闘してくれたことの方が強い思い出になって、クイアーズにインタビューしようとしていたことをもう忘れてた。終演後、千葉君が「JOEと話していって。喜ぶから」と言ってくれたので、楽屋へ行った。何となく熱狂的なファンでもないのに申しわけないなと思ったけど「挨拶くらいいいか」と楽屋へ。私はラモーンズ・ファン・クラブを25年やってるよと言うとぱっと笑顔になって、「このまえ、CJ に会ったよ」と言った。それでそこからはノンストップでラモーンズのことを喋り出した。

 

 

 

 

「リッチーやCJやスクリーチングのメンバーと一緒にやりたいね、って今CJと話しているんだ」と教えてくれたので、「昨年の9月にNYのIRVINEでスクリーチングとCJのライヴを見たよ」と言うと、「そうそう。この話しが出たのは昨年の12月なんだ」と言っていてなるほどな、と納得。もしかしたら今年2月にアルゼンチンでやったショーに向けてバンド編成を考えていたのかなと、推測しながら話しを聞いてると「CJはロングアイランドでしょ?  リッチーはLA。俺はアトランタ。(はぁとため息)みんな忙しくてやっぱり無理かなぁ」と笑顔で天井を見つめてる感じ。凄くやりたそうだ。なので帰宅してからさっそくCJにメールしときました。「やって」って(笑)

 


「俺は今アトランタに住んでいるけど、ラモーンズを見た時はニューハンプシャーに居たんだ」と昔話しは止まらない。私は当時、東海岸ツアーに同行してたので、すぐに場所がピンときて「xxクラブ?」と聞くと「そう。ああ、それで1986年にね…」と、1986年にジョーイに会ってカセットでクイアーズの曲を4曲渡した時の思い出話しをし始めた。ジョーイは気に入ってくれだらしいけど、ラモーンズはカバーをやらないルールだったから採用されなかったんだけど、「ジョーイは気にいってくれてさぁ」の部分をこれまためっちゃ嬉しそうに話してて、年上男性に失礼なんだけど、なんとも微笑ましくてキュート(笑)

 


それでその後は「ジョーイのソロのために曲も書いていたんだけど、入院しちゃったでしょ?…それで実現しなかった」とも。その話しの距離感からジョーイと凄く親しい関係ではなかったように(私には)見えたけど、「ジョーイにカセットを渡した」の言葉のあとに♡マークがつきそうなくらい嬉しそうに話している顔がラモーンズ・ファン丸出しで、もう60歳になるのに、話しが楽しくてたまんないって感じで、聞いてるこっちも幸せになりました。それで「いつもSlugを演ってるね?」と言うと「あの曲が入ったカセットを(ジョーイが?)くれた」と言っていた。厳密に言うと「交換した」みたいなことを言っていたと思う。私の英語力では聞き取り不可能…

 

 


91年にジョニーからもらったボツ曲・カセット・テープの中に入っていたから「Slug」は1990年以前にはできていた曲。その時の私の印象は昭和時代にテレビで流れてた「(ケーキの)不二家のCMソング」に似ていて「イントロが日本のケーキ屋のCMに似てる」と感想を言ったことを覚えてたので、この曲を覚えてた。ジョニーは「ふーん。でもその曲はボツ」と言ったので、(何でボツなんだ?) とも思った曲。当時のラモーンズからすると『TOO TOUGH TO DIE』の頃だから、攻撃性とスピードがなくて違ったのかも。そんなボツ曲エピソードにまつわる時代が、多分JOEの言う80年代後半の近い頃だったから、噛み合った感じだ。クイアーズがいつから「Slug」を演奏しているのかを詳しく知らないんだけど、この話しはファンの間では有名なのかな?  次があるかわからないけれど、今度はもっとちゃんと話しを聞かせてもらわないとなぁと思いました。

 


というたわいないけど、貴重な話しを聞けました。で。そのCJのことはアナウンスをひっぱっているけど、本人がつぶやいているようにJAPAN TOURを実現させるために、港区に通い具体的に協議中です。だから秋に向けてお金は貯めておいてください。そして平日の可能性大だから会社を休むために、今からネゴシエイトを画策しておきましょう。詳しくは…もうすぐ書きまーす。

JOEと話すチャンスをくれた千葉君。ありがとうございました。そんな千葉君のSET YOU FREE 20周年企画はまだまだ続く。コチラ↓↓↓ラモーンズFCも25年目。うちの楽しみは...全部まとめて今年も秋にやろう ! ! ! ?

 

 

 

 

■SET YOU FREE 20TH ANNiVERSARY 『TEENAGE BOTTLEROCKET JAPAN TOUR2017』 w/SO-CHO PISTONS、THE KNOCKERS 5/13(SAT)東京@六本木VARIT 5/14(SUN)四日市@VORTEX 5/15(MON)名古屋@RED DRAGON 5/16(TUE)出雲@APOLLO 5/17(WED)福山@MUSIC FACTORY 5/18(THU)広島@4.14 5/19(FRI)大阪@FANDANGO 5/20(SAT)東京@高円寺HIGH 5/21(SUN)東京@町田NUTTY'S
SET YOU FREE 20TH ANNiVERSARY 『3WAY DANCE』 4月19日(水)恵比寿リキッドルーム BiSH 四星球 THE BOYS&GIRLS OPEN 18:00 START19:00 前売り¥3500


            

     ファミレスで勉強してるけど?

2017.04.07 Friday


 

 

 

 

 

ぜんぜん知らなかったけど、今ファミレスで勉強するのが迷惑ってことになっているらしい。びっくり。となると、私も迷惑をかけている方に入ってしまう。韓国語の勉強をファミレスでしているからだ。でもこのネタに関する記事を読みながら、正しいか否かの前に、昨今◯かXかで決着をつけようとする無責任な報道に目がいき、ばかばかしく短絡的だなと思えた。原因究明のためでもなくただあおるだけ。その先は見ないし書かない。

だから「良し悪し」じゃなく、もしも私が迷惑をかけている方なんだとしたら、どんな状況なら文句は言われず歓迎されるのかのを考えた。こうゆうの小学校の道徳の時にみんなで手を上げて勉強したけど、今はしてないの?  

 


ぐるっと見渡して考える。東京のファミレスと沖縄や北海道じゃ、ファミレスを使う環境も人も用途も違う。観光客が利用する場所にあるのか、大学の近くか、田舎の郊外にあるのか。お茶を飲みながら話すのは、コミュニティセンターの代わりなのか、仕事の打ち合わせなのか、ママさんの息抜きの場所なのか。ひとつのサブジェクトは、同じ目線では議論できないはず。そもそもドリングバーっていろんな種類のお茶やジュース(アルコールではない)を楽しむ場所=時間はかかる。だって紅茶をごくごくがぶ飲みするわけじゃない。文句を言う人たちは、目障りなものが嫌いで、共存するのが嫌だからなの?  伝えるべきニュースより「ファミレス」という万人でシェアできるキーワードの方がふおりやすいから?  

東京の常識は地方では通用しないのは知っている。ファミレスだけじゃなく何でもそう。私には理由がわからないので、勉強はファミレスでこのまま続けようと思います。なぜなら私のファミレスの使い方は、論議(?)されているポイントに1こもひっかかっていないから。

 


・ファミレスの場所は車でないといけない場所にある。
・利用客は高齢者と車を使う仕事の人たちが多く、ターゲットの利用者がいなくなる時間(ランチタイムのあと)に行くと、店内は半分くらいテーブルが空いていて必ず座れる。
・会話の勉強ではないので、声は出さない。(むしろ勉強以外のテーマのおしゃべりの方がうるさいかも)
・ドリングバー以外の注文もする。
・2時間以内で退散する。
・空いてたら端っこを使う。

 

 


さて、あとは何がNGなんだろう? 「勉強することを不快に思う人」は、何が不快にさせているんだろう?  まったくわからない。
勉強が不快なら、隣でスポーツ新聞を読むのも不快、くちゃくちゃ音を立てるのも不快、子供の泣き声も、メロンソーダのストローを音を立てて吸う音も何もかも不快ってことでしょう、きっと。他にあるなら教えて欲しいです。私はルールにがんじがらめの日本の息苦しさの隙間を生きて行ってやるのだ(笑) というわけで、理由がわかるまでは勉強します。

 

 

でも、そういえばアメリカのTACO BELLの店内で勉強している子みたことないなあ(やる気がないだけか・笑)。そしてNYのスタバやカフェではもちろんパソコン持ち込みで勉強ではなく仕事している様子は良く見る。混んでいたら別のカフェを探すだろう。だから許容されているんだと思うけど、都会で判断するとこの違いは何なんだろう?  他の国ではどうなんだろう? マックやバーガーキングで勉強するのはどうなんだろう?

 

 

 


私は韓国語の勉強なのでヒアリングをなんとかしようと、昔は大久保の暇そうな韓国中華屋でちゃんぽんを食べた後、サラリーマンのいなくなったがらんとした店内の端っこで店員の会話(韓国語)を聞きながら勉強していた。そしたら厨房で暇になった店長が出できて「勉強か?」と韓国語で話しかけてきて、サイダーの缶を冷蔵庫から出してテーブルに置いてくれた。(もちろんサービス)「俺は日本語はあきらめた。頭が悪い」と言って少し会話の勉強になった。一店舗のおじさんのように、許容してくれとは言わないが、もしもファミレスの勉強がNGなら、受け入れてくれる場所っていうのを見つけてみたい。それも面白いかも。

 

 

牧場の芝の上か木の木陰で天気のいい日にねっころがりながら勉強するとかね。牧場主は「いいよ」って言ってくれそうだけど、爆睡しそうだからもっとタフな場所で集中力を高めた方がいいかも〜。とりあえず、がらんとした日当たりの良いファミレスで私は昼寝もとい勉強を続けるつもりです。それで追い出されたらそのうち私のFBには「勉強なう」ととんでもない場所の写真が載るかもね。w

 

 

 

 

 



            

     ZOZO TOWNの球場も開幕した

2017.04.05 Wednesday

 

 

 

 

 

 


野球ファンにとって長〜い冬が終わりを告げ、ようやく春がやってきました(...のはずでした)   いよいよプロ野球の開幕。メジャーもマー君、ダルビッシュと日本人投手の開幕先発(という時代到来)で始まったね。

 


今年から千葉QVCはZOZOに変わり、球場の雰囲気やサービスも変わると聞いていたので、楽しみにし、どうせ売り切れるからと、張り切っておかずも多めな(笑)弁当まで作った。良い席のチケットをちょいちょいくれる常連のおじさん達を盛り上げようと「一勝」と書いた紅白饅頭も用意していざ出陣。千葉に到着すると満員御礼。さすがプレゼント・パワーの開幕戦だ。私が買う2300円のチケットでもご覧の通り、フリースやチョコレートや卓上カレンダーがついていて、球場のスタッフも海兵隊のかっこ。さすがZOZOになってコスチュームに力が入っている。

 

 

 

 

今年のレディース・デイもTシャツやキャップをもらえる予定だけど、UR(アーバンリサーチ)やJS(ジャーナル・スタンダード)やSHIPSプレゼンツになるらしく期待大。さすがZOZO♡ヘッドが変わった恩恵を受けております。野球と韓国は「一緒に行きたーい」と手を挙げる女子が多いんだけど、みなさま今年はイベントの日が狙い目よ。

 

 

話はずれるけど、すぐに行けないのにチェックしているメジャーのプロモーション・デイでは、ボブルヘッドの人形やTシャツはもちろんだけど、スマホのミニ充電器とかもらえるらしい↓ソフト・バンクみたいなお金のある球団は毎年ユニフォームも配ってて羨ましいけど、私の好きなのはお菓子の球団だから、ま、いいや。ホームランが3本出たらTACO BELLでタコスがフリーとか楽しいイベントもある。メジャーの話。

 

 

 

と、まずは新しくなった球場を楽しんできた。ボール・パークが大好きなので。シーズン・オフの間、毎年あっちこっちの野球仲間と順位予想なんかをやっていて、私は調子に乗って「ロッテ優勝」などと予想し「えええ!?」と驚かれ開幕を心待ちにしていた。「デスパイネを取られたって向こうじゃ活躍できない。あれば自由な空気のロッテだから活躍できたんだ」などと自己流の説明でかたをつけて。だけど、結局1勝もできずホームには春が来ると思っていたら極寒でした(涙)

 

私は特定の選手の応援じゃなく「次はカーブなのか?」とか双眼鏡で三塁コーチを見て「あのサインは何だ?」と采配好きというマニアックなスタイルなので、試合の内容が酷いともう楽しみがもらったチョコレートくらいしかないという...チョコもフリースなんてあと3枚くらいも追加でもらわないと身も心も凍えたまんまでした。泣。

 

 

強風で花火も右にずれていった...

 


というスタートになったけど...でも、これがスポーツ観戦の醍醐味。勝つか負けるか、天国が地獄しかないのだ。お弁当を食べながら広い球場の開放感や心地良さを満喫し、同じチームを応援している友だちと価値観を共有し、スリルと興奮を今年も味わう。できれば名勝負も見たいぞ、と。とりあえずボジティブな里崎の予想を信じることにする。それでも3位なんだけど。w

 

 

 

 

PS. 次はラモーンズ・ファン・クラブが絡んでいる今年の予定を書く。ラモーンズ・ファンは秋に用途があるから「ラモーンズ貯金」を推奨します。ついでにラモーンズ・ファンクラブ、パソコン作業他のボランティア募集中。ニュースのアップとかできるよという人はこちらまで→ramonesfcj@yahoo.ne.jp   よろしくお願いします〜。 m(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 



            

     自分もちゃんと伝えよう「石田さんの写真」

2017.03.31 Friday

 

 

 

 


自分のFACEBOOKのフレンズには、写真家の方もたくさんいます。普段、私はあんまりカメラマンとつるまないので (=大勢限定。個人別)、その分、写真家の作品を見るようにしている。引きこもりなタイプではないけれど、「写真家は孤独な作業。みんなでファインダーを覗くわけじゃない」というボスの言葉に影響を受けていて作品が訴えてくれればコミュニケーションはとれると思っている。

 


この親子の写真はふらっとFACEBOOKを覗いていた時に出会った一枚。撮影したのは写真家の石田昌隆さんで、海外で撮影した写真をアーカイブのようにFBに載せていた中の(石田さんにとっては、もしかしたらただの)ワン・カットだ。でも、私はこの写真を見た瞬間、釘付けになった。私は韓国のバンドと友だちになって以来、顔はアジア人なのに日本人とは真逆の韓国人に興味を持って15年経った。これをきっかけにご飯やコスメにどっぷりはまり、今も面白さは尽きず楽しんでいる。日本では嫌韓という言葉もあるが、政治と文化(とご飯)は別なので私にはピンと来ていない。それには理由がある。

 

 

 


カメラはフィルムだしとても高価な時代。母娘は写真を撮ってもらって嬉しそうな笑顔。それが全てを表現している。「宿に泊まった日本人のお客さんが撮ってくれる」ことになって、こんな嬉しそうな笑顔になるなんてなんて素敵なんだろうと思えた。おしゃれに興味がありそうな娘のまるっこい爪につけているマニキュアも可愛いい。石田さんが撮りたい気持ちになったのもわかる。写真からは素朴そうな親子の愛情も感じとれたし、日本人のカメラを持った男性客への警戒心は微塵も感じさせず石田さんと母娘の間の空気も見える。写真は正直だ。捉えた石田さんはやはり凄い。できればこの前後の2、3枚を見せてもらいたいくらい。

 

 

今は、写真は簡単に加工できる。カラオケルームの写真ならそれでもいい。でも人の本質、ホンモノはどこなのかを見極めるために、肌でコミュニケーションをとらなければわからないと思う。石田さんは70年代の韓国のあちこちで韓国人と話したそうだが、「戦争のことを問われるわけでもなく、母娘が経営するオンドル宿で歓迎された」そう。このコメントはFacebookを見てください。まだ日本との間にぴりぴりした感情が今よりあると思っていた私ですらそのコメントは新鮮だった。

 

 

石田さんにとっては、多分ただの一枚で、私のブログ・ネタにされたら迷惑かもしれないけれど、昨日の私はこの写真を見て思うことがあったのだ。それは韓国の友だちのこと。彼女は30歳くらいで韓国のライブ・ハウスでよく会うので、自然と友だちになった。日本には行ったことがないと言ってたけど、いつも音楽のことばかり話してたので理由は知らなかった。彼女は先週大阪で開催されたパンク・スプリングを見るために韓国から1泊2日で大阪に来た。

 


FACEBOOKの写真を見ていたら、飛行機に乗って初来日。初来日だからドキドキすると書いてあった。そしてパンク・スプリングでずっと見たかったMXPXを見ることが出来て嬉しすぎて興奮していた。夜は念願のつけ麺を食べて「すごく美味しい」とコメントしてあり、どっかのホテルの窓からの静かな朝の景色と「もう空港に向かわなきゃならないのが残念」と書いてあった。そして「日本は本当に本当に楽しくて、美味しくてまた絶対に来たい!!!」とあり、そのあとにこう書いてあった。「ずっと怖くて、緊張して、勇気がなかったけど、来て良かった」と。

 


韓国で会う時に「日本に遊びに来なよ」と誘っても「うん」とあっさりした返事の裏には嫌韓日本というイメージに対する恐怖があったのかなと勘ぐった。ちょっと悲しくなった。ロック・ファンなんてどこも同じだし、彼女がMXPXを見たいという気持ちがその恐怖と緊張に勝ってくれて本当に良かった。次に来日した時や韓国に行った時にはもっと音楽意外のことや、日本のバンドのことも伝えたいと思った。そして「ご飯は好きだけど韓国嫌い」と、メディアの情報をそのままインプットしている人にいちいち説明なんてしたくないと思っていたけど、書かなければダメだと思った。結局彼女もメディアのイメージでそう思ってただとしたら残念なことだから。

 


そろそろライブも見たいしコスメも買いたいし、安くて美味しいご飯を食べるために来月か再来月ふらっとソウルに行ってこよう。最初に出会ったGUMXのドラムのがんちゃんが、ついにソウルで「お好み焼き屋」を開店した。2003年に初来日して大阪の屋台でたこ焼きを「食ってみ?」と、口に放り込んだ時の目を丸く見開いたままのあの顔が今でも忘れられない。あれから10年たって、大阪のおたふくに修行にいっちゃって今がある。私も彼らに出会ってソウルに行って今がある。人間同士は揺るがない。ま、でも……本音はソウルで日本のお好み焼き、食べたくないんだけど(笑)

 

 

 

 

当たり前のことや写真を時々載せて書こうと、石田さんの写真を見て思った。私が映画や記事で想像していた70年代の人間とは違った。韓国で日本の味が食べたくなったら(…ならないと思うが・笑) ぜひ、お好み焼き屋POBIに足を運んでやってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



            
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